288 報 復 5
「え……」
ラルシアのとんでもない発言に、分隊長が絶句して固まっていると……。
だっ!
だだっ!
数人の店員が、左右に分かれて駆け出した。
勿論、ラルシアの指示に従って王宮へと向かったのである。
「あ! ま、待て! こら、待てええええええぇ~~っっ!!」
分隊長が必死に叫ぶが、それで止まるような馬鹿はいないであろう。
「追え、取り押さえろおおぉ~~!!」
部下達にそう命令するが、既に店員達は散り散りに分かれ、それぞれ別のルートで王宮へと向かっている。……全速力で。
商店の従業員とはいえ、荷の積み下ろしや倉庫への運び込み等で身体は結構鍛えられている。
いくら兵士とはいっても、武器と防具を身に着けた状態で、全力で走る彼らに追いつけるとは思えなかった。
なので、警備兵達は誰も走り出そうとはしなかった。
そもそも、もし追いつけたところで、何もしていない普通の王都民を取り押さえたりすれば、自分が処罰されることとなる。もはや先が見えている、悪事に手を染めた上官の指示に従って自分の一生を棒に振るのは真っ平であった。
そして兵士達の、上官に対する思いはひとつであった。
(((((……もう遅い!)))))
分隊長の言葉など全く聞く様子がなく、ただ自分の言い分を大声で叫ぶだけのラルシアは、警備隊の行動理由を勝手に決めつけて、既成事実として弾劾し続けている。
……もう、滅茶苦茶であった。
そして、警備兵達は考えた。
この分隊長の未来は既に決まった。決まってしまった。
今回の、ここでの発言。そして当然調査され露見するであろう、今までの悪事。
それに対して、自分達はここでは何も発言していないし、悪事も行っていない。ただ、分隊長に指示されてここへついてきただけである。
そして、明らかに違法な命令に対して異議を示し、それを拒否した。
これは、処分を受ける危険を冒してでも正義を貫き警備隊の威容を示した、として、違法行為を続けていた上官達の処分に巻き込まれることなく、逃げ延びられる可能性があるのではないか、と……。
明らかに無実である被害者側を捕らえようとする、このような胸くその悪い仕事に連れ出されて不愉快な思いをしていた警備隊の兵士達は、思わぬ『自分達は抗議しました』と言い張れるネタを手にすることができて、内心、ホッとしていた。
* *
(計画通り……)
隅の方に固まっている従業員達の中で、にやりと嗤う私。
うん、カラーウイッグを付けて、お化粧で肌の色を少し変えた私は、従業員のお仕着せを着てみんなの中に紛れ込んでいた。
勿論、いざとなれば『この紋所が目に入らぬか!』って出ていって、ラルシアを護るために。
なぜ貴族の娘が従業員の恰好を、とか言われたら、面白そうだから社会経験としてやらせてもらっていた、と答えれば済むことだ。貴族のお嬢様が我が儘で、退屈凌ぎに平民の振りをして周りを振り回すというのは、『貴族の娘、あるある話』であり、疑う理由はないからね。
貴族であることの証明は、本国は遠いからヴァネル王国の王宮か上級貴族に確認してくれ、と言えば済むだろう。
ま、現在王族や貴族が注目しているラルシア貿易の商会主が保証するなら、疑われることはないだろうけどね。
……何しろ、平民がそんな嘘を吐けば、関係者全員が打ち首、お家お取り潰しの上、私財没収は間違いないからねぇ。
いや、たとえ貴族であっても、ただでは済まないか……。
そして逆に、それが分かっていて、つまり私やラルシアが嘘を吐き爵位詐称をしているという確率はとてつもなく低いということを承知で私を騙り呼ばわりし、侮辱した者がどうなるか、ということも、当然分かっているはずだ。何せ、他国の貴族家当主様にして、噂の『ヤマノ子爵領特産品』の供給元だからねぇ……。
つまり、私の身分を疑ったり否定したりする者はいない、ってことだ。馬鹿か自殺志願者でもない限り……。
王宮へと走った従業員達は止められず、部下達は命令に従わず、そして全てを目撃していた大勢の王都民達。そして更に増え続ける群衆の冷たい目は、分隊長に注がれている。
これでラルシアの強制連行を続行できたなら、ある意味、尊敬に値する。
……その馬鹿さ加減と、勇気に対して。
そして勿論、分隊長は馬鹿でも勇者でもなかったらしく、部下と共に慌てて去っていった。
部下達も、撤収の命令には素直に従ったようだ。
いきなり王宮へ押し掛けた従業員達も、別に捕らえられたりはしていないはずだ。
ラルシアが『王宮へ知らせに行け』と命じた場合、どのように行動するかは、事前にちゃんと教え込んである。門衛に止められた場合にどういう説明をするか、そしてどれくらいの大声で騒ぐか、駆け付けてきた他の兵士や文官達にどう説明するかを、きちんと……。
ラルシアが命じた時に、分散して走り去ったのも、事前教育の賜物だ。でないと、咄嗟にあんな反応はできないだろう。
そして勿論、王宮側には私とラルシアが事前に根回しをしておいた。
いや、もし根回しをしていなかったとしても、結構名が売れているラルシア貿易の従業員が主の危機を告げて救援を求めたならば。しかもそれが、警備隊による衆人環視の場での不法行為とあらば、事情確認のための兵は出してもらえるはずだ。下手をすれば王都の治安を守る警備隊の信用が失墜し、大事になりかねないのだから。
そして勿論、警備隊と王都軍と近衛隊は互いにライバル心があり、酒場の女性を取り合ったり、縄張り意識があったりして、あまり仲が良くないらしい。
……仕事上の担当範囲の境目があやふやな類似業種、あるあるである。
更に、それぞれの上層部や、管轄部署を仕切る貴族達の思惑や利害関係が絡み……。
ま、そういうわけで、ラルシア貿易の関係者が駆け込んで助けを求めれば、無視されることはないだろうということだ。たとえ事前の調整がなかったとしても。
……そして、今回はちゃんと根回しがしてある。
警備隊の上の方とは対立する貴族やら、近衛隊の上級士官やら、王都軍の士官やらに。
うん、『少ししか入荷しないヤマノ子爵領産のお酒や高級食材、化粧品等を独占販売している、ラルシア貿易』の若き少女商会主と、その友人であり卸元である異国の少女子爵の訪問(手土産と、自分達に有利な情報付き)は、効くよねえ……。
そういうわけで、何人もの貴族や文官さん、軍の高級士官や王族の人……さすがに、国王陛下とか王子殿下、王女殿下とかではなく、もっと下の人……に会えたわけだ。割と簡単に。
『いつでも会えるアイドル』ならぬ、『気軽に会える貴族・王族』である。
なので、城門の前で揉め事が起これば、すぐにその人達の息が掛かった者が駆け付けてくれることになっている。
チンケな権力を振りかざす者には、もっと上の権力をぶつけてやればいい。
虎の威を借る者には、全ての責任がその者にある、ということを大々的に公表してやればいい。
ああいう連中は、何をやっても自分が責任を問われることはない、と思っているから、馬鹿をやれるんだ。そういう奴らには、ちゃんと個人名を公表してやって、全ての責任は自分が取ることになると教えてやれば、途端におとなしくなる。
……まあ、勿論その時点では既に手遅れだけどね。
そして、そいつが何をやらかしたかを、上司にちゃんと伝えてあげる。
もし上司も同類であれば、その上司へ。
その上司も同類であれば、更にその上司へ。
それを続けていけば、いつかはまともな上司に行き当たるだろう。
もし行き当たらなければ、次は対立派閥に話を持ち込む。……勿論、ヤマノ子爵領産商品の優先販売というお土産付きで。
今回は、警備隊への情報漏洩とか、事前に対策を取られたりしないように、警備隊の上層部には一切接触していない。どのあたりまで腐敗が進んでいるか分からないからね。
もしかすると、トップまでとか、関係する貴族まで腐っている可能性もあるし。
ま、それはこの後の対処状況を見て判断しよう。
うん、ま、何とかなるなる!
お知らせです。
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