25 オーバーキル
「ミツハの料理が食べられるというのはここですか!」
料理店主が固まり、衛兵もどうしようかと困惑する中、突然乱暴にドアが開けられ飛び込んできた少女。
「あ、ミツハ!」
「ベアトリスちゃん…」
引き続き店内にはいってくるボーゼス伯爵様とイリス様、アレクシス様にテオドール様。
みんな、ちゃんと並ばないと…、って、無理か。他の貴族っぽい人達は平民を装っているけど、伯爵様たちはギンギンの貴族服だもんね、誰も文句言えないわ、そりゃ。
あ、貴族っぽい人、顔を逸らせた。伯爵家のみなさんとお知り合いですか、そうですか。
「あ~、ベルントさん、すみません。知り合いなんで、先に案内していいですか」
カクカクと頷くベルントさん。
「娘が働いているのはここか?」
再び開けられたドアから入って来たのは……。
「あ、王様」
ミツハの声を聞いて、ベルントさんが倒れた。
右腕、大丈夫?
いや、接客4人って言ったでしょ。シュテラさん、グリットさん、イルゼちゃんと、あとひとり。
うん、サビーネちゃんが何日も遊びに来ずに我慢できるとでも?
毎日来てたよ、この店に。忙しいから料理を運ぶお手伝いとかして貰ってた。結構楽しんでたみたい。気に入ったお客さんの席に座り込んで話したり、料理分けて貰ったりと、もうやり放題。お客さんも喜んでたからいいんだけど。
まぁ、あんな可愛い女の子に『おじさま~』なんて甘えられて嫌がる男はいないわな。やっぱり顔か! 女は顔なのか!!
しかしサビーネちゃん、貴族っぽい人とお話しした後になんかメモしてるけど、あれ何? ちょっと怖いよ、お姉ちゃん。
そして、流石は衛兵さん! お城の衛兵さんと違って街中の警備や治安維持の衛兵さん達は平民で立場も低く練度も低い、と聞いていたけど、バッと王様の左右に走って警護位置についたよね。宰相様と一緒に王様のあとに続いてはいってきた渋い王宮衛兵のおじさんがうんうんと頷いてるよ。これが機会で出世できるといいね。
あ、そうだ。
「ねえ、衛兵さん。ベルントさんが襲われたんだけど、なんかただの暴漢じゃないかも。調べて貰えませんか?」
そう言って、視線を街の衛兵さんから床にへたり込んだ料理店主へと移す。ミツハの言葉に、王様は逆に料理店主を見てから衛兵さんへと視線を移し、軽く頷いた。
「はっ、直ちに!!」
緊張して答える、街の衛兵さん。
そりゃ、拒否できないよね~。うん、出世のチャンスが更に広がったよ! ガンバ!!
料理店主は、元店員と一緒にふたりの衛兵さんが連れて帰った。多分、自宅ではなく衛兵詰所の方へ。王様の警備はちゃんと店の外に待機してたし、渋いおじさんがそう指示したので。
元店員、料理人として絶対にやってはならないことをやっちゃったらしい。『師匠への恩、仲間との絆、後輩への慈愛』というやつ。この中でも最も重視される、『師匠への恩』、これを裏切っては、少なくとももう王都ではまともな料理店や貴族邸には雇って貰えないとか。料理人の間のネットワーク、すげぇ。
まぁ、これで少なくとも連中が『楽園亭』に手出しすることはもうないだろう。貴族が贔屓にしていて、王様が顔を出して、王女様が給仕をしている店………、ねぇよ! そんな店、どこにあるんだよ!! ……ここですか、そうですか。
いや、ここまでの予定はなかったよ! 本当だよ!
オーバーキルですか、そうですか。
死刑にならなきゃいいね、あの料理店の店主さん。
え、料理は私が作ったのでないとダメですか、ベアトリスちゃん。アレ・テオコンビもそうですか。サビーネちゃんは王様達と一緒にお客様としての御注文ですか、そうですか。ちゃんとお金取りますよ、王様から。特別に、オムライスとハンバーグ使ってお子様ランチ作ってあげましょうかね。
……失敗した。それを見たみんながお子様ランチの注文を始めた。作るの面倒なんだよ、お子様ランチ! それに、そもそもメニューに載ってないでしょうが!
「で、依頼は失敗、ということですかね」
アリーナさんの言葉に、ミツハは呆然。
「な、何で……」
「ゴールインはどうしたんですか、ゴールインは!」
「あ………」
忘れてた。
「王様、ちょっと仲人1件お願いできませんか」
「やめろおぉ~~~」
必死で止めるベルントさん。
うんうん、父親は娘を嫁に出したくないもんだよねぇ。
え、違う? 婿取りだからそれはいい? 止める理由はそんな平和な理由じゃねぇ? 何ですか、いったい…。
ヤマノ料理が出て、貴族がお忍びで通い、たまに王様が様子を見に来たり王女様が給仕をしたりするだけの、ごく普通の街の食堂、『楽園亭』。
今日も満員御礼、長蛇の列。早く店員雇った方がいいよ。倒れるよ。
あんまり儲からなかった。
そりゃそうか、経営苦しくて依頼したのに、そんなに払えるわけがない。グリットさんとイルゼちゃんにバイト代…じゃなく、依頼料払ったり、ちょっとした経費とか払ったら、金貨1枚ちょっとしか残らなかったよ。
ま、楽しかったからいいや。この金貨は貯金穴に入れておこう。眼鏡売ったお金とは値打ちが違うからね、うん。
サビーネちゃんはお客さんの相手をするのが気に入ったのか、たまに無償で手伝いに行っている。あ、お客さんからのチップや料理のお裾分けはしっかり貰ってて、割と貯め込んでいる。サビーネちゃんおねだり上手いからねぇ、チップも食べ物も。
護衛はちゃんとついてるよ。店内に客の振りをした人、店外に変装して散歩や休憩の振りをした人達が。
傭兵のふたりは契約期間が過ぎて元の仕事に。いや、あのふたりなら店員としてやって行けそうだけど、それでは残された男連中が不憫すぎる。依頼料以外にチップによる収入が多くて、結構稼げたらしいけど。
顔か! やっぱり顔なのか!! あ、私はずっと厨房だったから貰えなかっただけですか、そうですか。ちょっと安心しました。
「で、結局何も判らんか」
「はい、そうでございますね…」
ここは王宮内、王の執務室。執務席に座る国王の前には、宰相のザールが立っている。
「ある日突然ボーゼス伯爵領に姿を現し、ひとりで狼の群れを殲滅し村娘を救助。大怪我をするも無事回復、その後ボーゼス伯爵家と知己を得、王都でおかしな店を開いて今に至る、か」
「はい。しかも出所不明の商品、優れた知識、ライナー子爵家息女のデビュタントを仕切ったその手腕…、とてもどこかの小国のただの貴族の娘とは思えませんな」
「雷の姫巫女、か……。しかし、我が国に害意はあるまい。誘拐組織壊滅の切っ掛けになったし、人助けらしき仕事をしておるようだし。娘も助けられたしな。だいぶ懐いておるようだぞ、サビーネのやつは…。お前もその眼鏡とやらは助かっておるのだろうが」
「は、確かに…」
「ま、問題はあるまい。逆に、もっと取り込む方向で考えた方が良いだろう。なにせ、」
「はい。面白い娘でございますからな」
「うむ、面白いよな、確かに」
執務室に、ははは、と愉快そうな笑い声が響いた。
「え、王様から招待状?」
「うん、近衛隊の遠征に出てた兄様と使者として隣国に行っていた上姉様が戻ってくるから、紹介したいから家族だけの食事会に来て欲しいって」
サビーネちゃんがまた厄介なモノ持って来たよ…。
だいたい、どうして王子様や王女様に紹介されなきゃならないわけ? そりゃサビーネちゃんとは縁が出来てこうなっちゃったけど、他の人は関係ないよね。ただの他人だよね。王様も、お友達のお父さんに過ぎないよね。そんな人にあんまりちょっかい出されると気持ち悪いよ。娘の友達に絡む父親とか。
でも、断ると更に面倒なことになるんだろうなぁ。何せ、王様だし。
仕方無いか。
「来たよ~」
「来たか~」
お城の門に着くと、サビーネちゃんが待っていた。いつからここで待っていたんだよ。そんなに楽しみだったのか、『お友達が家に遊びに来る』ってイベントが。まぁ、厳つい兵士のおっさんに案内されるよりずっといいけど。私が好きなのは『渋いおじさま』であって、『むさいおっさん』ではない。決して。
で、案内されて着いたのは、比較的質素な…って、前と同じ部屋だよ、ここ。うん、案外部屋数少ないのかな、王宮。
席には王様、影の薄い王妃様。いや美人さんだよ、物静かであんまり喋らないだけで。あ、夫を立てて控えめに、ですか、そうですか。そして二十歳過ぎくらいのキラキラ王子様、二十代半ばの王女様…って、こういう世界で王女様がこういう年齢で親元にいていいの? 行かず後げふんげふん、何でもありません、睨まないで下さい。くっ、貴様、月刊ニュータイプかッ!
あと、17~18くらいの王女様に、サビーネちゃん、ルーヘン君のふたり。王室勢揃いですか、そうですか。何なんだろうね、もう。値踏みするような眼だよ、上姉様とかお兄様とかは。あ、下の王女様はちぃ姉様かな。
まぁ、悪意や敵意は無さそうだからいいか。何? 可愛い末の妹がべったりだから悔しいのかな? いや、べつに望んでそうなったわけでは…。
でーぶいでーが、って何言おうとしてるの、サビーネちゃん! 言わせないよ!!
…やっと終わった。いや、興味深い話も聞けたから良かったんだけどね、この国の各地の特産とか経済とか。しかし、どうして周辺国との情勢なんかをわざわざ私に聞かせたがる、王様! 上の姫様も、なぜそこで私の意見を聞きたがる! 私はただの商売人だよ、隣国がきな臭いとか言われても、知らんがな。
そして王子、どうしてそう刃物の話題を振りたがる。テオドールの同類なのか?
今日はお店はお休み。いや、たまには休むよ。不定休。日本での用事もあるし。
しかし今日は日本へは戻らず、例のスヴェンさん達と行った森へ。
いや、隊長さん達がバーベキューやるから来い、って。うん、隊長さんだけでなく、傭兵団の他のみんなとも結構仲良しになったよ。教官役、持ち回りだからね。それに、みんな出身国ばらばらなんだけど、私がみんなの母国語で話すから喜ばれちゃってね、可愛がって貰ってるよ。
あ、考えてみれば、スヴェンさん達と職業同じだよね、傭兵団。世界が違ってもあまり変わらないなぁ。どっちもみんないい人ばかりだし。
で、まぁ、手土産でも用意しようかと。いや、鹿や猪は獲らないよ。獲れるけど、運べないからね、重くて。だからウサギでも、と。鳥はいきなり持って行っても羽を毟ったり大変だろうから。時間があれば中に野菜やらハーブやら詰めて焼いたり煮たりできるんだけど。
というわけで、獲りました、ウサギ4羽。ボウガンだけでなく、スリングショットの練習も兼ねて。片手に2羽ずつ持って、と。う、重い…。痛い、角が脚にぃ! あ、言ってなかった? ここのウサギには角がついてるの。私の頭には『ウサギ』と理解されるんだけどね。角ウサギ、とかじゃなく。
さて、傭兵団のベースのいつも人気のないところへ転移、と。
ドラム缶を切って作った何台ものバーベキュー台の中で炭が赤く燃え盛っている。うん、そろそろかな、と思っていると、嬢ちゃんの姿が見えた。来たか。何だ、その両手にぶら下げている怪しい物体は…。
「来たよ~」
「お、おぅ…」
それに、何だその格好。
どこのホビットだよ、というような、おかしな服。両腰に提げた93Rとリボルバー、ナイフに短剣。後ろ腰にはスリングショット、背中に背負ったボウガン。サラサラの黒髪に、幼い顔の11~12の可愛い少女。
……どこのエルフだよ!!
あ、そういえば、最初に日本の通貨で支払ったよな、嬢ちゃん。日本人って、ホテルや商売関係者には『妖精』って呼ばれているとか。曰く、小さくて礼儀正しくていつもにこにこしててあちこち飛び回り、彼らがいるところは栄える。でも何か嫌な目に遭うと、文句も何も言わずに姿を消して来なくなる。
ひとりが姿を消したと思ったら、あっという間にみんな居なくなる。そして彼らが姿を消したところは、大抵すぐに潰れる、とか。以前、日本通の誰かが『ザシキワラシ』とか言っていたが、何のことかは知らない。
まぁ、本業が暇な今は結構いいお得意様だ、払いは良いし揉め事も起こさない。結構面白いヤツだしな。ちっこいけど。
しかしお前、それをいったいどうしろというんだ? あくまでもウサギだと言い張るのか。あのな、ウサギには角は無いんだ、知ってるか?
喰ったよ。旨かったよ、チクショウ。
若いのがうちのホームページに写真あげやがった。嬢ちゃんの写真に、怪しい生物の写真。『エルフの王女様、怪しい角ウサギを持って俺たちのバーベキューに御来訪』とか書いて。プライバシー保護法とか知らねぇのかよ、全く。
それを見て、変なヤツらが来た。学者だとか言って、角ウサギを見せろ、とか。とっくに喰っちまったよ。生ゴミ埋めたとこ聞いて、掘り出しに行きやがった。何だよアレ。名刺置いて帰りやがった。
あと、エルフを出せ、写真を撮らせろ、って騒ぐ馬鹿。嬢ちゃんはやらねぇよ! さっさと帰れ!
こうして、私以外を除いて、平穏な日々が続いた。
あ、それは平穏な日々とは言いませんか、そうですか。




