42 エージェント
久し振りに、隊長さんのところを訪問。
いや、最近は領地改革で忙しかったからね。個人携帯武器は殆ど使えるようになったし。投げると後ろに飛ぶ、手榴弾以外は。
いや、使えるようになったと言っても、『撃てるようになった』というだけで、命中率は悪いけどね。
例のドラゴンの素材はいい値になったらしい。公平を期すためウロコや肉は各国に均等に売ってあげたらしい。独占されないよう、一定量ずつ。
勿論、凄い高額で。
高いと文句を言った国の分は、オークションで他国や大企業に売ったとか。鬼……。
そして、ドラゴン素材関連の研究成果から派生した発見、発明、新製品等の全てに対しての利権の確保。もう、大金持ち確定である。
「……いや、出すよ? 勿論、嬢ちゃんの取り分も出すからな?」
胡乱げなミツハの視線に、慌てて説明する隊長さん。
「で、傭兵稼業は続けるの?」
「ああ、俺たちは他に能がないからな。カネを分けて解散しても、他にやれる事もねぇし、どうせすぐに使い果たしちまうか、襲われるか、騙されて一文無しさ。それくらいなら、傭兵団のままで纏まっている方が安全だからな。まさかウチに喧嘩吹っ掛ける奴も居るまいしな。
ただ、カネに困って危険度の高いムチャな依頼を受けたりしなくて済む、というのはありがたいよな。そもそも、当分は戦闘仕事を受ける気は無いしな」
うん、カネが充分あるのに、カネ目当てで死地には向かわないよね、普通。
「あ、そうそう、私、子爵領の運営やってるって言ったよね。もし盗賊とかが来たら、戦力出して貰える?」
「ああ、嬢ちゃんの依頼なら話は別だ。相手が銃器を持っていないとは言え死ぬ可能性はあるが、ま、それで死ぬようなら、そういうヤツだった、ってことだ。志願制にしても、多分全員が参加するさ」
「あ~、敵国が来るようなところじゃないから、前みたいには要らないんだけど……」
うん、過剰戦力だ。
「あ、木造で、人力で動く、十数人乗りの船とか、心当たりないかなぁ?」
日本と違い、このあたりの国ならば、まだ木造で機械動力ではない船があるかも……、と思ったのだが。
「……ガレー船か? 嬢ちゃんとこ、まだ奴隷とか使ってんのか?」
びっくりしたように眼を丸くする隊長さん。
駄目か……。
さて、今日は特に訓練の予定はない。大金を稼いだら、戦車か自走式機関砲でも買おうかな。神様、頼りになるからねぇ。
軽装甲機動車とかは、5.56ミリじゃあ武装が弱すぎる。やはり20ミリ機関砲とかを積んだ歩兵戦闘車とか…、って、何と戦うんだ、ヤマノ子爵領は!
…今日はもう帰ろう。
あ、その前に、街で買い物をして行こうかな。
いや、日本だけでなく、この国の街でも買い物はするよ。
大抵のものが、日本よりたくさん入っていて安いから。馴染みの店も増えたし。よくオマケして貰ったり、飴玉を貰ったりする。
……分かってるよ、10~12歳くらいの子供だと思われてるってことは!
「嬢ちゃん、街へ出るのか?」
「うん、買い物しようかと」
隊長さんは、少し声を潜めて言った。
「…最近、怪しいのがうろついてる。多分、どこかの国の諜報員か何かだ」
「目的は何?」
「多分、異世界との行き来の方法、とかだろうな。あと、こっちに無い資源や技術とか。以前、うちの馬鹿がホームページに写真あげやがったし、今回、王女様から貰った報酬だと言って大量に換金した金貨、あれ、以前にも換金してるからな。プロが本気で調べれば、俺たちはともかく、姫様の転移は1回限りじゃなかったってことはすぐに分かるだろう」
「資源はともかく、技術? 剣と弓矢の世界に?」
「あるだろうが、ほら、魔法とか、魔法とか、魔法とか……」
「ああ……」
なる程、異世界利権とか、うまくすれば異世界に軍を出して、とか考えてるのかな。24ドル相当のガラクタと交換で広大な土地が手に入るとか、使い捨てライターとダイヤの原石が交換できるとか……。
でも、転移は科学的なものでも、魔法により次元のトンネルを、とかいうものでもない。たとえ私を捕らえて転移を命じても、転移する時点で、自分だけ転移するとか、他の者の装備や衣服は全部残して高い山脈のてっぺんに転移して、自分だけすぐに再転移するとか、どうにでもなる。
そもそも、一撃で殺すならともかく、そうでないならいつでも転移で逃げられるのだから、私を絶対に殺すわけには行かない者達にどうこうできるはずがない。薬で一瞬のうちに眠らせても、尋問するためには意識を取り戻させる必要があるのだし。
意識がある状態がコンマ数秒あれば、転移で逃げられる。つまり、尋問は不可能、ということだ。私が自分の意志で付き合ってあげない限りは。
脱出のため転移する時、その建物の柱全てを一緒に持って行く、とかいうのも面白いかも知れない。
それに、一応、私は向こうの世界の者だと思われてるし、たとえ本名がバレても人質にされる家族も大事な親戚もいない。もしもあの叔父一家が人質にでもされれば大笑いなんだけどな…。
とにかく、大したことはない、ということだ。
「分かった。大きな問題じゃないけど、一応、これからは私の名前は例の説明の時ので統一させてね。おかしな連中にあまり『真名』が広まるのは良い気がしないから」
「お、おぅ……」
真名、とかいう怪しい用語の登場に、戸惑う隊長さん。後でジャパニメーションマニアの団員さんにでも聞いといて。
団員さんがクルマで街まで送ってくれた。なんか、私を送る役が取り合いになってた。…モテ期到来か?
連続転移で街に行くことも出来るけど、出現の瞬間を目撃される可能性は常にあるし、時速70マイルで30分弱、世間話をしながら送って貰う方がいい。
あ、信号も何も無い道をそのまま時速70マイルでノンストップだから、50キロくらいは離れてるよ、街から。私設の傭兵団のベースがそんなに街の近くにあるはずがないよ。
街に着いて私を降ろすと、団員さんはそのまま帰って行った。買い物のあとはそのまま転移で戻るって知ってるからね。
そういえば、なぜかみんな、私が『戻る時はどこからでも戻れるが、この世界に来る時は傭兵団のベースにしか現れない』と思っている節がある。多分、転移で出発する場所はどこでもいいけど、到着する場所には目印となるマーカーの設置が必要、とか思っているのかな。それが傭兵団のベースに設定してある、とか。ま、別にいいけどね。好きに思わせとこう。何かの安全弁になるかも知れないし。
と、適当に食材とかを買い歩いていると、知らない人に声を掛けられた。
「すみません、お嬢さん。少しよろしいでしょうか」
金髪碧眼、身長は180センチくらいで、西洋人としても平均よりやや高めかな。私からは見上げる高さ。三十歳台半ばの、黒っぽいスーツを着た落ち着いた感じのおじさん。後ろに、もう少し若い人が二人ついている。みんな黒スーツ。そういう決まりでもあるのかな?
「はい、何でしょうか?」
頭の中に、ロシア語と中国語の知識が浮かぶ。ロシア語は完全に、中国語はやや劣る感じで。
うん、英語と中国語を勉強してマスターした、母国語がロシア語の人ね。
勿論、返事は、話しかけられた言語である英語で返している。
「少しお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」
「え? ええ、まぁ、少しぐらいでしたら……」
ミツハの返事に、喜色を浮かべる男性。
「では、どこかで食事でもしながら…。どうぞ、クルマで御送りしますので…」
見ると、後方に黒塗りの車が駐めてある。さすがに、怪しい男達3人プラス運転手のクルマに無防備に乗り込む女の子はいないだろう…。異世界人だと思って舐めてるのかな?
「いえいえ、この世界では、知らない人について行ったり、知らない人のクルマに乗ったりしてはいけないと教わりましたので……」
眉を顰める男達。誰だ、余計なことを教えたのは、とでも思っているのだろう。
「ですから、あそこのお店で、お茶でも飲みながら、なら大丈夫ですよ」
ミツハの言葉に、仕方なく頷く男達。歩き出したミツハについて行く。恐らく、いきなり拉致、ではなく、元々最初は軽い接触のつもりだったのだろう。
「こ、ここは……」
たじろぐ3人の男達。
浮いていた。
思い切り、浮きまくっていた。
程々に席を埋めたその店の客は、自分達以外は全て、若い女性客であった。その中に、黒いスーツの男が3人。
もう、目立ちまくりである。
この街で、若い女性に人気のスイーツ専門店。
勿論、わざとこの店を選んだ。これだけ注目を集めていれば、おかしな真似はできまい。ふはは……。
壁際のテーブルを選び、壁を背にして座った。
普通は、逃げ出せない席は避けるべきである。マルチ商法や宗教の勧誘に来た、数年振りに会う元クラスメートと見知らぬその連れ、とかと席につく時には特に。
しかし、今の自分には関係無い。転移もあるけれど、場所が『この店』だから。
とりあえず、注文を取りに来たウェイトレスさんにケーキセットを頼んだ。おじさん達は、コーヒー、コーヒー、チョコバナナクリームサンデー、って、最後の人、他のふたりに睨み付けられてるよ。
うんうん、食べたかったけどひとりじゃ店にはいる機会が無かったのね、たっぷり味わって食べて下さい…。
「で、お話とは、何でしょうか…」
わざと、少し大きな声で言った。
そう、店にいる客や店員の皆さんに、自分達は知り合い同士ではなく、『初対面の怪しい男達に囲まれている女の子』であると知らしめるためである。
効果覿面、二十歳前後のおねえさん達のグループが、怖い顔でこっちを見ている。そして、ちらちらとこちらを見ながら、バッグから携帯電話を取りだしている女学生のグループ。
男達は、店内を背にしていたり、壁側のミツハの方を向いていたりするため、それらの様子には気付いていない。計画通り…。
居心地悪そうにしながら、一番年上の男が声量を抑えて話し始めた。
「単刀直入にお聞きしますが、あなた様は異世界の王女殿下でございますね?」
うん、直球、ストレートど真ん中!
「ええ、まぁ…。どうしてそれを?」
「おお、やはり! 実は、我が国は是非王女殿下の国と国交を結びたいと考えておりまして…。魔王軍との戦いに際しましては、軍の派遣による御支援も可能です!」
うんうん、何だかんだ言って、軍隊を進駐させて、あとは力でゴリ押し、か……。
しかし、異世界で孤立したら、どうするつもりなんだか。現代兵器なんか、補給と整備が続かないとすぐに無力になっちゃうよねぇ。それに、いくら強力な兵器を持っていても、周り中が敵なら、毎晩断続的に夜襲を受けて全然眠らせて貰えなかったり、こっそり忍び込んで水や食料に毒を入れたり、そもそも現地での水や食料の確保を妨害したりすれば、すぐに干上がっちゃうと思うんだけどな…。
「いえ、それは、この世界の勇者様方のお陰でもう終わりましたので…。あとは、主力を失った残敵の掃討くらいです。それくらいは、他の世界を頼らず自分達でやりませんと……」
え、と、アテが外れたような顔をする男達。
「え、しかし、いつまたドラゴンが襲ってくるかも…」
「いえ、古竜は元々、数百年に一度現れるかどうか、という程度です。成竜は温厚で知性的な生物でして、ごく稀に子竜や若い竜がヤンチャしに来るだけだそうです」
あの後、学者さんからそう説明された。
「え……」
ここで、注文の品が来た。
ウェイトレスさんを見るため視線を上げたミツハは、思わず噴き出しそうになった。
若い女性だらけの店内の何カ所かに、異物がある。
まるで示し合わせたかのように、暗色の目立たないスーツを着た男達のグループが、数カ所に。目立たないはずのその地味なスーツが、ここではとてつもなく目立っていた。
席が埋まってきたせいか、違うグループが相席にさせられていたりして、実に気まずそうな様子。そりゃまぁ、若い女の子と相席にはさせられないよねぇ…。
同じくウェイトレスさんの方に眼を向けた男の人達もそれに気付き、呆然とした様子。
しかし、今ここで話を進めないと、いったん王女と別れれば他国のエージェント達が一斉に群がる、と思い、注文の品を置いたウェイトレスさんが去って行くと同時に、周囲の状況には眼を瞑り話を続けてきた。
「しかし、祖国のためをお考えになれば、ここは我が国との国交を…」
「В родине лояльность」
「「「え?」」」
突然のミツハの言葉に、驚愕の顔でミツハを見詰める3人。
「私の曾祖父の命の恩人にしてわが国の大英雄、『勇者イワノフ』がよく口にしていた言葉だそうです。祖国への忠誠、というような意味の言葉だそうですが…」
呆然とする3人。
そして、しだいに赤く染まっていくその頬。
「そ、それは! その方は、我が国の者ですぞ!!!」
その大声に集まる、店中の視線。
うんうん、面白くなってきたね。




