246 それぞれの想い
隣領の若き女領主にして俺達を簡単に捕らえた『女神の御寵愛を受けし姫巫女』、ミツハ・フォン・ヤマノ子爵閣下。何でも、その想像を絶する言動から、『見た目は子供、頭脳も子供』と言われているらしいが……。
でも、まぁ、俺達には結構良くしてくれている。
普通、突然自分達の国を侵略しに来て返り討ちに遭い、捕らえられたフネの下っ端水兵なんか、奴隷扱いがいいとこで、下手すりゃ見せしめで公開処刑だ。
なのに、帰化を認められて、この国の海軍創設のための教官として高給で雇ってくれて、眼をキラキラと輝かせた若者達が『先生』、『教官』と呼んで慕ってくれて、……そして、ななな何と、素敵な女性からお付き合いを申し込まれた!!
必死でこの国の言葉を覚えて、良かった……。
仲間の中には、まだろくにここの言葉を喋れない者もいるが、俺は頑張って覚えた。自由時間にも、近所の子供達にお菓子を買ってやり、それを駄賃代わりにして話し相手をして貰ったんだよ。
他の奴らが仲間同士で酒をかっ喰らっている間にも、こつこつと勉強を続けた、その努力が報われたんだ……。
子爵閣下には、『どうしてアンタが練習相手にするのは女の子ばかりなのよ!』って因縁を付けられたけど、何かおかしいか? 誰だって、お菓子を渡して会話の練習相手になってもらうなら、男の子よりは可愛い女の子の方がいいよな? そりゃまぁ、男の子の方がいいって言うヤツもいるかもしれないけれど、俺は女の子の方がいい。別におかしくはないよな?
とにかく、故国じゃあ、下っ端水兵として安い給金で扱き使われ、女とは縁のなかったこの俺が、何と、ここじゃあ結構な高給取りで、技術職で、普通の国民として扱ってもらえるらしいのだ!
そして、田舎町であるこの辺りでは、結婚相手としてはかなりの有望株なんだとか……。
マジか!!
操船を教えるったって、俺達が直接祖国の艦隊と戦うわけじゃねぇらしいし、こんだけ遠く離れていちゃあ、互いに大艦隊を出し合っての大海戦、とかにはなるはずもねぇよな。
そもそも、相手国に辿り着けるかどうかも分かんねぇのによ……。
それに、もし母国ヴァネル王国との戦いになったとしても、俺はこの国のために戦う覚悟がある。
俺のために何もしてくれず、奴隷と大して変わらないような生活を強制しやがったヴァネル王国になんか、何の恩もない。
俺は、俺を人間として扱ってくれるこの国と、愛する女性のためなら、悪魔とだって戦える……。
そしてある日、子爵閣下から伝えられた、驚くべき情報。
あのノーラル王国がヴァネル王国に手出しして、艦隊戦が行われる確率が非常に高い、とのこと。
しかし、ヴァネル王国は遠い。ここからは、何カ月も航海しないと辿り着けない、遙か彼方だ。
そして、練度が低く、探検航海などという博打に貸し出されるような乗員と、廃艦間近だった3隻の老朽艦で、何が出来るわけでもない。
まぁ、何かを考えたところで、この距離の前には、どうしようもないがな……。
「そこで、我が国から義勇艦隊を出してヴァネル王国を支援しようかと思うのですが……」
マジかああああぁっっ!
でも、片道数カ月の距離は、どうすんだよ?
「女神様のお力で、一瞬のうちに移動します」
マジかああああぁっっ!
怖えな、女神様のお力!!
でも、ヴァネル王国とこの国は戦争中なんじゃなかったか?
「その日一日だけは、この3隻は元の所属、ヴァネル王国探検船団に戻り、ヴァネル王国のフネとして参加します。
二度とは戻れない祖国だけど、女神様のお力で、最後に一発、盛大に花火を打ち上げるつもりはない? うまくすれば、国の御家族達に何かいいことがあるかもしれないし……。
勿論、皆さんには、うちから従軍手当が出るよ」
マジかああああぁっっ!
もう、乗るしかない、この大波に!
* *
そして、指導役として数カ月振りに乗った、探検船団旗艦、カリアード。
俺の眼前で走り回り、必死に帆の操作を行う、可愛い教え子達。
俺は、何のためにここに立っている?
母国、ヴァネル王国のため?
国に残してきた両親と弟、妹達のため?
いや、違う!
俺は、ここ、ゼグレイウス王国の国民として、俺の教え子達と共に敵に立ち向かう!
この任務は、志願制だった。断ろうと思えば、何のペナルティもなく辞退できた。
でも俺は、今、ここに立っている。
この戦いは、俺が望んだもの。
以前のような、強制されて嫌々参加した戦いじゃない。
ここは、誰のものでもない。
俺の。
俺の戦場だあああぁっっ!!
* *
「……ミツハ、最近、こそこそと何をやっている?」
ある日、ボーゼス伯爵様から突然そんなことを言われた。
「え? いえ、何も……」
ヤバい。新大陸関連で不在がちなのを怪しまれている?
しかし、新大陸のことは、私が勝手にやっていることだ。最初の資金である金塊だって、王様から借りただけであって、私の自腹だし。
……もう、使った分は回収してかなりの黒字になっているけど、あれは私が裕福だという証、言わばハッタリ用のお金だから、まだ回収するわけにはいかないんだよね。
「…………」
いかん、思い切り怪しまれてる……。
私が新大陸で色々とやっているのを知っているのは、この大陸では、コレットちゃんとサビーネちゃんだけだ。
小型帆船の回航と船魂要員として、漁村の人達とうちのメイドを転移させたけど、あれはただの短時間単純作業であって、場所も、それが何を意味する仕事だったのかも教えていないから、問題ない。
しかし、伯爵様には私の転移が本当は大した負担じゃないということは教えてあるから、暫く姿を見せない時には王都か領地のどちらか片方に長期間滞在している、と考えてくれそうなものなのに、どうして私が何かをやっていると思ったのだろうか……。
これは、ちゃんと確認しておいた方が良さそうだな。放置していると、後で傷口が大きくなるタイプの案件かもしれないから。
「あの……、伯爵様、どうして私が何かやっている、と?」
伯爵様の顔色を窺いながら、恐る恐るそう尋ねてみると……。
「ミツハ、私達に内緒で、どこかのパーティーに何度も出席したり、他の貴族家を訪問したりしているだろう?」
ぎくり!
「ど、どうしてそれを……、あ!」
「語るに落ちたな……。さぁ、白状しなさい!」
「うううううっ! ……しかし、どうして分かったのですか……」
そう、それだけは確認しておかねば! 今後のために……。
間諜か? 内通者か?
「ミツハがドカ喰いするのは、パーティーか貴族家の食卓で出される豪華な食事が無料で食べられる時だけだろう? そしてそのおおよその頻度は、推測できる。
それから考えて、明らかに私が把握しているよりもかなり多くのパーティーや晩餐会に出席しているな? いったい、どのような派閥と接触しているのだ?」
あ~、そりゃ、気になるか。伯爵様にとっちゃあ、大問題だもんねぇ。
それも、侯爵への陞爵間近と噂され、アイブリンガー侯爵とは盟友、王家からの覚えもめでたく、雷の姫巫女とも昵懇で、創設された海軍の要。この国で最大最強の派閥になりそうなのに、そこで私が他の派閥に浮気しているかも、となれば、焦るよねぇ。『このワイシャツのエリの口紅の跡は何よ、キ~!』とか……。
って、どうして私が余所のパーティーや晩餐会に出ていることが分かったの?
それが分からないと、何の参考にも……、って、え……。
伯爵様の視線。
それが、私の慎ましやかな、控え目な胸……ではなく、もう少し下、お腹のあたりに……。
「ぎ」
「ぎ?」
「ぎゃあああああああ~~!!」




