291 報 復 8
「ミツハ様、エノバ商会の跡地、要りませんか?」
「何よ、それ……」
あれから数日後。
そろそろこことも通常の関係に戻そうかなと思い、ヴァネル王国へ引き揚げるということを知らせに来て、ラルシアと紅茶を飲んでいると、いきなりそんなことを言われた。
「他の5店は、店舗そのものは存続するらしいです。でも、さすがに主犯のエノバ商会はそのままというわけにはいかないらしく……。
まあ、たとえ店主が代わったとしても、あそこで同じ業種で営業したんじゃ、お客さんは寄り付きませんよ。全く違う業種にするか、民家や倉庫にするか、……あるいは、明らかにエノバ商会とは無関係であると分かる者、つまり今回の事件での被害者でありエノバ商会と対立する立場の者である、ラルシア貿易かヤマノ子爵家のものにするとかでない限り……」
なる程……。
「そして、そんな訳あり物件なんて、今回の件には無関係の第三者はいくら安くても手を出したがらないし、もし売れるとしても大幅に値引きしなきゃならない、ってワケか。それくらいなら、買っても悪影響が少ない者に、少しでも良い価格で買ってもらいたい、と……」
「ご正解です!」
やっぱり……。
「でも、そんな物件、買っても使う予定がないよ。はっきり言って、この国は私の拠点じゃないし。買うなら、ラルシア貿易でしょ?」
そう、ここは私にとっては、単に『女性事業主国際ネットワーク』加盟店のひとつがある国、というに過ぎない。
ただ、到底看過することのできない事件が起こったため、私の仲間を守り、そして同様の事件が各国で発生することを防ぐために、私達が『決して手出ししてはいけない相手』だということを広く知らしめるために出張ってきただけだ。
なので、この国に特別な思い入れがあるわけじゃないし、ここに物流拠点を築くつもりもない。
『女性事業主国際ネットワーク』の物流拠点は、ヴァネル王国のレフィリア貿易だ。最近、大きな倉庫を手に入れたし……。
まあ、名目上は、洋上の孤島に巨大な物資集積所が、ってことにしてあるんだけどね。
でないと、各国への迅速な配送の説明がつかないし、どこかの国を経由しているとなると、税金を取られるし。
少量のヤマノ子爵領産の商品は私が転移でこっそりと配送しているけれど、勿論、全てをそうしているわけじゃない。『女性事業主国際ネットワーク』加盟店はうちの商品だけではなく、元々のこの世界の商品をたくさん取り扱っている。
……量としては、そっちが大半だ。
うちの商品は、少量での高額商品として、また貴族や商人に対する武器や交換条件の道具として活躍する。
なので、各商店が扱う商品は、普通に陸路での商隊による輸送が主力なんだよねえ。私の転移配送は、ごく一部に過ぎない。
まあ、そういうわけで、私がこの街に広い土地や店を持つ必要はないんだよね。
……あ!
「ラルシア、もしかして、私をこの街に定住させようとか思ってない?」
「うっ……」
やっぱりか……。
まあ、気持ちは分からないでもない。
私がここに住めば、ラルシアとしては色々と便利だし、安心できるだろうからねぇ……。
でも、それは駄目だ。
『女性事業主国際ネットワーク』加盟店は他にもたくさんあるし、ここだけを特別扱いするわけにはいかない。
レフィリアは、幸運だっただけだ。
私がこの大陸に手を出す原因となり、そして拠点を構える必要があった国、ヴァネル王国。
たまたま自分の実家がその国にあり、私の最初の餌食……協力者になったという偶然。
そして私が既にヴァネル王国を拠点として活動している以上、理由もなくこの国に拠点を作る必要はない。
「もうラルシア貿易に手出ししようとする者はいないだろうから、今回の件は、これでおしまい。
勿論、また何かあれば、すぐに飛んでくるよ。だから心配しないで」
「……は、はい……」
ラルシアも、本当に私がここに拠点を移すと考えていたわけじゃないのだろう。
……ただ、あわよくば、とか、万にひとつの可能性に、とかに過ぎなかったのだろう。
まあ、私は今回の件では『必要のある時にだけ、転移してきていた』というだけで、ずっとここに滞在していたわけじゃない。その都度、必要な数時間とかのみ滞在して用事を済ませていただけで、日々の時間の大半は領地か母国の王都で別の仕事をやっていたのだ。
でも、それを知らないラルシアは、私がラルシアのためにずっとこの街に滞在していたと思っている。だから、ちょっとばかし期待しちゃったのかもしれない。
自分のためにこの国までの往復日数と滞在日数、そして安くはない経費をかけて、危険を冒し、手間を掛けてこれだけのことをしてくれたのだから、もしかするとずっとこのままいてくれるのでは、とか……。
でも、ラルシアはいくら若いとはいえ、この国ではもう成人済みで、立派な大人だ。
そして私が選んだ、我らが『女性事業主国際ネットワーク』の一員であり、一頭の雌狼だ。
だから、大丈夫!
それに、ラルシア貿易にちょっかいを出す者は、そうはいないだろう。
各国の貴族や商人達は、私がヴァネル王国の王宮とは折り合いが良くないということくらいは当然知っているだろうから、『ヤマノ子爵家はヴァネル王国と親密な関係に』などとは思っていないだろう。
ならば自国に引っ張れると考えて色々と画策するか、利益がヴァネル王国に独占される心配は少ないと考えて気にしないか……。
うちの商品による稼ぎは、私や新興の小さなお店にとっては結構大きいけれど、大店の売り上げや貴族の収入、そして国家予算とかに較べれば端金だ。
なのに貴族や王族が気にするのは、ただ単に美味しいお酒や食材、面白そうな商品が欲しいのと、妻や娘から化粧品やシャンプー、お菓子とかをせっつかれるからだ。
ま、下手に国際関係を悪化させてまでゴリ押しすべき案件じゃない。
攻撃すれば全力で反撃され、普通に付き合っていればちゃんと商品が手に入る。
仕入れ元と仲良しで、販路を奪うことは不可能、下手をすれば大火傷か致命傷。
うん、今回の顛末を広めれば、他の加盟店も安全になる。
そして、私にエノバ商会の店舗を買い取らせることは諦めたらしいラルシアが、私を見て呟いた。
「まだ未成年なのに、ひとりでたくさんの商家の立ち上げを指導し、多国間に跨がる商業ネットワークを作り上げ、暴力にも権力者にも屈しない……。
ミツハ様、あなたはいったい……」
うむ。
ここでは、あの台詞を言わざるを得ないよね。
「私は、ミツハ・フォン・ヤマノ。どこにでもいる、ただの女子爵だよ……」
……いや、私自身がどこにでもいる、ってことじゃないよ。
それじゃ、ヨグ=ソトースだ。
どこにでもいるのは、私ではなく、『女子爵』の方だ。
……って、女子爵はそんなにいませんか、そうですか……。
* *
「……で、報酬を要求する!」
「分かってるよ……」
ここは、雑貨屋ミツハの3階、私の部屋。
サビーネちゃんは、呼ぶまでもなく、既に部屋にいた。
そして、私が戻ってのサビーネちゃんの第一声が、これだ。
あの、録音器の解析を手伝ってくれたことに対する報酬の件。
「報酬は出すって、最初から言ってるじゃないの。……あと、無茶なのは駄目、って」
「チッ!」
「汚い言葉は駄目!」
普通は平民であるコレットちゃんから王女様であるサビーネちゃんに汚い言葉が移りそうなものだけど、この舌打ちは、逆にサビーネちゃんからコレットちゃんに移っちゃったやつだ。
純真なコレットちゃんに、これ以上汚い言葉や仕草が移るのは、断固阻止しなければ……。
「で、要望するのは何?」
「じどうしゃ!」
「却下!」
いったい何を言い出すんだ、この子は……。
中古の軽自動車を買えば、この世界じゃ登録手続きも保険も関係ないから、金額的には大した額じゃない。そして、小さいやつに時速20キロ以上出ないように手を加えて、全周にクッションを貼り付ければ、安全性はかなり確保できるかもしれない。
そりゃ、いくら時速20キロでも事故が起きる可能性はあるけれど、天才児、超少女サビーネちゃんならば、すぐに私より運転が上手くなるだろう。
だけど……。
「ガソリンの補給や整備、どうするのよ。そしてそもそも、サビーネちゃんじゃあペダルに足が届かないし、身長が足りないから前方がちゃんと見えないよ」
「くっ……。
あ、コレットを足元に潜り込ませて、私は座席にクッションを置いて視点を高くする。そしてコレットの肩に足を乗せて、肩への踏み込み具合に合わせてコレットがペダルを踏む、って方法なら……」
「どこの『ドン松五郎の生活』かッ! 却下アァ!!」
1年10カ月、お待たせしました!
『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』書籍6巻、7月2日に無事、刊行!(^^)/
表紙やイラストを、コミックス担当の漫画家さん、モトエ恵介先生に変更しての、誘拐、軍艦イーラスの遭難、ギャラリーカフェの開店、そしてレフィリア貿易の設立、『チェルシー・テラワロスへの道』……。
てんこ盛りで、行きまっしょい!(^^)/




