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46 取引

 ミツハがボーゼス伯爵家王都邸に着くと、既に使用人が出迎えの列を作っていた。普通は馬車が着いてから慌てて準備するので、扉の前に数名並ぶのがやっと、他の者は足湯やお茶、汗や汚れを落とすための入浴の準備等で大わらわなのである。到着予定は数日間のばらつきがあるため、到着に合わせて事前に用意、というのが難しいため、それは仕方のない事である。

 どうやら、あの孤児の少年は良い仕事をしたらしい。お駄賃も弾んで貰えたことであろう。


 ミツハとサビーネは、ボーゼス邸に着くと同時に、執事のルーファスに列の一番前へと連れて行かれた。ボーゼス邸の使用人は全員、サビーネのことも知っている。よくミツハと一緒にいるため、万一失礼があっては大変だと、ルーファスが使用人全員にミツハの店に行かせてサビーネの顔を覚えさせておいたのである。


 それから間もなく、伯爵一行が到着。王都到着時に安全な中央部から先頭へと位置を変えた伯爵一家が乗った馬車から一番先に降りてきたベアトリスは、ミツハに飛び付こうとして、横にいるサビーネに気付いてびっくりした。


「あ…、あれ?」

「お久し振り、ベアトリスちゃん」

 ミツハの腕にしがみついたまま、笑顔でベアトリスを迎えるサビーネ。

「ぐぬぬ……」

 そして、なぜか悔しそうな顔をして唸るベアトリス。

 苦笑するミツハ。


「あらあら、何をしているのかしら…」

「出たな、イリス様!」

「え…」


 いつか聞いたようなイリス様の言葉に、思わず心の声が口から漏れてしまい、青くなるミツハ。

 そして、ラスボス扱いされて、ぷくっと頬を膨らませるイリス様。

 襟首を掴まれて引っ張って行かれるミツハを見送りながら、男性陣とサビーネ、ベアトリスは溜め息を吐いた。

「「「あちゃ~……」」」




「で、どうして私達に何の連絡もせず、ひとりでさっさと出発したのですか!」

 イリス様、お怒りである。

 せっかくミツハと一緒に旅が出来ると思っていたので、その不機嫌さもひとしおであった。


「い、いえその、丁度仕事が一段落したので…」

「ならば、そのままうちに来れば良いでしょう!」


(い、いかん! 何か理由を……)

 ミツハはあせった。

(速く移動出来る手段があったから…、クルマ? 自転車…、ってダメだ、それは遅く出発する理由にはなっても、早く出た理由にはならない……)


 うああああ、とミツハがテンパっていると、思わぬところから助け船が出された。


「あ、それは、私がお願いしたからだよ」

「「え?」」

 サビーネちゃんの言葉に、驚くイリス様と伯爵様。

 もう少しでミツハも声を出すところであったが、何とか抑えることに成功した。


「私が、一刻も早く王都に来るよう、何度も使いを遣ったからだよ。それも、かなり強い文面の文を持たせて…」


 王女様にそう言われては、それ以上怒るわけには行かない。なにしろ、王女様の要請に従ったことを責める、ということになってしまうのだから。

 更に、ふたり一緒に出迎えた、ということが、その信憑性を増している。

 仕方なく、それ以上の追及を諦めるイリス様。


 助かった、と思ったミツハが感謝の念を込めてサビーネちゃんを見ると、その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。


(し、しまったあァァァ!!)


 弱みを握られた!

 ミツハは愕然とした。

 多分、何か正直に言えない理由があるということに気付かれてる。

 そして、頭の良いサビーネちゃんは、恐らく伯爵様の態度から、伯爵様はその理由を知っている、と読んでいるだろう。


 サビーネちゃんは、ミツハが本当に守らなければならない秘密には決して触れようとはしない。しかし、『他の誰かが知っている』ということならば自分も知っても大丈夫、と考える。と言うか、『自分が知らないミツハのことを、他の者が知っている』ということが許せないのだろう。

 つまり、どういう事かと言うと、……ミツハが秘密を喋るまで追及の手が止まる事はない、ということである。

 喋らされるか、他の何かを交換条件として差し出すか……。

 どちらにしても、大損が確定した取引であった。





「……で、教えて貰えるんだよね、ミツハ姉様」

「う……」

 やはり、追及された。


「あの、別のことでお願い……」

「では、お店の自由使用権で」

「そ、それは勘弁して……」

 困った。何か良い案は……。

 そうだ、前から考えていた、あれはどうだろうか。それと、あれ。


「サビーネちゃん、実は、良いものがあるんだけど、どうかな?」

「私が納得するものでなきゃダメだよ?」

「大丈夫! さぁ、この2つの内から、好きな方を選んでね。

 ひとつ。あまり場所も取らず維持費もかからず、狭い道でも大丈夫な、サビーネちゃんひとりで使えて馬車より速い乗り物。

 もうひとつは、私が子爵領に居ても、王都のサビーネちゃんとお話が出来る魔法の道具。さぁ、どっちが良い?」

「え……」


 驚きに固まるサビーネちゃん。

 そして、恐怖に固まる、店の隅で何気ない振りをしていた護衛の人。

 そりゃそうか、サビーネちゃんが馬車より速く狭い道をばく進する機動力を手に入れたら、護衛の人の苦労が何倍にもなってしまう。


「あ、あの、両方、ってのはダメかな……」

 ……出たな、おじさまキラーの上目遣い!

 しかし、私には効かない!

「ダメ! どちらか、片方だけ」


 サビーネちゃんは、暫くう~う~唸っていたが、結局、2番目の『子爵領のミツハと話せる魔法の道具』を選択した。ミツハにとっても、その方が都合が良かった。安全措置のひとつとしてそのうち用意しようかと思っていたものだし、それを任せる適切な人材がサビーネちゃん以外に思い浮かばなかったので、丁度良い口実になった。

 後ろでは、護衛の人が、心底ホッとしたような顔をしていた。

 いや、心配させてごめん。



 翌日、王宮のサビーネちゃんの部屋とその周囲を確認させて貰い、機材の設置に関して王様の許可を取ったあと、日本へと転移。そしてまずはソーラー発電の業者へ。

 王都のお店、子爵邸に続き3回目なので話はスムーズに進み、発電ユニット、蓄電装置等の購入を即決。今回はごく簡単な小規模のものとなった。


 そして次は、秋葉原へ。

 今ではおたくの街となってしまったが、まだまだ昔の面影も残っている。

 行ったお店は、アマチュア無線の専門店。


 実はミツハは、父親の影響で、中学生の時にアマチュア無線の資格を取っていた。父親へのお付き合い、と言うか、家庭サービスのようなつもりで取った資格であるが、一応のことは全てマスターしている。

 昔ならばアマチュア無線に流れていたはずの者達がみんなパソコンに行ってしまう現在、完全な斜陽産業となってしまったアマチュア無線業界。しかし、年配のマニアはまだまだ健在であり、新しい機器も開発されている。


 店に入ったミツハは、大人買いをした。

 いや、この業界、大人であっても、そうそうまとめ買いなどはしないが。

 とにかく、最新式のHF帯固定機とVHF帯固定機、そしてVHFハンディ機をそれぞれ3台ずつ買う。アンテナは3.5MHzから430MHzまでの8バンドをカバーしたグランドプレーン。

 アンテナ3組、同軸ケーブル、コネクターやらも色々買う。工具類は家にあるから不要。


 いや、科学も進歩したもんだ。父親が持っていた古い機材では、HF機は28MHzまで、50MHz、144MHzと430MHzはそれぞれ専用機、グランドプレーンアンテナは144MHz以上で、21MHzのアンテナなんか馬鹿でかく、3.5MHzや7MHzなんか半波長の水平ダイポールでも張らなきゃならなかったのに…。それが、無線機2台で430MHz以下がオールカバー、小さなグランドプレーンアンテナ1本で済むとは……。


 電波法の届かない場所で使うので、自重なく、HF機は出力200Wのものを選択。日本では2級の資格が必要だけど、異世界ならば問題ない。VHF固定機は50W、ハンディ機は5W。

 いやぁ、お父さんから貰った、お古のTS-520XとかTR-2200Gとかとは大違いだね。

 お父さんは若い頃ヤエスのF-50Bラインとかを使ってたらしいけど、送信機と受信機が別筐体って、いつの時代の? 第二次世界大戦の頃に使ってたやつかな? 物持ち良過ぎでしょ、うちの家族は……。


 あちらの世界も、電離層は多分あるだろうね。似たような条件なのだから。

 Eスポは出るかな? ま、Eスポとダクトは期待しないでおこう。

 144と430は同じ街での連絡用、3.5と7MHzが王都~子爵領の連絡用としよう。50は…、出番無し、かな。


 どこかで転移するにも、大量過ぎて適当な場所まで買った荷物を持っていくことが出来ないため、宅配便での時間指定配送を依頼して帰宅。



 後日、王都のお店のアンテナは木工加工屋のクンツさんに設置して貰った。それくらいなら自分で出来なくもないとは思ったけれど、念のため。強風とかで倒れると困るからね。

 王宮の方も、クンツさんにやって貰った。ソーラー発電ユニットと蓄電器関連もあったので、ここはやはりプロに任せるべきだろうと考えて。配線は勿論自分でやった。

 領地邸の方は、さすがに全部自分ひとりで設置。電源は既に設置済みなので、工事的なものはアンテナ設置のみ。グランドプレーンは設置が簡単で良かった。


 無線機の操作法は、サビーネちゃんと、執事のアントンさんにのみ教えた。細かい調整部分は触らないように言って、最低限の操作部分のみ説明。誰かが触った場合に備えて、念のため、スイッチやダイヤルの基本状態を絵にして渡しておいた。

 設置場所は、子爵邸は書斎に。王宮は、勿論サビーネちゃんの部屋。

 基本的に、他の誰にも絶対触らせないように指示した。

 更に、子爵邸のものと王宮のものは、設定周波数を変えておいた。傍聴出来ないように。


 これで、いちいち領に戻らなくても、毎日の定時連絡で子爵領に異状が無かったか確認出来る。アントンさんは私が王都にいるとは思っていないから、緊急時にすぐに戻っても不審には思われないだろう。

 勿論、サビーネちゃんとは定時連絡なんかしない。いつも店に来ているのに、そんな必要は無いので。何回か練習はしたからそれで良いだろう。


 社交シーズンが終わって領に帰ったあとは、王都に異状が無いか確認するため、サビーネちゃんと定期的に連絡する予定である。

 これで、しばらく転移していない間に子爵領や王都で大事件が、という可能性を減らせる。サビーネちゃんもアントンさんも結構情報通なので、何かあればすぐに知らせてくれるだろう。


 あ、サビーネちゃんの強い要望で、LEDライトと小型冷蔵庫も買わされた。まぁ、電力に余裕があるからいいか。無線機は受信状態では消費電力が少ないし、使わない時は電源を切っておいてもいいし。どうせサビーネちゃんが部屋にいない時は誰も使えないのだから。

 他にも、湯沸かしポット、扇風機、温風ヒーター、DVD再生機と、次々と要求がエスカレートして行ったので、それらは全部却下した。何のための電源システムだと思っているのか……。

 大体、DVDは私が翻訳してあげないと、日本語解らないでしょうが!

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― 新着の感想 ―
日本円はどこから…考えないでいよう…
私は「私をスキーに連れてって」でロッジと車との間で無線をしているのを大学院の時見てて、就職して彼女ができて4アマ?の資格を取りました。その当時は一般人が携帯を持てる時代ではなく電話の代わりにと思ったの…
TS-520XやTR-2200Gを使ってました。 水平ダイポールが懐かしい。 昭和ネタが、いつも生々しい。
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