52 ポップコーン販売開始! 2
ポップコーン販売、2日目。
今日も様子を見るため同行。数日間は付いているつもり。心配だからね、やっぱり…。
パーティーの話が来ても、開始は大抵夕方からだから大丈夫だし。
移動中に聞いた話では、昨日は、売り上げを聞いた院長先生が狂喜して、夕食に急遽1品追加してくれたらしい。喜んでくれるのはいいけど、お客さんが一通りポップコーンを試し終えた後、売り上げが落ちなきゃ良いんだけど…。
まぁ、大丈夫だとは思うんだけどね。
今日のメンバーは、昨日より年齢層が上。予想以上の重労働だったため、人数も5人に増加。……でも、給金は変わらず、純利益の3割のまま。
売り上げ自体が予想を上回っているし、どうせ給金は全部孤児院の予算になるのだから、何人でやろうが同じだしね。
5人のうちのひとりは、昨日も来たフィリップ君。やはり全員が初めて、というのは心配だからね。調理はみんな練習済みだけど、客捌きとか要領とかの面で。
でも、フィリップ君の腕はまだ昨日のダメージから回復し切っていないようなので、売り子と客捌き、全般指揮等を担当するらしい。しっかりした子だからね。
この子も、もう少ししたら15歳だから、孤児院を出なきゃならない。
でも、いくら何でも、孤児院出身者を全員ヤマノ子爵家で雇うわけには行かない。それに相応しい能力があるなら別だけど。
それに、『孤児院の者はみんなヤマノ子爵家に雇用して貰える』なんてことになると、妬みによる嫌がらせとか、成人寸前の者を孤児院に押し込もうとするとか、色々と弊害が出るだろうしね。
あくまでも、雇用は私のやりたいようにやる。請われて雇うのではなく、私が欲しい人材を、こちらから選んで雇うのだ。成人になった者は、たとえ親がいなくても、もう『孤児』じゃない。立派な、一人前の成人なんだから、自分の力で生きて行かなくちゃ。
勿論、ひとりの成人としてうちに就職活動に来て、能力があった場合は雇うよ。子爵家直轄ではなく、領民としてのスカウト、って形になるかも知れないけどね。
などと考えているうちに、広場に到着。
フィリップ君の指揮の下、素早く準備して、製造と販売開始。
貴族が庶民に扮して並んでまで食べたい、というようなものではないけれど、何か無性に食べたくなり、食べ始めたら止まらない。
そんなに無茶苦茶美味しいというわけでもないのに、なぜか買ってしまう。
魔性の食べ物ポップコーンは、本日も売れ行き快調であった。
屋台の後ろに隠れて様子を見ているうちに、うとうとしていたらしい。
ふと気が付くと、何やら様子がおかしい。
「だから、誰の許可を得てここで商売やってるのかって聞いてんだよ!」
おお、来た来た! 出番かな?
バッグから拳銃型のスタンガンを出して、と……。
「雷の姫巫女様からですが?」
「「「え?」」」
あれ、様子が変わった?
こっそり覗いてみるか……。
「ここは、ヤマノ子爵領の特産品を宣伝するための店であり、ヤマノ子爵様であらせられる雷の姫巫女様の直営店です。そして我らは、姫巫女様の忠実なる僕!!」
その言葉と同時に、腕を組んでポーズを取る5人。
ぶはっ! 何だよソレ!!
れ、練習してたのか?
い、いかん、腹イテェ……。
「で、何の御用でしょうか?」
「い、いや、その……」
フィリップ君の堂々とした態度に、急に狼狽え始めた3人のチンピラ達。
そりゃそうか、ただの孤児かと思っていたのに、屋台を構え、見たことのないものを売り、姫巫女様の僕を名乗られては。
そしてこの国で姫巫女様の名を騙った者がどうなるかは子供でも知っている…。
無事、独力で切り抜けたね。合格だよ! このまま放っておいても、チンピラ達はすぐ退散するだろう。
では、もう私がいなくても大丈夫なように、駄目押ししとくか。
「どうかしたの?」
「「「「ひ、姫巫女様!」」」」
屋台の後ろから姿を現した私に、声を揃える5人。
いや、それも練習したんじゃないよね?
「あなた方は?」
「あ、あの、その、このあたりを仕切っておりやす、アバロ組のモンでございやす!」
チンピラ達のひとりが必死で答える。
「フィリップ、爆裂トウモロコシを4つ頂戴」
慌てて差し出された4袋のポップコーンを受け取り、にっこりと微笑みながらチンピラ達に差し出した。
「この子達が困っていたら、助けてやって下さいね」
こくこくと頷きながら、真っ赤な顔でポップコーンを受け取る3人。
1袋ずつ渡し、残った1袋のポップコーンを手で摘んだ。
「私が考えたお菓子ですの。美味しいですよ」
チンピラ達は、何度も頭を下げながら去って行った。
これで、アバロ組とやらの他の構成員にも話が伝わって、うちの屋台に手を出そうとする者はいなくなるだろう。よしよし。
……で、この行列は何?
「ひ、姫巫女様、責任取って、手伝って下さいよぉ……」
フィリップ君から泣きが入った。
でも、本当にいいの? 私が手伝って……。
私が手伝ったら、列はもっとどんどん長くなると思うんだけど。
結局、子供達は地獄を見た。
『姫巫女様の手作りのお菓子が食べられる』、『姫巫女様から手渡しでお菓子が受け取れる』という噂が広まり、広場どころか付近一帯の者が大勢詰め掛けたからだ。
だから言ったのに……。
売り上げ自体は、どうせ材料が終わるまでだから変わらない。のんびりと7時間かけて売るか、死ぬ思いで2時間で売るか、の違いでしかない。
私としては、前者がお勧めだったんだけどねぇ……。
まぁ、みんなが後者の方がいい、っていうなら、止めないよ、別に。
そう言ってあげたら、判っていたならそう言って止めて下さいよぉ! と涙目で文句を言われた。
知らんがな……。
帰り道で、ひとりの子供が呟いた。
「あ、じゃあ、今日の3倍の材料を持って行って、今日と同じペースで売れば……」
「「「「言うなあァァァ~~~!!」」」」
歩合制だからね、その辺は任せるよ、うん。
さて、明日は子供達に任せて、実家と領の方を見るか。
翌日は、朝から実家へ。
メールや郵便物の処理をして、御近所さんに顔を見せて、オセロと将棋、そして自転車を1台買った。午前中はその他色々と雑事をこなし、昼食後に領地へ。勿論、買ったものを持って。
「こんにちは、ランディさん。こういうの作れる?」
突然だったからか、ランディさん、目を白黒させてる。
私がランディさんに差し出した、というか、押し出したのは、午前中に買った自転車。クロスバイク、とかいうタイプのやつ。
「な、何ですかこれは!」
驚くランディさんに、裏庭で少し乗ってみせたりして、自転車について色々と説明した。
「これを、最初から作れとは言わないけど、故障したら直せる?」
訊ねる私に、ランディさんは悔しそうに首を横に振った。
「無理です。まず、中空のパイプ部分、こんな薄いパイプでそんな強度は出せません。折れて修理したらその部分は鉄の棒で補強して重くなるし、全体強度も保てません。もっと問題なのが、このギアとかいう部分。この薄さでそんな強度は出せません。すぐに歯が欠けるし、噛み合わせの精度も難しい。そして、このチェーンとかいうもの、こんなの作れるわけがない……」
駄目か……。
作れないまでも、個々のパーツを作って修理できるなら、自転車を持ち込みたかったんだけどな……。
クロスバイクなら、舗装路だと時速25~30キロくらいで巡航出来るはず。30キロくらいから急速に空気抵抗によるエネルギーロスが増えるから、実際には25キロ以上はやめた方がいいけど。
ここでも、舗装はされていないけど一応は馬車が走る道だ、雨によるぬかるみさえ無ければそこそこの速度は出せるはず。パーティーの時に、経路上の領主さんには街道整備についても少しお願いしておいたし。いや、これから交通量増える予定だし、馬車のためにも道の整備は必要だからね。
そして、王都との中間地点に交代要員を置いて、その日獲れた魚をサイドバッグやリアキャリアバッグで40匹くらい積んで夕方に村を出発、夜明けまでには中間点に着いて交代、そこから夕方までに王都に着く。
それぞれ140キロずつの道のりだ、12時間あれば、食事の大休憩1時間、30分の中休憩2回、あとは小休憩込みで平均時速14キロだから、結構余裕で24時間での王都行きが実現できるはず。翌日の夕食までに生魚が届けられるのだ、自転車が使えれば。
流石に夏は難しいかも知れないけれど、秋から春先にかけては、魚を布で包み水のはいった容器と繋いで、毛細管現象と走行による風で気化熱を利用すれば、充分保つはずなんだけど……。
肝心の自転車が、地球の整備支援無しでは使い捨てになっちゃうか……。
せっかく考えたのに、悔しいなぁ……。
あ、駄目だ、私があんまり落ち込むものだから、ランディさんがすごくヘコんでる!
「いや、うちの国とは基礎的な技術力が違うんだから、仕方ないよ。あんまり気にしないで!」
ああっ、余計ヘコんだ! 何か、明るい話は……、あ、そうだ!
「ねぇねぇランディさん、しばらくすると、王都から見習いの子が来るから、面倒見てあげてね!」
自分に弟子ができるとなれば、嬉しいだろう。
「え……」
「11歳の男の子と、10歳の女の子。仲良しさんで、どっちも才能ありそうだから楽しみだね!」
え? どうしてますます落ち込むの??




