263 学 者 2
今回、あのヘリでの偵察の時にこっそりと連絡先を教えてもらった年配の学者先生に繋ぎを取ったのは、私が提供するものの正確な価値を確認しておきたかったからだ。これを把握しておかないと、こちらの『売り物』を無駄に消費してしまうから。
うん、金や宝石を流出させたくない以上、うちの最大の商品は、『異世界の素材』であり、そしてそれはある程度出回ると急激に商品価値が低下する。
……つまり、高い価値を持つものとして利用できるのには、種類と量が限られる、ってことだ。無駄に使うわけにはいかない。
なので、そのあたりを正確に把握しておきたかったんだけど……。
ウルフファングは、信用はできるんだけど、みんな学者でも商人でも政治家でもないから、そういうのを聞くには不適だ。
ドラゴンの素材の時は、売り手市場であり、売り手の言いなりでの取り引きだったから何とかなったらしいけれど、あれが世間……学術界、経済界、政治業界とか……で普通に交渉したり取り引きした場合はどれくらいの価値だったのか、とかいうのは、サッパリだろうからね。
それに、ウルフファングのみんなが売ったのは、ドラゴンの時だけだ。
その他は、私がお礼だとか取り引き材料とかで提供しただけで、お金で売ったわけじゃないから、相場が分からないのだ。
……イセコンの出席者である外交官とか、大企業の人とかに聞く?
ははは……。
そんな連中が言うことが、信用できるもんか。
特に、こっちが何も知らない、完全に『無知な、ど素人』だと知られている時には。
そういうわけで、この学者先生との情報交換の場を設けたわけだ。
……この相手を信用できるのか、って?
もし今、私に嘘を吐いたら。
そして、もしあとでそれがバレたら。
私は、もう二度とこの人の国には頼み事はしないし、異世界素材の提供も、今回のような『情報の提供』もしない。そして、そうなった理由を、政府の人にも、軍の人にも、……そして他の学者さん達にもちゃんと説明する。事情説明もなしにいきなり縁切りするのは申し訳ないからね。
そして、『その場合には、私がそうするであろうこと』を、頭のいい学者先生は、勿論察しているだろう。私が、それを知っているからこそ、学者先生が話すことを信じている、ということも。
だから、私は学者先生が言うことをある程度信じるし、学者先生は『バレたら困るような』嘘は吐かない。
……そう、『ある程度信じる』、だ。全て信じるほどの馬鹿じゃない。
「で、次はこっちのターンでいいかな?」
「あ、はい……」
うん、世の中、ギブアンドテイク。こっちが聞くばかりじゃなくて、向こうの質問にも答えなきゃ。これは、対等な立場での情報交換の場なんだから……。
* *
「では、殿下の世界は環境条件は地球に酷似しているものの、全く同じというわけではない、と……」
この学者先生も異世界へ行ったし、ヘリで地上に降りたわけだから、重力、大気組成、主星(恒星)からの光のスペクトル配分とかが地球とほぼ同じだということは知っている。そして、大陸の形が地球とは異なるということも……。
でも、あそこまで生物相が地球と酷似していると、色々と想像してしまうのは当たり前だろう。それがどんなに突拍子もないことであっても、自分の眼で確認した事実がある以上、それを説明できる理論を構築しようとするのは、学者としての本能であり、自分の存在意義でもあるのだろう。
そう、あれだけ酷似していて、地球とは無関係、というのは信じがたい。
でも、その理由は、私に聞かれても分かんないよ。
「はい。私の世界より遥かに科学が進んだこちらの世界の、知識の最高峰である先生に分からないことが私達に分かろうはずもなく……。
ただ、大陸の形が異なることから、『併行世界』ではないか、もし分岐した併行世界であったとしても、分岐点はかなりの昔になるかと……」
そう、大陸の形が決まるよりずっと前で、なおかつ、大陸の形が異なるほどの大きな差異が生じる要因の発生。
……しかしそれだと、生物相の酷似の説明がつかない。
そんな昔に分岐して、ここまでそっくり同じ生物が大量に揃うものだろうか?
併行進化と言っても、限度がある。
「うむむ……。やはり、比較的最近、大規模な……大陸レベルでの混交が……」
こういう時に学者が言う『比較的最近』というのは、数万年とか、数十万年とかのことである。
……どこが『最近』やねん!
まぁ、この話題は、いくら考えても無駄だ。確認のしようがない。
砂浜を掘って自由の女神でも出てきたら話が変わるけど……。
「で、あのアノマロカリスのようなもの、ハルキゲニアのようなもの、とかの存在状況は……」
ああ、この前、偵察飛行のお礼に渡したやつか……。
「あちこちに、普通にいますよ? 食べられる部分が少ないし、一度に大量に獲れるわけじゃないから、それを専門に獲る漁師はいないけど、たまたま獲れれば食べる、って感じで……」
「たっ、食べる!!」
愕然とした様子の、学者先生。
そりゃまぁ、地球において、獲れたシーラカンスを活け作りや寿司にして食べた、とかいうのを遥かに越える暴挙に思えるよねぇ。
あ、今なら、例のドラゴンの肉をステーキにして食べた、って感じか。
でも、向こうじゃ、地球での車エビ程度の扱いだしなぁ……。そりゃ、獲れれば食べるよ。貴重なタンパク源なんだから……。
それから暫く、色々と有意義な情報交換をして……。
「このような有意義な時間を過ごせたのは、何年振りであろうか……。いや、実に楽しかった。感謝するぞ……」
「いえいえ、こちらこそ、色々と教えていただいて、大助かりですよ。
……で、私にこんなに色々と教えて大丈夫なんですか? 国益に反する、とかいう観点で……。
それに、私と会ったこととか、この会談の内容とかを上に報告しなくていいんですか?」
うん、できれば報告されたくはないけれど、別に報告されて困るようなことを喋ったわけじゃない。
学者先生にも立場というものがあるだろうし、国を裏切った非国民だ、などといって糾弾されたら申し訳ない。だから、情報関係の黒服の人達に問い詰められた場合、全部喋ってもらっても構わないんだけど……。
「ああ、問題ない。別に儂は国家公務員というわけではないからな。
ただの学者であり、調査飛行や採取物の調査研究は、ただの依頼仕事に過ぎん。
プライベートな時間に儂が誰と会おうが、そしてどんな研究をしようが、誰にも文句を言われる筋合いはない。勿論、報告の義務とかもない」
あ~、そういうもんか。でも……。
「別に喋られて困るようなことは言ってないから、もしもの時は遠慮なく囀ってくださって結構ですからね!」
「囀る……。これはまた、面白い表現を……」
ありゃ? 私の脳内の自動翻訳機能、直訳してるのかな? それとも、意訳?
まぁ、ちょっと馬鹿にした言い方だからね、失礼だったか……。
「じゃが、あまりにも話の内容が筒抜けじゃと、次はもう会ってくれんかったり、会ってはくれても話の内容が制限されたりする可能性があるじゃろう? 事実がどうあれ、儂が少しでもその可能性があると思っている時点で、『囀る』確率はゼロに決まっとろうが!」
……確かに……。
残り時間が短い老学者にとって、何が最優先事項か。
ま、色々あるだろう。




