471 狼は狼を呼ぶ 4
『影』がいることは、以前、サビーネちゃんから聞いていた。
……いや、そういうのがいるんじゃないかな、と思って聞いてみたら、あっさり肯定されたんだよね。
勿論、その存在は公式には認められていないらしいけれど、貴族の間じゃ知られているとか。
ま、何度か活躍すれば、そりゃ知られるだろう。
そして、過去、一度も出番がなかったわけじゃないだろうからね。
そういうわけで、大した秘密でもないよ、と言って、簡単に教えてくれたわけだ。
まあ、私が尋ねた時点で、そういうものの存在を確信していると思ったのかもね。
……そしてサビーネちゃんは、私には不必要な嘘は吐かない。
いや、必要だと思った嘘は吐く、っていうことなんだけどね、それって。
まあ、とにかく、王家は『影』を飼っている、ということだ。
「今回の件で、『ソロリティ』のメンバー達には絶対に怪我をさせるわけにはいかない。
そして、探偵ごっことかで単独や2~3人で行動されて、『ソロリティ』のことを知らない下っ端連中に捕らえられたりもさせられない。
それには、各家が付けている普通の護衛がひとりやふたりいるだけじゃ、安心できないからね。
だから……」
「諜報と戦闘力に優れた、ニンジャのような者が必要、と……」
「ザッツ・ライト!」
「……それは軽い?」
「違うわっ!」
うむむ、サビーネちゃん、日本語はかなり喋れるようになったけど、英語は今ひとつなんだよなぁ……。
まぁ、この年齢で母国語の他に、日本語、英語、そして新大陸の言葉まである程度喋れるのだから、まさに天才なんだけどね。
特に、新大陸の言葉は、碌な教材もなかったというのに……。
それも、王女教育の片手間で、なんだよ……。
平民でありながら、家臣教育の片手間で同じく4カ国語を喋れるようになったコレットちゃんも、ただ者じゃないよねぇ。
言語知識スキャン能力がなければ、私には太刀打ちできないよ、うん……。
「とにかく、そういうわけで、王様から『影』を借りたいんだよ……」
「分かった!」
おお、一発OKか……。
まあ、サビーネちゃんも当然理解しているだろうからね、メンバーを誰ひとり、掠り傷すら付けさせるわけにはいかないってことくらい……。
怪我をさせていいのは、痕が残ることなく完全に治る、私だけだ。
……でも、私が怪我をするとサビーネちゃんやコレットちゃんが大騒ぎするだろうからなぁ……。
まだ、私が怪我をしても完全に治る、ってことは誰にも知られていないからね、地球でも、この世界でも……。
御使い様扱いはまだしも、他者の怪我や病気も治せるとか思われちゃうと面倒なことになるだろうし、私の生き血を飲めば、とかいうデマが広がったりすると、身の危険が……。
私の肉を食べると不老不死に……、って、人魚か、私は!!
とにかく、そういうわけで、死なせるどころか、メンバーには怪我すらさせるわけにはいかないのだ。
……私を含めて、ね。
いや、完全治癒の秘密はともかく、怪我すると痛いからね……。
* *
「お呼びと聞き、参上いたしました……」
「うわっ!!
……って、早っ! そして、女性の部屋に無音で侵入するなあっ!!
いや、音を立てれば侵入してもいい、ってコトじゃないからね、念の為に言っておくけど!」
「御意」
『雑貨屋ミツハ』の3階、自室で寛いでいたら、突然見知らぬおっさんに後ろから声を掛けられたんだ。そりゃ、驚くよ……。
サビーネちゃんは、ちい姉さま、ルーヘン君と共に、隣の部屋でゲームをやって……、あ、来た。
さすがに、重要な話の時にはゲームより優先するか……。
ちい姉様とルーヘン君は、そのままゲームを続けているみたいだけどね。
「よく来てくださいました。実は、重要な任務をお願いしたいのです……」
「『お願い』など、される必要はございません。ただひと言、『やれ!』、とお命じください。
……そして、我らに敬語や丁寧な言葉遣いは不要でございます」
「あ……、う、うん……」
「姉様、『影』ってのは、そういうものだよ。変に丁寧な言葉遣いをすると、却って混乱させちゃうから、ぞんざいな喋り方にしてあげて」
「……分かった……」
サビーネちゃんが、少し躊躇っていた私に、そうアドバイスしてくれた。
まあ、分からなくもないよ。
私は一応貴族だし、救国の英雄、『姫巫女様』だ。
そして、王様の命により私の指示に従うようにと言われているのだろうから。
また、近衛兵や護衛騎士は身分が高く尊敬される職業だけど、忍者と同じく、暗部や間諜は身分の低い下賤な職業、というのが相場だからねぇ。
絶対、騎士や兵士よりも暗部や間諜の方が役に立つし、実戦経験が豊富で貴重な人材だと思うのだけどなぁ……。
やっぱり、アレかな?
有能な者に地位を与えると、剣術しかできない者の立場がなくなるから……。
まあ、とにかく、現状の説明だ。
* *
「……というわけで、今現在、調べて欲しい相手がいるわけじゃないんだ。
とりあえずは、うちのメンバー……一応、そのうちの多くはそれぞれの家が付けた護衛がいるのだけど、護衛なしの子もいるよ、貧乏な下級貴族とか、平民とか……のカバーをお願いしたいの。
そして、敵が現れたら、その背後関係やらそいつらに関することやらを調べて、どこを攻めればいいかを教えてもらいたいんだ。
……できる?」
「できるか、ではなく、やれ、とお命じください」
あ~、そういうノリか……。
いや、別にふざけて言っているわけではなく、そういうタイプの関係、だということだ。
そして、こういうタイプの連中には……。
「サビーネちゃんからも、何か、お言葉を」
え、というような顔をしているけれど、私の意図が分からないようなサビーネちゃんじゃない。
「私達と、民のために危険を冒そうとしている貴族家の令嬢達、『ソロリティ』のメンバーのこと、お願いしますね」
「……は、ははは〜〜っっ!!」
座り込み、床に額をくっつけてのその返事は、声が震えてるよ。
私に対する態度もかなりアレだけど、それを遥かに上回る反応だなぁ。
……まあ、王女様から直接お言葉を掛けていただけるなど、『影』にとってはあり得ない程の栄誉だろうからなぁ……。
王宮の『影』とは言っても、王様から直接声を掛けられるようなことはないだろうし……。
とにかく、これでこの『影』は、サビーネちゃんに絶対の忠誠を誓い、キッチリ働いてくれるだろう。
こういうのは、お金が掛からず、そして効果抜群だからね。なので、使わにゃ損!
「ひとりじゃ大変だと思うけど、みんなの安全のため、頑張ってね」
「……いえ、派遣されたのは私ひとりではありません。私を含め、6名です」
「えええええええ!」
まあ、確かに『影』が6人揃ってゾロゾロと挨拶に来る、というのは悪目立ちするか……。
代表者……リーダー役だけが来るというのは、役目柄、理解できる。
「おとうさま、大盤振る舞いだねぇ……」
「それは、サビーネ殿下の安全に関わることですから……」
うん、あの子煩悩な王様が、サビーネちゃんが『安全のために「影」を貸してほしい』と言われて、ひとりしか出さないはずがないか。
……うん、知ってた……。




