21 獲物
狩りは分散せず全員一緒。
それぞれ得意な戦い方、得意な戦闘距離というものがあり、見つけた獲物に対する相性というものがある。それに、ひとりでは対処できない場合も多い。地道な追い込みや包囲が必要であったり、強力な攻撃で叩き込む必要がある大物相手の場合もある。もしそういう大物が一匹獲れれば、運が良ければ金貨1~2枚。それだけで今回の遠征は大成功なのであるが…。
音を立てず、しかし素早く移動して獲物を探す5人。一度木の上にとまる少し大きな鳥を見つけたが、イルゼの弓矢は外れた。
「ごめん」
謝るイルゼに、グリットはぽんぽんと軽く頭を叩いてやった。
再び索敵を続ける5人。
(…あれ、あれ鳥?)
なんと、素人のミツハが偶然鳥のようなものを見つけた。小声でスヴェンにその旨を伝える。
「で、あれ、私にやらせて貰えないかな…」
あのおかしな武器をぽんと叩いて頼むミツハ。
元々弓矢の命中率は高くない。しかも角度の大きい射ち上げ射角で、葉の繁った小枝が邪魔をしているという悪条件。イルゼでも恐らく難しいだろう。
ま、雇い主が満足してくれるなら機会の1回くらいは無駄にしてもいいだろう。自分で見つけた獲物だしな。そう考えてスヴェンは了承する。顔を綻ばせて武器の弦を引き絞るミツハ。
弓と異なり横向きにした武器を前方で構えるミツハを、弓使いのイルゼは不思議そうに見つめる。
バシュッ!
鋭い音と共に勢いよく飛び出る金属製の矢。
そしてドサッというような音を立てて木から落ちる鳥。
信じられない、という顔で獲物が落ちた方を見る面々。開かれたまま閉じる気配のないイルゼの口。
ミツハは、隊長さんのところでボウガンもみっちりと特訓していたのである。
「…あれは販売用な。喰わないぞ」
流石リーダー、しっかりしている。
狩猟を始めて数時間。鳥はゼップさんが持ってくれている。なんか、グリットさんが昨夜の責任うんぬんと言っていたが、何のことやら…。
まぁ、この旅の間の収穫物は全部4人のものと決めてあるから、私が責任を持って運ぶことはないよね。
…で、小休止。
お花摘みのためと言ってひとりでその場を離れた。
「観賞用植物の採取か? ついて行こう」
ふざけたことを抜かす男はグリットさんに叩かれて退治された。
絶対見えず、音も聞こえず、臭いも届かない距離…。足場の安定、流れる方向が安定するよう少しの傾斜、と。うん、このあたり…、いや、うんこのあたり、じゃないよ、小さい方だよ!
がさ
うおぉ!
出たよ、何か!
数メートル離れた茂みから、何やら獣の姿が。あ、うん、猪のようなもの、か。多分、多少違っていても猪と翻訳されるんだろう、私の頭のなかでは。
うん、それで、こっちを睨んでるよ。縄張りを侵害した? それとも、私、獲物? いやいや、狩りをしているのはこっちだからね?
あまり大きくはないか、猪業界の相場としては。まだ子供? うり坊とか言うやつ? でもそんなに小さくはないよ。う~ん、充分私を跳ね飛ばせるくらい?
と思う間にも、ミツハの右手は腰のホルスターから銃を抜き出していた。ベレッタ93R。あの、マシンピストルである。左手でセレクターをセミオート、単発へとセットする。ぐるぐると唸り土を蹴り、威嚇しつつ突進の態勢をとる猪。
パンパンパン!
大きく、乾いた音が響く。
いや、ドキュウウゥゥゥン! とかいうのは屋内射撃場で反響した時だけだから。野外だったらそんなに響かないよ。それに、わざわざ準備が終わって突進してくるのを待ってあげたりしないよ。そんな義理はない。プロレスじゃないんだから、別に相手の力を最大限に引き出してあげて名勝負の見せ場を、なんてしないよ。
そしてドサリと倒れる猪。うん、命中は2発。3点バーストだったら1発当たれば良い方だったね。
急いで矢筒からボウガン用の矢を2本取り出し、猪に駆け寄って弾痕にぐりぐりと差し込んだ。
「どうした! 何があった!」
大慌てで走ってきた4人。その目に映る、2本の矢が刺さり倒れた猪。
「あ、急にそれが出てきて、慌てて撃ったら何とか……」
黙り込み、じとりとした胡乱げな眼で私を見る4人。
あ、さっきボウガン使った時、音はしませんでしたか、そうですか。
その後、猪を運んでいったんベースキャンプへ。他の獣や小動物から獲物を守るためと内臓抜きのためグリットさんが残り、ミツハを含めた4人で狩猟再開。弓使いのイルゼは外せないし、ミツハも戦力としてアテにされたようである。
その後イルゼがウサギと鳥を1羽ずつ、ミツハがウサギを1羽獲った。ウサギ1羽はミツハが外して逃げられた。残念。ウサギはまぁまぁの値で売れるので食べられない。
今日はここまで。ベースへ引き揚げ。
戻ると、グリットさんが内臓の煮込み料理を作っていた。うん、傷みが早いから内臓は持っては帰れないけど、そりゃ食べるよね、当然。みんなにとっては御馳走だろうから。当然、私も食べる。内臓料理は好きなのだ。栄養あるし。
みんなの機嫌は良かった。毛皮目当ての狐とかは獲れなかったが、そこそこの実入りになるウサギと鳥が2羽ずつ。それに、猪がデカい。これだけで今回は充分成功と言える。
それに加えて、初日と今朝採った薬草や山菜。更にまだ明日の午前中も狩猟は行う。ミツハからの依頼報酬も含めると、かなりの収入だ。武器の買い換えとまではいかなくとも、ひと息つける。内臓とは言え久し振りにたっぷり喰える肉に、楽しい笑い声が響く。
翌朝。
え、食べ物? なに言ってるんですか、猟に行って、昼前に食事して街へ帰るんでしょう? 早く行ったらどうですか?
4人は落胆して去って行った。
え、私? 留守番ですよ。もう飽き、げふんげふん、帰りに備えて体力温存です。まぁ、ごはんの準備はしてあげますか。
元々陽は通らない森の中なので早々にテントは畳み、荷物を纏める。コンロとかのもう使わないものは転移で自宅に持ち帰り、バックパックは詰め物で膨らませておく。これでだいぶ軽くなる。自宅からは代わりに調味料を持って来た。塩とか唐辛子とかハーブとか。
うん、昨夜いったん火を通しておいた内臓、煮込みますか。コンロはみんなが帰ってきてからだと持ち帰る暇がないからもう持っていったし、普通にグリットさんが組んだ石の簡易かまどでいいや。
みなさん御帰還。びっくり! なんと鹿を獲ってきた。鹿ですよ鹿! 牛肉を食べ飽きたアメリカ人が、鹿肉喰わせてやると言ったら会社早退して飛んでくるという、あの鹿肉!
当然良い値で売れる。もう、みんな大騒ぎで、興奮のウツボ。いや、知ってるよ、るつぼだってことくらい。でも、壺の中で何匹ものウツボが興奮してウネウネのたうち回っている姿を想像してよ、その方がそれらしいでしょ。大体、坩堝って何か知ってるの?
いや、それは置いといて。
内臓、勿体ない…。
いや、もう煮込み作っちゃったよ! 絶対鹿の方が美味しいのに!
ま、どうせ今からだと時間がかかり過ぎて帰りが遅くなるから、元々鹿の内臓は捨てるしかなかったんだけどね。
みんなは手分けして鹿の解体。重いからそのままじゃ運べないので、高額で売れる部分だけにする。内臓を捨て、首を切り落とす。角ははずして持ち帰り。毛皮も要るから剥がない。足は運ぶのに利用するから切らない。あまり重くなくて丈夫な木の枝と蔦を使って足を縛り、ふたりで担げるようにする。スヴェンさんとゼップさんの仕事である。あとのふたり? 猪があるでしょ?
鳥とウサギ? あ~…。荷物軽くしといて良かったよ……。
「うめえぇぇ!」
うん、そーだろーそーだろー!
何せ、香辛料を惜しまず投入したからね。味の締まりが違うよ。まぁ、たっぷり喰いねぇ。
そして帰路。
重い……。
流石の4人もきつそうだけど、金貨を運ぶかのような笑顔で頑張っていた。
結局、街へ着いたときにはもう真っ暗になっていた。休憩多かったからね。
翌日。程々の時間に傭兵ギルドでスヴェンさん達と待ち合わせ。
ミツハが着いた時にはもう獲物はギルドを通して売ったあとだった。
ミツハは依頼完了のサインをし、評価はAとした。喜ぶ4人。
依頼料の金貨1枚がギルドから渡され、大事に懐にしまい込むスヴェンさん。安い部屋を借りて住んでいる4人にとっては、節約すればこれだけで半月くらい過ごせる大金だ。いや、質素な食事で最低限の生活ならば、ではあるが。
まぁ、今は獲物や薬草等の収入で懐は暖かい。これからのことも考えると、ミツハと親睦を重ねるための少々の支出は無駄ではないだろう。昨夜は疲れ果てて空腹のまますぐに倒れるように寝た4人、打ち上げに備えて朝も何も食べていない。もう空腹も限界である。みんな揃って、4人の行きつけの店へ。昼間でも勿論酒が出る。
「お疲れ様でした~」
「「「「っした~!!」」」」
エールで乾杯のあとは、どんどん料理を頼み話が弾む。狩猟のこと、料理のこと…。ただ、ボウガンのことは話題に出ない。ミツハが話したがらないことを察したようだ。依頼人のプライベートには触れない。秘密は守る。
カネのためならお構いなしのクズ傭兵もいるが、スヴェン達は誠実な傭兵であった。傭兵の掟は破らない。自分達がルールを破れば、他の者にルールを破られても文句は言えないのだ。
「で、らーめんとかろりーめいと、というのはイケるわね」
「うんうん」
「こんろ、はねぇ…。すごく便利だけど、荷物になるから。多少手間はかかっても石でかまど組めば荷物要らずだし。それに高いでしょ、あれ。火種の燃料とか、壊れたりしたら、とか」
「あ~、確かに…」
(うん、今回は本当に勉強になった。色々と楽しかったし。帰りの重い…、あ)
「ねぇ、もっと楽にたくさんの荷物が運べたら、って思わない?」
「え、そりゃまぁ…。たくさん運べたら一度に多くの獲物を運べるから、効率いいからね。
でも、馬車なんか買えないわよ。馬車本体の維持整備、馬の維持管理、その他諸々。大体、購入にいくらかかると思ってるのよ」
ミツハの頭の中には、昔ちょっと調べたことのある、あるモノの検索画像が浮かんでいた。
『アルミ製折り畳みリヤカー、ノーパンク仕様 37,900円』
行きに荷物と折り畳んだもう1台を積んで行けば……。
うん、夢が広がリング!
「あと、あの火付け棒、高いの?」
「ああ、大した値段じゃないですよ。あのタイプじゃなく小さいやつだと何百回も使えて銀貨1枚もしないです」
「「ええッ!」」
うん、100均で何個かはいったの売ってるから、原価は小銀貨1枚ちょい、かな。暴利価格、銀貨1枚。
で、驚いたのが女性ふたりだけ、というのは…、ああ、料理とかで火をつけるのは女性のふたりだけですか。男には関係ありませんか、そうですか。
色々楽しく、かつミツハの役に立つ話をしているうちに、思い出した。
「そうそう、これ見て下さいよ!」
ミツハは持って来た袋から1冊の本を取り出してテーブルの上に置いた。
「さんざん私の頭がおかしいみたいに言ってくれましたよねぇ、最初の夜。ほら、うちの方では水浴びするのにああいう格好はごく普通なんですよ」
置かれた本を開いて、4人は硬直。信じられない、と目を剥いた。
そこには、大勢の老若男女が様々な水着で戯れるプールや海水浴場の写真。水着美女のグラビアページ。固まる3人。震える手でページを捲るゼップ。
「嘘……」
「あり得ん…」
「いや、ただの空想画だろ。恐ろしく精密だけど、現実の風景じゃないよな!」
昨日あれから、疲れた身体に鞭を打ち、着替えて転移したのだ。そして遅くまでやっている大型の古本屋へ行って適当なグラビア誌を探して来た。安くてインパクトありそうなのを。名誉のためだ、そこは頑張った。
ただ、着替えたのに血と獣の臭いが取れていなかったのか、かなりの視線が集まった。目付きの鋭いおじさんが怖い眼で見てたのはビビった。血の臭いに反応した? 何者だよおっさん! ああ、肉屋のおやじですか、そうですか。風呂にはいってから行けばよかったよ、全く。
また機会があればよろしくね、いやいやこちらこそ、またお仕事ちょうだいね、こくこく、あの弓…ガツン、と別れの言葉を交わしてお開き。拠点たるお店に帰還。閉店日ばかりだね、ほんと。明日は開けるよ。
帰り際にゼップさんの、あの、この本、という声が聞こえたけど、もう用済みだから要らない、あげると言って帰った。
数日後、打ち上げに行ったお店に夕食を食べに行った。結構美味しかったからね。いや、たまには外食もするよ。自炊は野菜不足になりやすいし。
そうしたら、例の4人がいた。なんか、私を見るとビクッとした感じで気まずそうな顔を…って、何、その態度。
「お久し振り。あれ、どうかしたの?」
「あ、いや、その…」
あれ、なんか装備変わってない?
「あ、武器買い換えたの? おめでとう!」
私の言葉に、4人が頭を下げて叫んだ。
「「「「すみません~!!」」」」
え、何?
あのグラビア誌が貴族の四男坊に金貨7枚で売れた?
いや、いいんだけどね、要らないからとあげたものだから、捨てようが売ろうが。
ただ、今日のご飯は奢れ!




