475 狼は狼を呼ぶ 8
「……そ、それって……」
おや、一部の者が、再起動したみたいだな。
「残飯だけじゃなくて、銅貨も貰えるってことか?」
え? 残飯?
「何じゃ、そりゃあああ〜〜っっ!!」
『ソロリティ』のメンバー達も、呆然としている。
……淑女呆然……。
さすがに、『残飯』とか、銅貨すら貰えていないとかいうのは、令嬢達の想像の範囲外だったのだろう。
……いや、私も、カビの生えたパンとか銅貨数枚とかは予想していなかったわけじゃないけれど、さすがにそれ程とは……。
市場で色々と買いすぎた時に、荷物持ちのバイトにお駄賃として銅貨数枚とお菓子を渡した時の喜び方が異常だと思ってはいたけれど、まさかそこまで酷いとは……。
私は孤児院の子達とはけっこう話すけれど、フリーの子達とはあまり接触の機会がなかったし、市場で仕事待ちをしている子に荷物持ちを頼む時も、向こうからそんなに話し掛けてくるわけじゃないからねぇ……。
いや、私は『雷の姫巫女』とか『救国の大英雄』とかで割と有名なんだけど、姫巫女としての立場でフリーの孤児達と至近距離で会ったり、話をしたりはしていないからね、あんまり……。
孤児院の子達とは、色々と接触しているんだけど……。
だから、この世界の平民用の服を着て食材の買い出しに行く時には、私のことに気付かれない場合が多いんだよね。
それに、気付いていても、話し掛けずにそっとしておいてくれる場合が多いし……。
気付いた場合も、皆は私のことを『畏れ多い』と思って自分からはあまり話し掛けないのかも……。
そうなんだよね。
孤児院の連中の、あの馴れ馴れしさというか、貴族や神官に見られたら『不敬な!!』と怒られそうな態度……私は別に気にしちゃいないけど……の方が、ちょっとおかしいんだよなぁ、普通に考えれば……。
あ、私のことに気付いていても、『荷物、持とうか?』というのは向こうから話し掛けてくるけれど、それは仕事だからね。生きて行くためには、避けられないことなのだ。
荷物が多すぎて困っている小娘なんて、絶好の獲物だからね。荷物運びの顧客は、そんなに多いわけじゃないんだから……。
「……銅貨どころか、1日で銀貨数枚稼ぐこともできるよ」
「ぎっ、ぎぎぎ、銀貨!!」
銀貨1枚は、ここの感覚では、日本における1000円くらいの価値だ。それが数枚だと、数千円。
子供のアルバイトとしては、妥当な報酬額だ。別に、驚くような金額じゃない。
……ここが日本で、この子達が普通の身分であれば、だけどね。
現代地球でも、大人の最低賃金が月収数万円とかいう国は、いくらでもある。
この国で、子供が、それもフリーの孤児が1日数千円稼げるなんてことは、まず、あり得ないのだろう。
もしそんなに稼げていれば、日々の食べ物にも困る生活なんかしているはずがないよね……。
それは、既に『孤児』ではなく、若年労働者だ。数人で部屋を借りて、普通に暮らせる。
そしてこの世界では、野菜と魔物肉は、割と安い。
なので、銀貨数枚あれば、屑野菜や売れ残りのパン、半端な部位や内臓肉とかであれば、どれだけの食材が買えることか……。
「「「「「「……」」」」」」
「「「「「「…………」」」」」」
「「「「「「………………」」」」」」
「「「「「「うわあああああ〜〜!!」」」」」」
……よし、掴みは上々だ!
* *
「……というわけで、郊外に仮設住宅を建てるよ。
土地はタダで借りられるから、建築にお金が掛かる2階建てや3階建てにする必要はないので、安上がりで簡単に造れて安全性が高い、平屋の建物を大急ぎで建てまくる。
あまり立派な建物じゃないけれど、雨風は防げるし、ベッドもある。共用の調理場も造るから、自炊もできるよ。ちゃんとした竈があれば、調理に必要な木材の量も少なくて済むしね」
石を組んだだけの、焚き火みたいなもので煮炊きしていたら、効率が悪いからね。
……まあ、この子達が炊事用の木材をお店で買うとは思えないけどね。
乾燥した流木を集めたり、山から倒木やら何やらを拾ってくるに決まってる。
あまり乾燥していない木は燃えにくく、煙や煤が多いし火力が弱いけれど、孤児達はそんなことを気にしたりはしないだろう。火を使うのは屋外だし、『燃えればいい』としか考えないだろうから……。
なので、調理場は屋外に竈やら色々な設備を作り、屋根だけ付ける予定だ。
使いやすい調理器具で自炊すれば、食費がかなり節約できるはずだよね。
それに、みんなで一緒に料理し、一緒に食べることで、連帯感、仲間意識ができるはずだ。
稼げる者と稼げない者、お腹いっぱい食べられる者とひもじい思いをする者に分かれちゃいけない。
年少者の世話をする者は稼ぎがないから軽んじられる、なんてことは許されない。
……いや、私が許さない。
そりゃ、たくさんお金を稼げる者には、余禄がなきゃ駄目だ。
いくら稼いでも皆と同じだと、勤労意欲が低下するからね。
でも、基本的には、皆、平等だ。食事と、日常生活における立場的なものは……。
そのあたりのことを、みっちりと説明した。
反論が出るかと思ったけれど、みんな、私の話をそのまま受け入れてくれたみたいだ。
……まあ、今現在が、僅かな収入、僅かな食べ物を分け合う、って状態らしいからね。
今、全員が助け合っていなければ、弱者はみんな死ぬ。
なので、私に言われるまでもなく、今現在、既にそれが当然の生活をしているのだ。
……そりゃ、反対意見が出るはずがないか……。
タチの悪い大人達に騙され、搾取され続けている子供達が割と簡単に私達を信じてくれているのは、アレだ。
……私達が、どう見ても『良いトコのお嬢様』だからだ。
普通、孤児達から搾取しようとするのは、悪党の中でも比較的底辺の連中らしいのだ。
この世界では、人間の命というものは、かなり安い。
護衛とか傭兵とかの、生命の危険がある仕事を受ける者に対する報酬は、私がウルフファングを雇う依頼料に較べると、馬鹿みたいに安いのだ。
……ということは、必然的に、孤児の価格も安い。
もし孤児がひとり当たり金貨数十枚で売れるなら、一瞬の内に全ての町から孤児の姿が消えるだろう。高値で売ってボロ儲けするために、犯罪組織に攫われて……。
そうなっていないということは、孤児はあまり高値では売れないということだ。
余程見目が良いとか、何らかの付加価値がない限り……。
なので、そんな大した儲けにならない割には捕まった場合のリスクが大きい孤児の誘拐・人身売買には、大きな犯罪組織や権力者は手を出さないのだとか……。
まあ、孤児が欲しければ、わざわざ大金を払って犯罪者から買わなくても、自分の手の者に命じて攫わせれば、タダで手に入るしねぇ……。
とにかく、貴族や金持ちのお嬢様が、そんなことに自分で直接手を出そうとするわけがない、ってことだ。
そして、普通のお嬢様というものは、最下層の人間には近寄りたくないし、話もしたくない、と考えるのが普通だ。
もし何かを企むとしても、それは使用人に命じてやらせるものであり、お嬢様が直接現場に出て来るようなことはない。……絶対に!!
ならば、どういう場合にお嬢様が自分で孤児達に会いに来るのか。
それは、慈善活動をして人気取り……社交界での評判や、婚活のため……をするか、『下層民を憐れんで手を差し伸ばす素敵な私、カッコいいですわ! きっと女神様のお覚えが良くなりますわよ!』とか考えている場合だ。
そして、お嬢様は、自分の悪評が広まるような危険は冒さない。絶対に!!
……なので、声を掛けたのがチンピラではなくお嬢様達だという時点で、子供達の警戒心はかなり緩んでいたはずなのだ。
でないと、初っ端から、こんなに大勢は集まってくれなかっただろう。
それでも、最初はもっと少人数で、回を重ねるごとに噂が広まって人数が増えていく、という予想だったのだけど、良い方に予想が少しズレたわけだ。
子供達、思っていたより厳しい状況だったのかもしれないな……。
よし、お前達は、私が育てる!!
……初期費用は『ソロリティ』のみんなからの拠出だし、その後の運営経費は、子供達の稼ぎから充当するけどね。
いや、搾取じゃないよ!
いつまでも『ソロリティ』の支援がないと機能しない状態が続くというのはマズいからだ。
最初は手助けするけれど、軌道に乗れば、あとは独立採算で、『ソロリティ』の支援なしでやっていけるようになってもらわなきゃ駄目だものね。
『ソロリティ』も、未来永劫存続するとは限らないんだ。
……新大陸の同名組織は、すぐに潰れちゃったしね……。




