211 輸 入 1
『新製品、有り〼』
王都の『雑貨屋ミツハ』に、そんな貼り紙が貼られていた。
「姉様、また、何を……」
サビーネちゃんが、胡散臭そうな顔でそう言ってきた。
「ふっふっふ、眠れる国に活を入れるための、起爆剤だよ!」
そう言って私が指し示すのは、ヴァネル王国でレフィリア貿易に仕入れさせた工具や簡単な金属製品、そして地球で仕入れた様々な資材であった。
ヴァネル王国からは、造船に使われる工具や、この国でも頑張ればなんとか劣化模造品が作れそうな、『今のこの国にとって、ワンランクかツーランク上の工業製品』を。
そして地球からは、『到底すぐに同じようなものは作れないが、遙かな高みとして、目標となるべきもの、そして正しい方向を示すべきもの』として、地球では基本中の基本となるものを。
具体的には、メジャー(計測工具)、ネジ……ビス、ボルトとナット、その他諸々……、ねじ回し、レンチとかである。
ネジは、地球ではアルキメデスが発明したとか、アルキタスが発明したとする説、ペルガのアポロニウスが発明したとする説等、いろいろな説があるが、とにかく、かなり昔に発明されたものであり、勿論、こっちの世界でも既に発明されている。
……うん、『発明は、されている』。
地球でも、ネジが発明されたのは大昔であるが、充分な強度があり精密で同一規格のものが大量に生産されるようになり、工業の立役者となったのは、そう昔のことではない。
そう、『強度、精密さ、大量生産』である!
そして、物を作るのに必要なのは、素材となる物は勿論であるが、それを作るための工具と、共通化された、つまり『規格化された』計測機器が必要なのである。
メジャー、ノギス、各種ゲージ、その他色々な計測器具を、統一規格で普及させねば……。
同じ製品なのに、サイズが合わなくて他の個体から部品取りができないとか、万死に値する!
そんな製品を作る者は、ゴムロープなしで高い所から飛び降りさせる!
……万死ージャンプ。
って、うるさいわ!
とにかく、統一規格の計測器具と、ここの技術力では到底作ることのできない、全く同じ規格の様々なネジ。
これを、試供品としてごく少量を安く売り、その後、超高値で店頭に並べる。
そうすれば、敵わぬまでも、と、自分達で似たようなものを作ろうとするだろう。
そう、工業の発展は、うちの領地が抱え込んで、なんて、できるはずがない。ヒントと見本をバラ撒いて、何十万、何百万もの人々の努力と創意工夫に頼らなくちゃ。
目的は、この国での自力生産、そして技術力の全般的な底上げなのだから。
……なので、順次、この手のものをバラ撒くのである!
特許制度がないこの世界じゃ、どうせ市場の独占なんかできないしね。製造方法なんか、現場の作業員が金貨数枚で簡単に喋るだろうし。
とにかく、最初はネジである。
工業は、ネジに始まり、ネジに終わる。
先込め式の銃の尾栓も、大抵はネジ式である。
日本においては、ネジは種子島に火縄銃と共に伝来したのが初めて、と言われるくらいである。
他国では大昔に発明されたというのに、どうして日本ではネジが発明されなかったのだろうか。
……まぁ、それを言えば、結構遅くまで車輪を発明していなかった種族もあるし、色々あるか。
そして、とりあえず、ネジの頭はマイナスで統一。
いや、今は日本では大半がプラスネジだけど、プラスは穴にゴミが詰まったり錆びたりするとドライバーが刺さらなくなるし、狭いところだとドライバーを突っ込んで垂直に立てるのが難しかったり、押し付けながら回す必要があったり、ネジの材質が柔らかいと簡単になめる……ネジの頭の溝がつぶれてしまう……ことになり、二度と取り外せなくなったりする。
使用する金属の材質も技術も劣る初心者には、不適だろう。
マイナスならば、狭いところでも銅貨で回せるし、注意を払っていれば、なめる確率はプラスより低い。
そもそも、地球でも最初はマイナスしかなかったのだ。
それを、多くの欠点を抱えているというのに、ただひとつの利点……ドライバーを適当に穴に突っ込めばすぐに回せる。マイナスのように、溝に合わせて、という手間が必要ないため、作業時間が短くなる……のみで、シェアを独占した、大悪党である。
今まで、何度ねじ穴を潰して、悲惨な状況になったことか……。
この世界でも、おそらくいつかはプラスの悪魔が現れ、世界を支配するに違いない。
でも、私はその日まで、ささやかな抵抗を続けるのだ……。
「そういうわけで、にほん産の計測器具とネジ各種、その他諸々。この国の、いや、この大陸の職人達に、カルチャーショックを与えるのだだだ!」
「……大丈夫かなぁ……。何か、失敗しそうな気がするよ……」
サビーネちゃんが心配そうな顔をしているけれど、技術者というものは、新しい技術、新しい玩具には飛び付くものだよ。
* *
「おおおおお! 何だこれは!」
クンツさん、大歓喜!
「何だと、初回は大幅割引だと! 一通り、全部寄越せ!」
毎度あり~!
まぁ、研究熱心なクンツさんなら、飛び付くよね~。
「何だ、これは!」
うむうむ、武器とかじゃなく、道具類を作っている鍛冶屋さんが驚いている。クンツさんのように、一通りお買い上げかな。
「邪道だ! 熟練の技術者には、こんな怪しげなものなど必要ない!!」
……ありゃ、帰っちゃった……。
「……何だよ、これ……。何なんだよ、これ……」
おや、新しい反応だぞ。
「できるわけがない。こんなの、作れるわけがない……」
……ありゃ、肩を落として帰っちゃった……。
その後も、大体、その3つのパターンのどれかになった。
そして、クンツさんと同じような反応を示す人は、そう多くはなかった。それも、クンツさんと同じ、木工加工職人に限られている。
「だから、言ったのに……。碌な説明もなしにこんなものを突き付けられたら、拒絶反応を起こすか、あまりのレベルの違いに打ちのめされて、ああなっちゃうに決まってるよ……」
サビーネちゃんが、またまた私の計画に否定的なことを言い出したよ。
「え? でも、クンツさんや木工加工職人の人達は、割と受け容れてくれたよ?」
そう、人によって反応が違うだけだ。
全員じゃなくていいんだ、気に入ってくれた人だけが使ってくれれば……。
そうすれば、すぐにその良さが分かり、頭が固い者、頭が古い者達にも、そのうち理解され、受け容れられてゆくだろう……。
「いや、クンツおじさんを始め、受け容れてくれたのはみんな木工加工屋さんでしょ? 道具や金属製の部品は、買ってきて使うだけだよ。
それらを使って木材を加工したり、木工製品を作るのが仕事であって、加工に使う道具や材料を自分で作ったりはしないでしょう?」
「あ……」
が~~ん!!
確かに、日本の大工さんも、鉋やノコギリ、指矩や釘とかを自分で作るわけじゃない。それらを作るのは、それ専門の職人さんだ。ここで言うならば、受け入れを拒否した人達とか、気落ちして帰った人達とか……。
あ。
「ようやく分かったみたいだね。……そう、今のところ、そういう職人さんで今回姉様が仕入れてきた道具を認めたり、自分も作ってみようと考えたりした人は、今のところ、ひとりもいなかったと思うよ……」
オゥ、何てこったい!
職人の頑固さを、甘く見ていたよ……。




