438 『ソロリティ』の危機 6
左腕を失った少女、ヴィボルト侯爵家の下級使用人であるアルシャちゃんは、図太い……逞しい……根性がある……、まぁ、とにかくタフだった。
あっちの世界の平民は、これくらいじゃないと生きていけないのかな?
麻酔なんかとっくに切れていると思うのに、平気そうなんだよ、これが……。
痛みが全くないとは思えないのに……。
昔、子供の頃に入院したことがあるんだけど、痛いのを必死に我慢していたら、お医者さんに怒られたんだよね。
苦痛を取り去るのは医者の仕事だから、我慢なんかするな、って……。
痛けりゃ、痛み止めの注射でも飲み薬でも座薬でも、何でも使って痛くなくなるようにしてあげるから、って。
だから、痛い時には我慢なんかするな、すぐにナースコールのボタンを押しなさい、って……。
私も、この子、アルシャちゃんにそう言ったのだけど、……痛がる素振りもない。
絶対、我慢してるよね。迷惑をかけたくない、余計な手をかけさせちゃいけない、って……。
どうしてくれようか……。
「ふわぁ……」
そして今、アルシャちゃんはエアコンの効いた病室、ふかふかのベッド、明るい照明、見たことのない内装設備とかに、目を丸くしている。
今回は、個室だけど、普通の部屋だ。コレットちゃんの時のような、特別室じゃない。
アルシャちゃんの服装から、貴族ではなく使用人だと思われたからかな?
まあ、それで問題はないんだけどね。
コレットちゃんの時とは違い、アルシャちゃんは食事もトイレも普通にできるし、病状が急変、とかいう心配もないから、バイタルデータを監視するための装置を繋いでおく必要もない。
だから、病院側からはそんなに常時気に掛けていなきゃならない患者じゃない。
……私の関係者だということさえなければ、ね。
そして、アルシャちゃんが落ち着いている今、私はこの子に伝えなきゃならないことがある。
そうだ。左腕のことだ……。
「……あの、アルシャちゃん……。あなたの、その左腕のことなんだけどね……」
私の言葉に、にっこりと微笑むアルシャちゃん。
「はい、勿論、分かっています。一生、このままだということは……。
でも、戦争や事故、魔物や野獣に襲われたり、怪我の傷口から腐って、とかで、手足をなくす人は結構いますから。
それが、お嬢様や先輩達の盾になれてだなんて、こんな誇らしいことはありません!」
あ~、やっぱりこの子、コレットちゃんと同類だ……。
通訳兼世話係として連れてきたコレットちゃんが、両腕を組んで、うんうんと頷いてるよ……。
こりゃ、ふたりで話が弾みそうだな……。
さて、話を続けるか……。
「その左腕なんだけどね……。
この度のアルシャちゃんの働きに感心されて、女神様が機械の腕をくださる、って……」
「えええええええええ〜〜っっ!!」
うん、まぁ、そりゃ驚くか……。
じゃあ、詳しく説明するか……。
* *
そして、パソコンから出力した絵や写真を見せながら、義手の説明をした。
基本としては、腕の残っている部分に流れる、無いはずの腕を動かそうとする電流……筋電……を感知して動く、筋電義手。
筋電義手は便利だけど、使いこなすには訓練が必要であること、耐用年数が3~5年であること、継続的な整備が必要であること、そして毎日バッテリーを交換しなきゃならないことから、私のサポートがなくなればすぐに使えなくなるという欠点がある。
勿論、できれば私は長生きしたいし、この国から出て行くことにはなりたくないけれど、先のことは誰にも分からない。
だから……。
「メインは、この、筋電義手、ってやつ。慣れれば、かなり自由に動かせるようになるやつね。
そして、サブとしての使用や、私のサポートが受けられなくなった場合に備えて、こういうのも用意するよ。
作業用義手は、外観のことは考えずに、いろいろな作業に使用することだけを目的に作られるもので、書類を押さえるのに適した形とか、フック状とか、色々あるよ。
装飾用義手というのは、作業用義手とは正反対で、見た目が普通の腕と同じように作られているけれど、あまり便利に使えるわけじゃないの。……まあ、見た目重視、ってことだね。
作業用も装飾用も、手先具などの形を変える操作は、反対側の手を使うの。
それぞれの利点としては、仕事がやりやすかったり、障害があることが他の人に分からないようにできたりすることね」
「装飾用は、必要ありません。私は、この左手のことを隠すつもりは全くありませんから!」
「……お、おう……」
まあ、そう言いそうな気はしていたよ……。
そしてコレットちゃん、そんなにこくこくと頷かなくてもいいよ。分かってるから……。
「……まあ、どちらかを選ばなきゃならないというわけじゃないから、両方貰っておこうよ、一応……。せっかくの、女神様からの御厚意なんだからさ。
断ると、御機嫌を損ねるかもしれないからね?」
「……あ、ハイ……」
「じゃあ、この絵は置いておくから、作業用義手はどんなのがいいか、考えておいてね。
筋電義手は、作るのは決定だけど、こっちもどんなのがいいか考えてね」
「はい……」
う~ん、何か、困ったような顔をしているなぁ……。
こりゃ、よく分かっていないな。
「ミツハ、私じゃ相談役には不足だよ。サビーネちゃんも呼んでもらえないかな……」
そして、コレットちゃんが、そんなことを言ってきた。
うん、確かに、こういう相談にはサビーネちゃんの方が向いてるか。アルシャちゃんが、王女様に気軽に相談できるかどうか、ということさえ考えなければ、だけどね。
「分かった。頼んでみるよ」
「お願い……」
……そしてその後、サビーネちゃんを含めた3人で、色々と検討しているみたいだった。
私は忙しいから、サビーネちゃんの送り迎えをするだけで、あとはサビ・コレコンビに任せっきり。
いや、どんよりとしたティーテリーザちゃんとラステナちゃんのフォローとか、色々と大変なんだよ……。
* *
……実は、義手を手配するのは、今回で二度目だ。
前回は、爆発事故で負傷した、火薬開発の研究員さん。
あの時は、作業用義手だけになったんだよね。
本人が、見た目とかはどうでもいいから、とにかくすぐに使えて信頼性があって、使いやすいものを、と強く要望したから……。
いつ使えなくなるか分からないものよりも、すぐに使えて、確実に自分の思い通りに動かせるものの方がいい、って。とにかく、早く仕事を再開したい、ってことだったのだ。
仲間達も、うんうんと頷いていた。技術者は、そんな連中ばかりかい!
筋電義手ではなく、普通の作業用義手だけだったから、そっちは『女神から授かったもの』ではなく、遠国の優れた技術で作られたもの、という説明にした。
筋電義手は、さすがにそれでは説明が難しいので、女神様から賜ったということにしたのだ。
……アルシャちゃん、そろそろ希望するものが決まったかな?
まあ、義手の製作のために接合面の測定をしたり、訓練をしたりするのは、もっと傷口が治って腫れも引いて、落ち着いてからだから、まだ時間はあるんだけどね。
でも、製作会社に発注するとか、色々とあるからね……。
まあ、たとえ数年先まで予約がいっぱい、とかであっても、コネを使えばなんとかなるだろうけどね。
どんな会社でも、自国の大統領とか他国の王様とかからお願いの正式文書が来たりすれば、受けてくれるだろう。
コネは、使ってナンボ、だからね。
今使わずに、いつ使うのだ、ってやつだ、うむうむ……。
そういうわけで、アルシャちゃんへの意向確認に来たわけだ、どんな義手がいいかの。
今日は、珍しく、サビーネちゃんが『王女教育があるから、パス!』とか言って、病院への同行を辞退した。……こんなの、初めてだよ。
サビーネちゃんも、一国の王女様としての自覚ができてきたのかな。
まぁ、とにかく、サビーネちゃんが色々とアルシャちゃんに説明して、相談に乗ってくれたはずだ。その結果、アルシャちゃんがどんなのを希望したか、確認するか。
……って、あれ?
どうしてコレットちゃんが、病室のドアの前まで下がっているのかな?
まぁいいや、とにかくアルシャちゃんの希望を聞くか……。
「筋電義手と装飾用は、確定ね。それで、作業用の候補をいくつか選ぶように言っておいたんだけど、決まったかな?」
「はい! 王女殿下に色々と教えていただきましたので……」
よしよし、やはりサビーネちゃんは頼りになるなぁ。
「それで、これとこれがいいと思います!」
「ん、どれどれ……」
そして、アルシャちゃんが差し出した2枚の紙を受け取った。
……私が渡したやつじゃないな。サビーネちゃんが持ってきたやつかな? ええと……。
「ひとつ目は、メイドの神であらせられるナミ様がお使いになっております、『どりる』です!
もうひとつは、魔神ゼット様がお使いになっております、『ろけっとぱんち』を!!」
「『ス〇イラル・〇み』と『マ〇ンガー〇』かよっ!
なみちゃんはメイド服だから、親近感を覚えたか?
……ああっ、サビーネちゃんが来なかった理由は、これかああぁっ!
オマエら、アルシャちゃんに、何見せたああああぁっっ!!
コレットちゃん、これはいったいどういう……、あっ、逃げた!」
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