20 こんなの如何ですか
早朝、傭兵ギルド前。
4人が到着した時、既にミツハは待っていた。依頼主を待たせないようかなり早く来たのだが。どれだけ楽しみにしてたんだよ、このお嬢様は。
そしてその格好…。
目立たぬ地味な色の見慣れない上衣は、やたらとポケットが多い。そして丈夫そうな青いズボン。いや、派手な色のひらひらドレスで来られることを思えば100倍マシなんだが。
そして腰には短剣とナイフ。これは良い。問題は、両腰に提げられた何か分からないもの。大きさの割には重そうで、ベルトを下へと引っ張っている。そして、小さな矢筒と、一見弓のようだが何かやたらとがっしりした造りのおかしなもの。弦が張ってあるし、遠隔武器か?
そして背中に背負った背負い袋と、それとは別の大きな筒状のものが2つ。筒状のものはそう重くはなさそうだがだいぶ嵩張っている。何だよこの大荷物は。あれか、女性は荷物が多いもの、とかいうアレなのか? 着替えと化粧道具と肌のお手入れセットとかか?
何か、初っぱなから疲れを覚えるスヴェンであった。
そして出発。
意外にも、お嬢様は自分の荷物は全て自分で担いで歩き始めた。こちらは荷物も少ないので別に持ってやってもいいんだが、まぁ、頑張ってみたい年頃なんだろう。疲れてきて頼まれたら持ってやろう。帰りは獲物を運ぶのであまり余裕はないが、帰り道は食料や消耗品が無くなっているから自分でずっと持てるだろうしな。帰りも俺たちの荷物が少ない、というのは考えたくない。まぁ、今回はお嬢様のお陰で安定した収入があるから安心…、いかんいかん、何か易きに流れて堕落してしまいそうだ…。
パーティリーダーのスヴェンには気苦労が多かった。
小休憩を挟み、歩き続けて数時間。朝早く出発したので昼頃には森に到着した。道中、商人を始め多くの旅人とすれ違ったが、特に変わったことはなし。流石にコレット達が住む田舎の道とは違い、人通りが多い。しかしそれも森に向かう小道にはいるまで。その後は人通りもなく。遠くから鳥の声が聞こえるのみ。スヴェン達の話では専業の猟師やスヴェン達のような兼業、依頼で特定の獲物や植物等を獲りに来る者等、他にも森に出入りする者は多いそうだ。
森に分け入ってから10分程度歩き、少しひらけた場所で荷物を降ろす。近くに小川が流れていた。うん、ここがベースキャンプにする場所だね。ベースキャンプをあまり奥にすると、荷物や獲物運ぶのが面倒だものね。
明るい時間を無駄にはできないと、荷物を置くとみんなはそのまま早速仕事にはいる。他のことは暗くなってきて採取ができなくなってから、ということである。動物は今日狩ると傷みが、ということで、今日は薬草や良い値で売れる山菜類。自然薯とかかな。でもあれ、掘るの大変だよ。子供の頃一度挑戦したけど、小指くらいの15センチくらい掘って断念したよ。
とりあえずグリットさんについていき、色々と教えて貰って採取のお手伝い。私が採ったものはただで提供するよ、勿論。そこまでがめつくはないよ。
自然薯掘りはなかった。いかにも山菜、って感じのものや、野菜っぽいもの、固く小さな木の実等、薬草かただの食品か判らないものがそこそこ採れた模様。暗くなってきたのでキャンプの設営。
…って、テントも何もなく、地面を整えて刈った草を敷いて、その上に布を敷いておしまいですか。雨は降らないから雨よけは要りませんか、そうですか。私もその上で雑魚寝ですか。遠慮します。
ミツハは数メートル離れた場所に行くと、持ってきた荷物のうちのひとつ、少し大きめの筒状のものを手に取ると何やらごそごそと弄った。
パンッ!
少し軽い音と共に筒がはじけ、大きく広がる。
「な、何!」
グリット達が驚いて飛んで来た。
「てれれれってて~、『どこでもテント』ぉ~」
そこにあるのは、ワンタッチで展開された、ミツハがホームセンターで買った投げ売り特価のひとり用テントであった。かなり小さいが、一応は大人用。小柄なミツハには充分であった。
「ウレタンシートぉ!」
なんか意図的におかしな抑揚で喋るミツハ。勿論スヴェン達には意味が分からない。ちょっと気まずそうにさっさともうひとつの筒を解きシートを広げるミツハ。
テントと断熱ウレタンシート。一瞬で出来上がった、ミツハの寝場所であった。スヴェン達は目を丸くしている。
「こういうの、売れると思います?」
「あ、ああ……」
採取中に小動物が見つかれば食事用にと狩るのだが、今日は残念ながら獲れず。そうそう甘くはない。幸い、少し苦くてまずいが食べられなくはない、という植物が少し採れた。勿論、持ち帰っても売れるようなものではない。それでもスープの具にできれば堅パンと共に少しは腹の足しになる。干し肉から染み出る薄いダシにも少しはアクセントが加わるであろうし。グリットはそう考えながら火を起こそうと火打ち石を打ち付けるが、なかなかうまく着火しない。先日の雨で完全に水を吸った木の枝や草葉は、森の中ではなかなか乾かない。まだ湿り気が抜けていないのだ。苦戦するグリット。
「あの~、ちょっといいですか?」
グリットが頭を上げると、なにやら手に持ったミツハが立っていた。
「ちょっと私がやってみていいですか?」
野営に慣れた自分が苦戦しているのだ。毎日料理で火を使う家庭の主婦ならともかく、ろくに自分で火を起こしたことも無さそうなお嬢様には難しいだろう。しかし、一応は雇い主。しかも経験が目的で雇われたのだ、無下には出来ない。
「いいよ、やってみて」
グリットは火打ち石を差し出すが、ミツハはそれを止める。
「いえ、自前のがあるんで」
そう言うと、しゃがみ込んで手にしたチューブからにゅるにゅると数センチ分の何かを絞り出すミツハ。木の枝にそれを擦り付ける。次に、チャッカマンを手にして一発点火。
「な、なに……」
ぽかんとするグリット。
「科学の勝利です!」
ミツハはドヤ顔で胸を張った。無い胸を、精一杯。
…うるさいわ!
「おい、何だよあれ…」
スープを沸かすグリットの少し横で食事の支度をするミツハを見て、4人はこそこそと話していた。その視線の先には。
通常のカセットコンロの半分以下の大きさで、本体からガスカートリッジが半分くらいはみ出しているマイクロカセットコンロ。それにかけられたアルミ鍋で煮立つ大量のスープ。横に置かれたキャンプ用収納食器。中身を鍋に入れてカラになった濃縮スープの空き缶。148円で買った5個入りのミニあんパン。アルミ皿に出された桃缶の中身。明らかに少女ひとりには多すぎるその量。自分の分の食事の用意は必要ないと言われたものの念のため多めに用意していたが、これではそう言うのも当たり前か。
「残りの荷物、全部食べ物かよ…」
「あ、少し多すぎて食べ切れそうにないんで、手伝ってもらえません? 代わりに、そちらのをほんの少し味見させて欲しいんですけど…」
「「「「喜んで!!」」」」
即答であった。どこのブラック居酒屋だよ。
「うまい……」
たっぷりの具に、濃く深い味。いつの間にこんな調理をしたんだ、お嬢様…。貴族か大商人の道楽娘かと思っていたのに、この料理の腕と手際。充分高級料理店がひらける腕だ。
驚愕に目を見開くスヴェン。
残念、それはスーパーで買った2倍濃縮の缶入りミネストローネだ。
「何これ、パン? 柔らかい! 中にはいってる甘いの、何!」
叫ぶグリット。
黙ってはむはむと食べるイルゼ。うん、そこは外さないんだ、無口キャラ。
影が薄いな、ゼップ。アレクシスのようなタイプでよく喋るのだろうと思っていたのに。あ、私は対象外ですか、そうですか。ちょっと自意識過剰でした、すみません。
「どうですか、これ、売れますかねぇ。パン以外はかなり日保ちするんですけど」
ミツハの質問に、スヴェンはちょっと考えた後で答えた。
「…値段による。但し、多少高くても、貴族や金持ち、それと軍には間違いなく売れるだろうな」
「そうですか…」
う~ん、軍はなぁ。軍需物資になったら変なのに目を付けられそうだし、そんなにたくさん取り扱ったら時間取られて他のことが出来なくなる。千、万単位になるだろうから。軍なんて話になったら、いくら伯爵様でも庇って貰えないかも…。
「そんなにたくさんは無理だし、金持ちはたまの旅の間くらいまずいメシ喰ってりゃいいんですよ。分かりました、なんとかスヴェンさんたちが気軽に買える値段になるよう頑張ってみます」
「え、正気かお嬢様! 大儲けできるのに!」
「いいんですよ。利益は他のもので出しますから」
うん、150円で仕入れても、原価で小銀貨6枚。600円くらいの感覚ね。こりゃ貧乏傭兵じゃ旅の間毎食、ってのは無理だわ。数回に一度のちょっとした贅沢、って感じかな。それも、利益無しの原価で売って。それに缶詰は結構重いしねぇ。フリーズドライはもっと高いし…。
あっ、カロリーメイトは? 普通に食べるんじゃなく、予想以上に獲物も何も獲れなくて食べ物がない時や、遭難した時なんかのための、念のために持っているだけの非常食。それなら多少高くても売れるかな。毎回買うわけじゃないし。うん、明日の朝、出してみよう。昼食はあれ出すしね、うん。
あれ、なんかみんな、感動した顔してるよ。そんなに美味しかった?
しばらく焚き火を囲んでの歓談。
お湯を沸かしてお茶を振る舞った。粉末紅茶オレ。安くて手軽で美味しい。愛用してるよ。みんなにも大好評。うん、これは売れるね。
適当なところでいったん抜け出した。うん、小川の側って聞いてたから身体を洗おうと思ってちゃんと準備しておいたのだ。長時間歩いて汗だく大盛り、だからね。テントにはいってごそごそと着替える。こんなこともあろうかと、と持って来ておいたビキニの水着。いや、お見せできるようなモノじゃないけど、ワンピースタイプとかだと身体を洗いにくいから。あくまでも汗を流して身体を洗うのが目的なんだから。
石鹸は使わない。こんな綺麗な小川の水を汚したくないし、水着を着ていては面倒だし。軽く水で流すだけ。さっさと着替え終わり、タオルを持ってテントを出ると、こちらを見るゼップさんと目が合った。ゼップさんが、手にしていたコップをぽとりと落とす。
「お、おじょ、おま、おま……」
「馬鹿、何て格好してるのよォ! 男共、うしろ向けえェッ!!」
怒鳴るグリットさんに、駆け寄って自分の上着を脱いで私に被せてくるイルゼちゃん。
え、どうしたの??
「いったい何を考えてるのよ、ハダカで男の前に出てくるなんて! いくら子供でも、もうそんな歳じゃないでしょうが!!」
真っ赤な顔で怒鳴るグリットさんと、隣りでこくこく頷くイルゼちゃん。スヴェンさんとゼップさんはどこかに逃げて避難している。
「いや、これ、水着で、見せてもいい…」
「黙りなさい! そんなの、下着ですらないでしょ! ハダカじゃない!!」
ああ、ここの女性用下着はかぼちゃパンツ、と言うか、ドロワース、だっけ、そんなのだったね。ベアトリスちゃんに下着売り付けようとした時、私の下着見て倒れちゃったよね、ベアトリスちゃん。…ごめん。
そして結局、長いお説教のあと、男性陣をグリットさんが監視、イルゼちゃん付き添いの下に水浴びが許可されたのであった。
翌朝、日の出と共に起床。食事は無しでさっそく採取、の予定であったが、急遽変更。本当は朝はすぐ採取で昼前に朝食兼昼食を少しがっつり気味に摂り休憩、それから夕方まで今度は狩猟、という予定であったが、スヴェン達4人が起きると、既に起きていたミツハがお湯を沸かして待っていたのだ。火起こしから始めるスヴェン達と違い着火一発のマイクロカセットコンロを使うミツハには湯沸かしなど手間とすら感じない。
「これ、食べてみて下さい」
紅茶オレのカップと共に差し出されるのは、カロリーメイトフルーツ味。
「栄養たっぷりの滋養食です。日保ちするし、携帯性も抜群ですよ」
そう言ってカロリーメイト2箱を差し出され、恐る恐る受け取る4人。内袋1つずつを手にして食べ始める。
「美味しい…」
「量は少ないけど、なんか、栄養摂れた、って気がするな…」
うむ、なかなか好評。え、おかわり? 無いよ。さっさと採取に行ってよ。
みんなは採取に出掛け、ミツハは留守番。採取場所はそのあたりだから問題ない。え、どうしてミツハはやらないか? 飽きたんだよ、うるさいな!
昼前、10時くらいかな、みんなが戻ってきた。すでに準備万端。お湯はもう沸いている。あとは麺を入れるだけ。
「お帰り~。ごはん、すぐ出来るからね~」
なんかもうそれが当然のような気がして、誰も突っ込まない。
数分後、なにやら煮込みスープのようなものが手渡された。スプーンではなくフォークと共に。
「これは?」
「我が家に伝わる秘伝の料理、その名も『袋らーめん』!」
「「「「おお!」」」」
ノリが良くなってきたよね、キミタチ。
「これなに!」
「うまい!」
って、たまには違うこと言ってよ。ボキャブラリー貧困だよ。
うん、袋ラーメンなら安いし軽い。水だけあれば良いし、寒い時には身体も暖まる。カップメン? あれ食べてて「オレ、カネ無くてさ。毎日カップラーメンだぜ」なんて言ってるヤツ。そんなの認めない! 本当に貧乏ならば袋ラーメンだろ、袋ラーメン! それと、食パンの耳!!
まぁ、カップメンは傭兵が荷物に突っ込んで運ぶとスチロール容器が割れちゃうからダメだよね、多分。
とにかく、有力商品が決定した。
食後のひと休みのあと、いよいよ来たよ、さぁ、狩りの時間だぜ!




