430 婚約破棄ざまぁ大作戦 4
「ど、どういうこと……、って、あ……」
一瞬、驚愕に固まったローレンツであるが、すぐに思い出したようである。
『ソサエティー』に加入した少女達は、皆、すごい美少女になる、という噂を……。
ミツハはそれに対し、『別に、美しくなるわけではない。今までその美しさを隠し、邪魔をしていた部分を取り除いただけである』と説明している。
あの、彫刻に対する説明と同じである。
彫刻は元々、その美しさを石材の中に内包していた。製作者はただ、その邪魔な部分を取り除いただけである、というやつである。
……勿論、大嘘である。
実際には、塗ったり、描いたり、色々と加工しまくっている。
とにかく、ロテリカはその美しさの真価を発揮していた。
彼女の本当に素晴らしいところは、外見ではなく、その内面なのであるが……。
……惜しい。
ローレンツの頭の中は、その思いで一杯であった。
最低でも男爵位、うまくすれば子爵位。
その爵位も勿論であるが、『ソサエティー』との繋がりも大きい。
仲間をとても大切にすると言われている、あの『ソサエティー』には、数々の有力貴族の娘達がおり、その影響力は貴族の間だけではなく、平民にも強く及んでいる。
そして、……そして、浮気相手など問題にもならないほどの、この美貌。
これを手放して凡庸な伯爵家の次女と結婚するなど、馬鹿のやることである。
そう考え、ロテリカに話し掛けるべく近寄ろうとしたローレンツであるが、ロテリカ達の周りを囲む『ソサエティー』のメンバー達が邪魔で、近付けない。
さすがに、このような場で女性の身体に触れて押し退けるとか、大声でそこから退くよう命令するとかの行為が許されるわけがない。
なので、メンバー達がばらけて会場のあちこちに散るのを待たねばならないのであるが……。
(アイツら、いつまで経ってもばらけない! そして、ロテリカを次々と上位貴族の男達に紹介してやがる!!)
ソイツは俺の婚約者だ、と怒鳴りたいが、さすがにそれは自重したようである。
しばらくして、ようやくメンバーの一部が離れて分散したため、包囲網に穴が空いた。
(今だ!)
そして、急いでロテリカに近付いたローレンツが、声を掛けた。
「おい、ロテリカ!」
その瞬間、ローレンツの前に立ち塞がった、ミシュリーヌ。
「ロテリカ様、この殿方はあなたのお兄様か婚約者、もしくはとても仲の良い方ですの?」
「いえ、全くの無関係で、交流のない方ですわ」
ミシュリーヌの問いに、そう即答するロテリカ。
「では、この殿方……、いえ、無礼な男は、何の関係もない女性に対して、許可もなく名を呼び捨てにして絡んできた非常識な者、ということですわね。
『ソサエティー』の皆様、集合です! 我ら『ソサエティー』のメンバーに対し、悪意ある行動を取る者が現れました。私達の全力で、我らの友をお護りしますわよ!」
「「「「「「おおっ!!」」」」」」
そして、会場中から集まり、ロテリカを護る配置に就くメンバー達。
どうやら、ロテリカやミシュリーヌ達と一緒に来た者達だけではなく、その他にも別行動でパーティー会場に来ていたメンバーが、かなりいたようである。
……考えてみれば、それも簡単なことであろう。
今、『ソサエティー』のメンバーに、『今度そちらで開催されますパーティーに、御招待いただきたいのですが……』と言われて、断る貴族はいない。
まあ、それ以前に、派閥の関係とかで問題がある場合を除き、『ソサエティー』のメンバーは殆どのパーティーに招待されるのであるが……。
勿論、招待された全てのパーティーに出るなどということは到底不可能であるため、招待の大半は断ることになる。
そのため、多くの『ソサエティー』メンバーが招待を受諾したこのパーティーの主催者は、大喜びであっただろう。
「……いや、違う! 俺は、ロテリカの婚約者だ!!」
そう叫ぶローレンツであるが……。
「あのように申しておりますけど?」
ミシュリーヌの確認の言葉に、ロテリカはにこやかに微笑んで答えた。
「ああ、確かに以前はそうでしたけれど、大勢の前で事実無根の冤罪と罵詈雑言を浴びせられまして、一方的に婚約破棄されましたので、今はもう無関係の、赤の他人ですわ。
なお、冤罪と侮辱行為に関しましては、証拠と証人を揃えて訴訟準備を進めております。
併せて、その方が賠償請求をなさっておられますことに対する反訴をしております。
そういう意味では、無関係と言うより、敵対者、と言った方が適切かもしれませんわね。
私の口を封じるために、何らかの行動を起こされる可能性もございますし……」
「なっ……」
言いたいことも言えない、気弱な女。
だから、大きな声で一方的に捲し立てれば、碌に言い返すこともできず、言いなりになる。
そう思っていたロテリカの、力強く、はっきりとした、……そして自分にとって攻撃的なその言葉に驚く、ローレンツ。
確かに、友達が殆どいなくて、気弱で心優しいロテリカは、口論とかは苦手であった。
……ほんの数日前までは。
今は、多くの友人達に囲まれて、色々な楽しい話をし、同じ趣味の者達と持論を戦わせ、自らの意見を述べるという楽しみに目覚めていた。
議論は、言い争いとは違う。
意見を交わし合い、自分の考えを相手に伝え、それを理解してもらえるということは、楽しかった。そのため、気弱なロテリカも、自分の意見を分かりやすく纏めて言葉にするという能力を、急速に成長させていたのである。
……そして、いけ好かない男性に対して少し強い言葉を口にすることに関しても、もうそんなに恐怖心はなかった。
自分には、仲間達がいる。怒鳴りつけてきたり、暴力を振るったりする者達から護ってくれる、心強い仲間達が……。
そう思うと、自分でも驚くほど冷静に、笑顔で言葉を紡ぐことができたのである。
そしてその姿は明るく生き生きとしており、化粧と相まって、そこにはとてつもなく魅力的な少女が存在していたのであった。
「なる程……。では、この礼儀知らずの狼藉者は、『ただの知らない者』より下の、『悪意ある敵』であると……。
皆さん、第一種警戒態勢を!」
「「「「「「はいっ!!」」」」」」
ミシュリーヌの指示に、ロテリカを後ろに下げ、防衛陣形を組む『ソサエティー』のメンバー達。
見事な統制。見事な対応。
そして、仲間のためならば自らの危険も顧みず、攻撃的で危険な男性の前に立ち塞がる、その勇気。
そんな姿を見せられて、じっとしていられる者はいない。
男性客だけでなく、女性客もがローレンツを取り囲み、その行動を牽制する。
さすがに、言葉だけでありまだ何も行動に移していないローレンツを取り押さえることはしていないが、もしローレンツがロテリカと『ソサエティー』にこれ以上近付こうとすれば、どうなるか……。
「え……」
この状況に、愕然とした様子の、ローレンツ。
既に、その側には浮気相手の女性の姿はない。
女性の方が、危機察知能力が高かったようである。
(みっちゃん、いつも目立つのは嫌がるのに、ノリノリやん……。
それだけ、怒っているのだろうなぁ。
……それとも、演技の楽しさに目覚めた?)
今回ミツハは、何事もなければ自分は表面には出ないつもりであった。
さすがにミツハにも、貴族家の者を貶めるのが他国の貴族というのはマズいかも、と考える程度の知恵はあったようである。
しかし、もしミシュリーヌが恥ずかしがって台詞が言えなかった場合には自分が、と、リリーフの心積もりはしていたのであるが、どうやら出番はなかったようである。
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