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30 ヤマノ子爵領

 爵位を貰った。

 ということは、貴族になった、ということで。

 貴族になったということは、法衣貴族とかじゃないんだから、まぁ、領地というものがあるもので。

 うん、領地経営やらなきゃならないわけだ、私。

 ……どうしてこうなった!


 うん、一応、王様は相談に乗ってくれた。宰相様と、領地管理の担当者の人と一緒に。

 あ、この領地管理の担当者の人は、別に『領地の管理・運営のプロ』ってことではない。王国にある全ての領地の場所、広さ、特徴とかを知っており、貴族への領地授与や領地替えとかのための人間データベース、って役割の人。

 私は、まず領地の希望を伝えた。


「海に面していて、山があって、川が流れていて、小さい領地がいいです」

「小さいのが良いのか?」

「はい、大きくて人が多いと色々と面倒なので。こぢんまりと、みんなで家族みたいに楽しくやりたいんです。あ、揉め事がありそうな国境に面してるとか断固拒否ですから!」

 王様が苦笑する。

「それならば、北側ですね。まず、海に面しているとなると、そちら側しかありません」

 データベースさんが即答してくれる。


「この地図を御確認下さい。海に流れ込む川が、大きいものがこれ、これ、それとこれ。あとこのあたりの細い線が小さめの川です。大きい川のところは広い平野部が多く、だいたいが伯爵領ですね。勿論、空いてなんかいませんし。狭くて山が海に近いとなると、小さい川のところ。そして元々空いていたもの、今回の件で空いたもの、王家直轄のもののいずれかとなると、選択肢はこれ、これ、これ。あとは領地替えで今いる貴族を追い出すしかありませんね」


 おおぅ。追い出すとか、恨まれそう。もっといい領地への領地替えならいいのかな。でも、先祖から受け継いで、領民と共に開発し守ってきた領地、思い入れがあるだろうしね。追い出し案はボツで。


「じゃあ、これか、これなんかは……」

「ああ、特に問題はありませんね。今回、勝った方に付こうと日和見で王の招集に応じず爵位剥奪となった男爵家の領地です。このあたりは王都から少し距離があるため男爵領としては広く、小さな子爵領と言ってもおかしくはありません。小さな川、そう険しくはない山と、条件に合っています。でも、本当にいいんですか? 子爵領ならばもっと王都に近くて収益の多いところもありますが…」

 せっかくのデータベースさんのお勧めだが、勿論断った。そういうのは望んでいないので。王都から遠い方が面倒な貴族や商人とかが来なくて静かでいい。それに、私には距離はあんまり関係ないしね。

 ということで、領地をゲットだぜ!


 ん? 北側で海に面した領地? どこかで聞いたことがあるような…。



 ボーゼス伯爵領の隣りだったよ!

 本当に偶然か? データベースさん、伯爵の知り合いだったりしませんよね? それとなく誘導とかしてないですよね?

 まぁいいか、分からないことがあったら色々と教えて貰ったり助けて貰ったりできそうだし、いい人達だし。コレットちゃんのところにも行きやすいしね、近いと口実が作りやすいから。


 え? アレクシス様が貰った領地、私の隣り、ボーゼス伯爵領の反対側? 私、挟まれた? シャア、はさんだなアァっ!!

 絶対、謀られたよね、私。

 実家に行くときは領地を通らせて欲しいって?

 ハイハイ。

 え、ハイは1回?

 はいはい。


 とりあえず、領地へ行くか。

 お店? 無くさないよ。一時閉店するだけ。領地が一段落すれば再開するよ。領地に転移させたりしないよ。……うん、とりあえず、今のところは。

 シャンプー? うん、なるべく早く再開するよ。ごめん。



 3日間、王様に紹介して貰った人に領地経営の特訓をして貰った。うん、とんでもない詰め込み教育。幸いにも現代知識のお陰で税制とか予算管理とか人心掌握とかの素養があったため授業は比較的順調に進んだ。先生が驚いていたくらい。それと、授業はちゃんとマイクロレコーダーで録音しておいたから、いつでも復習できる。ビバ、科学力!

 そして我が子爵領へ。

 乗り合い馬車で。


 いや、馬車なんか持ってないし、アテもないし、御者以外ひとりで何日も、って嫌だし。とりあえずボーゼス伯爵領まで転移する、って方法もあるけど、一度じっくりと自分の眼で王都との間を見ておきたかった。

 そりゃ最初に来る時も乗合馬車だったけど、あの時はそんな眼では見ていなかったからね。領地のためには何ができるか。王都との行き来の問題点。周囲の状況。学ぶべきことはたくさんある。他の乗客との話も色々とためになるだろう。今度は前とは違った聞き方が出来るからね。


 出発までに、たくさんの人が、子爵家で雇って欲しいと押しかけてきた。うん、新規の貴族に雇われれば自分が最古参になれて好きに出来るし、当主が子供だから色々と誤魔化して横領や威を借りた権力乱用、やり放題。うまくすれば取り入って自分の係累を配偶者に、とか思ってる? それとも母国とやらの優れた技術や神具とやらの秘密を探るための間者かな?

 そういう危険は冒さない。甘い匂いを嗅いで寄ってきた者は近くに置かないよ。

 元貴族家で働いていました、領地経営のベテランです、経験豊富なプロです、私がいれば収益倍増、領民は生かさず殺さずですよ、全て私に任せて戴ければ、とか、馬鹿じゃない? そんなに有能なら、どうして今、こんなところで職探しに必死なわけ?


 そういうわけで、全ての雇用希望者を断り、お店を絶対防御モードにして、近所の人に挨拶と不審者見たら王宮の兵士に連絡するよう頼み、オマケでスヴェンさん達に街にいる時は時々お店の周囲を見回るよう依頼しといた。あ、通報されないよう、近所の人にはちゃんと紹介しといたよ。

『雷の姫巫女様のところに忍び込む奴がいるもんかよ』って、え……。

 あ、王宮の兵士が見回るように王様が手配してますか、そうですか。


 出発の日、乗り合い馬車の待合所に行くと、荷物を背負ったサビーネちゃんがいた。

 おいおいおいおいおいおいおいおい!

 流石に、追い返す。隠れ護衛の人も元々最後の最後で連れ戻すつもりだったようで、暴れるサビーネちゃんを無理矢理連れて行った。うん、あまり早く連れ帰るとまた逃げ出すし、ぎりぎりまで夢を見させて泳がせていたわけですね。流石です。


 馬車は、ボーゼス伯爵領行き。新興の子爵家に行く定期馬車なんかあるはずない。

 今回のミツハの格好は、ごく普通の平民の女の子が着るワンピース。質素な作りだけど、ふんわりしていてちょっと可愛い系。乗客と話がしやすいようにチョイスした。ミツハには学習効果というものがあるのだ。会話のテクニックはサビーネちゃんの楽園亭のを参考にした。


 そして、そのふんわりしたスカートの中、太腿には、右側にワルサーPPS、左側に小型ナイフ。勿論左腋にもワルサーはあるが、咄嗟に抜くには遅れが出るのと、嵩張り目立つ93Rとリボルバーはガンベルトと共にバッグの中だからである。

 武器入りバッグは常に首に回して肩にかけている。着替え等のはいった少し大きなバッグは馬車の荷物棚。大きな荷物は馬車の屋根の上に置かれるが、まだ乗客が少ないことと、あまり重さも大きさもないこと、女の子の荷物であること等から、馬車内に置かせて貰えた。


 出発時の乗客は12名。王都からだからこれが恐らく今回の瞬間最大人数だろう。あとは、乗ったり降りたりで少しずつ減っていくと思われる。

 ミツハは早速人の良さそうな商人らしき若い男に話しかけた。自分の設定は、新興貴族の領地に働きに行く世間知らずの商店の娘。確かにミツハは領地に仕事をするために向かう、商店で働く少女である。嘘は全くない。この世界の一般世間のことには詳しくないし。うん。



 子供とは言え可愛い少女に懐かれて話をするのは悪くない。自分の話を喜んで聞いてくれ、しかも中々いい質問をして来る。本当に自分の話に興味を持って真剣に聞いている証拠だ。理解力があり、頭の回転も悪くない。たまに自分も知らなかった知識や情報を喋る。仕込めばいい商人になれそうだ。ああ、息子だけでなく、娘もいいかも。戻ったら妻と相談するか…。

 まだ若い商人の口は緩み、話がはずむ。楽しそうな様子に、他の乗客も会話に加わり、多くの情報が交換されて行った。



 ボーゼス伯爵領まであと2日。

 盗賊が現れた。


「滅多にいないのでは?」

「あ~、最近、増えたんだよ。帝国の敗残兵が散って、帝国に戻ってもどうせろくな目に遭わないからと王国に居残った徴募の農民とか、帰ると惨敗の責任を取らされて処刑されそうな下級指揮官とか、カネが貰えなかった食い詰めの傭兵崩れとかが、残党狩りの厳しい南方を避けて北に逃げてきたらしい」

「あ~」


 大騒ぎの他の乗客を尻目に、呑気に話すミツハと傭兵っぽい中年の男。ちょっと渋い。ミツハは渋い中年が好みなのである。父のような匂いがするから。加齢臭ではない。纏う雰囲気のことである。

 ミツハが落ち着いているのは、まぁ、いつでも転移で逃げられるから。男が落ち着いているのは、『治外権の行使』があるからであった。


 『治外権の行使』とは、傭兵と盗賊との間の暗黙の了解のようなものである。護衛の傭兵ならばともかく、たまたま居合わせただけの傭兵には他の者を守る義理はない。契約もしていないのにその場に居合わせたというだけでいつも命懸けで人助けをしていては、命がいくらあっても足りない。また、盗賊側にとっても、護衛でもないのに傭兵を相手にしては被害が大きい。

 ならばと、戦う意味のない傭兵、ろくにカネも持っていない強い傭兵と戦いたくない盗賊の、利害の一致。『治外権の行使』を宣言した護衛任務を受けていない傭兵は、盗賊に手を出さない。盗賊も傭兵には手を出さない。

『治外権の行使』を宣言した傭兵がいた場合、戦いにおいてはともかく、勝敗が決した後に無駄な殺害や遊びでいたぶられることがあまり無いため、乗客や護衛の傭兵にとってもそう悪い話でもなかった。

 但し、だからといって、盗賊が女子供を連れ去ることを遠慮することはなかった。


 現在、乗客はミツハを含め9名。うち、人妻1名、若い女性1名、少女2名。

 ちなみに、御者は対象外である。盗賊は、御者には手を出さない。御者を大勢失うと馬車の運行が止まり、国や領主が大規模な盗賊狩りを行う。馬車が通らないと盗賊も生活が滞る。御者は馬車の一部、人ではなく、いないものとして扱われた。当然、戦いには絶対関与しない。義憤に駆られてひとりの御者が手を出すと、全ての御者の安全が失われるのだ。絶対に手は出せなかった。


「私は戦います」

 妻子連れの農民風の男が言い切った。女性4人のうち、妻と娘、2人が男の家族なのである。自分の目の前で連れ去られるのを見過ごせるはずがなかった。たとえ自分が死ぬことになっても。


「私も戦います」

 やや年配の男性。

「子供も独り立ちしましたしね。家族を守り生きて行くために色々悪いこともして来ました。そろそろ、少しはひとのお役に立つことをしてみてもバチは当たらないでしょう。手持ちの財産を全て失うのも業腹ですしね」

「ありがとうございます…」

 農民風の男が頭を下げる。

 若い商人は、ミツハをちらりと見てから言った。

「私も、お手伝いします」


「私は嫌だ。カネと荷物を渡せば危害は加えられないんだろう? 治外権行使の傭兵さんもいることだし。下手に抵抗すれば、降伏する前に殺されたり大怪我させられたりするだけじゃないか。馬鹿馬鹿しい!」

 二十歳過ぎの男はそう言って抵抗することを拒否した。別に悪いことではない。人間、自分が一番大切なのである。農夫も、自分の妻子が一緒でなければ戦いを拒否したかも知れないのだ。


 最後に、傭兵の男が農夫に向かって言った。

「なぁ、護衛を雇わないか? 今なら銀貨1枚にまけとくぜ」

「「「なっ!」」」

 漢だねぇ。

 ミツハは口の端を歪めて嗤った。


「な、治外権を行使するんじゃ…」

「それはあくまでも『護衛依頼を受けていない傭兵』って条件が付くんだよ、若いの」

 狼狽する若い男に、そう言い捨てる傭兵。

 なんか、傭兵って、いい漢多すぎでしょ。

 それじゃ、ひとつ私も。


「雑貨屋ミツハ。恋愛相談から領地経営まで、何でもお任せを。ちなみに、盗賊退治は銀貨1枚です」

 驚いて見つめる傭兵さんに、ミツハはにっこりと笑いかける。

 うん、渋いおじさんのお手伝いは嫌じゃないよ。


 傭兵さんの得物はショートソード。予備武器の短剣は年配の男性に渡していた。うん、なんか、ただの平民っぽくないよね、この年配のおじさん。

 私は肩にかけたバッグからハンティングナイフを出して若い商人に渡す。ぎょっとした目で見られたよ。ナイフ道は少女の嗜みだよ。ナイフは女の子を美しく見せるんだよ。

 続いて、ガンベルトを出して腰につける。93Rとリボルバーに予備弾倉。今はいっている弾倉はホローポイント弾。魔物や金属鎧を着けていない人間用。そのままでOK。みんなに『何だソレ?』って目で見られた。

 農夫さんは、馬車から外した木の棒。力はあるけど戦いは素人、って人には、へたに短い刃物渡すよりその方がずっといい。


 馬車の前後を塞ぎゆっくりと近付いてくる盗賊は8人。傭兵っぽいの3人に、びくびくしてるっぽいの5人。後者は元農民かな。

 我々戦闘組のうち4人も馬車の外へと出た。商人さんは馬車の中。最後の砦、奇襲要員である。女性陣が人質にされるのを防ぐ役割でもある。

 あ、そうそう、銀貨は農夫さんと若い女の人が1枚ずつ出してくれたよ。



「おとなしく金目のモノと荷物を置いていけば危害は加えない。服も脱げ。下着だけは勘弁してやるよ」

 元傭兵らしい男がにやにやしながら言った。

「あぁ、勿論、女も置いて行くんだよ。女は脱がなくていいぞ。まだ、な」


 下品な嗤い。こんなのが傭兵とは認めない。隣りに立つちょっと渋い傭兵さんを始め、スヴェンさん達、そしてウルフファングのみんなを汚されたようで気分が悪い。

 商人さんや農夫さんに人を殺させるつもりはない。逆になる可能性が高いし。実質、傭兵さんと私のふたり対8人。しかし、相手の5人は素人に近い。向こうの元傭兵もこちらの傭兵さんも実力は分からない。なんか強そうだけど、傭兵さん。

 でも、実際はどうなるか分からない。数の差は圧倒的な不利。出来れば攻撃は相手が明らかな殺意を示し行動に移してからにしたい。甘いのは充分承知しているけど、でもそれが可能だと分かっているから。


「そっちの傭兵さんは治外権の行使か? 向こうに離れててくれよ」

 盗賊の言葉に、傭兵さんが低い声で答えた。

「…俺か? 俺は、雇われ護衛だ」

『雇われ護衛』。その言葉は、ミツハの頭の中で別の言葉に変換されていた。

 用心棒、用心棒、用心棒………


「なっ!」

 盗賊はあわてて飛び下がり、剣を抜いた。元傭兵っぽい3人は全員が剣、残りは剣3人に槍がふたり。ひとりが剣を抜いた時点で、ミツハのROE(交戦規定)における危害攻撃許可基準を完全にクリアしていた。


 パパパン!

 剣を抜いた男が吹き飛んだ。

「え……」

 突然吹き飛び地面に叩きつけられた仲間。

 何が起こったのか理解できず、盗賊達は一瞬動きを止めた。

 そんな隙を見逃すようではとても一流の傭兵とは言えない。

 そして、男は一流の傭兵であった。

 ショートソードを抜き放ちながら盗賊に走り寄り、素早い一閃。そのまま身体を回転させてもうひとりに斬りかかる。強い! 一瞬で敵の主力2人が無力化された。残りの5人は混乱しつつも武器を構えている。

 槍はビギナーズ・ラックが怖い。ミツハは槍持ちを狙う。

 パパパン、パパパン

 機関拳銃ベレッタ93Rの3点バーストの連射音が響く。

 元農民とは言え、あくまでも『元』。決して堕ちてはならないところまで堕ちてしまった今は、盗賊という名の殺人者。既に何人も殺しているだろうし、生きていればもっと殺すだろう。それはミツハの領民であったり、大切な者であったりするかも知れない。ここで見逃すことは許されない。

 残りの剣持ちの3人は、傭兵の男が一瞬で切り伏せた。

 それは、一方的な勝利であった。



 ごとごと揺れる馬車の中、農民家族からボーゼス領のことを色々と教わるミツハ。恩人に少しでもお返しをと、知る限りの知識を伝えようと頑張ってくれている。商人さんを始め他の乗客も色々と裏情報まで教えてくれた。大収穫である。

 あの時、ミツハは傭兵さん、年配のおじさん、農夫さんの3人に、ミツハのことは喋らないようお願いした。皆は黙って了承した。傭兵さんとおじさんは秘密を守るのに慣れている感じだし、農夫さんは命をかけて家族を守ってくれた者の頼みを断るはずがなかった。

 他の者は馬車の中だったので何も見ていない。ただ銃声を聞いただけで、何の音かも分からなかった。そのため、盗賊は4人で協力して倒したということになっていた。ちなみに、倒したのは傭兵さんが5人、あとの3人がひとりずつということになっている。傭兵さんの数は事実通りである。


 馬車には、盗賊から回収した武器や金目のものが積まれていた。それらはいったん領主に届けて確認後、届けた者に返却される。盗賊の武装レベルや正体…他国からの通商妨害でないか等…を調べるための処置である。今回はほぼ帝国の敗残兵で間違いないと思われるので、恐らくその場で返却される。

 ボーゼス領の領都へは行かないミツハは自分の分の武器の所有権を農夫に譲った。農夫は固辞したが、領都へは行かないこと、これから働きに行く普通の女の子がそんなものを渡されても困るということを強く主張して押し付けた。

 農夫は、その剣1本と槍2本は売らずにおいて練習し、自分で家族を守るのだと息巻いていた。妻と娘は盗賊から自分達を守ってくれた夫を父を尊敬と信頼の眼差しで見つめていた。


 二十歳過ぎの男は、昨日までは話相手になってくれていた若い女性に完全に無視され、汚物を見るような目で見られて落ち込んでいた。自分を見捨てて盗賊に渡そうとした男に微笑む女はいない。どこの世界にも。


 そして差し掛かった道の分岐点でミツハは馬車を降りた。ここから徒歩で自分の領地、ヤマノ子爵領へと向かうのである。他の乗客たちと手を振って別れた。若い男性だけは膝を抱えて丸まっており手を振る様子はなかった。


 ちなみに、ミツハの王都でのことがなぜ馬車の乗客にバレなかったのか。

 写真もテレビもネットもないこの世界では情報伝達は遅く不正確で、情報の内容はどんどん歪んでいく。伝言ゲーム以上に。そのため現場に居合わせた者以外にはミツハの姿も行動もまるで異なって伝わっていた。

 更に馬車の乗客の大半は当時王都にいなかったし、いた者もスピーカーを通して割れて歪んだ大音量の声を聞いただけ。遠くからちらりと見た者さえ殆どいなかった。銃声も、王都の中心付近まで届いたのは擲弾筒と重機関銃、20ミリ機関砲等の音。それに較べると拳銃の発射音は可愛いものであった。更に、神兵様が持っていたのは長い雷の杖。ミツハが持っていたようなずんぐりしたものではなかった。

 もしかすると元帝国兵である盗賊の誰かは気付いたかも知れないが、もはやそれを誰かに話すことはなかった。



 水行10秒陸行8日、かくしてヤマノ領に至る。


 いや、途中で小川を渡っただけですが。水行。

 ようやく木々の隙間から領都が見えた。

 …って、二度と領都って言わないよ!

 田舎町ですらない。もう、村! ただの村!! 恥ずかしくて領都なんて絶対言わない。町の名前で呼ぶか。

 とにかく、ここで一度自宅へ。8日振りだから郵便物とかメールとか…。しかしその前に、まずはお手洗いとお風呂だね。

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― 新着の感想 ―
マイクロレコーダーって昔小さいカセットテープのやつありましたよね!懐かしい。敢えてアナログとはさすがミツハ、渋いな。
[良い点] 王様たちがすっかり不動産屋にwww [気になる点] > シャンプー? うん、なるべく早く再開するよ。ごめん。 特に女性としてはブヨブヨの石鹸には戻れないのではないかな? ミツハが長期不在中…
[気になる点] ≫そして、そのふんわりしたスカートの中、内腿には、右側にワルサーPPS、左側に小型ナイフ。 太股の外側なら解るけど・・・なんで内腿なん?? 歩くだけで互いの武器がカツンカツン…
感想一覧
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