22 爆誕! 雷の姫巫女
貴重な経験となった旅から数日。
いや、ここ数日は結構忙しかったよ。シャンプーとかシャンプーとかシャンプーとか目当ての客が溜まってて。だいぶ噂が広がってきたかな。ライナー子爵家のメイド軍団、いい仕事をしてくれる! ボーゼス伯爵様が何かしてくれたのか、あれからおかしな貴族関係も現れない。よしよし。
ちりりん
お、お客さんだ。小さな女の子。この子もシャンプーか。シャンプーなのかッッ!
「あの、ここが雑貨屋ミツハさん、でしょうか?」
おおう、そういえば、看板出してないや! それか、客足が伸びなかった原因は!! クンツさん、アドバイスしてよそのあたり!
くそ、今度作って貰おう。
「はい、そうですよ。よろしくお願い致します」
ぺこりと頭を下げる。
いや、なんかこの子、貴族っぽいよ。10歳前後で、ふわふわの金髪クルクル、可愛くてお上品。如何にも姫様かッッ!と言わんばかりの美少女っぷり。なんかこっちで縁のある女の子って美少女ばかりのような…。まぁ、貴族は美人と結婚する、すると美男美女が生まれ、という、トップブリーダーの仕業か。決してフリーメイソンやニャントロ星人の仕業ではない。と思う。
「では、少し見せて戴きますね」
微笑んで少女は陳列棚の方へ。いやぁ、店長が見たら鼻血噴きそうだな。でも、鼻血は噴いても店長は決して倒れない。倒れたら脳に映像を刻み込むことが出来ないからだ。それが店長クオリティ。そこには痺れないし、憧れない。
あ、アデレートちゃんのデビュタント編集ブルーレイディスク、貰いましたよ。スチル画をクリアシートに入れたやつも。流石の出来でした。子爵様にいくらで売ろうかな。1枚あたり金貨1枚くらい出しそう…、いかんいかん、私が嫌いなマニア商法みたいな考えになってるよ!
なんか、凄く嬉しそうだね、女の子。次々と買い物カゴに入れてるけど、もう結構な金額になってるよ、総計。あ、そろそろお会計かな。
「これと、あと、しゃんぷー下さい!」
はいはい。布製の買い物袋はサービスね。あ、喜んでる喜んでる。うん、キャラクターのプリント入りは珍しいよね、このあたりじゃ。
ほほう、金貨でお支払い、と。護衛の人とかいないの、本当に。
「楽しかったですわ! また来ます!」
「ありがとうございました~!」
上客である。ドアの外までお見送り。にこやかに歩き去る女の子。
……って。
ピキーン!
道の反対側のあれって…。
用事もなさそうなのに路地へはいる角に立ち、こっちをじっと見ている不審な男。日本ならば間違いなく通報されそうな、『お巡りさん、コイツです!』という感じのストーカーっぽい薄汚い感じの若い男。目当ては私か、この店か?
と思ったら、歩き出した。なんだ気のせ…って、さっきの女の子の方かよ!
雑貨屋ミツハを最後に足取りが途絶えた貴族令嬢、なんて噂になったら大変だよ!!
ミツハは急いで店に飛び込み、会計台の下の隠し物入れから迎撃用バッグを引っ張り出した。カウンターの下から迎撃バッグ、って、うるさいわ!
肩紐を首をまたいでかける。ドアを閉め、施錠。見ると女の子はまだそう離れておらず、とてとてと歩いている。護衛らしき姿はなく、あの男は……、道を渡って少女の後方へ。ミツハは気付かれないよう静かに早足で接近する。
少女が路地道への入り口前を通過する瞬間、男は後ろから少女に飛びつき口を塞いで路地に引き込んだ。ビンゴ!
ミツハは急いで走り出す。路地道にはいり疾走。交差路のひとつに消えるふたりの姿。そこを曲がって少し進むと…、女の子に猿轡をかませ、縛り上げる4人の男達。そばには大きなずだ袋が置いてある。これに入れて誘拐、か。用意周到なことで。
「何をしている!」
ミツハの怒鳴り声に一瞬慌てた賊たちであったが、相手が小娘ひとりと知ると安心したような顔でにやにや笑いを浮かべた。
「ほほぅ、勇敢なこった。だが、金蔓がひとり増えただけだな。こっちとしちゃ大歓迎だ」
男のひとりがミツハに向かって歩み寄る。ミツハはバッグから鞘ごとナイフを取り出して左腰のベルトに差し込んだ。
「へぇ、抵抗するつもりか? しかしいくら強がっても、お嬢ちゃんに人が殺せるのかい? 人を殺すっていうのはな、」
再びバッグに手を入れて何かを掴みだしたミツハは、それを近付く男に向けて突き出した。
パァン!
軽い音が鳴り、男は地に倒れびくびくと痙攣していた。
「殺せるよ? 何か、クズを殺しちゃいけない理由でもあるの?」
「なっ!」
拳銃型スタンガン。細いコードを引いて飛ぶ電極により高圧電流を流す。犯罪に使用されることを防止するため、発射時にはカートリッジに封入されたシリアルナンバーが記された数百枚の小さな紙片が散乱するようになっている。
勿論、非合法に入手した場合や、異世界においてはそれは何の意味もない。
日本においては、発売後すぐに販売も所持も禁止されたが、外国においては普通に購入できるそれを、傭兵部隊経由で入手しておいたのである。一応、なるべく人は殺したくないので。
「お前、何モンだぁ!」
うん、よくぞ聞いてくれた! この場は勢いとハッタリで突っ切る! 蘇れ、私の暗黒歴史!!
「私か? 私は…、姫巫女だ」
尊敬する栗塚旭様の、あの渋い声を意識して低い声で喋る。頭の中では『姫巫女』は『用心棒』に変換されていた。
「はァァ?」
ワケが分からないよ、という顔の男達。うん、自分でもワケが分からない。今はただ、『いつか言ってみたいセリフ集』をこなせるかもという期待でいっぱいだ。
「我は雷の姫巫女である。刃向かう者は容赦せぬ」
今度はベレッタ93Rを取り出して、路地に放置してある壊れた甕に向け3点バースト。いや、セレクトレバー操作するのカッコ良くないし。
パパパン!
響く銃声、割れてはじけ飛ぶ甕の破片。
「「「う、うわあぁぁぁぁ!」」」
悲鳴をあげて男達が逃げ出そうとしたその時、路地の向こうからなにやら物々しい様子の兵士らしき集団が……。
「姫様、ご無事ですか~っ!」
ああ、ホントに姫様だったのですか、そうですか。
兵士の集団が男達と女の子…、お姫様に群がっている間に、そろりそろりと後ずさり、路地を曲がって逃げ……
「お待ち下さい、姫巫女様」
ぎゃああぁ~!!
反対側にも人がいたよ! それも、一般の兵士よりちょっと偉そうな感じの年配の男性。あ、ちょっと渋い。
「あの~、どのへんから聞いてました?」
恐る恐る聞く私に、本日最大の悲しいお知らせ。
「何をしている、のあたりでしょうか…」
最初からですか、そうですか。ありがとうございました。
ミツハはガックリと崩れ落ち地面に手をついた。
「姫巫女様?」
勘弁して下さい。すみません、調子に乗りました…。
「是非、城へ」
そうなりますよね~。お姫様には正体バレてるし、逃げられないか。
そんなにキラキラした瞳で見ないで、お姫様。
「その前に、ちゃんと閉店処理させて下さい…」
まだ会計締めてないし、カーテンも閉めてないし、防犯システムも閉店モードに切り替えてない。いったんお店に戻らなきゃ。
そしてお姫様は兵士たちと城へ。私は渋いおじさんと若手兵士2名と共にお店へと。いや、そんなに警戒しなくても逃げないって。
う~ん、どうしようかな…。
お店の方は閉店処理を終えたけど、どんな感じでお城に行くか…。
ドレス? いや、その設定はまだ早い。伯爵様との兼ね合いもある。今はあくまでもただの商店主として。
装備は? 発砲を見られた。腋の護身用はそのままとして、93Rは必要か? 使うことはないだろうけど…。銃撃戦でお城から脱出、って、流石にそれはない。そもそも、そうなれば転移だろう。しかし、そうするとせっかくのお店と貴族のコネが……。
結局、腋のワルサー、バッグに93R。3発撃ったけど補弾する時間はない。このままで。ナイフは無し。銃は『神具』とか言い張れても、ナイフ持って王族の前に、ってのはないわ~。
あと、思いついて商品棚からちょちょいと選んでバッグに。棚は常に商品でいっぱい!
いや、ちゃんと補充しているからだよ。それに、うちは銀貨1枚で10個売るより銀貨10枚で1個売る、って方針だから。どんどん売れたら忙しいじゃない。ま、女性の幸せのためならちょっとは妥協するけど。
あ、今度生理用品とか売ろうかな。でもうちの商品、安くないのもあるけど、みんな用途や便利さが分からないから全然売れないんだよねぇ。シャンプーみたいに歩く広告塔が実物見本付きで宣伝してくれたら一発なんだけど。
でも、忙しくなるから、無理に宣伝しなくてもいいや、やっぱり。
結局、店員服のまま、別のバッグに93Rとお土産だけ入れて準備完了。
あ、若手の護衛さん、閉店モードの時に店内歩くと危ないよ。雷当たっても知らないよ。
おお、真っ青になって固まった。うん、そのまままっすぐね、絶対に棚に触っちゃダメだからね、うん。
城ろい天井だ。いや、城と、白と、知らないを掛けて、って、それはもういいか。とにかくお城に到着。別に白馬が引く馬車とかじゃなく、普通に歩いて。平民は徒歩で充分ですか、そうですか。徒歩ほ……。
時間待ちの待機室でも、あの渋いおじさまが付きっきり。うん、渋いおじさまは良いねぇ。伯爵様とか、執事のシュテファンさんとか。ライナー子爵様はまだちょっと熟成が足りないよね。あと10年くらい経てば……。
あ、お呼びですか、そうですか。
「その方が、ミツハと申す者か」
「はは~っ!」
うん、出たな王様!
「構わん、頭を上げて近くへ。そこへ座ってくれ。娘の恩人だ、作法など構わん。儂も面倒な喋り方はせん、普通に話してくれ」
ああ、王様もいつも王様喋りをしているわけじゃないか。まぁ、家族同士でそんな喋り方、やってらんないよね。それに、生まれた時から王様やってたわけじゃなし。たまには予定外に王様になっちゃう人とかもいるだろうし…。
ここも、別に大臣がずらりと並んだ謁見の間、ってわけじゃない。別に正規の拝謁とか叙勲されたりするわけじゃないし、急なことだし。ごくプライベートな、ただの『助けて貰った少女の父親』として礼が言いたいだけの簡単な顔合わせらしい。
なんだ、色々考えて損したよ。ここ、テーブルとその周りに椅子があるだけの普通の部屋だものね。まぁ、王宮での普通であって、充分贅沢ではあるけど。折り畳み机にパイプ椅子、とかだったら逆に凄いよね。
王様の横には王妃さまらしき人と、王女様。あと、王子様みたいのがひとり座ってる。王女様より小さいね。8歳くらい? なんか興味いっぱい、って感じで…。王女様、なに言った?
その後ろの方にはお年寄りがひとり。侍従長とかかな? 渋いおじさんは私のうしろに立っている。だから逃げないってば。
「で、雷の姫巫女、ミツハ殿」
「雑貨屋の店主、ミツハです」
「で、雷の姫巫女、ミツハ殿」
「雑貨屋の店主、ミツハです」
「で、雷の姫巫女、ミツハ殿」
「雑貨屋の店主、ミツハです」
「で、雷の姫巫女、ミツハ殿」
「雑貨屋の店主、ミツハです」
「雑貨屋の店主、ミツハ殿」
遂に王様が根負けした。
いや、そこで私が「雷の姫巫女、ミツハです」って返すなんてボケはないよ。
「はい、当店で色々とお買い上げ戴いた王女様をお見送りしました時、怪しい男が目に入ったので心配でついて行きました。すると何と誘拐が。勇気を振り絞って声をかけましたが所詮は小娘、危ういところを駆けつけて来られた兵士の皆様にお助け戴き……」
「ふむ、聞いた話とだいぶ違うな」
「はい、当店で色々とお買い上げ戴いた王女様をお見送りしました時、」
「いや、よい! それはもう良いから!」
ふふふ、勝った!
結局、『え、雷の姫巫女? お伽噺ですか? え、頭大丈夫?』といわんばかりのミツハの態度にあきらめたのか、話はうやむやに。
途中ではいった報告によると、賊は政治的な背景はなく、単に可愛い少女を誘拐して売る人身売買組織の下っ端だったらしい。たまたま侍女から雑貨屋ミツハの噂を聞いて城を抜け出した第三王女が必死であとを追う護衛を振り切ったところを、王女と知らずに目を付けてあとをつけて誘拐、ということらしい。
人身売買組織は有力貴族の息がかかっており中々手が出せなかったが、今回は理由はともあれ『王女の誘拐未遂』。どんな有力貴族が何を言おうが、『王女誘拐犯捜査の邪魔をすると? 誘拐犯の仲間か! 逆賊だぁ!』と言われれば何もできない。恐らく組織は壊滅、裏の貴族も潰せるだろうとのこと。いやぁ、王女様、お手柄だね。
あ、王女様は第三王女サビーネ10歳、王子様は第二王子ルーヘン8歳、とのこと。他の王子様や王女様は少し歳が離れており、一番下のふたりはかなりの仲良しさんらしい。
いや、他の王子王女も可愛がってはくれてるらしいよ。ただ、一緒に走り回ったり転げ回ったりはしてくれないだけで。
王様に『これからも娘たちと仲良くしてやってくれ』と言われ、サビーネ王女に満面の笑みで見つめられてはどうしようもない。『は、はァ』と引き攣る顔で答えた。
え、王様、今なに言った?
娘『たち』? 王様、なにか企んでない?
あ、そうだ。
「王様、若い時に較べて眼が見えにくくなった、とかいうことはないですか?」
「あ、ああ、そういえば確かにしばらく前から書類の小さな字が少し読みにくくなったような気はするが…」
「ちょっと、これを試してみて貰えませんか?」
ミツハはバッグから眼鏡を取り出した。その数、5個。
「こういうふうにかけてみて下さい。それぞれ違うので一番よく見えるのを探してみて下さい」
「ん、こうか? え、おおぉ?」
次々と眼鏡をかけ替える王様。
「おいザール、ちょっとこっちへ来い! これをかけてみろ」
ザールと呼ばれた後ろの老人が何事かと近寄り、言われるままに眼鏡を試す。
「おお、おおおおお!」
「どうだ、お前、書類が読めなくなって困っていただろう。これでどうだ」
「見える、見えますぞ! これなら、まだまだ王のお役に立てそうです!」
感無量、という様子の老人。どうやら王様よりもこの老人の役に立ったらしい。まぁ、侍従長に恩を売っておいて損はないよね。王様も喜んでくれるだろうし。
「これでは、このザール、まだまだ宰相の座を退くわけには参りませんな」
あ、侍従長ではなく宰相様でしたか、そうですか。
ミツハは残った3個の眼鏡を回収しバッグに戻す。うん、広告塔、ゲットだぜ! 大臣とか大貴族相手なら吹っ掛けられそう。
え、マニア商法? 何のこと? 足元見るんじゃないよ、ただ単に『売値がすごく高い』だけだよ。
「ミツハ、他にも何かないか? 良いモノがあれば見せてくれ! 勿論、ちゃんとカネは支払う」
「そりゃ、商売ですからね。お金が戴けるなら何でもお売りしますよ、雑貨屋ミツハは。但し、女の子以外なら、ですが」
「女の子はダメか」
「ダメですねぇ」
「そうか、ははは」
「「あはははは」」
いや、王女誘拐の件にかけてあるように聞こえても、これ、『いくらカネ積んでも私は自由にできないぞ』って意味だからね。勿論、王様には分かってる。宰相も。王妃様は分かってないよね、多分。
帰りも徒歩だった。気に入っても、馬車で送ってはくれないのね、王様。
まぁ、王家の紋章が付いた馬車で裏通りの店に送りつけられても困るけど。




