423 もう、メチャクチャだよ 2
ぱぁん!
サビーネちゃん、コレットちゃんと、ハイタッチ。
ここは、日本邸の居間。
宿は既に引き払っていたし、馬車とシルバーは、初日に孤児院に預けてあるから、もうあの国には用はない。
……王都観光も、一応終わっていたし。
あれだけ『女神の御寵愛を受けし者というのは、本当だ』、『余計なことを喋るなよ』、『私達を怒らせるな』、と強調しておいて、最後のトドメとして、『てめーら、他国の王女殿下に剣を向けたこと、言い触らしてほしいの?』って駄目押ししておいたんだ。私達に関することは、間違いなく箝口令が敷かれるだろう。
何しろ、喋ろうにも、その話をすると自国の恥を晒すことになるのだ。
そんなの、他国どころか、自国民にすら知られるわけにはいくまい。
……つまり、謁見の間での出来事どころか、私を招聘したことすら口外できないだろう、ってことだ。
よし、もうあの国が私にちょっかいを出すことはあるまい。
もしまた呼び出しを掛けたとしても、私が応える可能性はゼロだと分かってるだろうからね。
向こうも、剣を抜いた兵士が襲い掛かったんだ、それに文句は言えないだろう。
「……でも、何だかんだ言って、姉様は甘いんだから……」
「え、何のこと?」
何か、サビーネちゃんが不服そうに文句を言ってきた。
「最後のやつ。病人に治療法を教えたじゃないの……」
ああ、アレかぁ。
「まぁ、病人がむさいおっさんとかならともかく、女の子らしいからねぇ……」
「あ~、やっぱり……」
あの後、私に会わせようとしていたのだ。病人が少女だというのは、嘘であるはずがない。
「それに、本当に壊血病か脚気だと決まったわけじゃないし……。
まぁ、別の病気だと、私には診察しても分からないしね。
病原菌や寄生虫、毒物とかなら転移で除去できても、内臓が悪くなっているのとか白血病とかは、どうしようもないし……。
まあ、罪悪感を誤魔化すための、自己満足だよ」
「「…………」」
サビーネちゃんとコレットちゃんが、何だか生温かい目で私を見てる。
いーんだよ、私は、嫌な思いはしたくないし、自分がやりたいようにやるんだよ。
勿論、『やりたくても、我慢する』ということはあるけれど、それは、私が我慢したいと思ってのことだから、それもまた『私が、やりたいようにやった』という結果だ。
それに……。
「私が甘かったって言っても、効果があるかどうか分からない治療法、それも『野菜と果物でも食っとけ!』という何のありがたみもない一般論を言っただけでしょ。
本当に実行してくれるかどうかも分からないし……。
その他の者達……国王とか貴族とかには、最初から最後まで塩対応だったじゃない」
「大勢の前でいきなり姿を消すことができるような者が最後に言い残した、子供の命に関わるような指示だよ。そんなの、駄目で元々、絶対に従うに決まってるじゃない!」
サビーネちゃんの言葉に、コレットちゃんがコクコクと頷いている。
……確かに、それもそうか。
なら、壊血病か脚気だった場合は、大丈夫かな。
念の為、1カ月くらい経ったら、どうなったか確認するか。
何、転移で行けば一瞬だ。
情報の入手には、ちょっと苦労するかもしれないけど……。
何せ、私は患者の名前すら知らないし、そんな情報が、街の情報屋に流れているとは思えないからね。
……まあ、何とか、なるなる!
「じゃあ、時間調整のために、しばらくみんなで遊び回ろうか!」
このままゼグレイウス王国に顔を出すと、後で両国の首脳陣が情報の遣り取りをした時に、私達の移動時間がゼロだということが露見する可能性があるからね。
そりゃ、私の転移能力についてはある程度知られてはいるけれど、意味もなく情報を追加する必要はないだろう。他者を連れての転移可能距離とか、色々ね。
それに……。
「「賛せ〜〜い!!」」
うん、サビーネちゃんとコレットちゃんには、休暇と娯楽が必要だからね。
……そして勿論、私にも……。
* *
……ベアトリスちゃん、激おこ。
「どうして私だけ仲間外れなのよっ!」
「「「あ……」」」
「そっ、それは、侯爵家御令嬢とか女神の愛し子とかを簡単に他国に連れて行くわけにはいかないから……」
「王女殿下と、女神の御寵愛を受けし雷の姫巫女が行っているのに?」
「「「あ……」」」
「『アレイディス王国』とかに行くのはともかく、その後の、各国遊び回りの時にも私を呼ばなかったのは、なぜ?」
「「「あ……」」」
「ふざけないでよおおおおぉ〜〜っっっ!!」
「「「すみませんでしたああぁ〜〜!!」」」
ベアトリスちゃんの、あまりの怒りの形相に、サビーネちゃんですら顔を引き攣らせて、必死で謝っている。
……まぁ、もし自分がベアトリスちゃんの立場だったとしたら、と考えると、そうなるわなぁ。
そしてサビーネちゃんは、相手の立場になって考えることができる子だから……。
うん、そりゃ、顔も引き攣るわ。
勿論、ベアトリスちゃんの怒りの矛先が向いている、私も含めてね。
「…………」
ベアトリスちゃんが、黙って、じっと私を睨み付けている。
いや、いつも温厚でにこにこ、ぽややんとしている者が本気で怒ったら、すごく怖いんだよ……。
そして、ベアトリスちゃんはサビーネちゃんと違って、私に何かを要求したりはしない。
ただ、じっと私を見詰めるだけ。
サビーネちゃんの要求も、悪気があるわけじゃないんだよね。
私が負い目を感じたり罪悪感を感じたりしないようにという、サビーネちゃんなりの心遣いと、私への甘えなんだよね、アレは……。
だから、あまり無茶なことや、私の負担が大きいことは要求しないんだ。
……たまに、例外もあるけどね。
ま、とにかく、ベアトリスちゃんは自分から私に何かを要求したりはしない。
だから、落とし所は私が考えなきゃならないのだ。
……うん、サビーネちゃんのように、『お詫びの印に、〇〇を要求する!』って言ってもらった方が、ずっと気楽だよね……。
それが受け入れられない要求だった場合は、却下して、同じレベルの代替案を提示できるし。
サビーネちゃんの最初の要求から、サビーネちゃんの怒りの程度が分かるというのも大きいし。
なのに、じっと見詰められるだけだと、そのあたりの判断がつかないんだよねぇ……。
まあ、黙っていても、どうにもならない。
こっちから、誠意を示さなきゃねぇ……。
「ベアトリスちゃんが指定するところへ、3日間、4人で遊びに行く!」
ベアトリスちゃんは地球のことはあまり知らないから、具体的な場所とかではなく、『こんな感じのところ』という指定で、詳細は私が決める。
「それと、私とふたりで、買い物に2日。購入のためのお金は自腹だし、文化や技術の流入的な問題で私が却下するものは、諦めてもらうけどね。
日程は、ベアトリスちゃんの都合のいい日で。
……それで、許してもらえないかな?」
「え……」
よし、びっくりしてるぞ!
それはつまり、予想外のことであり、充分な謝罪だと思ってくれたというわけだ。
よし。
よしよしよしよし!
「姉さま、私達も買い物に連れて行ってよ!」
サビーネちゃんからの要求に、コレットちゃんもこくこくと頷いているけれど……。
「サビーネちゃんとコレットちゃんも連れて行ったら、ベアトリスちゃんへの補填にならないじゃん!!」
あ、ふたりとも、『バレたか……』っていうような顔をしてやがる!
遊びの3日間は、『みんなで遊ぶ』という時間の補填だから、サビーネちゃんとコレットちゃんもいなきゃならない。
……でも、買い物は私とベアトリスちゃんだけで充分だよっ!
* *
雑貨屋ミツハに、書簡が届いた。
……2通。
商隊が運んでくれたやつではなく、差出人が直接雇った者……でもなく、明らかに騎士っぽい騎乗兵からの、手渡しで。
駄目元で、あることを聞いてみたら、あっさりと教えてくれた。
やはり、この後王宮にも届けるとのこと。
……王宮より、うちを優先かいっ!
まあ、それだけで、少なくとも1通は、差出人の予想がついたよ。
とりあえず、店を閉めて、3階の自室でゆっくりと読むか……。




