53 次なる品は・・・
次は、山村だ。
ランディさんのところへ行く前に、手空きの大人を集めておいて欲しいと山村の村長さんに使いの者を出しておいた。今から歩いて行けば、丁度良いだろう。
一瞬、自転車を使おうかな、と思ったけど、やめた。
なんか騒ぎになりそうな気がしたのと、山村は少し高台にあるから上りがキツい。今私に必要なのは、クロスバイクじゃなくて電動アシスト自転車だよ!
山村のひとつに着くと、村長の家に、もうひとつの山村から来た人達を合わせて30人近い大人が集まっていた。
2つの村合わせて21軒だから、1軒あたり1~2人か。まぁ、山に仕事をしに行っている人もいるだろうから、大勢集まった方かな。
時間を無駄にするのも何だし、早速話を進めよう。
「集まって貰って、ありがとうございます。今日は、山村でやって貰いたい仕事があり、その説明に来ました」
相手が年長者だから、つい馬鹿丁寧な敬語を使ってしまいそうになるけど、領主がそれじゃダメだよね。でも、かと言って偉そうに喋るのも性に合わず、適当なところで妥協している。
あれ、なんだか、村民のみんなは微妙な表情だ。
ああ……。
「あ、天役とかの無料奉仕じゃないですから。ちゃんと報酬が出る仕事です」
それを聞いた途端、村民達の顔に安堵の表情が浮かんだ。
やっぱり、ただ働きをさせられるかと警戒していたか……。
うちは、兵役以外はちゃんとお金を払うよ。
「実は、こういうものを作って貰いたいんです。給金は、出来高制。出来た製品1組当たりいくら、ということになります」
そう言って、オセロと将棋を見せて説明する。
オセロは簡単だけど、将棋は駒の大きさが違ったり文字が書いてあったりして複雑だ。まぁ、文字は後で書くから村の人には関係無いけど。
「…遊戯具、ですか」
私の説明を聞いた村長さん達、再び微妙な顔になってる……。
「うん。絶対売れるから。もし売れなくても、作った分はちゃんと買い取るから大丈夫!」
そう言われて安心したのか、ようやく頷いてくれたよ……。
確実に買い取って貰えるなら、女子供の良い内職になる。
ようやくそれに思い至ったのか、笑顔も出始めた。
「庶民向けの安いやつと、いくつかは貴族向けの高級なのも作ってみてね。いい素材を使ったり、飾り彫りを入れたりして、高く売れるようにしたやつ」
うん、みんな、なんだかお金になりそう、と思い始めたみたいだね。
でも、まだこれだけじゃない!
私はバッグからプリンター出力した紙を取り出した。
「これ、こんな植物、このあたりにない?」
印刷された絵は、4種類の植物の写真。ガンピ、コウゾ、カジノキ、ミツマタ。
そう、代表的な、和紙の原料だ。
遂に始めるよ、紙の製造! 洋紙は何か難しそうなんで、まずは和紙から。
煮て、解して、溶かして、漉いて、水抜きして、乾燥させて、仕上げをする。いや、詳細はネットで調べるから大丈夫!
「ん~、これと、これは、たくさんあるなぁ。これは見た事ないな。お前らはどうだ?」
「そうだなぁ、これも見たような気がするけど、似てるだけかも知んねぇ…」
おお、コウゾとミツマタは沢山あると? よし、早速小規模実験開始だ!
そしてコウゾとミツマタのサンプル収集を依頼して子爵邸へと戻ったら。
「ミツハ、もっと私に構ってよぉ!」
あ~、コレットちゃんが、めんどくさい子になってるぅ…。
ちょっと放置し過ぎたか?
今日は、この後ずっと一緒にいてあげよう。
「…というわけで、臨時検討会です」
「ええ~っ、遊ぶんじゃないのぉ!」
コレットちゃんが文句を言うが、一緒にいると言っただけで、誰も遊ぶとは言っていない。
検討会のメンバーは、私、コレットちゃん、そして参謀として召し抱えた、ミリアムさん。
検討会の議題は勿論。
「……というわけで、この2種類のゲームを流行らせて、売れるようにする方法を考えて下さい」
…普通は、売る方法を考えてから発注しますか、そうですか。
なお、カード、日本で言うところのトランプは、当分の間、断念。
だって、完全に見分けがつかない程に均等な紙を作る技術がないし、すぐに傷んでヨレるから、漉き具合の不均衡と併せて、しばらく使っていれば個々のカードの見分けがつくようになっちゃうだろうから。シャッフルするにも、強度や手触り、滑り等が悪くて使いづらいだろうし。また、そのうち…、って、いや、まだ試作の紙も出来ていないのに、いつになるやら……。
今はとにかく、オセロと将棋だ。
オセロによく似た、リバーシというゲームがあるけれど、そちらは開始時に事前に置く駒の位置が自由だったり、盤の制限が無かったりと自由度が少し大きく、それが逆に、新しく広めるには統一性とか説明が面倒とかで足を引っ張るから、今回広めるのはオセロの方。
「まずはやって見せないと、いくら口で宣伝しても無駄でしょうね」
流石、ミリアムさんはズバリと核心を突く。
「この、将棋というのは、取っ掛かりが難しいですから、貴族や高級軍人に広めて、そこから一般の人に広げていくべきでしょう。それに対して、オセロの方は、誰でもすぐに始められます。まぁ、簡単な割に奥が深くて面白いようですが……」
うん、説明がてらプレイした時、ムキになってハマってたよね…。
「やってみないと、面白いかどうか判らない。判らないのに、お金を出して買うか、という問題を解決するには、まず無料でやらせる、もしくは…」
「もしくは?」
「このゲームを買うことにより、何らかのメリットが得られる、と思わせることです」
なる程…。さすがミリアムさん、論理的だ。
「で、その、メリットというのは何を用意すればいいのかな?」
「それは、自分で考えて下さい。私の専門は民衆心理の研究であって、実務面ではありませんので」
ミリアムさん、思ったより使えねぇ~~!
その時、それまで黙って聞いていたコレットちゃんが口を開いた。
「試合だよ、ミツハ!」
え?
「村では、祭りで盛り上がるのは、力比べとか丸太切り競争とかの勝負モノだよ。それと、賞品の豪華さ! 仔猪一匹丸々が賞品に出た時の丸太切りは、そりゃもう盛り上がったの何の……」
「なる程、オセロ大会を開け、ってことか、美味しい餌をちらつかせて…。
確かに、みんなズブの素人からのスタートだから条件は同じ、腕力も関係ないから誰にでも勝てる可能性がある。そう高いものじゃないから、買って練習するか……。すごいよ、コレットちゃん!」
えへへ、とテレるコレットちゃん、可愛い!
「でも、賞品、何にすれば……。あまりお金がかかると儲けが飛んじゃうし、ショボいものじゃ参加者が釣れないし……」
しばらく悩んでいると、何やら木板にカキカキしていたコレットちゃんがその木板を差し出してきた。
「はい、これ!」
うんうん、だいぶ文字を覚えたんだね。でも、今はお勉強を見てあげる時じゃあ……。
「ミツハ、賞品はそれでいいんじゃないかな? お金がかからないし、みんな喜ぶよ!」
え? これ、賞品の案? どれどれ……。
1い ミツハにおしょくじをおごるけんり
2い ミツハにふくをかってあげるけんり
3い ミツハとおさんぽできるけんり
4い ミツハのあたまをなでるけんり
5い ミツハにてをにぎってもらえるけんり
…………てっ、天才かッッ!!
でも、コレットちゃんの将来がちょっと心配だよ…。
しかし、賞品と言うか、1位と2位なんか、私が得するだけで、入賞者は却って損をするよね?
「大丈夫、それで間違いなくイケます!」
って、ミリアムさんが太鼓判を押してくれるなら、大丈夫なのかな……。
結局、頭撫で撫では4位から6位まで、手を握るのは7位から10位までに増やして、それで行くことになった。まぁ、別に減るもんじゃないから、いいんだけどね……。
あと、オセロを自作されたり、使い回されたり、また便乗製品を排除するためもあって、大会の参加条件に『参加証として、自分が買ったヤマノ産のオセロを持参すること。ヤマノ子爵家の焼き印が無いものは無効』との条件を付けることにした。貴族家の焼き印偽造は、爵位詐称並みの重罪だ。やる者はいないだろう。それに、これで、二人に1つで充分なオセロが、ひとりに1つずつ売れる。
……鬼やな。
まぁ、それで「オセロはヤマノ子爵家が元祖」、「ヤマノ子爵家の焼き印が無いものは偽物。偽物を買うのはみっともない行為」という風潮が広まってくれれば万々歳だ。
今日の検討会は、ここまで。あとは、具体策を練ろう。
ここ数日は王都のお店で寝ていたから、今日はこっちで寝ようかな。遠くへ行っているわけでもないのにあんまり外泊ばかりというのは不自然だし。
よし、久し振りにコレットちゃんと一緒に寝てあげよう。
でも、その前に、ちょっと王都へ戻って屋台の方に問題が無かったか確認しておこうかな。
「……で、今日も完売、と?」
「はい、少し多めに用意したんですが。さすがに、昨日みたいな酷い行列にはならなかったですけどね。ただ……」
「ただ?」
「姫巫女様はいないのか、と文句を言う人が多くて…。それと、横の方からずっと屋台の中を見詰める人とか……」
今日も屋台組だったフィリップ君の報告は、概ね予想通りだった。
私がいないことへの文句は仕方ないとして、ずっと見ていた者、というのは、多分、製法の秘密を盗みに来たんだろうね。自分達で試してみたけどうまく行かなかった、ってとこかな。
でも残念、いくら作り方を見ても無駄だよ。なにしろ、爆裂種でないトウモロコシでは、外皮の硬さが足りないからうまく行かないし、ちゃんと乾燥させとかないとダメだし。
もし落ちた粒を拾って栽培しようとしても、それが収穫できて、更に収穫されたその粒から栽培して、と、充分な量の爆裂種が安定供給されるようになるには長い時間がかかるだろう。それまでに、ポップコーンはヤマノ産、他のはまがいモノ、と、ブランド化すればいい。
それに、別にポップコーンを独占販売する気はないんだよね、元々。
ポップコーンが広まって、ヤマノ子爵領特産の爆裂種が売れればいいんだよ、ただ単に。
だから、子爵領産の爆裂種は、普通に販売する。でないと、屋台で売る量じゃあ、たかが知れている。領の財政に貢献できるほどの量じゃないもの。
ブランド化したいのは、この屋台のポップコーン、ではなく、ヤマノ産の爆裂種、なんだ。この屋台はあくまでも、爆裂種の宣伝用。
爆裂種が出回れば、買った種から栽培を始めるところも出るだろうけど、それは仕方ない。先行者としてのメリットと、それまでに得た『元祖』としてのブランド力でシェアを維持するしかない。王都まで遠いのがちょっとネックになるけどね。
よそでも売り始めたら屋台の売り上げが落ちる?
いや、元々、この屋台で大儲け、なんて考えていないから。孤児院の方は、多少売り上げが下がったところで、日々の食費くらいは充分稼げるだろうし、私も別に慈善事業をやっているわけじゃない。たまたま、お互いの利害が一致しただけだから。
「で、本日の雷コーンの売り上げは、これだけです」
集計結果を示すフィリップ……、って、今、何て言った?
「え? 何コーン?」
「雷コーン、です。いつの間にか、みんながそう呼ぶようになってまして……。
『これは、雷の姫巫女さまが雷を落とされた跡地にあった、雷で破裂したトウモロコシが起源』とかいう話が広まって、『雷の姫巫女様コーン』、それが短縮されて、『雷コーン』、と……」
短縮され過ぎ! 私の略称、『雷』ですかぁ!
もういいや、帰って寝よう。




