39 子爵領の運営 1
王都から、プラチドゥスさんの弟子だったミリアムさん、金属加工職人のランディさんが到着した。
これでヤマノ子爵領の陣営がようやく勢揃い。
さぁ、内政チートの時間だ!
……いや、すみません。少しずつ改良していく程度です、はい。
まず、使用人の区分を変えた。
お付きメイドと雑役メイドの区別を無くし、お付きメイド長を普通のメイド長に。雑役メイド長のケーテを副メイド長にした。他は、みんな普通のメイド。ラシェルの娘、リアだけはメイド見習い。4歳だからね、うん…。
懲戒解雇にしたグンターとかは使用人という名目で税収等を担当していたけれど、そういう担当者は以後使用人ではなく公務員と呼ぼう。領の運営陣も。
税収等を担当していた者は3人中2人を懲戒解雇したから、以前からの人はひとりしか残っていない。まぁ、そのひとりもあまり信用できるわけじゃないけど、目立った不正はあまり無かったし、全員いなくなっては業務に支障が出るから見逃してあげた。何かやらかしたら即解雇。早めに業務内容を把握して効率化、いつ切っても問題無いようにしておこう。
防衛兵力の方は、領主軍と呼称する。
いや、規模の割には物々しいけど、世の中、ハッタリは大事だよ。
指揮官、ヴィレム少佐。士官、スヴェン、ゼップ、グリット、イルゼの各少尉。配下の兵、36名。うち4名は軍曹。但し配下の兵は30日毎に入れ替わる。有事の際には必要に応じて当番外の者も兵として呼集される。
兵役対象者は全部で216名。36名の小隊、6個編成だね。年に2回、30日の軍務と家業の兼務期があることになる。これくらいなら大丈夫だろう。30日間まるまる拘束するわけじゃないから。兼務期であっても、警備や訓練のローテーションにはいっている分隊以外は自宅に帰れるんだからね。
ミリアムは運営要員として財務部長と厚生部長を兼任してミツハの参謀役。人心掌握と民意のコントロールに知恵を出して貰おう。地球の社会学や心理学の本も読ませようかな。書いて翻訳するのは面倒だから、一度読んであげるだけにして。頭良さそうだから、多分それでいいだろう。あくまで少し参考になれば、程度なんだから。
コレットは研修生としてミリアムの補佐。
ランディは領主直属の技師として直営工房を任される。一応、運営陣の一員としてカウント。技術者として、また、変人として変わった切り口で案を出してくれる可能性があるので。
更に、メイドや料理人等の使用人や領主軍の中で見込みのある者は、随時運営に携わらせる。場合によっては運営要員に抜擢する。
元からいた使用人は、前領主がどういう基準で採用したのか判らないが、まぁ普通の者達であろう。全員、町からの採用らしいし。
しかしミツハが勧誘したり選考した者は、高い可能性を秘めているはず。……と思う。多分。
案の定、メイドの一元化は、優位であったお付きメイドには不評であった。
しかし、その実力を示した、主君であるミツハに逆らう程のことではなく、素直に受け入れた。自分達の直属の上司であったお付きメイド長がそのままメイド長になるということも、素直に受け入れた理由のひとつであろう。
そして、使用人達の再編を終えたミツハは、領内の意志を統一すべく、領内の主要人物を集めての領民会議を開催した。
領主邸会議室。
そこには、ヤマノ子爵領の主要人物が勢揃いしていた。
まずは当然のことながら領主のミツハ。そして執事のアントン、運営組全員、領主軍の5人の、子爵家組。
そして、町長、農村3、山村2、漁村1の各村長。町で唯一の商店主。
領民組は、緊張していた。
領主の前だから、というのも勿論あるが、ミツハがここに来て最初にやっていた『優しい、いい領主様キャンペーン』のお陰で結構気安い関係になっていたのだ。それが、この緊張振り。
そう、ミツハに関する情報がようやく子爵領にも届いたのであった。
領民達も、不審には思っていた。
歳若き少女が新興貴族の開祖、というのがそもそもおかしい。子供の身で、いったいどのような功績を挙げたと言うのか。
そして、しょっちゅうやって来る、同じく新興子爵家である隣領の若き領主。
同じ若き新興子爵同士なのであるから、相談や親睦を、というのは分かる。しかし、数日置きに子爵本人が来る、というのはどうなのか。しかも、聞くところによると、反対側の隣領の領主様であるボーゼス伯爵家の長子とのこと。
そして更に、そのボーゼス伯爵家一同の来訪。
新興の子爵が隣りの伯爵家に挨拶に行くのならば分かる。当然の行為だ。しかし、なぜ伯爵家側が、それも妻子を連れて家族総出で挨拶に来る? この子爵領を吸収しようと企んでいるのか?
しかし、それにしては領主様夫妻と御子息、御息女様達の態度がおかしい。まるで娘に対するような、そして妹に対するようなその態度。そして次男である御子息様と、長子である隣領の領主様達が我が領主様に向ける態度と視線。
領民達にも、しだいに何となく判ってきた。
そしてその頃からしだいに届き始める、王都での出来事の詳細。
ボーゼス領に買い出しに行った領民が乗合馬車で来た者や御者達から聞いた噂話。わざわざ王都から来た仕官希望者や大商人、貴族等の使いの者達が所構わず話して回る尾ひれの付いたヨタ話。
それらによって、ミツハがあの『雷の姫巫女』その人であるということは瞬く間に広まった。そして、子爵位を賜ったにも拘わらず、この領地を選んだことも。
前領主が叛逆同然の行為をしてお取り潰しとなった、国の果て、行き止まりの貧乏田舎領。農業、林業、水産業の全てが細々としたものであり、その大半が領内での自己消費。必要なものはボーゼス領経由での割高な購入。
とても、将来有望なまともな貴族に与えるような領地ではなかった。精々、何かの事情で仕方なく領地を与えることとなった場合くらいであろうか。
赤字ではないが、とても領主一家が王都で屋敷を維持して社交界で動き回ることが出来るだけの収入は確保出来そうにない。
領民は皆、ろくな領主は来ないだろうと思っていた。まぁ、今までもそうであったから、別に変わりはないが。
伝え聞く、隣りのボーゼス領のような立派な領主様が来てくれることなど、それこそ夢物語であった。
そこに、子爵位を与えられながらこの領を所望してくれた領主様。
若く、才能に溢れ、強き力を持つ異国の王姉殿下。
そして、噂によると、隣領ボーゼス伯爵領でただの村娘を助けるためにひとりで狼の群れと戦い重傷を負ったという……。
今まで、領のことを決めるのに領民が意見を求められることも、説明されることも無かった。ただ、命令されるのみ。
なのに、領民が呼ばれた、この領の未来を決めるというこの会議。
もしかすると、皆の暮らしが良くなるかも知れない。
領民全ての希望の星。
この領主様を失脚させるようなことはけっして許されない。いや、許さない!
皆の、握る拳に力がはいる。
……だから、会議に集まった領民勢は緊張していた。
それは、仕方のないことであった。
「皆さん、お集まり戴いて、ありがとうございます」
ミツハは丁寧な口調で挨拶を行った。
ミツハの口調は、割と頻繁に変わる。
上位者に対する丁寧な話し方も出来るが、学生時代は仲間内での女子高生らしい言葉遣いをしていたし、考え事をする頭の中では少々アレな言葉で。そして、怒った時の詰問調、調子に乗った時や名セリフを引用、と言うか、パクった時の気取った喋り方……。
まぁ、相手やシチュエーションによって話し方を変えるのは当たり前である。職場の上司にタメ口で喋る馬鹿もいないだろう。
中には、上司や先輩に対して『自分の方が年上だから』と敬語を使わない馬鹿な中途入社の新入社員がいるらしいが、年齢によって序列ができるのは『他の条件が全く同じ』という場合のみである。職場での上下関係より年齢が優先されると思うような馬鹿は、その馬鹿さ加減が早々に露見して淘汰されるから、良いことではあるが…。
とまぁ、そんな感じで、ミツハは口調や言葉遣いをよく変える。
貴族で領主なのだから、本当はここでは『偉い人喋り』にすべきかも知れなかったが、この会議は、ただ決定事項を押し付けるのではなく、自由に発言し、充分に納得して貰いたいがために、あえて丁寧口調を選んだのである。
使用人の皆は、ミツハがその時に選んだ口調によって普段モード、お怒りモード、淡々お仕事モードとはっきり判って便利、と、慣れたものである。
「今日は、これからのヤマノ子爵領の発展のために、皆さんに了承して戴きたいこと、皆さんが要望したいこと等の摺り合わせを行うためにお集まり戴きました。この会議の間は無礼講、身分や立場を気にして遠慮したりせず、本音で意見を述べて下さい。でないと、話が決まってしまった後で後悔しても知りませんからね!」
ミツハの言葉に、領民達が神妙そうな顔で頷く。
無礼講、というのは本来は宴会等で使う言葉であるが、細かいことは気にしない。
「まず、既に発動しているから御存じの通り、領の防衛体制についてですが、何か問題点や意見等はありますか」
ミツハの言葉に、農村の村長から手が挙がる。
「以前の、いきなり若い者が引っ張って行かれてずっと帰して貰えない、というのよりずっと助かります。昼飯も腹一杯喰わせて貰えるそうですし…。
それで、その、何人かの次男以下の者が、ずっと兵士として雇って貰えないか、と言っているのですが…」
「ああ、それは、徴集が一回りした後に希望者の中で見込みがありそうな者を何人か雇うつもりです。ただ、この規模の領で多くの常備兵を抱えるのは無理ですので、大半は今のまま持ち回りの徴集兵、という形になりますが。だから希望される若者には、頑張れ、とお伝え下さい」
頷いて納得する村長。
他の村でも、概ね同意見らしい。
「では次に、農業改革について御説明します」
ざわつく、3つの農村の村長達。
村長と言っても、20~30軒程の集落の代表に過ぎず、町内会長程度の意味しかない。山村や漁村などは、十数軒ほどしか無い。
そして始まる、連作障害、養分不足等の説明。唖然として、そしてすぐに食い入るようにして聞き入る農村の村人達。
ただの小娘の話であればともかく、領主様であり、異国の賢者たる雷の姫巫女さまのお知恵である。邪険にする者は居なかった。
輪栽式農業は、まず一部の農地で色々と実験するところから。
いきなり新しい方法を全面的に取り入れたりはしない。何かあったら領が全滅してしまう。まぁ、ミツハがお金をはたいて日本から食料を買ってくれば別であるが……。
とりあえずは、簡単ですぐに出来て、まず失敗が無いものから。つまり、腐葉土のすきこみ、灰とかを少し撒く、という程度。あとは、鶏糞に藁を混ぜて数ヶ月くらい発酵させてみる。人糞による堆肥など、何年も寝かせて熟成させないとダメだし、衛生面とかの失敗も怖いからパスする。
ほんの少しだけ、日本から持ち込んだ肥料も試してみることにする。万一の備えと、確実に収穫が増える実験結果が1つは無いと士気が上がらないだろうから。
結局、3つの農村で手分けして、最初の1年は少しずつ農地を区切って様々な方法を試すことで合意した。輪栽式農業も勿論開始する。これは堆肥と違って大失敗ということはないので、そこそこの面積で4種類の作物を併行して栽培することに決定。それに併せて、家畜の数を増加する。輪栽式農業は家畜の飼育もセットでの農法なのである。
あと、ミツハの要望で、ほんの一部ではあるが、稲の栽培にも挑戦することとなった。これは作物の出来に関わらずミツハが全部買い取るということにしたので、喜んで引き受けて貰えた。いわゆる、契約栽培である。
そして次は、林業である。




