224 第三王女 2
「しかし、ネレーア、ちゃんとした長台詞も喋れるではないか……」
晩餐会の後で、いつも短い言葉しか喋らないネレーア王女にそう言った国王であるが……。
「きちんと相手をする価値のある人には、ちゃんと喋る……」
そう言って去っていったネレーア王女の後ろ姿を見ながら、がっくりと膝をついた国王は、悲しそうに呟いていた。
「父親である儂には、その価値がないと……」
思春期の少女というものは、大体、そういうものである。
……王様、ドンマイ!
そして、自室に戻ったネレーア王女は、作戦が上首尾に終わったことと料理と飲み物を部屋に運ぶよう指示したことを告げ、パジャマパーティーの開催を宣言した。
勿論、それとは別に、協力してくれた3人には充分な報酬を約束してある。金銭ではなく、『王族としての配慮』という形の報酬を……。
今日この日に、わざわざ『お友達が泊まり掛けで遊びに来てくれる』と告げているのだから、この化粧に3人のお友達が関係していることは既に悟られているであろう。母親と、ふたりの姉達に。
しかし、さすがに『遊びに来た、娘の友人』を訊問するわけにもいくまい。数時間前までは、ネレーアにそんなお友達が、と、国王を始め、王妃も姉達も大喜びしてくれていたのだから……。
そもそも、そんなことをすると、少女達の親である貴族との間で大問題になる。
そして、そんなに自分の事で喜んでくれていた姉達を平然と裏切った、ネレーア王女。
……鬼畜であった……。
ちなみに、3人の『ソサエティー』メンバー達には化粧の件しか話しておらず、給仕の仕込みについては教えていなかった。
そして今回の件は、ミツハはノータッチ、というか、この作戦そのものを知らなかった。ただ、ネレーア王女に頼まれて地球製のアクセサリーをレンタル……ミツハが買った価格を遥かに上回るという、暴利価格……で貸し出しただけである。
ミツハには何も知らせていないのは、ただ、『お友達を自宅に招いて、一緒にお化粧の練習をしただけ』なので、別に『ソサエティー』の活動とは関係ないため、相談や報告の必要はないとネレーア王女が考えたからである。なので、ネレーア王女には別に、ミツハに対する裏切りや隠し事をしているという認識はなかった。
なので、お礼はネレーア王女が自分で用意したのであるが、友人達にとっては、それで充分であった。
この件、つまり『第三王女に貸しを作った』ということを親に報告すれば、おそらくかなりの御褒美が貰えるであろうことは確実である。
……姉姫達の怨みは第三王女のみに向かい、自分達にまで向かうことはあるまいと思えたので、そちらの方は心配していない。
「……しかし、大丈夫なのですか? 化粧品のことを知った王妃様や姉姫様達が、私達が帰った後にこの部屋を襲撃されるのでは……」
部屋に運ばれた料理を摘まみながら、心配そうにそう尋ねる少女に、ネレーア王女はあっさりと答えた。
「……明日、みんなと一緒に王宮を出て、しばらくの間隠れるから大丈夫。その間に少しは頭が冷えるだろうし、その頃には何とか私とは別ルートで化粧品を入手しようとして、私のことは頭から消えているはず……」
「で、でも、いくら王妃様でも、そう簡単には入手できないでしょう? それが分かった頃にネレーア様がお戻りになれば、追及と、下手をすると血の雨が……」
メンバーの少女達がそう心配するのは、当然のことであった。
あの日、『ソサエティー』の第0回集会から戻った翌日、メイドに手伝わせてお化粧の練習をした状態で夕食に出た時の騒ぎと、その後の母親と姉妹達からの訊問、そしてそれに続く支給化粧品の強奪と化粧法を教えるようにとの強制、父親や祖父母を巻き込んでの大騒ぎ、その他諸々……。
あの騒動から考えると、王妃様と姉姫様達がそう簡単に諦めるとは、どうしても思えなかった。
「……大丈夫。数年間隠れていれば、多分ほとぼりが冷めるから……」
「「「……長っ! 王族の言う『しばらく』って、長っっ!!」」」
* *
「……というわけで、来た。しばらく、よろしく……」
「誰が面倒みるかああああぁ~~っっ!!」
いきなり物産店にやってきて、ふざけたことを抜かす第三王女のネレーア。
いくら断っても退かないため、仕方なく2階へ連れていった。
「おお、私の部屋へ案内……して……」
そして、2階の部屋を見て絶句する、ネレーア王女。
うん、生活臭のするものは何もないからね。ベッドも、チェストも、椅子も、テーブルも、何にも……。
そう、ここはただ、私が安全にこの街の中心部に転移するためのステーションとしての役割と、私がこの街に滞在しているのに宿に泊まっていないという不自然さがないように『ここに住んでいます』というアリバイ作りのために借りているだけで、物産店をやっているのはただのカムフラージュに過ぎない。
敵地でひとりで熟睡する、なんて危険を冒すつもりはないから、ここで寝たことは一度もない。1階にあるトイレや浴室(タライに入れたお湯で身体を拭くための小部屋)でさえ、一度も使ったことがない。……トイレは、その都度、日本の自宅に転移して使っているのだ。
「ここに……住んで……いないの……」
アテが外れたのか、愕然とした顔でそう言うネレーア王女に、無慈悲な宣告を。
「うん。ここは、ただ店をやっているだけで、住んでいるところから通っているの。そして住んでいるところは、秘密。うちとの取引やお金目当て、その他色々で、押し掛けられたり忍び込まれたり誘拐されたりするのは、あまり好きじゃないから」
好きじゃない、で済ませられるようなことじゃないけどね。まぁ、冗談半分の言い回し、ただの言葉遊びだ。そして……。
「勿論、王族や王宮関係者、貴族達も含めてね」
そう、たとえ王女様でも教えるつもりはないよ、ということだ。
「…………困る」
「いや、知らんがな……」
そう、私にはそんな面倒事に関わるつもりはないし、そんな義務もない。
……でも、『ネレーア第三王女』とかは無関係だけど、『「ソサエティー」のメンバーである、ネレーアちゃん』には、そう邪険な態度を取るわけにもいかない。
……くそ。
* *
「……というわけで、連れてきました。しばらく、よろしく……」
「誰が面倒みるかああああぁ~~っっ!!」
いきなり邸にやってきて、ふざけたことを抜かす私達に、お怒りのみっちゃん。
うん、どこかで聞いたような遣り取りだなぁ……。
「だって、他に心当たりがないんだもん……」
「こっ、この、友達が少ない常識なしの、馬鹿女がっっ!!」
「が~~ん!」
「が~~ん!」
擬音付きでショックを表明した私と、それを真似るネレーア王女。
「これ、ミシュリーヌ、いくら非常識な相手であっても、一応はお前の友人なのであろう。さすがにそこまで罵倒するのは気の毒であるし、淑女としてそのような汚い言葉を使うものではない。
そんなところで立ち話などせず、とりあえず応接の間にお通しせぬか!」
私達が玄関で話していると、書斎から出てきて騒ぎに気付いたらしき侯爵様が、奥の方から声を掛けてきた。どうやら、怒鳴り声のみっちゃんの声は聞こえたけれど、普通に喋っている私とネレーア王女の声は聞こえていなかったみたいだ。……つまり、侯爵様はみっちゃんの話し相手が誰だか気付いていない、ってことだ。
そして、みっちゃんをたしなめ、娘への来客を招き入れるために玄関にやってきた侯爵様は、当然、眼にすることとなった。
自分の娘が怒鳴りつけ、非常識な馬鹿女呼ばわりした相手の顔を。
「だ、だだだ……」
威力増幅魔法の詠唱かな?
「第三王女殿下ああああぁ~~!!」
あ、倒れた……。




