421 招 待 10
「謎の病気ですねぇ。治す方担当の聖女ではなく、破壊部門担当の私には、どうしようもありませんね。
……呼ぶ相手を間違ってますよ」
航海技術が進んでいる私の出身国では既に知られている病気だと言うこともできたけれど、その話が広まる過程で、『御使い様の奇跡』とかに変わる可能性は割と大きい。
だから、余計なことはするべきじゃないよね。
まだ、大勢の船乗りの命に関わる、というような時代じゃないし……。
あ! しまった!!
それじゃあ聖女を呼べ、ということになって、ベアトリスちゃんが呼ばれたら大変だ!
マズい、うまく誤魔化さなきゃ……。
「ぶっ、無礼な! 陛下に対して、何たる無礼な物言いを!!
ええい、そやつを引っ捕らえろ!」
……え? 何か、国王じゃなく、列席している貴族のひとりが怒鳴ってるぞ?
何を……、ああ、そうか!
よし、これに乗って、場をメチャクチャにしてやる!
さっきの、『呼ぶなら聖女』って話を完全に忘れるように、ぐちゃぐちゃに!!
危なくなれば転移で逃げられるから、問題、ないない!
……でも、なるべく逃げたくはないんだよねぇ。
逃げると、舐められそうだから。
また、うちの王様に偉そうな手紙が来そうな気がするんだよね、逃げたら……。
だから、ここを去る時は、逃げるんじゃなくて、フッと口元を歪めて嗤い、『立ち去る』という形にしたいんだよ。勝った、って感じで……。
よし、やるか!
「これはこれは、失礼いたしました。てっきり、玉座に座っている方がこの国の最高権力者だとばかり思っておりましたが、アレはただのお飾り、傀儡であり、本当の支配者はあなた様でしたか!」
「……え?」
ぽかんとして、口を半開きにして固まっている、私を捕らえるよう叫んだ貴族のおっさん。
「いえ、だって国王が、自身が他国から招いた貴族である『雷の姫巫女』と話しているというのに、そこに割り込んで話を中断させて、しかも相手を捕らえるよう命令されたのですよ。国王の前で、勝手に……。
これって、自分が国王より偉い、と思っていないと、できませんよね?」
勿論、兵士達は全員、一歩も動いていない。
国王の前で、自分達の直属上司やその上の者からの命令でもないのに、命令権のない貴族からの指示で、何の危険もないのに他国からの賓客を取り押さえることなど、できるわけがない。
こういう場所に配属されているなら、それなりの教育を受けた、兵士の中では比較的エリートであるはずだからね。
「あ……、う……」
よし、言い訳が思い付かず、反論できないうちに……。
「しかも、招聘した他国の貴族、それも年若い女性を、不法行為をしたわけでもないのに、無理矢理捕らえる。
これって、国際問題になりませんかね?
この国の信用を大きく落として、私やうちの国、そして大同盟の加盟国との関係を悪化させる。
あなたがもしこの国の真の支配者ではないなら、そんなことをする理由は……。
もしかしてあなた、敵対国と通じていて、この国にとって不利になるよう、わざとやっておられるのでは?」
「なっ……」
ざわっ……
おっさんの近くにいた者達が、少し身体を引いて距離を取った。
……ほんの数十センチくらいだけどね。
割と身分や立場は上みたいだけど、この程度の余所者の小娘の煽りでそうなるなんて……。
信用されていないんだなぁ、おっさん……。
さて、思い切り引っかき回しちゃったけど、どうなるかな……。
「……捕らえろ!」
え? おっさん、何を考えてるの?
そんな命令を繰り返しても、この状況で、指示に従う兵士なんか、いるはずが……、って、えええっ!
兵士達の中から、4人程、出てきたよ……。
しかも、剣の柄に手を掛けてる。
あり得ないよ!
100歩譲って、私達を取り押さえる気になったとしても、それは素手で充分じゃない?
こちとら、非力な少女が3人だよ? 剣を使う必要なんか……、あ。
不敬罪ということで、国王の意を汲んで、ということにして、私の口を塞ぐつもりか?
何か、私、おっさんにとって非常にマズい存在だってことかな?
多分、この4人はおっさんの息が掛かった連中なんだろう。
そして、捕らえるのではなく殺せ、という合図でもあったのかな?
国王は、……驚いた様子だけど、特に何の指示も出す様子がないな。
これは仕込みじゃないっぽいけど、反応できてないのか?
まあ、他人の行動に期待することなく、自分の身は自分で護らなきゃね。
そして兵士達が近寄り、剣の柄を握った手が動き、剣身が姿を現した瞬間……。
「撃て!」
私の指示で、私と共にサビーネちゃんとコレットちゃんが両手首を大きく動かし……。
パンパン! パンパン! パンパン!
パンパン! パンパン! パンパン!
2連発の2挺持ちが3人で、合計12発。
4人の兵士に、それぞれ2~3発ずつ当たっている。
私は2発外したけれど、サビーネちゃんとコレットちゃんは3~4発当てている。
まあ、距離がすごく近いからね。いくら命中精度が低いデリンジャーでも、そりゃ当たるか。
レミントン・ダブルデリンジャー。
41口径リムファイア弾を使用する、2連発の超小型拳銃。
スリーブガン……、袖の中に隠し持つ銃として、最適の銃だ。
垂直2連の銃身に、直接弾を装填してあるのだから、そりゃ、小さくできるわ……。
隠匿携帯する銃としては、腋や腿に装着したワルサーPPSを使うけれど、ドレスを着る時には腋には着けられないし、腿だと抜くのに時間が掛かる。
それじゃあ、奇襲を受けた時とか、近距離の敵には間に合わない。
なので、近距離での奇襲を受ける可能性がある場所へ出向く時には、あらかじめこれを仕込んでおくんだよね。
今日は王都で観光の予定だったけど、ここは敵地だ。ゴロツキ、兵士、貴族の手の者、誰が急に襲ってくるか分からないから、ちゃんとこれを装着しておいたのだ。
特殊な手の動かし方をすれば、腕の内側に装着されているデリンジャーが軽合金製のアームで押し出されて手の平にすっぽりと収まるように、ギミックが仕込んであるんだよ。
それを隠すために、袖が広く、ゆったりとした服を着ているんだよ、3人共。
超至近距離の敵にはダブルデリンジャーでも間に合わないけれど、他国の貴族の少女兼姫巫女様にいきなり斬り掛かる者はいないだろうからね。
普通は、口頭で降伏を勧めるか、怪我をさせないように優しく拘束するか、というところだろう。
いきなり剣を抜く素振りを見せたのは予想外だったけれど、さすがに私への延長線上にいる国王に向かって剣を振り上げる形になるので、全速力で駆け寄ることはなかった。
……ま、いずれにしても、私達はコンマ数秒あれば、転移で逃げられる。
その最終手段があるからこそ、無茶ができるんだ。
そうでなきゃ、こんな真似はしないよ。
腿のワルサーPPSを抜くには1秒以上掛かるのに、デリンジャーを全弾撃ち尽くす、とかいう危険なこともね。
まあ、この連中は、もうデリンジャーには残弾がないことは知らないだろうけど……。




