40 子爵領の運営 2
林業。
困った。特に案がない。
木材はどこにでもあるから、わざわざよその町に運んで売ることなど無い。近くで切れば良いのだから。
木工製品も同じ。この村で作れる程度の物は、どこの村でも作れる。
とりあえず、木を切った跡には将来のために植林することにしたが、それは今すぐ収入の増加に繋がるようなものではない。農業組に対して出されたような画期的な案があるのではと思っていた山村の村長はがっかりした様子。
あと、何か無いかな……。
あ、シイタケ栽培は?
聞いてみると、みんなシイタケを知らなかった。現物が無いと、そもそも菌を植えられない……。
大量の燻製肉やジャーキーを作るほど獣を獲ったら、すぐに獣の数が激減してあとが続かなくなるし……。
とりあえず、炭焼きとたたら吹きの可能性について検討することを約束してお茶を濁す。
あと、金属鉱石を発見すべく、それらしい物があればすぐに知らせるよう厳命し、プリンターで出力した鉱石写真を村人の数だけ渡した。
ちなみに、『たたら吹き』と『たたら製鉄』とは混同されがちであるが、別物である。『たたら』とはふいごのことであり、ふいごを使った初期の製鉄法、つまり世界中の各地で行われた原始的な製鉄法の多くが『たたら製鉄』という名で呼ばれるものである。
それに対して、『たたら吹き』とは日本で行われた特殊な製鉄法であり、砂鉄から作られる質の高い『玉鋼』を作り出すものである。玉鋼は日本刀の刃金となる高質な鋼であり、たたら吹きで作られる鉄のうち3分の1以下しか取れない。残りの3分の2以上の部分は、刃金以外の部分や、日用品その他の用途に使われる、低質のものである。
この玉鋼でブランド力のある製品が作れれば。
ミツハは価値のある金属鉱石の発見と、この製鉄に希望をかけていた。
そして海産。
漁村の代表者である村長は、希望をかけていた。
今まで、漁村は住民数が少ないことと、魚介類は日保ちしないため領外に売ったり備蓄したり出来ず換金性が悪いため領主からぞんざいに扱われていた。
しかし新領主であるミツハは着任直後から頻繁に、それこそ農村や山村に行くより遥かに高い頻度で漁村を訪れ、様々な質問をし、漁師の妻が作った魚介料理を喜んで食べてくれた。
そして、舟や漁具に並々ならぬ関心を示していた。
更に、今まで町の住民からしか採用されなかった子爵邸の使用人に、初めて漁村からニネットが採用された。
期待するのも無理はなかった。
そして……。
「まず、製塩の強化と、海藻を乾燥させたものを商品として大量生産します。それと、漁獲量を増やして、日保ちする干物、素干し、塩干し、煮干し、焼干し、燻乾品、節類なんかを造ります」
「おお!」
林業の時とは打って変わって饒舌になったミツハに、漁村の村長は眼を輝かせた。
それに対して、どんよりした山村の村長ふたり。
「それと、干物の大量生産のためには、そもそも漁獲量を増やす必要があります。そこで、網の改良と、漁船の新造を考えています」
「おおおおお!」
予想以上のミツハの提案に、喜びの声をあげる村長。
ミツハにとっても、漁業は効果がすぐにあがる美味しい産業であった。
投網、刺し網、地引き網。沿岸の水質が汚染されていないここでは、回遊魚狙いの地引き網もそれなりの安定した漁獲が見込めるだろう。また、本格的な漁業が殆ど発達していない今なら、少し沖に出れば網漁で大量の漁獲が期待できる。更に、スレていない魚の宝庫、釣りによる漁獲も期待できる。
ミツハは、最初は網と釣り道具を日本から持ち込んでも構わないと思っていた。でないと、準備に時間がかかりすぎる。持ち込んだ網が効果を見せつければ、自然とその網の作りを調べて同様のものを作ろうとするだろう。釣り道具にしても然り。
フネは……。
中古の小型ボートなら、20~30万くらいで買える。しかし、材質がFRPではまずいか。フネはやはり、現地製造であろうか。
フネは地引き網にも必要であるが、今あるフネでは網と錘の重量、作業時のバランス保持、作業に必要な人数の乗船等を考えると、難しそうであった。
製塩は、漁村の人口が少ないこと、あまり広大な場所は取れないこと等から、流下式塩田が妥当であろう。何より、入り浜式や揚浜式の塩田に較べて労働者数が圧倒的に少なくて済む。
施設の作成には農村の者も使う。最終的な煮詰めのためには大量の木材が必要なので、山村の協力も必要である。
燃料として大量の木材が必要であることを告げると、山村の村長達も少し顔を綻ばせた。
最後に、町から呼んだ商店主。
この領は、先が海で行き止まりなので、通り過ぎる旅人などいない。近隣に用がある者は、まともな町があるボーゼス領へ行く。
また、この村で売られる領外産の商品は、その大半がボーゼス領経由で運ばれたものであり、当然、ボーゼス領より高くなる。そのため、この領で買い物をするのは、領内の者だけである。
「お店、廃業しませんか?」
「「「えええええ!」」」
ミツハの言葉に、領民勢全員が驚きの声をあげた。
領内唯一の商店が無くなったら、領民678名、170家族が日々の買い物に困るようになる。
領外からの品物も勿論であるが、領内産のものであっても、店を介さないと、いちいち欲しい物をその生産者の所へ行って買わなければならない。毎日、何種類もの品を。全ての家庭が、農村、山村、漁村をぐるぐる廻る? 不可能である。
皆がそう思った時。
「いやいや、お店が無くなるというわけじゃありませんよ。ちょっと規模を大きくして、もっと色々な商品を置こうと思っているんです。これからうちの領に定期的に来てくれる商人のペッツさんが持って来てくれる商品や、私の祖国から運ばれて来る珍しい品々、そしてこれからうちの領内で作る新製品とか。それらを全て個人経営の店に任せるわけには行かないので、領主直営の店を開こうと思いまして」
「…もし廃業を断ったら?」
「それでも別に構いませんよ。ただ、新規に領主直営店が開店するだけですから。恐らく、今よりもっと良い値段で買い取り、もっと安い値段で販売する店が」
ミツハの答えに、顔色を悪くする商店主。
「それじゃ、うちが潰れちまう……」
「だからの、廃業のお勧めなんですよ。失業させたりはしませんよ、勿論。新しいお店には、各村を廻って仕入れをする者が必要ですし、ボーゼス領やその他の領地との直接取引も考えています。商売に慣れた人は必要ですからね」
商店主は、考え抜いた末、首を縦に振った。
最初から、他に選択肢は無かったのである。
ミツハは、しばらくの間はここの店でも日本の製品を売ろうと考えていた。それも、王都の店よりかなり格安で。それによりボーゼス領だけでなく近傍の他領からも客が来て、経済が潤うことを狙っていた。
勿論、他領からの客が増えれば、宿やメシ屋もテコ入れする。宿は普通の常時営業の宿にし、メシ屋は大きくしてヤマノ料理を仕込む。
なるべく早く、領内だけの力でやって行けるようにしたい。しかし、最初は多少のズルは仕方ないだろう。でないと話が始まらない。
その後、ミツハは店と工房、塩田の建設について話し、町や各村からの人員の派出を依頼した。
天役だと思い、無料奉仕だと考えていた村長達は、ミツハが日当を出すつもりだと知って驚いた。滅多にない、現金による臨時収入である。皆、喜んで馳せ参じることであろう。
あと、料理人にアテは無いかと聞いたところ、メシ屋の息子がボーゼス領の料理屋で働いているとのこと。呼び戻すか、メシ屋の夫婦と相談することにした。
そして最後に、ミツハは子供達への教育について話をした。
これから先、豊かな生活をするためには、教育が絶対に必要であること。
最低限、読み書き、計算ができないと、肉体労働くらいしか働き口がなくなること。そして、騙されたり不公平な契約書にサインさせられたりして、悪徳商人のエサになるだけだということ。
子供も大事な労働力であり、皆は渋ったが、1日置きに午前中のみ、昼食を食べさせてから帰す、と聞き、それならばと了承した。
これで、今回の議題は全て終了。他に何かないか、と聞いたところ、税はこのままか、との質問が出た。
税は、最も多いところで7割。これは、領民がまともに暮らして行ける限度を超えている。余程のことがあった場合の、一時的なものである。7割の税を継続すると、大抵は領民の逃亡や領主家の滅亡が待っている。
継続可能な最大税率が6割。そして、王国で最も税率が低いところが4割。これは、余程豊かで善政の領のみである。大体、普通は5割前後である。
同じ税率でも、総税収が金貨1万枚の領と金貨10万枚の領では条件が全く違うため、単純に比較できるものではないが。
ちなみに、ボーゼス領は5割である。商業や、領内を通過する荷からの税収が期待できない農業主体の田舎領としては、充分善政の部類であった。
そして、この領の税率は、6割である。前領主の時のまま、まだミツハが何も指示を出していなかったので。
「あ、ごめんなさい、忘れてました。うちの領の税率は、今から、3割です」
「「「「えええええええ~~~!!」」」」
領民側だけでなく、子爵家側からも驚きの声が上がった。
ミツハは別に食事や衣類にお金をかけるわけではないし、パーティーを開いたりもしない。王都の上級貴族や大神殿の神官に賄賂も使わないし、宝石も買わない。普通の生活費は、たまに開けるお店で充分稼げる。
領での税収は、使用人や公務員の給金、屋敷の維持費、そしてそれ以外は領内の公共工事や教育、福利厚生等にしか使わない。各事業は独立採算を目指している。
さすがにあまり低くすると他領との兼ね合いもあるし、ある程度は予算がないと何も出来ないので、まぁこれくらいかな、という数字であった。
だが、領民にとっては、驚天動地の大騒ぎである。
4割だった取り分が、7割に。
これは、生活の豊かさが1.75倍になったというわけではない。
4割のうち、最低限の食費、燃料費、衣類その他の絶対必要なものに3割5分を使っていたとする。すると、ただ生きて行くため以外の少しの贅沢に使えるのは5分。
それが、取り分が7割になると、どうなるか。
贅沢に当てられる分が、3割5分。実に7倍である。今までの7倍、贅沢にお金が使える。領民の購買力が爆上げである。
消費が増える。消費が増えると、生産者の利益が増える。生産者の金回りが良くなれば彼らの消費が増える。するとまたその品の生産者の金回りが良くなる。
こうして、少しのお金が一定のルートを回るだけであった田舎町で、次々と経済が回り始めた。




