36 スカウト
「…というわけで、うちで働きませんか?」
「「「「え………」」」」
王都、某食堂。
固まる4人の傭兵達。
「あ、あの、それって、私達が子爵領の領主軍の、その…」
「うん、創設メンバーにして、士官待遇。指揮官の直属の部下であり、36人の兵士の上官。とりあえず、初任給は金貨5枚くらいでどうかと考えてるんだけど…」
「ど、どうするよ、おい…」
「ど、どうするったって、どうするよ……」
「き、金貨5枚だよ! リヤカー買うまでは月に金貨2枚も稼げりゃ上等だった私らが……」
「リヤカー買った後でも、金貨4枚行けばいいほう。しかも、それ以上稼ぎが増える見込みはない。怪我や病気、歳を取ることを考えれば、安定した収入は魅力的」
おお、イルゼちゃんの長セリフだ!
「金貨5枚あれば、4人で不自由ない生活が……」
「え? ひとりあたり金貨5枚、だよ?」
「「「「えええええええ~~っっ!!」」」」
あれ? 日本の幹部自衛官って、そのくらいの給料じゃなかったっけ?
うん、一発で落ちたね。
元々、出身の村も田舎の小村だったらしく、田舎暮らしは問題ないらしい。みんなでお金を貯めて、将来は王都でお店でも、とかいう話になってた。うん、充分射程圏内の夢だね、それ。そのうち昇給もあるからね。
「…というわけで、うちで働かない?」
「「「えええええ~~!」」」
ボーゼス領、コレットちゃんの村、コレットちゃんの家。
いや、この子の才能、小村で埋もれさせるには惜しいでしょう、絶対!
「あ、あの、ミツハ、し、子爵様に、なったの……?」
「うん、なんか、王様が『子爵にしてやる』って…」
なんか、ガクガク震えてるトビアスさんとエリーヌさん。
「し、しかし、コレットはまだ子供です。そんな遠くへ行って、二度と会えないかも……」
「あ、私の領地、ここのお隣りなんですよ。ここの領都へ行くより近いですから、1泊2日で往復できますよ」
「「え……」」
田舎の村娘が貴族家で働けるなど、それこそウルトラスーパー立身出世物語、である。
その夜は、コレットちゃんのウルトラスーパー立身出世と、ミツハの天変地異女神の錯乱立身出世を祝って、村を挙げての大宴会となった。それは、小村の村人とお隣りの領主が宴会、という、世にも不思議な光景であった。
ちなみに、さすがにこの村にも王都での騒ぎや姫巫女様の話は伝わっていたが、それは『雷の姫巫女様』という名で伝わっていたし、その姫巫女様が貴族に、それも子爵になったことや、ましてやそれがここの隣領であることなどは、知る由もなかった。そしてそれは、当のヤマノ子爵領においても同様であった。
「ねぇねぇミツハちゃん、私もどうかな、使用人にさぁ」
「あはは……」
「でも、コレットが貴族家の使用人にねぇ…。ホント、人生、分かんないもんよねぇ……」
「え、いや、コレットちゃんは使用人として雇うんじゃないですよ? 将来の家臣候補として色々と勉強して貰おうと思って……」
「「「「「ええええええええええええ!!!」」」」」
王都で、人材の募集を行った。
但し、ミツハの名は出さず、ただの田舎領での募集として。
腕の良い鍛冶師。
小型の漁船が造れそうな船大工。木工技師でも可。
医療従事者。
あ、例の科学者、ヨルクさんの師匠、プラチドゥスさんのところにも行ってみた。ヨルクさんの人間性はともかく、その師匠の科学に対する姿勢と洞察は優れているんじゃないかと気になっていたので。
さすがに情報には敏感なのか、もう既に姫巫女イコールミツハイコールヤマノ子爵、というのが判っていたらしく、お師匠様本人が相手をしてくれた。ヨルクさんから話を聞いていたのもあってか、超警戒されてた。
「だから、空気中に含まれる水分の限界は温度によって大きく変わるんですよ」
「ふむふむ、」
「高度が上がると空気の圧力が下がって、温度も下がりますから、こうなってですね…」
「いや、じゃあ、この場合はこうなるんじゃないのかね?」
「あ、はい、そうですね。だから、こう……」
「うむうむ」
話が弾んでしまった…。
ろくな観測機材もないのに、観察と洞察からあそこまで到達できるのか。感心したよ。
研究費にと、金貨10枚程寄付してしまった……。
研究成果を元に何か実用品を開発する、という話になったら声を掛けて貰えるように言っておいた。一応。
ミツハが王都で人材募集をしているという情報が漏れたのか、また『筆頭家臣になってやろう』、『財務管理をしてやろう』という詐欺師や勘違い野郎がやって来た。前者には、国王の紹介状はあるのか、と言って追い返した。後者には、数学の問題をいくつか出して試験をしてやり、1問も解けなかったので追い払った。はぁ…。
幸い、名を出さずに行っていた技術者募集の方にはその手のおかしなのは湧かず、数名の面接にまで漕ぎ着けた。
しかし、明らかに問題がある者、技量未熟の半人前、面接官が小娘だからと馬鹿にした態度の者、子爵家の直接雇用だからかミツハのことを知っていたのか、変にはしゃいで調子に乗る者等、なかなか良い人材は見つからなかった。
まぁ、腕良し、人格良しの人材なら、職にあぶれていたりしないよね、普通に考えると。
領地で人材発掘に努めるか……。
あ、お店開けて、シャンプー売らなきゃ……。
王都と日本での用事を片付けて、子爵領に戻った数日後。
「ミツハ様、御来客でございます」
執事のアントンさんの、何とも言えない微妙な顔。
「誰?」
「はい、その…、前領主様の御長男、アウグスト様でございます」
ああ~…。
また、頭痛くなりそうなのが来たよ…。
まぁ、会わずに追い返すのもアレか。
「応接室に通して下さい」
「お初にお目にかかります、前領主であるトムゼン男爵家長子、アウグスト・フォン・トムゼンと申します」
「…はぁ?」
呆れた。
「で、その長子殿が、何の御用ですか?」
にこやかな微笑を浮かべていたアウグストとやら、私の反応が微妙なので少し慌てている様子。
「いえ、この度、若き女性が我が領の後継者となられたと聞き、色々とお教え出来ることがあるかと参った次第です。家臣もおらず、苦労されているかと」
ああ、取り入って家臣になるか、入り婿狙いで貴族に、それも子爵家に返り咲き、とか狙っているのかな?
「え、別に必要ありませんけど? 使用人のみんな、良くやってくれていますから」
「え? いや、使用人も、使えない者がいますからね。役に立つ者、例えばグンターとかをうまく使って使用人を纏めるコツとか…」
「え? あんなのを信用して重用してたの? だからダメだったんですね、前領主家は。バレバレの汚職をやらかしてたんで、とっくにクビにしましたよ、他の同類5人と一緒に」
「え……」
言葉に詰まるアウグスト。
「それに、そもそもトムゼン家は爵位剥奪、平民になったはずですよね。なのに、なぜ未だに男爵家を名乗り、家名の前に『フォン』を付けておられるのですか? それって、爵位詐称、重罪ですよね?」
「あ、いや、それはその、前領主家の私の立場が判りやすいようにと…」
「黙れ! ヴィレム、この爵位詐称の大逆者を捕らえよ! 爵位をお与えになる国王始め、我が国の全ての貴族を貶めた大罪人である!」
アウグストは喚き散らして抵抗したが、元貴族のボンボンが熟練傭兵に敵うわけもなく、簡単に取り押えられて縛り上げられた。
「はなせ! 私を誰だと思っている! アントン、何とかしろ!!」
喚くアウグストに、執事アントンは冷ややかに答えた。
「あなたは、アウグストという名のただの平民で、私はミツハ・フォン・ヤマノ子爵様の忠実な僕でございますが、それが何か?」
え、という顔で周りを見回すアウグスト。
その眼に映るのは、全く何の表情も浮かべず、いや、若干の嫌悪と侮蔑の表情を浮かべた、自分達の使用人だった者達の視線。
がっくりと項垂れたアウグストは、使用人達に引かれていった。
「う~ん、まだ兵がいないからなぁ、どうしようか…。
そうだ、アントン、ボーゼス伯爵に使いを出して。爵位詐称の大罪人を捕らえたが王都に護送する兵がいないのでお願いしたい、と」
「は、承知致しました。しかし…」
「しかし、何?」
「伯爵家が、そのような頼みを見返りもなく簡単に引き受けて下さいますかどうか…」
ああ、まだ情報は届いていないか。
「大丈夫。伯爵様には、ちょっとコネがあってね。いいから、使いを出して」
「は、差し出がましいことを言い、申し訳ありませんでした」
2日後、使いの者が戻り、翌日には護送の兵士が到着するとのこと。
『またおかしな者が来るかも知れない。ミツハの護衛の者を派遣しようか』という伯爵様からの伝言は、ありがたく辞退させて戴きます。
「ミツハ様、御来客でございます」
アントンさん、なんか死にそうな顔。
何か、嫌な予感が……。
「誰?」
「は、トムゼン男爵家次男、ブルクハルト・フォン・トムゼンと名乗っておられます。……前領主家の次男です」
……頭が痛い。
「ヴィレムさん、さっさと捕まえて」
ヴィレムさんも苦笑していた。
「まぁ、護送が一度で済んだのは良かったかな」
そこで、ふと気になったことを訊ねた。
「ねぇ、アントンさん。前領主って、子供は何人いたの?」
「はい、男子3人、女子2人でございます」
勘弁してよ、もう……。




