404 ソロリティ 9
「ミツハ、メンバーからクレームが殺到してるわよ!」
「え? えええっ!」
ライナー子爵家の御令嬢、アデレートちゃん。
そう、『雑貨屋ミツハ』相談コーナーの初仕事として受けたデビュタント・ボールのお仕事以来のお友達にして、私に集る男達からの攻撃を吸収してくれる、被害担当艦令嬢達を養成するための組織、『ソロリティ』の纏め役だ。
私からの資金と物資(地球の飲食物や、化粧品その他)の提供がないと成り立たない組織だから、アデレートちゃんの立場を奪うことができる者はいないので、子爵家の令嬢であっても上位貴族の令嬢からどうこう、という心配はない。
……というか、雷の姫巫女、第三王女殿下、大聖女様(未公認)の3人が仲良くしているアデレートちゃんに喧嘩を売る者がいたら、尊敬するよ。
いや、皮肉とかじゃなくて、マジで!
そんなの、国中を、いや、周辺国を含めた全てを敵に回す覚悟がないと……。
普通の御令嬢にできるようなことじゃないよねぇ。
なのに、『ソロリティ』の上層部に対してのクレーム。
そして、私には文句を言われるような心当たりは全くない。
これはいったい、どういうことなのか……。
「ど、どういうことかな?」
疑問に思ったことをそのまま、ストレートに尋ねた私に対する、アデレートちゃんの説明は……。
「先日、ミツハが開いたパーティー。あれで、ミツハのところの使用人達による演芸チーム、『メイドさんだー』がデビューしたわよね?」
「うん、したけど……」
勿論、パーティーにはライナー子爵家も招待していたから、アデレートちゃんも御両親と一緒に来ていた。
ライナー子爵家は、ボーゼス侯爵家に次ぐ、私との関係が深い貴族家だからね。当然だ。
「あれが大評判になって、他の貴族家でも使用人達に色々なことをやらせ始めたことは?」
「うん、知ってるけど……。みんな、かなりの腕前になってるとか聞いてるよ」
それで、本職の人達が発憤して、ってところまでは把握してる。
「『ソロリティ』のメンバー達が、アレは自分達が受けるべき称賛であった、どうして自分達ではなく、メイドなどにやらせたのか、って言ってるのよ……。
自分達、貴族の女性による歌とダンスのチーム、そう、『貴族令嬢歌劇団』というものを創設し、あの斬新な曲と振り付け、指導、衣装、その他諸々を自分達に提供すべきである、って……」
「なっ、何じゃ、そりゃああぁ〜〜!!」
勿論、それに対する私の返事は、これ以外にはあり得ない。
「知らんがな〜……。
あれは、私の仕込みじゃないんだよ。……いや、ホント!
第三王女殿下と、うちの家臣候補を連れて某所に行った時に、ああいうのを見たんだよ。
それで、戻ってから家臣候補が耳コピで覚えた曲を楽器の心得がある者に歌って聞かせ、同じく覚えていた振り付けを再現したらしく……。
だから、あれは使用人達が自分達で勝手に始めて練習したものなんだよ。
で、私はプロの楽団や演奏家を雇わずに済んでお金が節約できて、メンバーのみんなは練習の成果を発表する場が与えられた上に、当然ながら私からの依頼料やら報奨金やらが貰えて、ウハウハだよ! お揃いの衣装は、私からの無料提供だしね」
「……え?」
あれ、アデレートちゃん、すごく驚いているなぁ。
あ、私の周辺で起きる珍しいコトは、全部私の仕業だとでも思っていたのかな?
いや、それを大きく否定するつもりはないけれど、今回ばかりは本当に私の仕業じゃないんだ。
……まぁ、遠因は私のせいと言えなくはないけれど、直接の関係じゃないし、『メイドさんだー』に関しては、設立にも練習にも、私は全く関わっていないのだ、本当に!
殆どはコレットちゃんが采配して、たまにサビーネちゃんがコーチに来た程度。
私は、せいぜいが勤務時間外に練習しているみんなに飲み物を差し入れした程度だ。
……あ、今回のは私が『メイドさんだー』というアマチュア歌劇団に正式に依頼した、通常勤務外の別件仕事だから、当然給金とは別に、依頼料を払うよ。
練習とかは、仕事が終わった後とか休日とかの、勤務時間外にやってたしね。
「とにかく、そういうわけで、アレは本当に私の仕込みじゃないんだよ。
私はただ、既に仕上がっていたアマチュア歌劇団に仕事を依頼しただけ。
それがたまたま、ヤマノ子爵家の従業員達が趣味でやっている課外活動のサークルだったというだけの話だよ」
「……それを、『ソロリティ』のメンバー達が信じるとでも?」
「いや、そう言われても、事実は事実なんだから……」
うん、本当に、ホントなんだよねぇ、これって……。
「……まぁ、私は信じていますけどね。ミツハは、嘘を吐くべき時には平気で大嘘を吐きますけれど、必要がない時には無用な嘘は吐きませんから……。
今回は、別に嘘なんか吐かなくても、ただ拒否すれば済むだけの話ですから、わざわざ面倒な嘘なんか吐く必要はありませんものね」
「あ、うん……」
驚き! アデレートちゃん、私のことをよく分かってくれてる!
「……でも、私がそれを信じようが信じまいが、……そしてそれが事実であろうがあるまいが、全く関係ないわよ。
あの方達は、そういう対処を求めているのであって、アレをプロデュースしたのが誰かなんて、関係ないですもの……」
「ですよね〜〜!」
……そう。
新大陸の『ソサエティー』でも、同じだったではないか!
向こうは、評判になったのは10歳未満の、幼年組の子供達だというのに、それより年齢層が上である本体組の子達が嫉妬して、私に直談判に来たんだよ。
もう既に、自分達は聖女様と呼ばれていて、婚約相手は選び放題だというのに……。
それが、ここの『ソロリティ』はまだただの親睦団体に過ぎず、新大陸の『ソサエティー』のような華々しい成果は上げていない。
なので加入者のみんなへの評価としては、せいぜいがサビーネちゃん、ベアトリスちゃん、そして私の3人と少しお近づきになれる可能性がある少女達、という程度だ。
新大陸の『ソサエティー』とは違って、ここの『ソロリティ』においては、私達3人はあまり口出しはせず、あくまでも名誉会員程度に留めているからね。
……うん、『人気者になりたい』、『実績が欲しい』、ってことなんだろうな……。
その気持ちは、分かる!
痛いほど、分かるよ……。
でも、『ソサエティー』のみんなが大人気になったのは、みんなの行動の結果だ。
決して、人気者になりたいと思って、そのために行動したわけじゃない。
「……でも、サビーネちゃんとベアトリスちゃんと私の3人に対してそんな要求を出すなんて、随分と強気だよねぇ、『ソロリティ』のみんな……」
そうなのだ。
みんな、そりゃ貴族の御令嬢だから気が強かったり打算的だったりはするけれど、常識は弁えていて、そしてそんなに悪い子達じゃないはずなんだ。
……そういう子を選んだのだから。
「ああ、それは、その要求はミツハ達にじゃなくて、私に対するものだからね。
サビーネ殿下、ベアトリス様、そしてミツハの3人は、それぞれが他のふたりと親友同士で、がっちりと三角形を形成してるでしょう?」
……うん。三角関係じゃないけどね!
そして実際には、更にそこにコレットちゃんがガッチリと食い込んでるしね!!
「それに対して、私はミツハとはお友達だけど、サビーネ殿下とベアトリス様とは、ミツハを介しての繋がり、つまり友達の友達でしかないと思われてるのよ……」
「あ〜……」
実は、サビーネちゃんはアデレートちゃんを気に入っており、その取り巻きごと取り込もうとしているんだよね。まだ、本人達にも伝えていないけれど……。
でも、それを知らない者から見れば、アデレートちゃんは私との繋がりがあるだけで、サビーネちゃんやベアトリスちゃんとは直接の関係はないと思われているわけだ。
そして私との関係にしても、ボーゼス家や王家との関係とは違って、この国に来たばかりの私が、ただの請負仕事のひとつとしてアデレートちゃんのデビュタント・ボールに関する仕事を受けただけ。別に、助けられただとか恩義があるとかいうわけじゃない。
ただの、仕事の発注者の家の娘ということで、顔見知りになっただけ。
しかも、ライナー子爵家は下級貴族であり、オマケに新興貴族家だ。いくら人間的に問題のない者達であっても、伯爵家とか侯爵家とかの者から見れば、明らかに格下だ。
いや、それはこういう文明レベルでは当たり前のことであり、別に『ソロリティ』の子達が悪いわけじゃない。貴族の娘としては、そういう上下関係を無視できないのは当たり前のことだ。
あの、『ソサエティー』のみんなの和気あいあいさが異常なんだよ。あれを基準にして考えちゃいけないのだ。
……もしかすると、アデレートちゃんを蹴落として、自分が私達との折衝役に、とか考えている子がいたりして……。
そんなことは絶対に無理だけど、現状を知らず、プライドの高い、自分の望みは叶えられて当然、とか思っている子もいるかもなぁ。
別に悪い子だというわけではなく、貴族社会ではそれが普通、それが当然だと思っていて……。
なので、悪事や裏工作とかではなく、『ソロリティ』内で味方を、信奉者を増やし、自分の実力で『ソロリティ』の実権を握ろうとか考えて……。
それは、別に悪いことじゃない。上昇志向のある、頑張り屋さんだというだけのことだ。
でも、今回の要望、ただ駄目だと言って却下するのは簡単だけど、それだけでいいのかなぁ……。
アデレートちゃんに突き上げが来たり、以後も色々と勝手な要求が来たり、自分達には最恵待遇が与えられて当然、とか思われたり……。
『向こう』では格上のみっちゃん2号が仕切ってくれているから、私は副官役として色々と関わっている。私が何を言っても、総大将はみっちゃんだからね。
……でも、『こっち』では私より下位のアデレートちゃんが仕切り役だから、私はあんまり表には出ず、アデレートちゃんに任せっきりだったんだけど……。
それが、裏目に出たか……。




