459 終 焉 1
エンルードという男の姉についての現状調査は、すぐに終わった。
……まぁ、婚活に精を出しているみたいだけど、うまくいっているとは言い難い状況らしいよ。
元々弱小貴族の娘だし、年齢的にも、貴族としてはそろそろヤバいところに差し掛かっているらしいし……。
で、まぁ、そういうワケだ。
自分の姉が留学先でやられたことを、その国から来た留学生であるミレイシャちゃんにやり返した、と……。
ミレイシャちゃんには、何の関係もないというのに……。
しかも、自分ひとりで、自分の責任の下に行うのではなく、他の貴族家子息を唆した上、大勢の貴族家子女を巻き込んで……。
「……よし、死刑!!」
「姉様、それはちょっと……」
サビーネちゃんが、少し引きながら止めてきた。
「いや、本当に殺したりはしないよ! サビーネちゃん、私を何だと思ってるの……」
「いえ、今までの例から、姉様ならやりかねない、と……」
「うるさいわっ!」
いや、まあ、確かに色々とあったけれど、それらは全て、向こうからこっちの命を狙ってきた場合のことだ。
暴力ではなく、お金で攻撃してきた相手には、お金で殴り返す。
情報戦を挑んできた相手には、情報戦、諜報戦で叩き潰す。
……あ、『お金で殴り返す』というのは、別に金貨を詰めた革袋で本当に殴る、って意味じゃないからね!
「とにかく、唆した方も唆された方も、その行動には納得できたり情状酌量の余地があったりする要素は、カケラもなし! ゲスい企みと、無関係の者に対する単なる八つ当たりにすぎないと判定する!!」
「うん、それには全面的に同意するよ!」
サビーネちゃんの同意が得られた。では……。
「次に開かれる、ソサエティーのメンバーじゃないけれどこっちの味方をしてくれる令嬢の家の、あまり重要じゃないパーティー。
それに、招待してもらおうか。ソサエティーも、向こう側も、そしてその他の噂好きの令嬢達も……。
そして……」
「「みんなで楽しく、パーリナイッ!!」」
* *
パーティーである。
ソサエティーと友好的な関係にある侯爵家令嬢の、誕生パーティーだ。
騒ぎが起こるだろうということは承知で、笑いながら了承してくださったのだ。
自分の誕生パーティーがメチャクチャになるかもしれないというのに……。
太っ腹だなぁ……。さすが、侯爵家の御令嬢だ。
御本人は、『久し振りに大笑いできそうですから、思い切りやってくださいな』とか言ってるし。
御両親は怒らないかと聞いたところ、ソサエティーのメンバー全員がパーティーに出席してくれる上、彼女達との親密な関係を示すことができ、更に恩を売ることができるなら大歓迎、って言ってたとか……。
さすが侯爵家、損得勘定がしっかりしてるよ。
そういうわけで、今日のパーティーにはフルメンバーが参加している。
……敵も、味方も、そして中立の噂を拡散する令嬢達も……。
向こう側も、侯爵家令嬢から誕生パーティーの招待が来たというのに、出席しないという選択肢は選べなかったのだろう。ちゃんと出席している。
普通であってもそうなのに、噂のせいで立場が悪くなっている今、ミレイシャちゃんとの関わりがなく、ソサエティーのメンバーでもない侯爵家令嬢の招待を断るというのは、明らかに下策。
上位貴族家のパーティーには積極的に出て、悪い噂の払拭に努めるべきだものね。
それも、パーティーに招待されることが激減している今としては、これは貴重な機会だろう。
そして、上位貴族の令嬢と縁を結べる機会は、見逃すわけにはいかないだろう。
普通の伯爵家三男なら、そう考えるよねえ……。
勿論、取り巻きのふたりも招待してある。
そして向こうは、こっちがフルメンバー、オールスターキャストで参加することを知らない。
招待状には、別に他の出席者の名簿が付いているわけじゃないからね。
向こうは早めに来ているけれど、ソサエティー側は、みんな、ちょっと遅めに来ることになっている。
この国のパーティーも、ゼグレイウス王国と同じく、パーティー開始時に挨拶があってスタート、というのではなく、来た者から順に、勝手に飲食を始めるというスタイルだ。主催者による挨拶とかは、しばらく時間が経ってから。
……日本式ではなく、欧米式ね。
こういう世界で、『全員が、丁度時間通りに集まる』なんてことは無理だものねえ。
正確な時計なんかないし、馬車のトラブルやら馬の機嫌やら、色々とあるだろうし……。
それに、予定時間より早く行く、というのは、失礼なことだという風潮があるらしいのだ。
準備が完了する前に行くのは、主催者を困らせる行為だとして、非難されるとか……。
なので、少し遅れて行くのが普通だとか……。
だから、開始予定時間に客が全員揃っていることは、まず、ない。
そういうわけで、こちら側のメンバーが遅れても、問題ないのだ。別に主催者側への失礼には当たらない。
そして更に、こちら側の者は、到着しても直接パーティー会場には入らず、別室で待機することになっている。
……みんな、後で目立たないように、各個にこっそりとパーティー会場に紛れ込むためにね。
今は、私だけウィッグを着けて少し変装して、物陰からこっそりと様子を窺っているのだ。『飛雄馬……』とか呟きながら……。
この後、みんなが入場するタイミングを計って、合図を出さなきゃならないからね。
* *
キイディスとかいう男は、有力貴族の子女との交流を深めようと、積極的に次々と話し掛けているようだけど……、状況は、あまり芳しくはなさそうだ。
まあ、無理もないよね。
噂は充分に広まっているから、男女共に、わざわざ危険物に関わろうとする者がいるはずがない。
特に、今日は侯爵家令嬢の誕生パーティーなのだ。頭の悪い者が、招待されているはずがない。
……何らかの意図があって、敢えて招待する場合を除いて……。
そして、そんな侯爵家のパーティーだからこそ、出席しているのは大半が有力貴族の者達なので、あまり有力ではない伯爵家の三男であるキイディスは、懸命に顔繋ぎに務めているわけなのだろうけど……。
……そろそろかな?
よし、みんなが待機している控え室に戻るか。
* *
「作戦開始です! 皆さん、目立たないように、順次会場へ!
ミレイシャ様、出撃準備を!」
「「「「「「はいっ!!」」」」」」
変装用のウィッグを外し、普段の『ヤマノ女子爵』としての外見に戻しながらの私の指示に、元気に応えてくれる、みんな。
いや、『ソサエティー』がミレイシャちゃんの味方だということは向こうに知られているから、最初から『ソサエティー』のみんながパーティー会場にオールキャストで揃っていたら、色々と察知されるかもしれないからね。
うちのメンバーはすぐに他の人が寄って来て、目立つから……。
だから、気付かれないように、後から少しずつ会場に侵入するという作戦を取ったのだ。
それでも、すぐに目立ってバレちゃうだろうけど、その前に、それどころじゃない状況になれば、問題ない。
……そう、ミレイシャちゃんの出撃だ!




