477 狼は狼を呼ぶ 10
「住居は順次完成しつつあり、できたものから孤児の入居が始まっています」
「工場……といっても、建物だけですが、そちらも完成しています。
壁と床と屋根があるだけで、中に作業用のテーブルと椅子を置いただけですから、住居よりずっと簡単に作れますからね」
「うむ、御苦労!」
『ソロリティ』のメンバーで、それぞれの役目を与えた者達からの報告に、労いの言葉を返す。
アデレートちゃんやティーテリーザちゃん、そしてその補佐であるラステナちゃんとカトルナちゃんには、全体的なことやら、出来上がった商品の取引相手の開拓やらを任せているので、こういう仕事は一般メンバー達に振っているのだ。
全部を私や上層部だけでやっていたら、身体がいくつあっても足りやしないよ。
それに、部下を育てるのも、上司の役目だ。
いくら自分でやった方が早くても。
そして、自分がやった方が上手く行くのが分かっていても。
自分の8割の成果しか収められないと分かっていても。失敗するかもしれないと思っても。
やらせなきゃ、いつまで経っても未経験、成長のないままだ。
……それに、一般メンバーといっても、貴族家のお嬢様や大店の娘とかだ。しっかりと教育を受けているし、上流階級の間では顔が広く、人脈がある。やるべきことと注意事項をきちんと教えておけば、ほぼ問題なく仕事をこなしてくれるのだ。
そう、みんな、普段は実力を発揮する機会がないだけであり、本気を出すとかなりの能力がある、遣り手揃いなのである。
そして、これだけ重要な仕事を担当すれば、やり甲斐や充分な達成感が得られるだろう。
みんな、サビーネちゃんやベアトリスちゃんに認めてもらいたいという願望や、民草のためにという、本当に真摯なる想いと信仰心に溢れているのだから……。
「……採取会の方は?」
「順調です。護衛の受注希望者も多く、採取の参加を希望する子供達も多いです。
孤児以外の、小遣い稼ぎ目当ての一般家庭の子供達が大勢参加を希望しており、断るのが大変でして……」
「あ~……。割の良い稼ぎになるから、そりゃ食い付くか……。
現時点では、孤児以外は断ろう。将来的には、孤児の大半が工場勤務に移ったりここを卒業したりして採取会に参加する者が減れば、一般家庭の子を受け入れるかどうかをその時に再考しよう。
……採取会そのものを廃止するという可能性もあるから、このことは口にしないようにね」
「はいっ!」
……そうなのだ。
まだ工場は正式稼働していないし、できた製品の販売ルートも根回し中。
なので、子供達の繋ぎの働き口として、森で色々なものを採取させようと思っているのだ。
山菜、果物、薬草、小動物、その他諸々……。
勿論、子供達だけで森に入らせるわけにはいかない。危険な獣や魔物、毒を持った虫や蛇とか、色々なものがいるし、思わぬ怪我をすることもあるだろうから……。
なので、護衛役を引き受けてくれる人を募集し、安全な『採取会』を開催するわけだ。
そして護衛役は、引退し暇を持て余している元兵士や元傭兵、あまり酷い悪党ではない、気の良いチンピラとかが、割と気軽に引き受けてくれるようなのだ。
いい酒代稼ぎになるし、『死後のために、功徳を積んでおこう』という考えもあるらしく、チンピラ連中でさえ、この仕事中は子供達に対して『やさしいお兄さん』になるというのは、笑えるというか、驚きというか……。
まあ、チンピラの中には、孤児だった者もいるだろうからなぁ。
どの業界にも、後輩に優しい先輩というものはいるか。
……いや、うちが世話した子供達には、チンピラにはなってほしくないけどね……。
『ソロリティ』は、採取会を主催するだけでなく、採取物の買い取りも行う。
孤児達が直接店に売りに行くのではなく、『ソロリティ』が間に入れば、業者も安く買い叩くわけにはいかないだろう。
我ら『ソロリティ』や、その家族、友人知人、その他大勢の者達に、『あそこは、孤児を救うために聖女様達が行っておられる慈善事業を金儲けのために利用し、搾取している』なんて噂を流されたくはないよね?
そう言ったら、サビーネちゃんが、『鬼かっ!!』とか言っていたけど……。
ネームバリューは、利用するためにあるんだよ。羽虫が集ってきたりと、色々なデメリット……有名税……があるのだから、メリットも享受しないとバランスが取れないよね!
「……では、各自、担当している仕事を進めてください。
急ぐ必要はありません。安全、確実にね!
それでは、今回の臨時お茶会はこれにて解散……、あ、いや、お菓子がなくなるまで自由にしていていいよ。各自、自由解散で……」
まだスイーツが残っているからか、今回の作戦に関すること以外にも色々と話をしたいからか、私が解散の指示を出そうとすると、あからさまに不満の表情をされた。
なので、あとは自由にさせたのだけど……。
長時間居座られると、片付けが遅くなって、ホールを使わせてもらっているライナー子爵家の使用人の皆さんに迷惑が掛かっちゃうなぁ……。
長い付き合いだし、文句を言われるようなことはないのは分かっているけれど……。
今回の作戦が始まってから、お茶会の開催頻度が滅茶苦茶増えてるしなぁ。
今度、お詫びのスイーツでも差し入れるか……。
* *
今回の計画において、孤児達が住む仮設住居と、働く場所である工場を建てるための土地は、王様にタダで貸してもらった。
土地を買うにはかなりのお金がかかるので、そこまで『ソロリティ』が出すのは、ちょっと厳しいからね。
いくら貴族家の令嬢や金持ちのお嬢様とはいっても、お金を持っているのは父親であって、娘が持っている個人資産なんか、微々たるものだ。
自分で事業をやっているわけでなし、せいぜいお小遣いを貯めている程度……。
孤児への支援は、本来、領主の役目なんだ。
そしてここ、王都は国王陛下の直轄地なので、……つまり王都の領有者にして責任者である王様に、孤児の面倒を見る責任があるということだ。
……なので、孤児院に入れていないフリーの孤児達がいるということ自体が、王様の責任であり、職務怠慢ってことだ。
いや、これでも他の領地よりは随分マシらしいし、孤児院に未収容の孤児を完全になくすことは不可能だってことくらいは、分かってる。
でも、それは孤児達のために活動しようとしている『ソロリティ』に王様が無償で協力してくれる理由としては、十分なものだ。
……だから、遊んでいる郊外の土地を少し無償貸与するくらいのことは、当然要求できるのだ。
向こうから頭を下げてくれてもいいくらいだよね。
……というか、事実、頭を下げてお礼を言われたんだけどね、この件について話をしに行った時に……。
私とサビーネちゃんはともかく、一緒に行ったベアトリスちゃんとアデレートちゃんは、王様に感謝の言葉と共に頭を下げられて、蒼くなっていた。
貴族の娘が国王陛下に頭を下げられるというのは、とんでもないことらしいよ。
まあ、これが政治的なことであればともかく、慈善活動に関することだから、特に問題にはならないらしいけどね。
国王としての権威がどうこう、とかではなく、度量の大きさ、そして信仰心の高さを見せたということになるらしい。
頭を下げた相手の中に、大聖女と雷の姫巫女が含まれているしね。




