44 懇談会 2
「では、本題にはいります。まず、皆さん、私達と国交を結びたいとのことですが、どうして私にそのようなことを言われるのですか?」
「「「え……」」」
ミツハの言っていることがよく分からない列席者達。
「そもそも私は、ある国でそれなりの立場におりましたが、今は国を出て他国の世話になっております。そしてそこで所領を与えられ、小さな領地の運営を行っております。
つまり、私が自分の裁量で自由に出来るのは自分の領内のことだけで、他国との交渉や条約締結、軍隊を国内に引き入れる等のことは、国王の許可なく行える事ではありません」
ミツハのことを、今いる国の王女だと思っていた各国の代表達は、え、と驚いた顔をした。
「し、しかし、魔王軍との戦いの時には……」
「あの時は、時間に余裕が無かったため、以前の身分を名乗り義勇軍としてこの世界の勇者様達を率いました。報奨金は、義勇軍に対する礼金です。今はただの地方領主に過ぎません」
「で、では、国交は……」
「はい、地方領主にそのような権限はありませんし、勝手に他国の者を国内に招き入れることもできませんね」
代表者達の質問に次々と答えるミツハ。
そして、思っていたのと大きく違うミツハの話に、困惑する各国の代表者達。
「では、国王様との仲介の労をとって戴くことは……」
「仲介して、どのようなお話をされるおつもりですか?」
「それは勿論、国交の申し入れと、使節の派遣、交易のお話などを……」
「……どうやって?」
「え?」
ミツハの問いに、きょとんとする代表達。
「いえ、どうやって使節を派遣したり、交易したりされるのかな、と思いまして…」
「「「え?」」」
「世界間転移能力の持ち主が大勢居られるのですか、皆さんの国には。私のように、自分自身以外を転移させるには生命を削る、ということもない、優れた方々が」
「「「え………」」」
静まり返る作戦会議室。
「え? まさか皆さん、私に全部運ばせるおつもりだったとか?
そんなことをしたら、すぐに死んじゃいますよ、私。その後、どうするおつもりなんですか?」
「「「………」」」
「あの、その能力は、他の者には……」
「私のこの能力は、たまたま私の世界を通りがかった流浪の神から授かったもの。私の世界にも私ひとりしか居りませんし、他の者に伝えられるようなものではありません」
列席者の質問に、絶望的な答えを返すミツハ。
「あ、あの、これ……」
他の者を伴う転移がミツハの寿命を縮めると知り、旅行券を返そうとする小国の代表者。どうやら、この国の代表はエージェントではないらしい。人が良すぎる。
「ああ、それはいいんです。人ひとり運ぶくらいの負担ならば、時間が経てば回復しますから…。船には、多少の生命力を削るだけの価値が充分にありますし」
それを聞いて、立ち上がる某国の代表者。
「では、我々を王女殿下の母国に案内して戴きたい! 勇者の母国の者として、是非我が国からの御挨拶と、友好の儀を結びたい!」
また、何をおかしな事を言い出すのやら、とあきれ顔の面々を無視して、某国の代表である男は更に言い募る。
「貴方の母国と、我がロシアの未来のために!!」
「ロシア? それが貴方たちの国の名ですか?」
ミツハの問いに、ああ、今まで我が国の国名を言っていなかったな、と思う代表者。諜報関係の仕事をしていると、自分の名や自国名は極力口にしないのが習性になってしまっている。
「はい、申し遅れましたが、我が祖国、ロシア連邦です!」
「え……」
驚くミツハ。
ミツハの様子に、怪訝な表情の某国代表。
「私を騙しましたね! 勇者イワノフの故国は、そのような名の国ではありません!」
突然のミツハの怒号に、え、と驚く某国代表。
「勇者イワノフの故国の名は、『ソビエト社会主義共和国連邦』です!」
あぁ、と、ほっとする代表。
「それは、我が国の旧国名です。国の名が変わっただけですよ」
「え? 他国が侵略したとか、内乱で簒奪が行われたとかではないのですか?」
「いえ、元々ロシアという国名でしたが、他国と合併しソビエトと名乗り、再び元の名に戻っただけですよ。国名以外は元のままです」
その説明に、安心した顔のミツハ。
「そうでしたか。確か勇者様の出身は、ソビエト社会主義共和国連邦の中の、うくらいな、とかいう地方だったということですが、今はロシア連邦のうくらいな、なのですね……」
ぶふうぅぅ~~~!!
作戦会議室のあちこちで、盛大に噴き出す音が聞こえた。
う、ウクライナ……
クリミア侵略……
あちこちで囁かれるひそひそ話。
怪訝な顔のミツハが、そのうちのひとりを指して尋ねた。
「どうしたのですか? 皆さんが何を言っておられるのか説明して下さい!」
指名された男が、必死で笑いを堪えながら説明した。
「いや、あの、ウクライナというのは、昔からロシアに酷い目に遭わされ続けた国でして。国民の大量虐殺とか……。つい最近も、クリミアという地域に侵略されて、そのせいで国内では今も戦いが続いていますよ」
余計なことを、と睨み付ける某国代表。
冷たい眼でそれを見るミツハ。
勿論、ウクライナのことは知っている。
「騙しましたね……」
「い、いや、そういうわけでは………」
これで、今後、某国の言うことは全て無視できる。
何せ、王女を騙そうとした、勇者様の母国の敵なのだから。
一番しつこそうな、今後も何かとちょっかいをかけて来そうなところを潰し、完全無視の理由を作る。計画は、どうやらうまく行ったようである。
「そういうわけですので、私に国交を、とか言われましても…。
交易するにも沢山の物を運ぶことは出来ませんし、小さな物で稼ごうにも、私がこの世界の相場を知っています以上、使い捨てライターで金貨1枚、とかいうようなわけには行きませんよ。
そもそも、向こうの世界の、粒が小さくて質の悪い小麦だとか、僅かな量の魚介類だとか、こちらの世界の衛生基準を通るかどうかも分からない獣肉とか、需要が無いでしょう、この世界には。それに、こちらの世界のものを無制限に運んであちらの経済活動や産業を潰したり、金や宝石類を大量に流出させたりするつもりはありませんよ。交易にならないでしょう、始めから。
いつ私が事故に遭ったり病気になったりするかも分からないのに、責任重大な国同士の仲介役や馬車馬代わりをやるつもりも全くありませんしね。
で、皆さん、私に、具体的に何をして貰いたいのですか? 私や、私の世界の国々に不利益が無い形で」
ざわつくが、特に発言のない会議室。
そのうち、小国の代表のひとりが挙手をして発言の許可を求めた。
「あの、鉱物や生物のサンプルとか、戴けないでしょうか…」
他の者も、そうだ、それがあった、と眼を光らせる。
未知の生物や、未発見の金属。どれだけの富を生み出す元となることか…。あのドラゴンの素材からは、今も様々な発見がされつつあるのだ。
「あ、それくらいでしたら……。そうですね、では、サンプルはあなたの国と、船を戴きましたところとの2国にお渡ししましょう。何か発見があれば、うちにも還元して下さいね」
「も、勿論です!」
大喜びの、2国の代表達。えええ、と驚愕の他国代表。
「ま、待って下さい! 生物の取り扱いには高度な技術力が必要です! 未知の細菌や寄生虫等、完璧な管理と防疫態勢が整った大国が管理しないと!」
「あ、大丈夫です。転移する時、害のある細菌やウィルス、寄生虫等は一緒に転移しないようにしていますので。逃げ出して自然界で繁殖するのさえ防げれば……」
必死で言い募る米国の代表に対して、ミツハが事も無げに言った。
そう、これが、ミツハが病原菌を持ち込む心配をせずに平気で転移出来る理由であった。『それ』がミツハの頭の中に押し込んで行ってくれた転移能力の説明の中に、ちゃんとはいっていた。
「「「え………」」」
再び呆然とする、会議室内。
ミツハは、自分が今言ったことの意味が分かっていなかった。
そして代表達の中から、ひとりのやせ細った年配の男性が立ち上がった。この男性も、諜報畑の人物ではなさそうである。外務畑の者であろうか…。
「王女様、その、もし、もしも、ですな。癌であと1年、と言われております私がですな、その、転移で移動します時に、『癌細胞は残れ』とかいって転移させて戴いたら、どうなりますかな……」
「え………」
考えたことが無かった。
病気の者を転移したら? 病原菌を残して。
(あああ、マルグリットちゃんの時に分かっていれば……)
頭を抱えるミツハ。
そして、異様な静寂に包まれる会議室。
ざわ、ざわ、ざわ………
(マズい! この話が広まったら、大変なことになる……)
さすがにミツハも気が付いた。この、転移のとんでもない副次効果に。
何とか口止めしなければ。
しかし、よりによって、世界中の諜報員が集まった、ここで?
「た、試してみましょうかね……」
声が震えるミツハ。
その男性を招き寄せて、向こうの世界の山奥に転移。そして、癌細胞は運ばない、と意識して再び転移して戻る。
ふたりの姿が消えた跡に、べちゃりと落ちる少量の血と細胞塊。
最初の転移でやらなかったのは、勿論、部屋が汚れるからである。
ほんの一瞬姿が消えただけで、何事も無かったかのようにそのまま立っているミツハと男性。
静まり返ったままの会議室。
「……身体が軽い」
プラシーボ効果かも知れない。検査をしてみないと本当のことは判らないが、皆、何となく、癌細胞が無くなったのではないかと思った。
「み、皆さん!」
焦って声を張り上げるミツハ。
「何も無かった。いいですね、何も無かったし、皆さんは何も見なかった」
汗だらだら。
「この件に関してのみ、一切の口外を禁じます。皆さんの上司にも、もっと偉い人達にも。
もしどこかの国の偉い人とかから、この件に関してひと言でも何らかのアプローチがあった場合、その国には他国からの異世界関連の一切の技術や情報の提供を禁じます。それを破った場合、提供国にも同様の処分を行います。ドラゴンの研究から開発された物も、何もかも。勿論、私への接触は一切禁止。少しでも仲介しようとした国も同様の処分とします。但し………」
ひと息入れて。
「もし秘密が守られたなら、今、ここにいる人とその家族、妻と子供に関してのみ、もしもの時には今と同様の処置をお約束します。
但し、秘密が漏れた場合には、全員に対してこの約束は無効となります。ばれたら口止めの必要が無くなりますからね。そして、ここに居る人とその家族、政府関係者、情報関係者とその親族には、以後絶対に処置をしません」
少し考えた後、更に追加。
「あ、もし漏れた場合、漏らした人と、今ここにいる人以外でそれを知った人全員が死んで、記録も何もかも完全に抹消されたという確証が得られた場合のみ、口止めの代償を復活させても良いかも知れませんね……」
静まり返る室内。
互いに顔を見合わせる列席者達。
上に報告すれば、確実に情報は漏れる。
誰でも、自分や家族の命は惜しい。そして、プロ中のプロである一握りの情報の専門家ならばともかく、ただのデスクワーカーである上司、選挙で落選すればただの人である政治家連中なら、絶対に飛び付く。下手をすると、自分や家族のため以外に、カネ目当てで食い付くかも知れない。
そして、もし秘密が漏れた場合。
こいつらなら平気で殺るだろう。自分のためならば。
もしかすると、家族のためにも。
皆、何となく、秘密は守られそうな気がしていた。
その方が、結果的には国益に適うことになるのだし、と。
その後、サンプルを提供する2国と打合せを行い、つむぎ車等の子爵領に導入できそうな道具について話が弾んだ。
やはり、先進国ではなく小さな途上国との交流が有益であった。そう思って、誠実な小国をいくつか選んで招待しておいて正解であった。小国は、大抵が情報関係者ではなく外交関係者や大臣クラスを投入して来たようであるし。小さな国はフットワークが軽いから。
あとは、何か用があれば隊長さん経由で連絡すること、街中では接触しない、後をつけない、違反した国とはその後一切関わらないし話もしない、ときつく言って、散会。
とにかくこれで、周りをうろつかれる事は無くなるだろう。
まぁ、大国がそのままおとなしく黙っているとは思わないが、とりあえずは。




