32 来客
子爵領で猫を被っている間、転移はしょっちゅうやっていた。部屋にカギをかけて閉じ籠もっている時、視察のためひとりで出歩いている時等、機会は充分にあったからだ。
そして今日は、日本で雑用を済ませる日。視察と称してひとりで屋敷を出たあと、日本の自宅へ転移。子爵領の屋敷の私専用部分を近代化すべく、また電気関連のメーカーと相談。まぁ、二度目なので話が早い。相手の担当者も大体は同じ人だし。あ、まずはメールと郵便物、と。
え、みっちゃん、休みに帰省する? うんうん。
あ、店長さんからのメール…。次の美少女の仕事はまだか? うん、まだ。
サビーネちゃんのドレスでも頼むかな。代金は金貨で。なんか円より金貨の方が喜びそうだな。
ネットで大きなニュースは、と。
え? 『遂にドラゴン発見される』って……。飛ばしのヨタ記事?
ああっまさか!!
あわてて傭兵団のところへ飛んだ。
ウルフファングには、あれから数日後に金貨を支払った。その数、なんと6万枚。国庫からも貴族からも、思ったよりたくさん集まったので。勿論、大量のピンハネ済み。また一歩、野望に近付いたよ。貯金穴に大量投入した。
で、浮かれてたところ、ウルフファングのみんなから「ドラゴンバスターと呼ばれたい」、「ドラゴンを公開したい」と懇願されて、私のことは絶対秘密という条件でOKしてしまったのだ。状況は適当にボカすということで。
みんなは私のことを、あちらの世界の王女で、魔法で世界を渡ることが出来て、この世界に来て知識を学んだと思っているらしい。あらゆる言葉を話せることから、翻訳魔法的なものを使用している、魔法が使える、異世界人、と考えた模様。更に、見た目通りの年齢ではなく、実は数百歳であるとか……。
惜しい! 見た目通りの年齢ではなく、ってところだけ正解。
どうせ他の傭兵団とかに見せて自慢するだけかと思ったら、えらいことになってる…。
ベースに行って隊長さんに聞いたところ、現物はもうここには無く、大学の研究室に運ばれたとか。以前ウサギに興味を持っていた学者が置いて行った名刺の連絡先に電話してやったら飛んで来て、現物見るなり大興奮であちこちに連絡、あっという間に学者の群れが押し寄せたらしい。
で、仲間内で事前に打ち合わせていた通りに説明。
異世界の王女様に頼まれて武器、車両ごと異世界に召喚。人々を守って魔王の軍団と戦い、勝利。その後無事帰還。トラックに積んでいたドラゴンも一緒に転移していた、というものである。
なんか、本人達も半ばそれが真実だと思っている気配がある。嘘を吐いているという認識が殆ど無い。私のことは、自由に行き来できて今でも時々来る、ということさえ隠せば問題無いという認識で、1回限りの異世界行き、ということになっているらしい。念のため名前も少し変え、『ナノハ王女』って。
いや、砲撃とかちっこいとか話し合いはせずにとりあえず撃つとか、確かに共通点はあるかも知れないけど。誰か、ジャパニメーションマニアがいるだろ、オマエらの中に。
で、そんなありきたりな、と言われても、現実にドラゴンの死体があるので誰も反論できない。新作映画の事前PRだと思った某ファンタジー小説専門の出版社が盗作だ、版権侵害だと騒いだが、やはり現物があるため『フィクションではなく、現実の話』と言われては反論不能。
まさか、映画化されたりしないよね?
話題性だけでなく、うろこの分析やDNA解析等、莫大な利益になるかも知れない、とのことであった。
あ、休暇中で参加できなかったふたりは泣いて悔しがったとか。
あまりに可哀想だったので、依頼金は参加者で分配するのではなく傭兵団の収入として全て団の金庫に入れ、その後団員に『臨時ボーナス』として支給するという形にしたらしい。不参加のふたりも、参加者よりは少ないものの支給金にはありつけた。勿論全額を分配したのではなく、数億円相当は団の金庫に残したらしい。武器や装備にはお金がかかるし、怪我や病気、年齢等により引退する者には引退支給金も出してやりたいだろうしね。
でも、支給金を貰ったふたりは、お金が欲しいんじゃない、竜殺しの名が、異世界が、王女様が、とうるさかったらしい。
知らんがな……。
ある日、来客があった。取り次ぎをした執事の話では、3人連れの男性とのこと。
どうも王都関連のことを知って来たわけではなく、ただ単にひとりの新興貴族に会いに来ただけらしい。仕官願いか賄賂か脅しか。会うか断るかどうしようかな、と思ったが、肩書きが科学者、傭兵、商人らしい。なんかバラバラだ。それに、その肩書きだと筆頭家臣にしろとか財務官僚になってやるとかではなさそうだ。せっかくわざわざこんな田舎まで来てくれたのだから、会うだけ会ってみるか。応接室へ通させよう。
え、謁見の間?
無いよ、そんなの。王宮じゃあるまいし。
しかし、科学者、って…。頭の中の翻訳機、それで本当に間違いないの?
応接室には、席についたミツハ、執事のアントン、メイド長の3人。そして左右の壁沿いに分かれて並んだ3人のメイドと男性使用人。客の身元が不確かなため、怪しい素振りがあればすぐに取り押さえる予定であり、そのための多数配置である。
勿論ミツハは念のためガンベルトを装備。腋のワルサーは一瞬の抜き撃ちには不適なので。テーブルは大きいので、ミツハと来客用の椅子の間には抜き撃ちに充分な時間が確保できるだけの距離があった。
「どうぞ、こちらがヤマノ子爵閣下です」
メイドに案内され、3人の男が応接室へ通される。
「突然の訪問、真に失礼、致し……」
挨拶しつつ応接室に入ろうとした先頭の男性が絶句して立ち止まる。
「おい、どうし…た……」
2番目の男も。
3番目の男はひと言も発せず立ち尽くす。
「「ミツハちゃん!」」
「あれ、傭兵さんと商人さんじゃないですか」
そろそろ名前を覚えてあげようか。
「何でミツハちゃんが…」
「だって、私が子爵ですから。ミツハ・フォン・ヤマノ子爵」
「子爵令嬢、ではなく?」
「ではなく」
絶句する3人。
「なら、なぜ乗り合い馬車に?」
「他に乗り物が無かったから」
「なぜひとりで?」
「家臣も部下もいないから」
「「「………」」」
お茶とお茶菓子が出て、話はいきなり本題に。
「で、3人揃って、何の用件?」
「あ、馬車の関係でたまたま一緒になりましたが、私達はそれぞれ全くの別件です。仲間というわけではありません」
商人さんの返事に、あとのふたりも頷く。
ああ、普通は伯爵領の領都まで行って休養し身嗜みを整えてからこっちへ来るか。うちの町は風呂付きの宿なんか無いし。10日に1便の乗合馬車だと、新領主赴任の話を聞いて動いたなら同じ馬車になるのが当たり前、だよね。馬車でも知り合いらしい話はなかったし。
「じゃあ、順番にお願いします」
「なら、私から…」
子爵と聞き驚いたが、何日も普通に話をしていたミツハが相手なのでいつの間にか落ち着いた商人が話し始める。
「私、商人のペッツと申します。実はこの度、新領主様に商品流通のお話を致したく……」
馬車でもずっと商人さん、って呼んでいたから、名前を聞くの初めてだよ。
ペッツさんの話によると、前領主は領内の生産物の対外販売は全て自分が握り、また他領の商人が領内で勝手に商売することを禁じて領内の現金が流れ出ることを防いでいたらしい。
しかし領主が代わると聞き、この機会に新規販路を開拓すべく出向いてきたらしい。ヤマノ領だけのために遠路商品を運ぶのは採算的に苦しいが、ここは幸いボーゼス領に近いため行き帰りに少し遠回りになる程度で済み、それくらいならば新規販路を開拓するメリットの方が上回るとのことであった。まだ若くこれからであるペッツさんは、ヤマノ領と共に一緒に大きく成長して行きたい、と考えているらしい。
うんうん、成長するよ、うちは。
よし、王都と繋がる商人は必要だと思っていたんだ、人柄が信頼できるペッツさんに頼もう。
え、私も王都の商人だと? いや、欲しいのはこの世界のモノを扱う商人だから。私が地球のものをここと王都でやり取りしてどうすると。
「分かりました、ペッツさん。是非お願いします。できれば帰りにはうちの領の商品を積んで王都での販売をお願いしたいと思います。干物や塩漬けだけじゃないですよ。そのうち、新商品を開発する予定です」
「おお、それは願ってもない!」
「では、今はちょっと赴任したばかりで色々と勉強中ですので、数日後に再度お越し戴けませんか。その時に、詳細を相談しましょう。私もそれまでに使用人や村民に話を聞いておきますので」
「分かりました。では、しばらく村…町の宿に滞在しておりますので」
あ、やっぱり『村』って言っちゃうよねぇ。
「つぎに、傭兵さん、お願いします」
「ああ。俺はヴィレム、知ってのとおり、傭兵だ。ちょっと街には居づらくなって、田舎でのんびりしたいと思ったんだが、俺には戦うことしか能がない。どうしようかと思っているところに、新興貴族の話を聞いてな。ボーゼス領を上回るど田舎、少ない人口、家臣も子飼いの騎士爵・傭兵もいない無防備状態。腕の立つ者なら家臣が揃うまで雇って貰えないかと思ってな。なに、家臣にしてくれなんて贅沢な望みは持ってないから安心してくれ」
う~ん、正直だねぇ。でも、言ってることはその通り。今ならそこそこの人数の盗賊に襲われただけで壊滅しそうだものね。…私がいなければ。早急に防衛力の整備が必要か。そのためには、基幹要員が必要だ。
うん、渋い中年は頼りになるからね。漢気あるし、ヴィレムさんは。
「分かりました。ペッツさんと同じく、数日後に」
「よろしく頼むぜ、子爵サマ」
「最後に、え~と、私を盗賊に渡そうとした人、お願いします」
「なっ……」
驚く、私を盗賊に渡そうとした人。
いや、他に呼び方が浮かばなくて。名前も職業も知らないし、『二十歳前後のひと、お願いします』ってのはちょっと変だし。
あ、執事のアントンさん始め、使用人のみんなの顔色が変わってる。殺しそうな眼で私を盗賊に渡そうとした人を睨みつけてるよ。なんか汗びっしょりだな、私を盗賊に渡そうとした人。
「……ヨルク、です。科学者の、ヨルク」
あ、そういう名前ですか。
「では、ヨルクさん、説明を」
ヨルクさんが話し始める。
「私達は、王都で師・プラチドゥスの許で勉学と研究に勤しんでおります真理の探究者であり、科学者と呼ばれております。この度は、若き領主様が誕生されたと聞き、その柔軟な精神で新しき学問への御理解を得、我が学閥への御支援を戴きたく、師に命じられ参上致しました次第です。
我がプラチドゥス派の英知の一端にお触れ戴くべく、しばらくの間、私を客員講師として置いて戴きたく……」
ふうん。
「英知の一端、とは、例えば?」
私の問いに、ヨルクさんはしばし考えた後に自信たっぷりに話し始めた。
「例えばですね、もし、私が『この世界は太陽が地面の回りを回っているのではなく、大地の方が回っているのだ』と言ったら、どう思われますか?」
ドヤ顔ですか。
「ああ、地動説ですか。大地は球状であり、自分が回転、つまり自転することにより昼夜が訪れる、と言いたいのでしょうか? そんなの当たり前じゃないですか」
「なっ!!」
驚きの声をあげるヨルクさん。
「他には何か?」
「で、では…、虹がなぜ出来るかを…」
「空に浮かんだ小さな水滴にはいった光が、色によって曲がり方が違うので色別に分かれるとか? だから雨上がりで陽が差した時に出来るのでは?」
「な………」
脂汗が止まらないヨルクさん。
「それだけ?」
「ぐ……、ならば、月が日々姿を変え、欠け減っていくのに再び蘇るという謎を…」
「あ~、本当に欠けて減ってるわけじゃなくて、月はこの世界の周りを回っているから、太陽に照らされた部分のうち、この世界から見える部分が変わって、満ち欠けを繰り返しているように見えるだけでしょ? もういいよ、時間の無駄だから」
「そ、そんな、そんな馬鹿な……」
頭を抱え蹲るヨルクさん。なんか、馬車の中でもそんな感じだったね。
「そもそも、女性や他の乗客を見捨てて自分だけ助かろうとするような人の教えは受けたくないですよ。何か、自分も汚くなりそうで」
そう言うと、ミツハはメイドを呼んだ。
「お客さんがおひとりお帰りよ。外へお連れして」
「あんたが、びっくりするほど物知りだってのは分かった。それはよ~く分かったんだが」
ヴィレムさんがしみじみとして言った。
「容赦ねぇな、えげつないほどに!」
ペッツさんが、こくこくと頷いていた。
いやぁ、そんなに褒めても、何も出ないよ。
数日間待って貰うのは、もちろん大掃除が終わるのを待つためであった。




