48 人材確保 3
この屋台は使える。
別にラーメンを作るわけじゃないから、あそこまでの機能性と強度は必要ない。スープや大量のお湯がはいった寸胴とかの重みに耐える必要もなければ、たくさんの食器や具材を収納するスペースも要らないし、ドンブリやお客さんが肘をつく重さに耐える必要もない。速い速度で引く必要もない。屋台自体が自壊しないだけの強度があれば良いのだ。ラーメン屋台とは違って。
いや、芸術品なんだよ、ラーメンの屋台は。最近は軽自動車を使っているのが多いけど、あの、ラーメン屋台の良さは堪らないよねぇ…。
とにかく、どこかで探して買うか、クンツさんに頼んで作って貰うかと考えていたけど、これから作るとなると少し時間がかかるかと思っていただけに、嬉しいハプニングだった。幸いにも、商品は軽い上に手渡し販売の、屋台の強度をあまり必要としないポップコーンだ。これならすぐに販売を開始できる。
うん、いいか! カセットコンロを使わせよう!
カセットコンロの方が軽くて場所も取らないし、子供達が火傷とかをする危険性も低くなる。
もし私が突然死んでも、その時点で普通の、木を燃やすコンロに替えれば済むことだし、その時には子爵領から爆裂種の輸送が普通に行われているだろうから、孤児院が急に収入の道を失うことにはならないだろう。
そして、屋台も使えるけど、この少年も使える!
「ねぇ、うちで働かない?」
再度の勧誘の言葉に、ようやく少年と院長先生が再起動した。
「な、何、を……」
うろたえる少年。
「え…と、それは、姫巫女様のお店で、でしょうか?」
さすが年の功、完全に営業モードに戻った院長先生。
「いえ、売り子としてではなく、技術者として働いて貰おうかと。我が子爵領で」
そう言いながら、屋台に視線を向ける。
院長先生は、あぁ、という納得顔だ。
うん、経験豊富な人なら、そりゃ分かるよね、この子の才能。
「ロイク。あなたは、どうしたいのですか?」
院長先生の言葉に、ロイク、という名らしいその少年は、何やら考え込んでいる様子。
ありゃ、子供達の普段の様子から、ふたつ返事で飛び付くかと思ったのに…。
暫く考えたあと、その少年、ロイクがようやく答えた。
「あ、あの、マノンとネリーも一緒なら……」
どこのリア充かッッ!!
聞いてみると、マノンという10歳の少女はロイク少年の仲良しさんで、屋台の製作の助手的存在らしい。手先が器用で、ほんの僅か使われている金属部品は、大半が彼女の手作りとか。
いや、拾った鉄片を根気よく何時間も叩き続けて形成するとか、どんだけ……。いびつだけど、一応は立派に釘の役目を果たしているよねぇ、あの部品も……。
車輪回りの木材、ゴミ捨て場で拾った折れたナイフで削り出した? いやいやいやいや! どんな根気だよ!
あ~、ランディさんの弟子にでもするか? 考えたら、いくらランディさんが色々と覚えてくれても、もしランディさんが事故に遭ったり病気になったりしたら、全てが振り出しに戻っちゃうからなぁ…。弟子が必要か、やっぱり。それも、ランディさんより長生きしてくれそうな、丈夫で若い子が……。
もうひとりの、ネリーという子は、ロイク少年の妹らしい。
良かった、子供達のドロドロの三角関係に巻き込まれずに済みそうだ。
料理の手伝いが好きらしいので、もう、料理人枠でいいか。
9歳らしいけど、日本人である私の目には西洋人はもっと年上に見える。これくらいの年齢なら、料理のいくつかはすぐにひとりで作れるようになるだろう。とりあえず、ひとつでもひとりで作れるものがあれば、休みが取れない料理人さんが休めるようになる。作業の指示さえ出来れば、下拵え等はメイドさんにも手伝わせるしね。
よし、いいか!
「分かった。3人まとめて、我がヤマノ子爵領で面倒みるよ!」
大喜びのロイク少年と、院長先生。
手先が器用なふたりが居なくなると困るかと心配したが、運営側の大人が居るので問題ないそうな。いつも子供の世話をしている女性だけでなく、たまに手伝いに来る男の人がいるらしい。会ったことがないから知らなかったよ…。
そして、そんな事より、孤児が早々にちゃんとした仕事を得て独り立ち出来ることの方がずっと大事、とか。
ロイク少年ならばどこかの職人に弟子入り出来そうに思えるけど、弟子入りの口は、その店の従業員や店を持っていない同業者とか、世話になった人とか、親族とかが自分の子供をねじ込んで来るため、ツテの無い孤児には狭き門らしい。ま、そんなもんか……。
話を聞いたマノンちゃんとネリーちゃんも、早々に独り立ちできる事に大喜びの様子。お腹いっぱい食べられて、もうひもじい思いをしなくて済むからねぇ、と思ったら、どうやらそれだけではないらしい。
子爵家という超憧れの就職先で、しかも、あの、生きた伝説、救国の大英雄である雷の姫巫女様のところ。もう、死んでもいい、って……。いや、雇った早々に死なれちゃ、こっちが困るよ……。
まぁ、姫巫女うんぬんを知らなかった時のコレットちゃんの村での反応や、メイド募集の時のことを考えれば、当たり前と言えば当たり前のことか。
院長先生は、食い扶持が減ることと、独り立ちした子供達からの仕送りが期待出来るのでホクホク顔。
……いや、子供達の立派な巣立ちが嬉しいだけなのだろう、うん、多分。
まぁ、ちゃんと給金出しますけどね、見習いであっても。
孤児院から一挙に3人も貴族家に就職なんて、多分、この国始まって以来のことだろうから、院長先生が舞い上がるのも無理ないか。
3人の子爵領行きは今回の社交シーズンが終わった時、ということになり、とりあえずロイク君達は屋台の最終調整。私は予備を含めたカセットコンロとトウモロコシを仕入れることとなり、ポップコーンについて考えながら、いったんお店へと向かった。
確か、爆裂種は業務用で1キロあたり500円弱だったはず。前に何度か買って作ったことがある。
深めの鍋の底に一重にきっちり並ぶようコーンを入れて、サラダ油をトロトロとかけて、塩を振る。そして蓋をして、ガスレンジの上で鍋を軽く揺するだけ。するとすぐにパン、パンと音がし始めて、次第にパパパパパパパパ、と連続音になる。揺すり続けても音があまりしなくなったら終了。鍋一杯のポップコーンの出来上がり。音がごくまばらになってもしつこく続けると焦げてしまうので、程々で妥協して、数粒の爆裂残りは許容するのが肝要。
コーンが2段になるほど入れてはならない。なにせ、40倍くらいに膨れるからね。鍋の蓋を押し開けて溢れ出すよ。
作るのが結構楽しい上、格安で出来立てが食べられるのに、お店で高いポップコーン買うの、馬鹿馬鹿しい……、いやいや、これからそれで儲けさせて貰おうっていうのに、それを言っちゃあ駄目か。
とにかく、いったんお店に戻って、それから日本に買い出しだ。
……と思いながらお店に戻ると、鬼が待っていた。
「ミツハ! どうしてパストゥール伯爵家のパーティーに来なかった!」
知らんがな……。
ボーゼス伯爵様のお話によると、何でも昨夜開かれたパストゥール伯爵家のパーティーとやらに私が出ていなかった事が、貴族の間で噂になっているらしい。パストゥール家は姫巫女様と何か確執があるのでは、とか、隔意を持たれるような事をしたのでは、とか……。
いや、だから、知らんがな……。
「いや、来なかったも何も、招待されてませんから。そんなパーティー、あった事すら知りませんでしたから!」
「え……」
なんか、呆然とした伯爵様。いや、本当に知らないから。
すると、何か、はっとした顔をする伯爵様。
「ま、まさかミツハ、王宮に王都滞在の届けを出していない、とかいうことはないだろうな? ないよな、勿論……」
祈るような顔でそう言う伯爵様。
私は勿論、にっこりと微笑んでこう答えた。
「え、届け? 何のことですか、それ……」
蒼白の伯爵様。
「ば、馬鹿な…。王女殿下と一緒だったではないか! 王宮に行くと言っていたではないか!」
「ええ、王宮へは行きましたけど。サビーネちゃんのお部屋に行って、王様とも会いましたけど……」
「と、届けは! 滞在の届けは!!」
「いや、だから、何ですかそれ……」
あ、伯爵様、崩れ落ちたよ……。
どうやら、伯爵様が言われるには、貴族は王都に来たら王宮のある部署に届けを出すことになっているらしい。理由は、王様が何か用がある時に、どの貴族が王都にいてどの貴族が領地に戻っているかを把握出来るため。それが、壁に表示されているらしい。
でも、普段は、それは別の用途に利用されているらしい。そう、パーティーの招待客リストの作成に、である。それを見て、王都にいない者は招待客リストから外されるとか。
社交シーズン最初のパーティーは、久し振りの顔合わせとなるので多くの貴族が参加するため、大規模なパーティーが選ばれる。時の人であるミツハは絶対に招待されるであろうし、新興貴族であるミツハがそれを断るはずがない。
皆がそう思っていたらしい。
そこに、まさかの欠席。
それで、これは何かあったのでは、ということになっているらしい…。
その実態は、ただ単に貴族の王都滞在表で不在になっていたから招待リストから外されただけ。しかし、王宮や街中でミツハを見掛けた貴族や使用人が結構おり、ミツハの王都滞在を知る貴族が多かった。そのためにおかしな憶測が広まったようだ。
いや、だから、知らんがな……。
「それじゃ、明後日の、ランセン伯爵家のパーティーは…」
「いや、勿論それも知りませんけど?」
「………」
そして伯爵様は、それには絶対に出ろ、と言い置いて、急いで帰って行った。多分、その何とか伯爵のところに急いで知らせに行くのだろう。
ああ、面倒な……。
でもまぁ、私がなぜ王都にずっと滞在している振りをしているかと言うと、それは『社交シーズンになったから』であり、社交シーズンと言うからには、社交があるよねぇ、当然。
それ関連の話が全く無かったことになぜ疑問を持たなかったかなぁ、私…。
まぁ、社交界やらパーティーやらとは縁の無い、一般庶民の学生だったんだから仕方ないよね、うん!
そしてその日の夕方、ランセン伯爵家の家令が汗だくで息を切らしながらパーティーの招待状を持って来た。
あんまり気の毒だったので冷蔵庫でキンキンに冷えた麦茶を出してあげたら、すごく驚いてた。
ああ、そういえば、オーバーテクノロジーだったっけ。いつもサビーネちゃんが自然に飲んでるから、すっかり忘れてたよ…。




