47 人材確保 2
まず、当初の予定通り、人材を確保しよう。
とりあえずは、木造船を造るための技術者。
大勢集めるのは難しいし、船が完成したらクビ、というのも少し酷い。
まずは専門家をひとり雇って、あとは村人に手伝わせるというのが妥当だろう。
というわけでやって来ました、木工加工屋のクンツさんのところ。
いや、コネや人脈は最大限に活用しなくちゃ。
……前回もそうすりゃ良かったよ。
「すいませ~ん、職人さん、余ってませんか~?」
「いきなり来て、何を言い出すかと思ったら、女神様じゃないですか…」
奥からクンツさんが呆れたような顔で出てきた。
「また急ぎの仕事ですか? 私と若いの2~3人で良ければすぐに用意できますが…」
「ううん、今度は、うちの領に来て住み着いて欲しいの。農機具や小物から漁船や建物まで、何でも作れる腕の良い人が欲しいんだけど」
「え……」
クンツさんは、また呆れたような、困ったような顔をした。
「いや、さすがにそれはちょっと……。家族持ちには王都からあそこへの引っ越しはかなり辛いですし、見込みのある若いのも街で腕を磨いて名をあげたい、って奴ばかりですからねぇ。それに、なんでも屋じゃなくて、特定部門の専門職人を目指してる奴が大半ですし。
いくら女神様からのお話でも、こればっかりは、本人や家族の一生の問題ですからねぇ…」
駄目かぁ……。
「すいませ~ん、料理人、余ってませんか~?」
「いきなり来て、何を言い出すかと思ったら、ミツハさんじゃないですか…」
奥からベルントさんが呆れたような顔で出てきた。
なんか、既視感があるなぁ、この会話……。悪い予感がするよ。
ここは、言わずと知れた、楽園亭。
いや、言わないと分からないか……。
とにかく、料理人の心当たりと言えば、ここしかない。
「うちの領地邸で料理人やってくれそうな人に、心当たりありませんか?」
「う~ん、うちで修行してヤマノ料理を覚えたい、って奴はよく来るんですけどねぇ。でも、ありゃ、真面目に修行したいんじゃなくて、ただ単にヤマノ料理を覚えて、それを武器にして楽して稼ごうとしてるだけですからねぇ。ヤマノ料理覚えたら、すぐに辞めちまいますよ」
……それは困る。
「それに、貴族の王都邸か、王都に近い領地ならまだしも、国の一番端っこ、それも、その先が無い行き止まりのど田舎なんでしょ、ミツハさんの領地って。まともな、腕の良い料理人はねぇ…。
いや、それでも喜んで行く奴はいるでしょうけど、その、ねぇ……」
「え? 何かあるの?」
ベルントさんは、言いにくそうにしながら教えてくれた。
ミツハが、一部の男性達からかなり熱狂的に想われていること。
若い女性が、自分に異常なまでの好意と愛情と執着を持った男が作った食べ物を安心して口に出来るか、と。
「ぎゃああああぁ~~~!!!」
「……でしょう?」
「……うん」
あきらめて、とぼとぼと帰るミツハであった。
あ、屋台の下調べしとかなくちゃ…。
領地興しの一環として考えた、特産品を王都で広めよう作戦。
いや、作戦名、そのままやん、とは思うけど、ネーミングセンス無いんだよ、うちの一族は。
で、とにかく、王都で広める、供給元はヤマノ子爵領のみ、ってやつ。
これの第一弾がシイタケ大作戦であり、第二弾がポップコーン計画である。
シイタケは、干し椎茸が出来次第、ペッツさん便で王都に送るよう指示してある。これを楽園亭で料理として提供する。
併せて、貴族のパーティーに雑貨屋ミツハから料理を数品提供すると申し出る。まさか断る者は居るまい! …もちろん有料ね。
ふはは、これで、王都が我が支配下にはいるのも時間の問題だ!
で、椎茸は収穫待ちだけど、ポップコーンは先行販売を考えている。
領地で栽培を始めた爆裂種のトウモロコシが収穫できるまでまだ時間があるので、ちょっとズルして地球から持ち込んだ爆裂種の乾燥済み、つまり、料理番組で言うところの『こちらに、完成したものを御用意してあります』作戦で、『収穫の頃には既に需要が出来ています計画』だ。
ポップコーン用のトウモロコシがそもそも品種からして違う事がばれて、他領がそれを手に入れて栽培して、と、模倣店が出るまでにはかなりの時間が稼げるはず。それまでに、ヤマノ領のブランド品としてしまえば…。
幸い、塩も食用油も領内で賄える。完全ヤマノ領産で、付加価値を…。
と、そういうわけで、とりあえず屋台の売り子の目処をつけるべく、向かっているわけだ。孤児院へと。
「あ、姫巫女様だ! あたし! 今回仕事受けるのは絶対あたしだからね!」
小さな子供達が全力で駆け寄って来る。うむうむ、相変わらずモテモテよのぅ。これが渋いおじさまだったらなぁ……。
「今日は、長期契約の打合せに来たんだよ。うまく行けば、ずっと依頼を出し続けることになるかも。院長先生、いる?」
よく分からないけれど、何か良い話だということは察したらしい子供達が院長先生を呼びに走って行った。どうやら畑の方にいるらしい。
汗を拭き拭き戻って来た院長先生と、院長室にて会談。経営が苦しいのか、装飾品ひとつ無い質素な部屋だ。いや、それを言うなら、この孤児院全体がそうなのだけど。
とりあえず、差し入れに持って来た食べ物を渡す。
ミツハが孤児院に依頼に来る時に持ってくる食べ物は、両極端であった。
ある時は、いかにも食料、という感じで、芋、カニヤ製の大型乾パン、おにぎり等の、どこの難民やねん、という、ザ・食料。
そしてある時は、砂糖菓子、チョコレート、ショートケーキ等の、経営陣の大人達から見れば、それ買うお金があったらもっとお腹に溜まる物を買って来てよ、と言いたくなるようなラインナップ。
それが、交互ではなく、全くのランダムに。
ミツハに何の拘りがあるのか、謎であった。
……今回は、どうやら『ザ・食料』の番のようである。子供達の落胆する姿が目に見えるようであった。大人達は喜ぶのだが。
「いつもありがとうございます、姫巫女様。で、本日の御用件は……」
もう、孤児院では、『姫巫女様』と呼ばれるのを諦めている。
「はい、実は、屋台であるものを販売しようと思っていまして…。それで、その売り子を、ここの子達にお願いできないかと……」
優しそうな院長の細い眼が、くわっ、と大きく見開かれた。
国からの僅かな援助と、僅かな寄付金。僅かな畑に、僅かな鶏たち。
子供達に簡単なお手伝い以上の仕事をさせるわけにも行かず、大人達が子供達を放置して稼ぎに出るわけにも行かず……。
決定的な破局には至らないまでも、慢性的な資金不足と慢性的な栄養不足。まるで真綿で首を絞められるかのような苦しい日々。
そこにもたらされた、現・金・収・入・の、チャンス!!
「よ、喜んで!!」
いや、だから、どこのブラック居酒屋かと……。
「…とまぁ、そんな感じで、そのうち屋台でその新製品を売ろうかと思いまして……」
「お任せ下さい! 数人ずつの子供達を交代させて行けば、休日無しの毎日、朝から晩まで営業できます!」
内容の説明に、食らい付く院長先生。
いや、そこまでやらなくても……。
それだけ、経営が苦しいのかな、この孤児院……。
「では、売り子は常時3人、交代は適宜自由に、販売時間は昼前から日没前まで、ということでお願いしますね。給金は、純利益の3割で」
「え……」
院長先生は眼を丸くして驚いている。
そりゃそうか、普通、売り子に利益の3割も出す店はない。金貨1枚分売れれば、経費を引いても小金貨6~7枚の利益にはなる。その3割だと、小金貨2枚だ。2万円相当の金額。子供3人のバイトに、小金貨2枚出すような店主はいない。孤児院の全員が腹一杯食べてもまだまだ余るという大金。
野菜が安いこの国では、大根ならば200本は買える。小さい芋なら600個以上。それが毎日。いや、毎日芋と大根ばかりでは子供達の反乱が起きるだろうけど。
まぁ、それも、金貨1枚分の売り上げがあれば、の話だけどね。
「じゃあ、屋台や道具が揃って準備が出来たら、また来ますね」
そう言って帰ろうとしたら、院長先生に呼び止められた。
「ま、待って下さい! 屋台なら、うちにあります!」
……え?
院長先生の話を聞くと、なんと、自分達でもなんとかしたいと思った子供達が廃材を使って長い間こつこつと作り続けたものらしく、完成間近のものが物置に置いてあるという。
しかし、屋台が出来ても売り物のアテがなく、どうしようかという話になっていたらしい。
しかし、子供が作ったオモチャ程度の屋台では、お話にならない。商品見本を置く台にでも使えれば良い方か。でもまぁ、せっかくだから見るだけ見てあげないと悪いかな…。
そう思って、物置に連れて行って貰い、子供達が作った屋台とやらを見せて貰うと…。
な、なんじゃこりゃ~~~!!
思っていたような小さなものではなく、立派に屋台と言えるだけの大きさ。
そして木製の車輪が4個。車軸は無く、それぞれが独立懸架。いや、それぞれがサスペンションを持っているというわけではなく、車軸懸架式じゃない、という意味に過ぎないんだけど、それでも、良く出来ている。石畳の道を広場までゆっくり引いて行くだけなら、充分移動に耐えそうだ。
呼ばれてやって来た、製作の指揮を執ったという11歳の男の子に色々と説明して貰うと、重ねてある板をずらしてカウンター部分を拡張、内側には収納スペースがあり、雨天に備えて屋根の部分を張り出させる仕組みが……。これを、廃材で、子供達だけで?
てっ、天才かッッ!!
「き、キミ、うちに就職しない?」
そうだよ、一人前になってる職人がダメなら、見込みのありそうな子供を養成すれば良いんだよ! 日本の大工道具と解説書で何とかなるだろう、多分。
ふは、ふはははは!
ふと気が付くと、少年と院長先生がぽかんとしていた。




