287 報 復 4
「お前が、ラルシア貿易の商店主か!」
「いえ、違いますけど?」
「え?」
ラルシアのところに来ていて、ちょっとラルシアが席を外している時に、何か来た。
兵士みたいなのが、6人。
どうやらラルシア貿易の商会主が若い女性だと聞いていたらしく、店員を押し退けて店の奥に勝手に踏み込んで、店員らしからぬ服装で椅子に腰掛けて優雅に紅茶を飲んでいた私をラルシアだと思ったらしい。
……いや、私はここの人達から見れば12歳前後に見えるはずなんだけどね……。
「じゃあ、どいつが商会主だ!」
「今、不在ですよ?」
私に聞いてきた、この6人のリーダー……分隊長か何か……らしい兵士に、そう答えてやると……。
「どこへ行った! いつ戻る!!」
「知りませんよ、他人の行動予定なんか。本人じゃないんだから……」
まぁ、礼儀も弁えない粗暴な連中に、わざわざ『すぐに戻る』とか教えてやる必要はないよね。
「こっ、このガキ! 警備隊を舐めるとどうなるか、知ってやがるのか!」
「言葉遣いが悪いですねえ……。もっと、公僕たる自覚を持った方がいいんじゃないの?」
「この野郎……。ふざけていると、痛い目に……」
「そちらこそ、他国の貴族を舐めるとどうなるか、知ってるの?」
「え……」
他国の貴族、と聞いて、途端に顔色が悪くなった分隊長さん。
まあ、いくら多少の権力があろうとも、他国の貴族の娘に暴言を吐いて喧嘩を売ったとなれば、それはマズいよねえ。下手すると、上から切り捨てられる。俗に言うところの、トカゲの尻尾切り、ってやつだ。
危なかったね、その、私の襟首に掴み掛かろうとして伸ばした右手。
もう少しで、私に触れちゃうとこだったね。
「……し、失礼しました……」
そう言って、慌てて部下と共に去って行く分隊長さん。
うん、幸いまだ互いに名乗る前だったから、自分の個人情報を知られて上の方にクレームを出されちゃ大変と、慌てて逃げ出したか。
斬首刑覚悟で貴族を詐称する者はそうそういないだろうし、私の態度と服装、そしてこの国の者とは少々異なる容貌から、私が偽貴族であるという確率はかなり低いと考えるだろう。なので、下手に疑って致命傷になるのを避けようとするのは、当たり前だ。
おそらくエノバ商会の息が掛かっているであろう警備隊の兵士達は、簡単に追い払えた。
……でも、今回はたまたま貴族の娘がいたからこうなったけれど、次は私がいない時に来て、ラルシアに対して理不尽な真似をしてくれるわけだ。
「その言葉、宣戦布告と判断する。当方に迎撃の用意あり!」
「あれ、ミツハさん、どうかしました?」
戻ってきたラルシアが、私の宣言を聞いて首を傾げている。
まあ、とっくに戦いの火蓋は切られているんだけどね。
奴らがラルシア貿易を襲ったのが、向こうからの『宣戦布告なしの、奇襲攻撃』。
私が6店舗の売り場を滅茶苦茶にしたのが、応戦しての反撃。
これで開戦、事実上の戦争状態に入ったわけだ。
あとは、本格的な戦いとなる。
その、こちらからの第一撃が、通商破壊、補給路の分断だ。
そして向こうはうちの前線基地を直接攻撃しようとしたけれど、そうは問屋が卸さない。
実は、向こうのこの一手は分かっていた。
ラルシアがたまたま席を外していたのは偶然だけど、今日警備兵が来ることは分かっていたので、私がそれに合わせてラルシア貿易を来訪していたわけだ。
うん、勿論、録音器によって入手した情報で。
警備隊本部が警戒しているかも、という心配はあったけれど、あれからもう何日も経っている。
下っ端の兵士が、何日も徹夜で張り込みを続けて、不満を抱かないわけがない。
それも、戦場での見張りとかであればともかく、化け物が出たなどという子供騙しの眉唾物の話で、となると、士気が下がるのは止められまい。
なので、早々に警戒態勢は解除されていると判断したわけだ。
それに、前回のように内部をうろつくつもりはなかった。
前回録音器を仕掛けた場所のうち、そういう話がされていた3カ所のみに絞り、転移して録音器を貼り付けて離脱、と、1回につき現場滞在時間0.2秒という早業で設置したため、人と出会う確率は非常に低く、もし見られたとしても何かをされる時間はなく、暗闇の中では目の錯覚とでも思われるだろう。
設置する場所が事前に分かっており、そこへ転移することができるならば、危険は殆どない。
そして更に、私は転移の時には黒く塗ったダンボール箱の中に入っており、転移、ダンボール箱からにゅっと手がでて録音器を貼り付け、転移、という行動により、姿を直接見られることもない。
……完璧の母!!
これによって、警備隊本部での悪だくみは、私に筒抜けだったのである。
勿論、エノバ商会の方も、定期的に録音器を交換して情報収集に努めている。
……うん、まさに、情報を制する者は世界を制す、ってやつだ。
そして、ラルシアに『敵が焦って、警備隊を使っての直接攻撃に出た』ということを説明。
ラルシアは、今更それに対してビビるようなことはない。
そう、商人にあるまじき理不尽かつ外道な攻撃を受け、自分はともかく、従業員に怪我を負わされ、……そして警備員のひとりが死んだ。
自分の夢の実現のために力を貸してくれていた、大事な仲間にして、大切な従業員が。そして警備員が。
家族を残して。想いを残して……。
「復讐の女神よ、我に御加護を……」
うん、私がスカウトしたのは、子猫じゃない。
狼の仔は今、成獣となって牙を剥く。
* *
「警備隊だ。本部まで来てもらおう」
翌日、同じ連中がラルシア貿易へやってきた。
……勿論、事前に私服の者に偵察させて、貴族の娘が来ていないことは確認済みである。
「先日の、押し込み盗賊に関することですか? もう知っていることは全てお話ししましたが……。
今は被害の対処で多忙ですので、追加の御質問でしたら、今ここでお答えしますが?」
店先にいたラルシアがそう返すと……。
「その件ではない! お前には、エノバ商会に対する妨害行為の嫌疑がかかっている。その取り調べだ!」
今日は、貴族の少女はいない。なので、いつものように高圧的な態度で強引にラルシアを連れていこうとする分隊長。
しかし……。
「え? 私は何もしていませんが……。
そもそも、いったい何があったのですか?
それは商売に関することではなく、れっきとした犯罪行為なのですか? 証拠があるのですか?
そして何か私を疑う理由でもあるのですか? 被害者が、私から怨みを買っているという自覚がある人だとか……。
私から怨みを買っている人って、先日うちを襲った押し込み盗賊一味だけなんですけど、エノバ商会がうちから怨みを買っていると自覚しているってことは、もしかして押し込み強盗の黒幕か何かなのですか?
そしてその使い走りをするということは、警備隊の人達も押し込み盗賊のお仲間ってことなんですか!」
「なっ……」
ラルシアは、店先にいた。
そして、大声で喋っていた。よく通る声で……。
「これは、すぐに王宮の方々にお知らせしなければ! 誰か、王宮に連絡を! 警備隊担当の貴族の方や、王都軍の方々にもお知らせを!!」
そして当然、何事かと集まってきた人達は、その全てを耳にした。
ざわ……
ざわざわ……
どんな貴族にも、敵対者というものがいる。
派閥だとか、領地の特産品が被っているため利害関係で対立しているとか、過去の因縁だとか……。
なので、自分の担当業務における不手際や醜聞が大々的に流布されると、非常に困ったことになる。それがたとえ、デマやただの噂話であったとしても。
それが、正規の手順で上申された訴えであれば。
しかもその上申者が、現在貴族や王族のお気に入り商品であるヤマノ子爵領産の商品を供給することができる、この国唯一の商会であるとすれば……。
高級酒や珍味を求める貴族や王族が。
ごく僅かしか出回っていない、ヤマノ子爵領産の化粧品やアクセサリーを求めるその妻や娘達からの矢のような催促を受けている彼らが。
果たして、ラルシア貿易を攻撃し、敵に回すことができるかどうか……。
普通であれば、問題のある発言をする者はプチッと潰せば良いが、今回は少しマズかった。
なので自分の身を守らねばならない貴族は、今回は他の方法で噂の沈静化に努めるであろう。
……そう、告発者ではなく、その原因となった者達の方を切り捨てる、という形で……。
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