436 『ソロリティ』の危機 4
「「「「「うわああああぁ〜〜!!」」」」」
どしゃっ、ガツン!
空中数メートルの高さから落下した男達は、突然のことに受け身を取ることもできず、かなり手酷く地面に叩き付けられた。
「貴族の息女を襲撃した連中よ! 捕らえて縛り上げといて!
何人かは死んでも構わないけど、尋問用に2~3人は残しといてね」
「……お、おう……」
ここは、言わずと知れた、ウルフファングの本拠地だ。
時差も計算に入れて、この時間帯なら何人かはグラウンドでトレーニングしてるだろうと思ったよ。
そして、思った通り、隊長さんを含め割と大勢がいた。
そのグラウンドの上空数メートル……落ちてしばらくは動けないけど、死んだり大怪我をしたりはしない程度の、絶妙な高さ……にゴロツキ共を転移させたのだ。
……勿論、私はちゃんと地面に転移した。
当然、ゴロツキ共の剣は向こうに残しているけれど、普通に転移させた場合、隊員さん達がトレーニング中で武器を身に着けておらず、突然のことに即座に反応できなかった場合、ゴロツキ達が素手であっても隊員さん達が怪我をさせられる可能性がある。
なので、ゴロツキ共の戦闘力を奪うために、数メートル落下させてダメージを与えたのだ。
……骨折くらい、この業界じゃあ重傷じゃないよね? 多分……。
よし、転移!
襲撃現場に戻って……。
うん、数秒しか経っていないから、状況は全く変わらず。
「転移!」
「「「「「「……え?」」」」」」
何が起こったか分からず、呆然としている炊き出しのメンバー達。
「ここは、ライナー子爵家の中庭よ! 私が戻ってくるまで、全員ここで待機!
子爵御夫妻とアデレートちゃんには、後で私が説明するって言っといて!」
口調が、平民の少し乱暴なものになっちゃったけど、今は時間が惜しいから、そんなの気にしない!
ティーテリーザちゃんとラステナちゃんの自宅の場所は知らないし、この件のことは関係の薄い人達にはまだ知られたくない。
そう考えると、安全で問題のない良い場所が、ここしか思い付かなかったんだよ……。
……よし、転移!
現場に戻って……。
「病院に行くよ! 転移!」
そう、腕を斬られた子を、現場に残しておいたのだ。
斬り落とされた部分を連れて、何度もあちこち連れ回すのはマズいかと思って。
切断されたパーツが転移の度に何度も地面を転がると、土まみれになっちゃいそうな気がしたから……。
* *
「急患! 怪我人ですっ!!」
勝手知ったる、ロンドンの大病院。
3度目だ、手慣れたもんよ!
飛んできた係の人に私の身分を伝えると、大急ぎで対処してくれた。
勿論、手のパーツ3つも渡した。親指も飛んでいるので、斬撃は2回だけど、パーツは3つだ。
腕を切断した怪我人なんか見慣れていると思うのに、何か、かなり退かれた。
……あ、さすがに、鋭利な刃物で2回も斬られて切断部がバラバラになってるケースは珍しいか。
明らかに、人為的に斬られたとしか思えないもんね。
それも、大型の工作機械を扱う工員さんとかならともかく、メイドさんっぽい服装だし……。
まあ、院長さんや上層部の人達は事情を察してくれるだろうから、問題ないか。
いつもの『担当部署』の人への連絡は、……せずに、放置してみよう。
多分、病院側から連絡が行くだろう。
それを確認するのもいいだろう。
女の子には、ここは医療技術が進んだ遠国であること、通訳を連れてくるから、それまではここの人達のすることに任せて抵抗しないこと、と言い含めておいた。
ショック状態なのか、ちょっと目の焦点が合っておらず、呆然とした状態だったけど……。
危機が去ったと知って、気が抜けちゃったのかな。
まぁ、あんなに頑張っていたんだ、無理もないか……。
手術室に運び込まれる寸前、正気に戻ったのか、私に話し掛けようとしていたけれど、治療するからおとなしくしていろ、と命じたら、素直に黙った。
うん、あの国で『雷の姫巫女』の言うことに逆らえる貴族家の使用人はいないよ。
そして、女の子が手術室に入っている間に、……転移!
「コレットちゃん、あの病院に怪我人を運んだから、通訳として付き添いをお願い!」
「らじゃー!」
着替えやら暇潰し用の本やらを用意するのに少し時間が掛かるだろうから、いったん病院に戻るか……。
転移!
* *
「姫巫女様、お嬢様は!!」
手術室から出てきた少女が私を見ての第一声が、それだった。
自分の腕のことなんか、全く気にしていないかのようだ。
「無事よ。みんな、馬車と一緒にアデレートちゃんのところ……、ライナー子爵邸に『渡り』で運んだから。賊も全員捕らえたよ。
あなたが時間を稼いでくれたから、ギリギリ間に合ったの。
あなたの勇気と忠義の心が、お嬢様と使用人仲間達を救ったのよ……」
大嘘だ。
この子の行動がなくても、みんなは助かってた。
……でも、この子には自分の行動が無駄なことだったとは思わせたくない。
手術の時間は、そう長くはなかった。
全身麻酔をかけた様子はない。
そして何より、この子の左腕は、肘と手首の中間くらいから先が、無い……。
斬りとばされたパーツは、全部一緒に転移で持ってきた。手の平の前部分も、親指も、手の平の真ん中から肘の少し先の部分までも……。
でも、処置が割とすぐに終わって、そしてこの子の腕がそのままだってことは、……再接着を断念したということだ。
切断面の状況が良くなかったのか、それとも、3つに分断されていたのが悪かったのか……。
確かに、切断された更に先も切断されていたら、再接着は難しいか……。
この子が、ティーテリーザちゃんとラステナちゃんの、どちらの家の使用人かはまだ聞いていないけれど……、どちらの家の者だったとしても、ふたりとも、責任を感じちゃうだろうなぁ……。
いや、事実、責任があるのだけど。
……そして、私も責任を感じている。
私には事件を誘発させた直接の責任はないけれど、状況を甘く考えて、変に余裕ぶっていた。
私なら、やりようはいくらでもあった。
安全第一で、有無を言わせず初っ端に転移させれば良かったんだ。ゴロツキ共か、炊き出し側かの、どちらかを……。
それを、全員が私の思っている通りに判断して行動するだろうなどという、馬鹿な考えでのんびりと様子見なんかしていた上に、思いがけない急な状況の変化に驚いて、反応が遅れた。
できれば転移を見せたくないなどという、人命に較べれば全然大したことのない理由で、安全確実な方法を選ばなかった。
……その結果が、これだ。
将来ある少女の左腕を、失わせた。
間抜けにも、程がある。
そしてこの子は、自分の行動とその結果を後悔することなく、私の言葉に、心の底からの満足そうな笑みを浮かべている。
コンチキショーがっ!
……泣くな!
涙を流すんじゃない、私!!




