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34 ブログ

 21時30分 大月総合病院夜間待機室


「何だ、夜間待機中なのに症例の勉強か。しかしいつ急患が来るか分からないんだから、休める時には休んでおくのも仕事のうちだぞ」

 待機中なのに症例写真らしきものをプリントアウトしたものと医学書を見較べて勉強している研修医を見て、内科部長の西村修平は笑いながらその研修医、石井裕太の肩を叩いた。


「あ、部長…。いえ、ちょっと知人が面倒見てる子が病気らしくて、写真送ってきたもんで……」

 石井の返答に、西村は今度は平手で石井の頭頂部を軽く叩いた。

「笑えん冗談は言うな。病院でそれは不謹慎だぞ」

「え?」

「そんなはずが無いだろうが。それ、何の病気かまだ分かってないのか? そんな状態で放置されてる患者が日本にいるものか」

 笑いながらではあるが西村のその指導に、石井は真顔で訊ねた。

「部長、これ、何の病気ですか!」

「教えたらお前の勉強にならんだろうが」

「お願いです、教えて下さい! だって、これ……」

 石井はまだ小さな子供と思われる身体の一部が拡大された写真画像の、その左下に写った漫画雑誌を指さした。

「昨日発売の雑誌です」

「来い!!」

 西村は顔色を変えて研修医石井の腕を掴み、部長室へと引っ張って行った。



「どういうことだ。説明しろ!」

 西村の剣幕に、石井は普段ならば萎縮してしまうのだが今はそれどころではなかった。

「ブログです。僕がよく覗いているブログに掲載されていたんです。誰かこの症状について教えて欲しい、と。証拠に発売されたばかりの雑誌を写し込んで」

「これでそこを出せ! 病院のシステムとは物理的に完全に切り離された、情報収集や、業者や研究者とのメール連絡に使うだけの端末だ。ウィルス対策もしてある。構わんから使え」

 石井はキーワード検索を使って馴染みのブログをヒットさせる操作を行いながら、西村に尋ねた。

「で、部長。あの病気は……」

 西村は画面を見つめたまま答えた。

「…炭疽病だ」


 ようやくそのブログが表示された。

『みんな助けて! 子爵領経営記』

 ふざけたタイトルだ。何が子爵領だ!


「どこだ」

 石井は相談コーナーから赤字で点滅する『緊急相談』をクリックしてそのページを表示させた。

 子供の肌に広範囲に出来たニキビのような発疹、黒いかさぶた。

 説明文には『高熱と咳。息苦しそうな様子』更新時間は2時間前。

 クソが! 冗談だったならぶん殴ってやる!


「連絡取れるか」

「相手がパソコンの前にいれば。そしてメールを待っているか、着信アラートのソフトを使っていれば、すぐに伝わります。返事はこっちのアドレスを教えないと来ません。今までブログに書き込んでばかりで、個人情報漏らしたくないのでメアドは教えてません」

「やれ。このアドレス使え、急げ。本文は俺が打つ」


 返事はすぐに来た。

「書き込みは全て真実。すぐに行きます、場所を教えて下さい。薬の用意をお願いします。 子爵」


「すぐに行くだと? お互いどこの県かも知らないのに……」

 ぶつぶつ言いながらも、西村は住所と病院名を打ち込んだ。

 すぐにまた返信が来た。

「場所は把握しました。5分後に急患窓口前へ。薬と投与法のレクチャーを」


「ばっ…。5分だと! 何をいったい……」

 馬鹿にしてるのか! しかし万一………

「くそ、くそっ! 石井、ペニシリンとテトラサイクリン、急げぇ!!」

 絶対に嘘だ。担がれて、いいように振り回されてる。分かってる。しかし、しかし、また子供が……

「何してる、行け!」

 石井は走った。病院内で、全力で。



 7分後。西村と石井は荒い息を吐きながら急患窓口の前へ到着した。

 そこには、ひとりの少女が立っていた。

 「ミツハ・フォン・ヤマノ子爵です」


 少女が僅か数分で来られたなら、患者もすぐそこだ。奇跡か偶然か!

 すぐに案内するように言っても、少女はかたくなに首を横に振る。

「ふざけるな、そんな場合じゃないんだ! 死ぬぞ! 時間の勝負だ!

 それに、患者も診ずに素人に薬を渡せるか! 注射なんか、医事法違反だぞ!」

「法律は大丈夫です。日本の法は届きません」

「何を……」

 少女は聞かない。投薬量と、こともあろうに注射の仕方を教えろと言う。明らかにずぶの素人だ。14~15歳ではそれも当然だ。


 数分の押し問答の末、涙を滲ませる西村にとうとうミツハと名乗る少女が根負けした。

「秘密は守って戴けますか」

「…守ろう」

「何に誓って?」

「……私自身に」

「分かりました。一緒に行きましょう」

 次の瞬間、そこには誰の姿も無く、少し風が吹いていた。



「ここは……」

 さっきは確かに病院の急患窓口の前にいた。確かに。間違いなく。

 倒れて気を失っている間に運ばれたか? しかし立っている。そして横には石井とあの少女。


「こっちです」

 考えるのは後でいい。今は、なすべき事を。

 手にした医療鞄を握り締めた。

 黙って少女について行くと、1軒の粗末な家へと案内された。中にはいると、ぼろぼろの木のベッドと、その上に寝かされた少女。その横には看病に疲れたのか椅子からずり落ちかけた格好で眠る母親らしき者の姿があった。

「石井、来い」

 助ける。今度は絶対死なせない。




 あれは夢だったのか。

 今でもそう思う。

 そしてカーソルを動かしクリックした。

『みんな助けて! 子爵領経営記』

 クリック。

 点滅する項目はない。

『病気相談』

 クリック。

『身体が重くてすぐに息切れがする 相談者 肉屋のボリスさん』

 またコイツか。回答を書き込む。

『メシを減らせ。運動しろ。走れ 回答者 マッコイ』

 太りすぎだろ、コイツ。最初は病気かと思ったが、体重120キロだと。クソが。オークの肉喰ってるって、お前、共食いだろ、それ。

 2つ戻って。

 もう何十回もクリックした項目。

 クリック。

『お礼コーナー』

 「順調に回復に向かっています。ありがとうございました」

 そして貼り付けられた、幼い少女の写真。


 そろそろ仕事に戻るか。

 あ、その前に、『漁業相談』の「カンブリア紀みたいなの獲れたんですけど」に書き込まないとな。昨夜考えた新しい料理法、絶対いける!

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― 新着の感想 ―
[一言] 患者をコレットちゃんに替えれば、このお話もアニメになりそうな予感。
[一言] 互いの世界特有の風土病とか出たら怖いなー
[良い点] 西村部長良い人や・・・
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