27 姫巫女の出陣
アレクシス様には、ここはミツハの母国であり、優れた技術で治療するから医者の身振り手振りの指示に黙って従うよう念を押した。ミツハは数日で戻ってくること、治療が一段落したら一緒に王国に帰ることを伝えると、安心して眠ったようだ。
ミツハも矢弾を抜いて縫合して貰った。そのうち跡形もなく治るのが保証されているというのはいい。うん、実にいい。
傭兵団は緊急招集がかけられた。休暇中の者もいるので。今回、基本的に参加は本人の自由。総員59名のうち、何人が参加してくれるか…。
団のみんなは準備にかかっている。武器や車両の点検、弾薬の追加補充。元々充分な備蓄はあったが、どうせ消費分はあとで補充が必要になるのだからと、念のため先行して多めに購入している。
合間を縫って、ミツハは様々な説明を行った。オークは拳銃弾1発では無力化できないかも知れないこと、オーガ以上には拳銃および拳銃弾を使用するサブマシンガン、もしかするとアサルトライフルの5.56ミリも厳しいかも知れないこと。ミツハも実際にそれらの魔物を撃った経験があるわけではないが、スヴェンさん達から聞いた話などからの推測である。
もう、傭兵団のみんなには行き先がこの世界ではないということはバレバレであった。これまでのミツハの現れ方や言動も結構怪しかったが、今回の登場にインパクトがあり過ぎた。
だが、何となく『やっぱりな』という雰囲気で、深く突っ込む者もいなかった。依頼人のプライベートに踏み込まない。秘密厳守。このあたりも、スヴェン達とよく似ていたのである。
そしてミツハの出現から1日半後、午前5時。
傭兵団ウルフファングのホームベース、車両格納庫前広場。
整列した57名の男達と、その前で壇上に立つひとりの少女。
白いドレスにガンベルト。右の腰には93R。左腕を吊っているのでリボルバーや短剣はなし。代わりにたくさんの予備弾倉。左腕は手首から先は動かせるので弾倉交換はなんとかできる。
少女は右手を挙げ、場が静まると手を下げて声をあげた。
「諸君、戦争の時間だ!」
「敵は2万、我らは58人。与えられしは危険に満ちた任務、報酬はいくばくかの金貨、名誉と誇り、そして人々からの感謝の言葉」
ミツハの演説が続く。
「戦争など、どちらも自分の正しさを主張する。どっちもどっち、そこに正義などありはしない。カネと権力の奪い合い。そして犠牲になるのはいつも庶民だ。
だが、今回は違う! 任務は条約を破り一方的に攻め込んだ敵兵と魔物の群れから王都の民を守るための防衛戦!」
ミツハは一拍の間を取ってから叫ぶ。
「私はここに断言しよう! 我らこそが、絶対の正義であると!!」
おおおおお!
盛り上がる傭兵達。
「私は10分間ほど席を外そう。今回の任務を辞退する者は、その間に立ち去ってくれ。残ってくれた者は、その後戦場へと向かう。諸君の勇気に期待する」
そう言うと、ミツハはその場を離れ建物にはいった。
そして10分後。
休暇で遠方に行っていたため元々この場に間に合わなかった2名を除き、傭兵団ウルフファング57名、全員が整列していた。
「搭乗!」
「すげえよ、嬢ちゃん……」
演説の冒頭に南極探検隊の隊員募集広告のパクリがあったが、それを知らない隊長はミツハの煽動者としての才能に感心していた。
傭兵団ウルフファングは何台かの車両を保有していた。軽装甲機動車。重機関銃を積んだジープ。幌付きトラック。そして『神』。
『神』とは、傭兵団ウルフファングにとって絶対の信仰の対象であった。
傭兵団がまだ少人数の名も無き傭兵チームであった時、彼らはある戦場で雇い主である政府軍に殿軍を押し付けられた。文句は言えない。傭兵とはそういうものであるのだ。
傭兵を庇って自らを犠牲にする正規軍など存在しない。正規軍の兵士にとって、自国のために身を捧げる自分達とは違い正義も信念もなくただカネのために戦う傭兵は軽蔑の対象であった。
明日は敵側に雇われて自分達に牙を剥くかも知れない節操なし。味方の間は敵対しない。ただそれだけであり、その死には何も感じない。崇高な使命を帯びた自分達の盾となって死ねれば光栄であろう。と、まぁそんな感じであった。そして正規軍は殿軍どころか傭兵を囮の捨て駒としてさっさと戦場から離脱した。
輸送車両もなく、軽装甲車まで繰り出して追撃する反政府軍に追いつかれ、もはやこれまで、と諦めかけた時。そこに神は降臨なされた。
岩に乗り上げたまま放置されたハーフトラック。そしてその荷台に搭載された20ミリ機関砲。藁にも縋る思いで確認すると、簡単な電気系統の応急処置でエンジンがかかり、機関砲もまた使用可能であった。
ハーフトラックを乗り上げた岩から降ろし岩陰に隠して隠蔽、追跡する反政府軍を待ち伏せた。
唸る20ミリ機関砲。神の咆哮、怒りの鉄槌。トラックの車体も、軽装甲車の装甲板でさえ叩いて砕く20ミリの爆裂弾。
そして傭兵達は生き延び、多大な労苦と経費を掛けてその御神体を持ち帰った。
対空、対地と相手を選ばず噛み砕く我らの牙。
そして、彼らは『ウルフファング』を名乗ることとなった。
まだ、今の隊長がTACネームで呼んで貰えず『若いの』と呼ばれていた頃のことであった。
『神』が久し振りに出撃なさる。
ちらりとミツハの方を見て、隊長は思った。
しかも、今回は天使も付いてやがる、と。
隊長は勝利を確信した。
次の瞬間、広場には人の姿はなく、空いた空間に空気が流れ込みヒュウと風が吹いた。
その兵士は命令を受け中庭を監視していた。
決して目を離すな。そう言われて監視を交代してからもうどれだけの時間が過ぎただろうか。中庭など見張って何の意味がある? 敵は城壁外にいるのだろう? もう夜明けも近い…。
眠気でふっと意識が飛びかけたその時、空気が押しのけられてヒュウと風が吹いた。
兵士がはっと目をあけると、そこには異形の大きな獣の群れ。獣の一匹には、白いドレスの少女が乗っていた。
「狼の牙、見参!」
少女の声が夜の闇に響いた。
知らせを受けて総指揮官アイブリンガー侯爵と参謀達が駆けつけた時、ミツハは膝から上を軽装甲機動車の上部ハッチから乗り出した状態を保っていた。この姿勢、少し脚がキツい。
「配置に就きます。夜明けと共に主力は正門から出撃、敵を蹴散らします。皆さんは籠城して各門の護りを。こちらからも各門にサポートを出します」
「なっ!」
驚く侯爵達を置いて、狼たちは配置に就く。事前の打合せ通りに南の正門以外の3つの門には6人ずつを派遣する。個人装備の他に重機関銃と擲弾筒、その弾薬も運ぶため車両で回る。その後、全ての車両は大通りを通り南にある正門の前へ。街を走り回る車両の音に驚き家々から出てきた住民たちが集まって来る。
「エンジン停止」
喉の無線用マイクを通したミツハの指示に、あたりが静けさを取り戻した。
そしてスピーカーのマイクを手にしたミツハの声が街に響く。
「諸君! 私はこの国が好きだ!」
こちらの言葉が分からないウルフファングの面々は、ミツハが何を言っているのか分からない。幸運であった。
「諸君、私はこの国が好きだ! この街が好きだ、この街に住む人々が好きだ。だから、この手を血に染める。『ウルフファング、出撃!』」
最後の言葉は英語だったので、各車両はエンジンを再起動してゆっくりと前進を再開する。
「門を開けぇ~!」
この状況で開かないわけには行かない。門番達はあわてて門を開く。
車両はゆっくりと門をくぐり外へと進む。先程のまま膝から上をハッチから乗り出したままのミツハの白いドレスの裾が風にはためく。
「おお、おお! 雷の姫巫女様の御出陣じゃあ……」
「知っているのか、ライデンじいさん!」
老人の呟きに、訊ねる若者。
「ああ、ワシは見たんじゃ。路地裏で三の姫様が襲われている時、雷を降らせて姫様をお助けなさった姫巫女さまの姿を! 確かに、雷の姫巫女と御名乗りなさった。壁の隙間から、ワシは確かに見たんじゃ!」
姫巫女さま……
雷の姫巫女さま………
姫巫女さまが、俺たちのために戦いに行かれる………
ざわざわとする中、しだいに増えてゆく群衆に広まり続ける言葉。
段々とそれは叫び声となってゆく。
「姫巫女さま、ばんざ~い!」
「雷の姫巫女さま、ばんざ~い!」
「ここじゃ見えん! 防壁の上に上がるぞ!!」
(後方から、なにやら不穏な言葉が聞こえてくるような……。
いや、きっと気のせいだ。聞こえない聞こえない!)
ミツハは両耳を塞ごうとしたが、生憎左腕は使えなかった。
ウルフファングの面々はやはり言葉が分からないので何も気にしていなかった。幸いであった。
敵軍前線司令部。
そろそろ夜明けである。攻撃開始を命令すべく立ち上がった侵攻軍総司令官は、王都正門を見て訝しんだ。
「正門が開いている、だと…」
ここでは、籠城戦に決まっている。この状況で防衛側としては他に選択肢はない。数日粘れば援軍が到着するのだから。
こちらの隠し球を知らない以上、援軍到着までの籠城は可能だと判断するのは間違いない。まさか、打って出るなどという馬鹿なことは…。
もし敵の指揮官の暗殺に成功していたならばともかく、失敗した今、それはあり得ない。
総司令官が疑問に思う間にも敵は門から出て進撃、ある程度進んだところで停止した。門は再び閉じられる。
「何だあれは?」
門から出てきたのは、馬がついていない馬車のようなものが数台。
人力で押しているのか? 時間稼ぎの捨て駒か、交渉のための使者か?
時間稼ぎに付き合ってやるつもりはないが、作法に則り口上交換は行うか…。
「おい、口上交換だ。手早く済ませろ」
「は!」
総司令官の指示に、担当の貴族が直ちに準備し騎乗した。
「何か来たなぁ。『狙撃手、狙撃用意。目標、突出した敵騎乗兵』」
ミツハは咽喉マイクによる無線で防壁上に位置取った狙撃手に指示を出した。
騎乗兵は車両群まで100メートルくらいの位置で停止し、そのまま大声で口上を述べ始める。
「我こそは栄えあるアルダー帝国が貴族、トルステン・フォン・ロッツ伯爵である! この度の我が帝国による…」
『ただちに射殺』
タァーン…
落馬する敵騎乗兵。
「なっ……。口上の使者を手に掛けるとは、名誉も誇りも無いのか、蛮人がっ!!」
怒りに顔を赤くする総司令官。
その時、スピーカーからミツハの声が流された。2万の帝国兵士はおろか、王都の隅々まで届く大音量である。
「名誉も誇りも捨てた帝国兵士に告ぐ」
「な、何をっ!!」
自分の言葉を返されたようで、怒りに震える総司令官。
ミツハの言葉が続く。
「一方的に条約を破り、裏切り者の手引きで我が国にこそこそと忍び入り、魔物と手を組んで一般の平民を殺し略奪に来た盗賊風情に、名誉や誇りを口にする資格などない!
神はお怒りである。いかに勇敢に戦おうとも、いかに手柄を立てようとも、帝国兵士は神の許に召されることはない。皆全て、地獄に堕ちるのだ!」
反論したくとも、叫んでいるわけでもないのに全ての兵士に届くほどの大声である少女の声に太刀打ちできない。総司令官がいくら叫んでも近くの兵士にしか届くまい。歯噛みして悔しがるが、どうにもできない。
ミツハの声は続く。
「なぜ私がそう断言できるのか、知りたいか? それはな、私がそう決めたからだよ! 神の怒りを見るが良い!」
『重機1番、10時から14時、5秒で掃射。撃て!』
喉の無線マイクで指示を出すミツハ。
ズドドドドドドドドドドド
兵士達が聞いたこともない轟音が轟き、僅か数秒の間に数十の兵士が千切れ、吹き飛び、肉片が飛び散った。
ギャアアアアァァァ
地獄はあったのだ。そう、この世界に。
「な、なん、何がいったい…」
言葉を失う総司令官。現実が理解出来ず、頭と心がついて行かない。
『嬢ちゃん、魔物の方、なんか種類別に人間がひとりずつ側についてるみたいなんだが…』
『それ、順次射殺』
『了解』
タァーン、タァーン、タァァン…
響く銃声。
「攻撃だ! 魔物を突っ込ませろ! 勢いで押しつぶせ!! それに続いて徴募兵を突入させろ!」
我に返った総司令官が指示を飛ばすが、自軍の動きが悪い。
「どうした、急げ! またあの攻撃が来たらどうする!」
「し、司令官、魔物担当士官が、ぜ、全員倒れております!」
「何だとぉ!!」
あのお方の御尽力で、厳しい訓練を重ねた末にやっとそれぞれの魔物に身振りと発声による簡単な意思の伝達ができるようになったというのに。替えの利かない貴重な人材が…。
多くの兵士が魔物に殺され、それでもあきらめずに努力した、文字通りの血の結晶が、活躍もせぬ間に壊滅だとォ?
『総員下車、分隊火器展開』
車載兵器等の担当者以外がトラックや軽装甲機動車から降りて展開、軽機関銃座を設置する。各員、アサルトライフルを構える。
「力ずくで魔物を押し出せ! いったん勢いがつけば雪崩れ込む! 徴募兵も行かせろ! どうせ使い捨ての農民どもだ!」
『軽機、魔物を軽くひと撫で。そのあと兵士を。アサルトライフルと一緒に職業兵士らしき者を集中的に攻撃。農民ぽいのや魔物は突っ込んでくるやつだけ』
『え、魔物もパスか?』
『うん、騙された、二度と人間なんか信用しない、と人間不信になった魔物を帝国領に押し返す。できればついでにこっちの森とかにいる魔物も一緒にくっつけて。帰路、敵の兵士をたくさん食べてくれるよ。無理矢理徴兵された農民も、二度と帝国の挙兵に応じないようにたっぷり恐怖を刷り込んで、帝国への怒りと憎しみを植え込むよ』
『嬢ちゃん、ひとつ言っていいか?』
『うん、なに?』
『ドン引きだよ!!』
タタタタタタタ
ドタタタタタタタタタ
ドドドドドドドドドドドドド
銃声が響き渡る。命令を出しているらしき者、装備が立派な者、騎乗している者等、頭から潰していく。特に中間層、地球の軍隊で下士官に当たる層を潰すと軍は動かなくなる。強制徴募されて安物の槍を渡されただけの農民兵など前へ進もうとはしなくなる。魔物も、出れば死ぬと分かり、命令する者もいなくなった今、帰りたい、というようにそわそわするだけであった。
なにも、2万の兵を全滅させる必要はない。敗走させ、追い返せばいいのである。地球の戦争でも、殆どの兵士が本当に死ぬような戦いは非常に稀であり、5割近くもが戦死すると『壊滅』と言われ戦いは終わる。普通はもっと早い段階、3割程度の時に敗北と判断して終わるのである。とにかく専門家、職業軍人を潰す。
あ、傭兵とかも混じってるのかなぁ。ごめんね、せっかく仕事ができて稼げるチャンスだったのに。農民に較べて装備もいいし戦いに慣れた動きをするから、優先目標になっちゃうよねぇ。
あ、スヴェンさん達も雇われてるかな。そっちは戦闘なしで依頼料だけ貰えてラッキー、かな。追撃でもっと稼げるかも。
うん、上の指揮官が押し止めてるみたいだけど、じわじわ下がり始めたような……って、何か来た!
「来たか! これで反撃だ!」
敵軍の総司令官は、後方の空を見上げて叫んだ。
空に見えるのは、ワイバーンの群れ。その数、36頭。
総司令官の心中に、積年の思いが巡る。
何人もの兵士や傭兵が殺されながらもワイバーンの巣から卵を盗み、孵化させた。初めは孵化に失敗したり、雛の間に死なせた。また、多くの犠牲を払って卵を集めた。若鳥の時に兵士が喰われた。やっと乗れたら上空で振り落とされた。
何百人もの犠牲と、二十数年の長い年月をかけて、ようやく成し遂げたこの偉業! 屈強な兵士とワイバーンが心を通わせ一体化した、世界で最初の空中騎兵! 戦闘用の剣と長槍、空中からの投擲用の短槍数本を装備した無敵の力。敵の中枢に短槍の雨を降らせ、門の内側に降下して槍と剣、そしてワイバーンの強力な爪とクチバシで敵を寄せ付けず門を開いて味方を雪崩れ込ませる。
完璧だ! ああ、その、世界初の快挙をこの目で見ることができるとは……。
『神様、出番です!』
『了解!』
ドドドドドドドドドドドドドドドド
「…………え?」
数秒。
僅か数秒で、二十数年の血と汗と涙と膨大な予算の結晶が。
肉片に。
にくへんに…………
崩れ落ちた。
泣いた。
まだ俺たちの戦いはこれからだ。それは分かっている。
しかし、先輩が。士官課程の同期が。可愛がっていた後輩が。仲の良かった従兄弟が。命を捧げて礎となった、空中騎兵の全てが。僅か数秒で。
すまん。少しだけ泣かせてくれ…。
どすんどすんどすんどすん……
地面を響かせて、後方から巨体が姿を現した。
「何をやっておるのだ、下等生物が…」
竜。しかも、ヒトを遥かに超える知性を持ち魔力のブレスを吐く竜。
古竜。
それが、3頭。
帝国が無謀な侵略に踏み切った理由であった。




