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29 褒賞

 あれから数日。

 帝国軍は補給物資の大半を失って逃げ帰った。道中次々と王国領主軍の追撃を受け、魔物の襲撃に晒され、無事帝国へ辿り着いた貴族や職業兵士は少なかった。貴族は捕らえれば身代金が取れるし、優れた兵士は後々のために減らしておくべきだからである。うん、農民の皆さんは村へ帰って働いて下さいね。


 そして遂に来た、王宮への呼び出し。いや、今回は、これがないと困る。

 今回はちゃんと謁見の間。正式だね。はい、褒賞の告示らしいです。

 謁見の間にずらりと並ぶ人の列。いや、褒賞を与えられる人もいるし、参列しているだけのお偉いさんもいるからね。もちろん、総指揮官のアイブリンガー侯爵の姿もある。


 あ、正門前での戦闘はアレだったけど、追撃戦や、事前の時間稼ぎのための戦いで大被害を出しながらも健闘した侵攻経路近くの領主軍とか、情報収集に命懸けで努め勝利に大きく貢献した人とか、功績者は大勢いるよ。その誰かひとりでも欠けていたら勝利はなかったかも。いやホントに。

 敵の侵攻があと1日早かったら? 正確な情報が掴めていなかったら? うん、決して余裕綽々、勝って当然、というものじゃなかったんだ。いくらウルフファングのみんなを呼べても。

 あ、最初、私ですか。


「ミツハ・ヤマノ、此度の活躍と貢献、見事であった。褒美を取らす。何か望むものがあれば言うがよい」

「はい、なれば、お願いしたき事が3つあります」


 3つだと? 何と強欲な! これだから平民は……


 えらい言われようですね。


「良い。申してみよ」

 では、王様のお言葉に甘えまして……。

「はい、まず一つ目は、本来私などより遥かに褒賞を得るにふさわしい人物のことです」

「なに? そのような者が?」

「はい。私と総指揮官であるアイブリンガー侯爵を貫くはずであった矢を自らの身体を盾として防いだ、勇気ある忠義者の貴族の若者のことでございます」

 今度は、おお、とか、ああ、とかいう納得の声や痛ましい顔をする者ばかりである。うん、みんな納得してくれるよね。


「その者は今?」

「はい、肩の傷はともかく、腹部に受けた矢が問題で、治療所で生死の境をさまよっております」

「そうであったか…」

 王様も悼ましそうな顔をする。うん、この世界では、それは死と同義だからね。あ、ここ、ボーゼス伯爵もいるんだった。すみません…。


「はい。その者の行為がなければ、その場で命を落とした私がその後にお役に立てることも無かったのです。つまりは、私の功績は全てその者のおかげ。是非、その者へも褒賞を」

 先程非難していた者達の私に対する心証が好転した。うん、他者のための願いだからね。それも、死に行く英雄に対する。


「あい分かった。貴族籍に名を連ねる者とは言え、親の爵位を継ぐまでは無爵の者。是非、その功績を称え爵位ある貴族として送ってやりたい。男爵位を与えよう。後にその爵位は本家の預かりとし、家を継がぬ子供か孫に継がせよ。さすればその者の功績が爵位と共に永久に語り継がれることであろう」

 王様の言葉に、どこからかかすかな嗚咽が聞こえてきた。伯爵様…。それって、凄く名誉なことなんだろうな、きっと。


「これに不服のある者はいるか」

 王様の声に、誰も不服など…

「異議あり!」

 いたよ、おい! 誰…って、まさかのアイブリンガー侯爵? よりによって、助けられた本人が?

 みんな、あまりに予想外のことに驚く。

 更に言葉を続けるアイブリンガー侯爵。


「男爵位を与えるなどと、全く承服出来かねますな。そのような功績の者に男爵位では、他の者は何も褒賞が戴けませぬ」

 え?

「最低でも子爵位でなければ、救われた私はその者に顔を合わせられませぬ!」

 ああ……。


「済まぬ、浅慮であった。では、子爵位で不服のある者はおるか」

 居るはずがない。でないと、みんな褒賞が貰えなくなっちゃうからね。

 うん、アイブリンガー侯爵、いい仕事しますねぇ。

 あ、ボーゼス伯爵に近付いて何か言ってる。え、『すまぬ…すまぬ…』って…。知り合いだったの? って当たり前か、有力貴族同士なんだから。

 で、まだ、私のターン!


「誠にありがたき御配慮。これで私の心も少しは落ち着けそうにございます。では、2つ目のお願いでございますが…」

 実は、これが一番重要なもの。本日のメインイベントだ。

「正門前での戦いを行いました戦士達のことでございます」

 謁見の間がどよめいた。

「実は、王国の危機を見過ごすことが出来ず、二度と関わるまいと思っていた祖国に援軍を求めました」


 祖国? どこの国だ! どうやって! あの雷の杖は!!

 

 うん、大騒ぎ。

「やむを得ず、命を削る秘術『渡り』を用いて一瞬のうちに祖国へと渡りました。しかし正式に国が動くためには手続きや会議、承認、書類等で到底間に合わず、また国交のない国に事情も把握せず兵を出すことも難しく…。

 そこで、私の友人達が個人的に参加してくれました。しかし国の神具を持ち出しての任務放棄、神具の力を大量に消耗…。恐らく重い処分が下るかと…」


 おおお、何ということだ! そんな! あの強く優しい勇者達が!


 うんうん、ノって来たね。

「更には、星が揃うのも待たず、ろくな準備もなしでの強引で大規模な渡り。術の発動に協力してくれた神官の何名かは命を落としました」


 ああ! そのような事が! 神よ……


「そのようなわけで、国への礼状と礼金を戴くことで彼らの行動の正当化と他国との友好に役立ったことを示し、少しでも神具の被害の補填が出来れば、処罰の軽減に役立つのではないかと思いまして…。また、亡くなった神官には任務外の個人的な行動として補償金も出ませんので、遺族の生活の足しに出来ればと…」

 あ、みんな泣き出した。


「財務卿、国庫からどれだけ出せる! 王都が戦火に包まれたり国が滅びたかも知れないと思えば安いものだ、何としても充分な額をひねり出せ!」

「ははっ、お任せ下さい!」

 よし! これでウルフファングへの支払いは何とかなるか。まさか金貨3000枚とか言わないよね? 私のピンハネなしでも、支払いだけで4万枚、日本円に換金すると10億円相当だよ! 私の貯蓄目標額の半分、安泰な老後生活計画の世界片方分の予算に匹敵する。ここの金銭感覚だと40億円くらい。


「金貨3000枚だ!」

 ぶふぅっ!

「当家は金貨3000枚を提供する!」

 あ、ボーゼス伯爵様。え、ほんと!

「うちは5000枚だ!」

 アイブリンガー侯爵…。

「2500枚!」

「すまん、今回の被害が多くて1000枚が精一杯だ、申し訳ない…」

「3000!」

「2000枚!」

 次々と貴族家から支援の申し出が! これは予想外だったよ。国からのが侯爵家の2~3倍とかいうことはないだろうから、4万くらい楽々いけそうだ。

 あ、もし4万貰えなかったら支払いどうするつもりだったか? そんなの、他国で真珠とか売り逃げすれば何とかなったでしょ。話が広まる前に複数の国でたくさんの貴族家回れば、値崩れする前に高額で売りまくれるから。そこまでは今回の『自重やめ』の範囲内でいいでしょ。


「皆様、誠にありがとうございます。これで友人達の処罰も軽いもので済むことと思います。残された神官の子供達も、父親の跡を継ぐための勉学を続けることが出来ましょう……」

 そっと目を拭う真似。

「今回大きな被害を受けた領は、畑を荒らされた領民達や孤児となった子供達への支援等、多くの資金が必要でしょう。おとう…、王にお願いして祖国から何らかの支援ができないか打診してみましょう」


 おお、そこまで! 何と無欲で慈悲深いことか……

 感涙する、侵攻ルート付近の領主達。


 賛辞の声が続く中、一部の者は心の中で突っ込んでいた。

(今、絶対『おとうと』って言おうとしたよね、『弟』って!!!)


 ミツハの言い間違いではなく、勿論、わざとである。

 まぁ、今までの話で、ミツハが普通の貴族の娘だなどと思っている者は殆どいなかっただろうが。


「そして最後のお願いですが、私を、この国の国民にして戴きたく存じます」

「「「え?」」」

「私は、祖国を捨てこの国に流れ着き一時的に居座っただけの、ただの根無し草。しかし、今はこの街の者に、この国の国民となり、ここを新しき故郷としたいと願っているのでございます」

 感激する貴族達。結局、ミツハの願いには自分の利益に関するものは何も含まれていなかった。そして、この国に対するその愛国心。今回の働きにおいて既に十二分に示されたそれを疑う者は誰ひとりとしていなかった。


「う~む…。私としては、ミツハはとっくに我が国の国民だと思っていたのだがな……」

 王様は、どうしようかと少し思案したが、良い考えが浮かんだのか、にやりと悪い笑みを浮かべて言った。

「うむ、それでは、ミツハ自身も、他の何者も否定できないくらい確実に、ミツハが我が国の国民であることを示すお墨付きを与えてやろう」

 よし、これで正式に市民権を得た! 官憲に守られる対象だ! 商売がやりやすくなる。何か新しいカネ儲けの方法を考えるのもいいかな。

 ほくそ笑むミツハに、王の言葉が続けられた。

「その者に、子爵位を与える、ミツハ・フォン・ヤマノ」


 はあぁぁぁ~~??



 そのあとのことは何も覚えていない。何か、みんな色々な褒賞の申し渡しやら希望の確認やらが続いていたが、ミツハはぼんやりと聞き流した。

 どうしてこうなった!!



 そして更に数日が経過した。

 その間、お店はあけたけど、買い物客じゃない客が大勢押しかけて大変だった。『買い物しない客は来るな』とは言えない。この店の商品は高いから、何度も足を運んで悩んだあとで決心して買う、という客も多いからである。そういう客は大切にしたい。

 サビーネちゃんはミツハの活躍や褒賞申し渡しの時のことを聞いてますますミツハにべったり。しかし客の多さ、しかもミツハにしつこく話しかける客の多さに、若干切れ気味。DVD鑑賞どころではないし。

 平民の客はあまりミツハにしつこく絡むことはなく、国の恩人をひと目見たい、感謝の言葉を、という感じなので大したことはないが、貴族とか大商人とかはめんどくさい…。そして、売り上げが増えはしたものの、客数の増加とは全然比例していない。くそ、商品の品揃えの見直しを計るかな…。


 気分転換に、旅に出た。行き帰りは一瞬だけど。あ、地球を経由するから二瞬、か。ホント、開店日数少ないね、雑貨屋ミツハ。

 行き先は、コレットちゃんの村。別に忘れていたわけじゃない。普通はあまり簡単に行き来できる距離じゃないから、不自然にならないだけの期間が経つまでは行かなかっただけだ。


「コレットちゃん、お久し振り~」

 大歓迎された。

 うん、お土産とか色々持って来たからね。いや、お土産だけが歓迎されたわけじゃない。と信じたい。

 王都での話はまだ伝わっていなかった。領主様のところへならばともかく、平民の情報源である行商人や乗合馬車が来るにはまだ日数が経っていないから当たり前。領主様もまだ王都だからね。率いて行った兵の大半は今頃は帰路の途中だろう。

 コレットちゃんや御両親のトビアスさん、エリーヌさんには、先日の件は省いて、お店を開いたこと、仕事で貴族のパーティーの手伝いをしたこと等をかなり過小にして話した。うん、小さな借家のお店、パーティーのちょっとした下請け仕事、と受け取られるような言い回しをして。

 一応、なるべく嘘にはならないように言葉を選んだ。誰かが王都に来る機会が絶対ないとは言えないからね。慎重なんだよ、私は。身長ないんだよ、私は。…って、うるさいわ!


 みんな、私の大成功を喜んでくれた。いや、超過小報告のこの程度でも、村のみんなから見れば大成功らしい。憧れの王都に身ひとつで行って、短期間で店を開いて生活できるだけの利益を出せる、って、それどんなスーパー立身出世物語だよ、って感じらしい。田舎の農村では。


 一度、国の兵士がミツハのことを色々と聞きに来たらしく、心配していたとのこと。あ~、まぁ、王女様の近くにいる身元不明の怪しい人物となれば、そりゃ調べるわな。お店を借りる関係での身元調査かな、と誤魔化した。いや、国の兵士がなんでやねん、とは聞かれない。うん、そこまで気が回らないよね、超田舎の農民では。いやゴメン。

 遠いのに日帰りとかは不自然なので、1泊させて貰ってコレットちゃんと遊んだ。今日は家の手伝いは免除して貰った模様。


 翌日、村を出た。もっとゆっくりして行けと引き留められたけど、『実は海辺の村に商品の調査に来た。そのついでに寄った』と言って、コレットちゃんに絶対にまた来ると約束させられてから出発。うん、本当に海へ行こう。海産物を確認したいし、一度行っておけば簡単に行けるから次が楽になるし。

 ベアトリスちゃんにも会っていこうかと思ったけど、やめた。だって伯爵様がまだ王都だし、後日また顔を合わせるから、後でベアトリスちゃんの話を聞けば矛盾に気付かれちゃうよね、絶対。せっかく『渡りは命を削る技。余程のことがなければ使えない』と思わせて国や貴族から変な要求が来ないように仕組んだのが台無しになってしまう。


 あの時謁見の間で、ミツハは素質に恵まれたけれど、それでも礼状と礼金の運搬だけでかなりの生命力を消耗すると伝えたところ、『12歳にしては成長が遅れていると思ってはいたが、これまでの秘術の負担で……』と気の毒そうな顔で言われた。12歳だという設定ですらそれかい! それと、どこ見てそれ言った!

 あ、ウルフファングの帰還は、術に最初から組み込まれていた自動帰還の効果だということに。こじつけ設定考えるのは得意だよ。


 海辺の村は、うん、小さかった。コレットちゃんの村と大差ない規模。伯爵様はかなりの有力貴族じゃなかった? それでも個々の村はこんな感じなのかな、領都以外は。

 まぁ、領都と言っても小さな町だったし。どこが『みやこ』やねん、って言いたいくらいの。まぁ、不作でも餓死者や売られる子供がいないだけ、豊かな村なのかな、コレットちゃんの村。拾い子を養う余裕があるって、考えたら、凄いことなのかも。流石、ボーゼス伯爵!


 あ、コレットちゃんの村、って、なんかコレットちゃんが村の支配者みたいかな。人名や地名とか覚えるの苦手なんだよ。いいじゃん、分かりやすい呼び方で。結局、まだ、敵だった帝国の国名すら覚えてないや。

 あ、口上言ってた人が何か国名言ってたような気もするなぁ。どうでもいいけど。とにかく、バカボンのパパは『バカボンのパパ』でいいじゃん、誰も名前知らないけど、誰も困らないし分かりやすくていいでしょうが、ってこと。あの料理店の店主とか態度のデカかった商人とかも名前覚えてないよ。料理店主、偉そうな商人、とかでいいじゃん。区別が必要なら店主A、店主Bとかで。


 海辺の村、うん、『漁村』でいいか、漁業以外もやってるみたいだけど。

 まぁ、その漁村だけど。獲った魚介類は、村内での消費と、領内の各村や領都に運んでの販売。村々では直接売るけれど、領都では商店に売るらしい。直売所をつくるよう教えて…、商店の利益がなくなるからダメか。商人も領民だし、立派な税収源だ。

 干物と塩漬け、と。これはごく少量だけど王都へも? ふんふん。漁船は…これ? なにコレ。うんうん。

 よし、今日のところはこのへんで勘弁しといたろか!


 自宅に戻ってメールや郵便物の確認、食材や日用品の買い出し、と。クルマがあると大量買い出しに便利だね。

 あ、たまには意味も無く近所をうろついて付近のみなさんに顔見せも。あんまり不在がちなんで心配されちゃうからね、子供のひとり暮らしだから。って、18歳だよ! 日本じゃ15くらいには見えるはず! 充分子供ですか、そうですか。



 王宮へお出かけ。今日は爵位の叙勲式典。ミツハの他にも叙爵や陞爵する人がいる。滅多にないことであるが、今回は国の存亡にかかわる大事件だったことと、裏切ったり招集に応じず日和見した貴族が何家か取り潰しや降爵されたから爵位に空きができたためらしい。そりゃ、日頃からどんどん叙爵・陞爵させていたら上級貴族だらけになって大変だよね。

 店長に注文してた新しいドレスが無事間に合った。『例の国の貴族の式典に招かれた』と言ったら、徹夜してくれた。私も連れてけって、流石に無理。また機会があればね。

 前のドレス? 血塗れになりましたが、何か? あ、左肩はもう完全に治ってるよ。

 そして、他にも式典のための準備をしておいた。詳細は、CMの後で。


 今日は、先日の褒賞告示の時を上回る大人数。もちろんアイブリンガー侯爵やボーゼス伯爵もいる。更に、社交シーズンでもないのに、各地からかなりの貴族が王都に来たらしい。

 今度は私が一番最後らしい。見せ場だからかな。あ、ぐちゃぐちゃになると後に控えている人に迷惑だからですか、そうですか。


 で、順調に次々と進み、いよいよ私の番。

 なんか、私を見て席がざわついてる。子供だからか!

 あ、ドレスが素敵、そうですか。店長に伝えておきます。

 あ、注文取ったら喜ぶかな、店長。支払いは金貨だけど。


「ミツハ・フォン・ヤマノ。子爵位を与える」

 王様の言葉のあと、サビーネちゃんが私に短剣を渡してくれた。あ、これはナイフくらいの小さいやつ。何でも、『これで敵や魔物を打ち払い、領地と民を守れ。王の期待を裏切った時にはこれで自らの胸を突け』って意味らしい。う~ん、ハードだねぇ。

 今までの人には宰相様が手渡していたけど、私には絶対自分が渡すと言ってサビーネちゃんがゴリ押しした模様。うん、ありがたく受け取った。そのまま場から下がろうとすると、王様に声をかけられた。


「ヤマノ子爵。この場に不在であるボーゼス伯爵家が一子、アレクシスへの爵位授与を代理で受けてはくれぬか」

 ちらりと伯爵の方を窺うと、頷いてくれていた。うん、ここはやっぱり。


「お断りします」


 固まる王様、静まりかえる室内。ボーゼス伯爵、唖然。

 ミツハはくるりと身を翻し、正面の大扉に向かって歩き出す。


 不敬な! ひっ捕らえろ!


 いくつかの罵声がかけられるが、具体的な行動をおこす者はいない。未だ王は唖然としたまま何も指示を出す素振りはない。とうとう扉の前に着いたミツハ。衛兵もうろたえるだけで何も出来ない。ミツハは勝手に自分で扉を開いた。いっぱいに開かれる大扉。


 そこには、ひとりの男が立っていた。

 王の座する玉座に向かいゆっくりと歩き出す、少年と青年の境目あたりの男性。その右腕は白い布で首から吊られ、腹部には何重にも固く巻かれた包帯。シャツは着ず、左腕だけを通して肩にかけられた上衣はボタンも掛けられておらず、それは粗野というより精悍な印象を与えていた。


 毛足の長い絨毯に、足音はない。しかし皆には、まるでカツン、カツンという足音が聞こえるかのように思われた。

 ボーゼス伯爵の頬を涙が伝う。隣りに立つアイブリンガー侯爵が、伯爵の肩を叩きながら何度も頷く。

 静寂に包まれる中、少年、いや、その凛々しき青年は、王の前で足を止めた。

 そしてミツハの声が響く。

「そういうのは、本人に直接渡して下さいよ」


 わあああぁぁぁ!!

 謁見の間が歓声に包まれた。


「このような姿で申し訳ありません」

「よいのだ。そんなことはよいのだ……」

 王は喜びに満ちた顔で爵位授与を宣言する。

「アレクシス・フォン・ボーゼス。子爵位を与える」

「謹んでお受け致します」

 包帯で突っ張るのか、ぎこちなく頭を下げるアレクシス。


「ボーゼス伯爵家の長男であったな。父の爵位を継ぐ時にその子爵位は第2爵位として持ち、将来自分の第二子にでも授けてやるが良い」

 王が掛けた言葉に、アレクシスは首を横に振った。

「その必要はございません」

「なに?」

 怪訝な顔の国王。


「父の爵位は、弟のテオドールに継がせます。私は、この子爵位を。

 なにせ、ただ親から引き継いだだけの爵位ではないのですよ! 自らの功績で、王から直接戴いた爵位! 栄えある新たなる貴族家の開祖! その名誉ある爵位を名乗るのを誰がやめるものですか。それに……」

「それに?」

「父が引退する頃には、とっくに私も伯爵位に陞爵しておりますから」

 その言葉に大笑いの国王。参列者の中で苦笑しているボーゼス伯爵。


 ようやく笑いが収まった国王の合図で、サビーネちゃんが短剣を受け取ろうとしている。

 あ、お祝いにちょっとサービスしてあげよう。


「サビーネちゃん、サビーネちゃんは私に渡してくれたでしょ。今度はお姉様にもさせてあげようよ」

「あ、うん、そうだね!」

 姉思いのサビーネちゃんは、大好きなねえさまにもさせてあげようと、王様の斜め後方に王妃様や王子様達と一緒に座っている、ちぃねえさまこと、二の姫様を手招きした。うん、名前は知らないよ、勿論。


 え、私?、という顔で少し驚いたあと、席から立ち上がろうとする二の姫様。17~18の美姫からの手渡し。今までの精悍な顔を緩ませて顔を赤くするアレクシス様。うんうん、喜んでる喜んでる! サビーネちゃんはとっても可愛いけど、やっぱり健全な男子にはね。


 その時突然、二の姫様を制して上ねえさまこと、齢25~26に見える一の姫様が立ち上がった。あれれ、という顔の二の姫様を尻目に、さっさと短剣を受け取ると、ツンとした顔で少し眼を逸らせながらアレクシス様へと手渡す一の姫様。

 え~と、どうなってんの?

 とりあえず、ちょっと落胆したような顔をするな、アレクシス様。

 死にたいの?

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― 新着の感想 ―
うん。 やはりこの回が、ろうきんの『最大の山場』ですね、やはり。 とくに・・・ 》「異議あり!」 》「男爵位を与えるなどと、全く承服出来かねますな。そのような功績の者に男爵位では、他の者は何も褒賞が…
[気になる点] 荒らされた領地への支援って結局やったのかな
[一言] 絶対『おとうと』って言おうとしたよね、 …自分は『お父様』かと思いました。 バカボンのパパの本名は確か『バカボンパパ』 だったハズ。 バカボンのパパが生まれたとき、その父親が バカボンパパ…
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