441 『ソロリティ』の危機 9
……さすが、サビーネちゃん。
さすサビ!!
ティーテリーザちゃんとラステナちゃんを、上手く励ましてくれたよ。
『アルシャちゃんの献身に報いる方法は、あなた達が立派な貴族となることだけです』、とか、『あの子の左腕より素晴らしいものを、これからあの子に与えれば良いのです。あの子が、失った自分の左腕より価値があると思うもの。……そう、領民達に対する、あなた達の誠意です!』、とか何とか……。
さすが王族、自分達は何の金銭的負担も負うことなく、聞き心地の良い言葉だけで、上手く立ち回ってくれた。
……うむうむ、天才小悪魔サビーネちゃん、期待を裏切らない働きをしてくれるぜ……。
これで、ティーテリーザちゃんとラステナちゃんも、何とか立ち直ってくれるだろう。
後で、ベアトリスちゃんからも声を掛けておいて貰おうかな。大聖女様として……。
……って、イカン!
襲撃犯をウルフファングに預けてるの、忘れてたっ!!
* *
「お待たせ~……」
「遅ぇよっ!!」
あ、隊長さん、やっぱり怒ってる……
「何日経ったと思ってやがる!!」
思い切り、怒られた……。
まぁ、言葉が通じず事情も分からない襲撃犯なんか、怖くて目を離せないだろうし、その道のプロだった場合には、秘密を守るために自害しかねないし……。
そりゃ、早く引き取ってもらいたいよね。
「ごめん……」
なので、素直に謝った。
「こんなに遅くなったということは、……忘れてたよな、コイツらを俺達に預けたことを……」
ううっ、ここで嘘は吐けないか……。
「ごめんなさい……」
うん、謝るしかないよね。
「……まぁいい。コイツらのことを忘れていたということは、もっと重要なことがあったということだろうし、急いで尋問する必要がなかったということだろうからな。
様子から見て、コイツらは一流の工作員とは思えない。ただの使い捨てか何かだろうし……」
うん、多分裏はなくて、ただの馬鹿な粗暴犯による思い付きの犯罪だとは思うよ。
でも、一応、裏は取っておかなきゃね。
「じゃあ、尋問するから、アシストをお願いね」
* *
連中を監禁してある部屋……トイレ付きで、鉄格子が嵌まっている。まるで監禁用に作られたかのような部屋、というか、事実、その通りなのだろう……へ行くと、犯人達5人が、簡易ベッドに腰掛けて、ぼんやりとしていた。
さすがに、5人もの収容は想定外だったのか、簡易ベッドは追加で運び込まれたみたいだ。
そして、みんながぼんやりとしているのは、あれから何日も経っているから、言葉も通じず、状況が全く変わらないことで、気力が尽きてしまったのかな?
「ごきげんよう!」
私からの挨拶にも、あまり反応していなかったけれど……。
「……ん……? え? お前、言葉が分かるのか!」
中の一人が、急に反応した。コイツらのリーダー格かな?
「た、頼む、通訳してくれ! 俺たちゃ、コイツらの敵じゃねえって!!」
ん~? それはどうかな……。
「ここの人達は、貴族の御令嬢達の親睦組織である『ソロリティ』の何人かと良好な関係にあるのよ? なのに、『ソロリティ』のメンバーである御令嬢達を襲っておいて、『敵じゃない』というのは通じないんじゃないかなぁ……」
そう言って、突き放してみると……。
「違う! 俺たちゃ、そんなことは知らなかったんだ! ただ、貴族の娘が護衛も付けずに貧民区に来てるっていうから、楽に稼げると思って……」
ふぅん……。
「貴族に手を出したりすれば、どうなるかは分かってるんじゃないの? あなた達だけでなく、家族や一族郎党、全てが大変な目に遭うことに……」
「一族郎党どころか、家族すら居やしねぇよ! ひと稼ぎすれば、他国へ逃げて別の名を使ってやり直せばいい。そう考えたんだ!
ある程度の資金があれば、家を借りて、今度は真面目に働けるんじゃねぇかと……」
男の言葉に、他の4人もこくこくと頷いている。
ああ、確かに、写真もテレビも新聞もないんだ。他の国へ逃げて、髪型と名前を変えれば、滅多に捕まることもないか。
一度『簡単に大儲けできるという成功体験をした者達』が、真面目に働き続けるかどうかは別にして……。
「……で、そのために犠牲になって、人生を滅茶苦茶にされた御令嬢達は、売られた先で、違法奴隷として一生苦しみ続けろ、って?」
あ、黙り込みやがった。
所詮、こういう奴らなんだよ。
自分達さえ良ければいい。楽に稼げるなら、他者が犠牲になっても構わない。そういうことだ。
「いや、身代金を取れば、無事に帰してやるつもりで……」
「本当かなぁ? 売れば大金になるのに、わざわざ返す? 自分達の顔を見た者を?
それに、誘拐犯と数日間一緒にいた貴族の令嬢に、幸せな未来があると思う?
……本当に、そう思う?」
「「「「「…………」」」」」
まぁ、そうだよねぇ……。
「い、いや、俺たちゃ……」
「……姫巫女、さま……?」
「「「「え?」」」」
おや、私の顔を知っている者がいたか?
私の名はかなり売れているけれど、至近距離で顔を見たり、直接話したりしたことがある者は、王都民全体の中では、ほんの一部だけだ。
写真もないし、テレビも新聞もない。そんな世界で、町で偶然会ったときに私だと分かる人は、そう多くはないはずなんだよね。
……特に、普段と違う服装をしていたりすると……。
それに、こういったチンピラやゴロツキは、私と顔を合わせるような機会が殆どないんだよね。
多分、遊戯盤大会とかにも参加していないだろうし……。
姿絵にしても、肖像画とかであればともかく、普通の似顔絵描きとかは対象の特徴を強調しようとするから、あまり写実的じゃないんだよね……。
あ、遊戯盤大会の後で、余った姿絵……写真の印刷物……を少し売っちゃったけど、すぐに販売を差し止めたし、買った人は大事に保管しているだろうから、市場には出回っていないよ。
だから、普段着姿の私を見て『雷の姫巫女』だと分かるゴロツキがいたことに、少し驚いた。
「……うん。あなた達は、私が世話をしている貴族の少女達の集まりである『ソロリティ』のメンバーふたりとその使用人達を襲い、雷の姫巫女である私を敵に回した。
そして勿論、貴族を襲うという重罪を犯したことの意味は、分かってるよね?」
「「「「「…………」」」」」
私を、見た目で『チョロそうなガキ』とでも思って、同情を買おうとしたみたいだけど……。
『雷の姫巫女』としての私は、敵や悪党は躊躇なく殺す、と思われているからねぇ、旧大陸では。
……諦めようね。
いや、別に、私が手を下すというわけじゃない。それじゃあ、私的制裁になっちゃうよ。
私はただ、この連中をゼグレイウス王国の官吏に引き渡すだけだ。
国民のひとりとしての、義務を果たすだけ。
そして、後はただ、国の法律で裁かれるだけだ。そこに、私の個人的な意思は介在しない。
……ゼグレイウス王国は、法治国家なんだからね……。




