166 チェルシー・テラワロスへの道 1
『食パン咥えた転校生の少女』作戦により、予定通り、セルツ商会の娘、レフィリアとの接触に成功。色々と調べて、ようやく恰好の条件の者を見つけたのだ、鉤に掛かった魚を逃したりはしないよ!
「ど、どどど、どうか、私の命だけでお許しを! 家族には、何卒、御容赦を……」
「どこの暴君か~い!」
テンパっているレフィリアに呆れるけれど、こういう国では、それが普通なのかな。貴族や権力者の気分次第で、平民はアリを潰すように、簡単に……。
いや、今は、そんなことは関係ない。
「いえ、そんなことはしませんから! それより、レフィリアさんって、商会の娘さんだったのですか? それなら、ちょっと御相談したいことが……」
そう言いながら、テーブルの横に置いていた荷物の中に手を突っ込み、ごそごそと中を探って掴み出したのは、1本の小瓶。
「こういったものを私の国から運び、この国で売りたいと考えているのですが、売れると思われますか?」
「え……」
最初の小瓶に続き、私が次々と荷物の中から取り出す品に、眼が釘付けになるレフィリア。
小瓶の中身は、胡椒、唐辛子、塩、砂糖、その他様々な調味料。そして、ウィスキーやブランデーの300ミリリットル瓶。勿論、塩は海塩の精製塩、砂糖はテンサイから作られた上白糖である。
各種ハーブ類もあり、シナモンという品もんも……、って、うるさいわ!
そう、食べたらなくなる、通称『消え物』。
現物を見ても、栽培方法や精製方法が分かるわけじゃない。
日本じゃ格安だけど、この世界じゃ、かなりの高額商品。
塩は安いけれど、安価で上質の塩が出回れば、既存のルート、つまり生産者や流通ルートがボロボロになるだろう。
これでこの国の金……金貨ではなく、『金』ね……を吸い取り、国力を低下させる。
そして、私が稼いだお金は国内を循環しているから問題ない、……というように思わせておいて、いざという時にはうちからの『出口』を絞り、一挙に荒稼ぎしてから、全ての金銀・パールプレゼントを、国外に運び出す。
ふは。ふはははは。ふはははははははは!!
……おっと、いかんいかん、今はレフィリアを嵌め……、騙し……、説得せねば!
と思ったら。
「こっ、こっ、こここここ……」
ありゃ、レフィリアが、鶏に……。
「こっ、こっ、これは……」
よし、食い付いた!
「現在この国で売られているものよりも、かなり安く卸せると思うのですけど……。あちこちに少量ずつ売るのは面倒なので、どこか、纏めて引き取ってくれる商会があれば、独占契約をお願いしたいと……」
「買ったあああああぁ!!」
よし、フィイイイイイッシュ!!
* *
「え?」
「いえ、ですから、お父様が経営されている商会ではなく、レフィリアさんが新たに自分で立ち上げられた商会にお願いできれば、と考えているのですが……」
「えええええ!!」
そう、頭の固い、そしてそれなりに老獪な中年男性を相手にするのは、デメリットが多すぎる。
その1。小娘だと思って舐められ、話を聞いてくれなかったり、約束を破って勝手なことをされたり、無茶な要求をゴリ押ししてきたりする可能性がある。
その2。たくさんある取引相手のひとつとしかみなされず、搾取の対象としか認識されない可能性がある。
その3。こちらの企みに気付かれる可能性がある。
だから、経験が浅く、このチャンスに舞い上がっていて視野が狭窄しており、そしてうちとの取引が商売の背骨となる、こっちの言い分が簡単に通りそうな、自分が遣り手だと思っている甘ちゃん。
私にとって理想の取引相手として、多くの中堅商会の子女の中から選び抜いた、最高の獲物。それが、レフィリアなのである。
「設立資金は、私が融資します。とりあえず、銀行に30キロの金のインゴットを換金したお金が、ほぼ手付かずで残っていますから、それを使いましょう。最初の仕入れ金は掛け売りで結構ですから、実際には大したお金は掛からないでしょうけど。
とりあえず、最初はそこそこの倉庫がある貸し店舗があれば充分でしょう。あまり嵩張らず、少量で高価な品を中心に扱う予定ですから……。
あ、貴族には少々伝手がありますから、紹介くらいならできますよ。
如何ですか?」
店。
商会。
父が経営し、兄が継ぐ予定の、曾祖父が設立したセルツ商会。
自分は、いくら才能があろうと、所詮は女。店を継ぐことも、意見を真剣に検討し取り上げて貰えることもなく、ただの手伝い要員としか看做されず、数年後には取引先か同業者のところへ嫁に出される。ただの『駒』として……。
自分の意思も、能力も、夢も、望みも、全てを踏みにじられて、ただの駒として……。
「やります! やらせて下さい! この命と誇りに懸けて、必ずや、御期待に応えて見せます!!」
それ以外の返事が、あろうはずがない。
私は、テーブルの横に置いてある荷物を、ずい、とレフィリアの方へと押しやった。
「見本品として使って下さい。品質には、些か自信がありますよ」
にやり。
笑った私を見て、レフィリアも、笑みを浮かべた。そして……。
「子爵閣下に、感謝と、そして我が忠誠を……」
そしてレフィリアは、迅速に行動した。
父親の商会の手伝いを辞め、商会設立の手続きを開始。
時間の節約のため、鼻薬を利かせることも厭わない。今は、賄賂による僅かな損失よりも、少しでも早く商売を始めることの方が重要であった。
何を馬鹿なことを、と、資金も伝手もないはずのレフィリアの話を戯言と一笑に付していた父親と兄は、あっという間に書類手続きを済ませ、倉庫付き店舗の確保、そして販路を開拓したレフィリアに、顎が外れんばかりにぱっかりと口を開いて、呆然。
レフィリアの話によると、ヤマノ子爵の名と、見本として渡した品が神剣並みの威力を発揮したらしい。……ま、そりゃそーか。資金も潤沢だしね。
ある程度名が知られた後は、必死で売り込む必要はなかったらしい。向こうから、『是非、売って貰いたい』と店のトップがやってくるというレベル。まだお声掛けの段階で、売り物としての現物も届いていないというのに。
斯くして、『雑貨屋ミツハ』は、国外に提携店を得た。
あくまでも、商会はレフィリアのものであり、私は商会の持ち主でも株主でも出資者でもない。
ただ単に、レフィリアにお金を貸し、そして商品を掛け売り、つまり代金後払いで卸しているだけの、取引相手に過ぎない。
つまり、商会の設立のための手続きには私は何の関係もないし、商会に何か法的なトラブルがあっても、一切、無関係。ある日突然、私が全ての手持ち資金と共に母国に帰ることになったとしても、誰からも文句を言われる筋合いはない。
……いや、レフィリアを見捨てたり、使い捨てにしたりするつもりはないよ。……今のところは。
もし、万一そうせざるを得ないような事態になったとしても、私には何の問題もない、というだけのことだ。
ま、本当は、こんな安全措置を講じる必要はないんだけどね。
たとえ何があろうとも、全部ぶん投げて、自分の財貨全てと共に撤収すれば済むだけのことなんだから。
誰にも、私を拘束したり、私の財貨を理不尽な手段で奪ったりすることはできない。
……それに、理不尽な手段で人のものを奪おうとするならば、それは、自分が理不尽な手段で奪われても文句は言えない、ってことだ。それが、悪質な商人であろうと、貴族であろうと、……そして国家権力であろうと。




