16 美味しい仕事
マルセルさんは「今夜、試食会を行います。マルセルさんを含めて4人で来て下さい、決定権のある人を含めて。あ、お腹は空かせて来て下さいね」とのミツハの言葉を聞き、帰って行った。ちゃんと包丁他も忘れずに持って。
マルセルさんの話によると、お披露目パーティーの主役は勿論デビューする本人であるが、最初に簡単に『結婚相手の候補として、この娘も壇上にあがりましたよ』と紹介したあとは貴族同士の交流が主となるらしい。主役は子供達同士で交流し、大人は『大人の話』をするそうな。
だから、式次第やら出し物とかがあるわけではなく、お披露目パーティーの良し悪しは『料理5割、ドレス2割、本人2割、その他1割』とかいう感じらしい。うん、責任重大だね、料理。
マルセルさんが帰ると、ミツハはすぐに転移した。そして着替えるとすぐに出かける。行き先は、ミツハの幼稚園からの幼馴染み、酒屋のみっちゃんの家。みっちゃん本人は都会の大学に進学して不在だが、今日の目的はみっちゃんではない。みっちゃんの家に着いたミツハは玄関先で大声で叫んだ。
「たのも~!」
いや、ここでは心の中ではなく本当に叫んでも構わないんだ。だって幼稚園の頃からずっとやってるんで家の人も近所の人も慣れてるから。
いつものように出てきたみっちゃんのお父さん。
「美智子ならいないよ」
うん、知ってる。
「いや、今日はおじさんに用があるの」
「おや、嬉しいねぇ。で、何だい?」
「お酒売って下さい」
「へ?」
結局、渋るおじさんを何とか説得してお酒の入手に成功。あとで家に配達して貰う。
説得の内容? 外国人のパーティー仕切る仕事が取れそうで、料理とお酒の見本が要る、って、ほぼ本当のことを言っただけ。いや、おじさん、嘘を見抜くの上手いんだもの。もしうまく行ったら大量購入、って囁いたのも効いたかな。いや、私は飲まないよ、本当に。
次に、あまり劣化しないもの、つまりレトルトだとか缶詰だとかフルーツだとかの食材を購入。アイスも買って冷凍庫へ。総菜は夕方になってから。
寿司屋に予約。馴染みのフランス料理店のシェフに頼んで持ち帰りのスープと料理を予約。
よし、あとは総菜購入と予約の品の回収まで、久し振りに自宅でゴロゴロするか。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けて出迎えると、予定通り、マルセルさん以下4人の姿が。
ふたりは、子爵夫妻。あとのひとりは二十歳台後半の女性だけど、マルセルさんの部下、セカンドを勤める料理人らしい。女性の料理人は少ないらしいのに、貴族家の厨房でセカンド。きっとデキる女性なんだろうな。
みんなを調理場の席へ案内し、まずは挨拶。
「ようこそお越し下さいました、雑貨屋ミツハのオーナー、ミツハ・ヤマノと申します」
来客側の自己紹介はない。これはあくまでも非公式のお食事会。マルセルさんが友人を連れて馴染みの店に来ただけだ。貴族家の弱みや抱えている問題なんか誰も知らない。本音の話は、もし話が次の段階へ進んだら、である。
あ、子爵夫妻は服装を見れば分かるし、女性のことはマルセルさんがそっと教えてくれた。
「本日は、様々な料理の味見をして戴きます。そのため、コース料理と違って順番の組み立てとかは関係ありません。とにかく色々出します。ひとつひとつは少量なので、申し訳ありませんがひとつのお皿で出させて戴きます。取り皿でお願いします。味見だけで、無理に全部食べようとせずに残して下さい。あとのが食べられなくなりますので」
4人は黙って頷く。
さて、始めるか。
「コンソメスープです」
流石にスープは個別に出す。
黄金色に輝くスープ。フランス料理店シェフの渾身の作である。
香りを嗅いだ瞬間から4人の表情が変わった。ひとくち飲んで、恍惚の表情で味の深みを堪能する。
「……」
声も無い。
スプーンを動かす手が止まらないようだ。
「あとはどんどんお皿を並べますので、御自由にお試し下さい」
そして次々と運ばれる皿。
フレンチ、中華、和食、無国籍、等々…。
ちゃんとしたお店のものもあれば、スーパーの総菜、レトルトや缶詰、なんでもござれ。美味しいもの、珍しいものが勢揃い。勿論、魚料理や寿司もある。
そしてお酒。ビール、ワイン、ウィスキー、ブランデー、日本酒。流石に焼酎やビン売りのカクテルとかはパス。酒精の強いものは注意するようアドバイスも忘れない。
質問責めかと思っていたのに、みんな黙々と食べ、飲むばかり。拍子抜けと言うか、不気味と言うか…。
その後、だいぶお腹が膨れてきたのか食べる速度が低下し、ようやく質問が出始めた。
「…これはこの国の料理と酒ではないね?」
うぉう、子爵様、初っぱなからストレート!
「はい、私の出身国と、その周辺国のものです」
「作ったのは?」
はい、ガンガン来ますね!
「私の国の者です」
うん、嘘はない。
「その者は?」
「今はこの国の民となり穏やかに暮らしております。今回は見本のみ、一度きりと固く約束を交わして無理をきいて戴きました」
「うむ……」
「そ、それではこの料理を教えて貰う事は!」
マルセルさんの悲痛な声。うん、それじゃ意味ないよね。
「レシピは用意できます。それを何度も練習してこの味に。今、完成形の味を完全に覚えて下さい」
マルセルさんと部下の女性の顔が引き攣る。
「材料はどうなる? 特に、魚とか…。どうやって運んでいるとか、教えては貰えぬのか?」
あ~、そうですね。
「それは私にお任せ下さい。そのための『雑貨屋ミツハ』であり、恋愛から領地経営まで、何でもお任せの相談コーナーですので。
今回は、物の販売ではなく、相談依頼に対する解決のサポート、という形でお引き受け致します。勿論必要経費は別途頂戴致しますよ」
「ふ、ははは、ははははは!」
子爵様が笑い出した。
「ミツハ殿、そなたと是非契約したい。契約事項は、料理素材の提供と料理の指導。それでお願いする」
うん、合格らしい。いや、当然だけどね。シェフのスープの段階で既に勝負はついていたんじゃないの? これで、大儲けできる。しかし……。
「だが断る!」
ミツハの言葉に、子爵は笑っていた口をあんぐりと開けたまま固まった。
「いやいや、料理の件は引き受けても構いません。ただ、それだけでは面白くないな、と」
「と言うと?」
「ドレスも演技指導も、全部任せて貰えませんか? 小学生の時に『くれない検尿』と呼ばれたこの私に!」
「演技指導?」
それから長い話し合いが行われ、必ず全ての内容のこまめな報告・説明を行うこと、リハーサルを行うこと、等の様々な条件付きで、パーティーの大半を任される事となった。まぁそうだよね、こんな大事なこと、他人に任せっ放しでぶっつけ本番とか、あり得ないよね。依頼主がそんな馬鹿なら、絶対仕事は引き受けない。
その後、マルセルさんと部下の女性の必死の懇願で、一度別室から家に転移してたくさんのナイロン袋を持って来た。食べ残しを持って帰りたいとかで…。
うん、傷まないうちに食べちゃってね。何だったら、理由考えてまた数種類ずつ買ってくるからさ。それと、全部作れるようになる必要はないんだよ。この国の普通の料理を出さないわけじゃないし、デザートとかは私が持ち込むからさ。何かインパクトがあるのをいくつか選べばいいだけだから…って、聞いてませんか、そうですか。
子爵様は、残ったお酒を全部持ち帰った。追加の注文も受けた。みっちゃんのお父さんに追加頼んで、ついでに大量受注確定の報告をしておこう。
うん、貴族のパーティーでは「飲食物が残り少ない」などという状態になることは決して許されないから、実際の必要量よりかなり多く用意するんだって。凄い売り上げになりそうだよ。少しみっちゃんへの仕送りを増やしてあげてね。
で、ようやくお帰りかと思ったら、怖い顔をした子爵夫人にがっつりと肩を掴まれた。
あ、シャンプーとボディシャンプーですか、そうですか。
貴族用の高級品だと言って、シャンプーとリンスが別のやつを売り付けた。かなりボった。
いや、平民の女の子が買いやすいようにと、女の子の必需品は利幅を少なくしてるんだ。ただでさえ交換レートのせいで日本の4倍以上、つまり円で千円ならこっちでは4千円相当の価値感覚になる銀貨4枚、とかにしてトントンなんだから。その分を補完するため、貴族には高く売ってもいいよね。貴族の方も、平民と同じモノではなく貴族用の高級品、って方が嬉しいだろうし。うん、みんなが幸せになれるね。
え、銀貨8枚で平民にシャンプー売った?
いやだな、うちは多利薄売、10倍20倍は当たり前、だよ。2~3倍くらい……。
え、石鹸業者が潰れる? いや、石鹸は売らないから。あくまでもシャンプーとボディシャンプーのみ。ぶよぶよ石鹸は洗濯、手洗い、洗顔その他で生き延びてね。
それに、世界中の女性の幸せの方が大事でしょ、石鹸屋のオヤジの儲けより。常識で考えようよ、常識で……。
翌日から、日本で忙しく立ち回った。
私の勝負用ドレスを作って貰った腐女子店長が経営する洋裁店。いい歳をしてコスプレにげふんげふん、今では自分ではなく他の若いげふん、他の女の子が着る服を受注している。いや、勿論本業の合間に、だよ。まぁ、そもそもコスチュームの自作が高じてプロになって店まで持った人だから、どっちがメインなんだか…。ただ、結構稼いでる模様。
顔を出して、ドレスが凄く役に立って後援者をゲット出来たと礼を言うと、すごく喜ばれた。で、次の予約。ライナー子爵家息女、アデレートちゃんのドレス一式である。『外国の貴族のお嬢様のデビュタント用ドレス』と説明すると、抱きつかれた。
「な、ななな、何と言う光栄! 何と言う至福!!」
パーティーの様子を撮影すると約束することで、かなり安くして貰った。本人のサイズ測定と、出来れば会いたい、とのこと。なんか、本人に直接会うとその子の雰囲気に合ったドレスがイメージできるらしくて。いや、本当にそれだけだよね? 下心とかないよね?
あと、できればその国のドレスが見たいとか。まぁ、標準が判らないと難しいよね。何とか考えよう。
相談の結果、作るドレスは3着。演出の相談にも乗って貰った。
そ、そう来るか…。じゃ、剣の用意も頼むわ。勿論使えない模造品で。
家電量販店。まだアレ売ってるかな。あ、取り寄せ? お願いします。
LED電球、ケーブル、その他色々…。
バッテリー、はまた後日。ムービーカメラ、ワイヤレススピーカー、スポットライト…。
いや、自重はしてるよ? 失敗が許されないから念には念を入れて過剰に準備しているだけで。ほら、飲食物を何倍も用意するのと同じ。貴族式だよ。
お金がまたどんどん減っていく。この仕事が終われば入金がある! とりあえず貯金穴ではなく隊長さんに換金頼んで使い込んだ日本円分をドルで海外預金にしておこう…。先行投資分を補完し終えたら、貯金穴の出番だ。
「それでは、お嬢様をお預かり致します」
アデレートちゃんをエスコートして、馬車へ。
馬車の中にはアデレートちゃん、ミツハ、護衛2名。拠点、雑貨屋ミツハへお出かけである。
店は貴族街寄りにあるため、すぐに到着。馬車は店の前、護衛のふたりは1階のテーブル席で休んで貰う。アデレートちゃんのサイズ測定なので男子禁制、と言えば反論はできない。まぁ建物から出るわけではないので問題無い。ミツハはどう見てもアデレートちゃんには素手勝負では勝てそうにないし。
護衛の人に飲み物を出しておいて、アデレートちゃんと2階へ。部屋にはいる前にアデレートちゃんに目隠しをして貰う。不思議がられたけど、魔法のおまじない、とか適当なことを言って誤魔化した。
そして、部屋にはいる瞬間に転移。
「こんちは~」
ここは腐女子洋裁店である。
「キタキタキタ~!!」
店長、ハイテンション。廃テンチョウ、いえ、何でもありません。
アデレートちゃんの目隠しを取る。
「超美少女キタコレ!」
いや、もういいですから…。
アデレートちゃんはここがお店の部屋の中だと思っているから、その驚いた顔はこのウザい生物に対して、だよね、多分。
「さっさと計測して下さいよ。貴族のお嬢様に無礼働いたら、クビが飛んじゃいますから。いや、比喩表現とかじゃなく、物理的に、本当に」
流石の腐店長もビビったか、真面目に計測してくれた。その後、ミツハの通訳で少しお話。アデレートちゃんは「???」状態であったが、店長は絶好調。大満足での顔合わせ終了であった。
帰り際、ミツハは店長にメモリースティックを渡した。アデレートちゃんやアマーリアさんが持っている服を始め、街の貴族用服飾店に展示してあるドレス、ひと足先にデビュタントを終えたアデレートちゃんの友人が着たドレス等を見せて貰い、撮影したものである。素敵なドレスなので是非見せて欲しいと言われて悪い気はしない。喜んで見せてくれたので、さりげなく撮影。中にはわざわざ着て見せてくれた友人もおり、後で画像を開いた店長は狂喜した。
来た時と同じ要領で、2階通路に帰還。1階ではアデレートちゃんが強請るので店内を案内、超食い付かれた。仕方無く小物をプレゼント。経費で請求しちゃる。
冷蔵庫のショートケーキを出して振る舞うと、またまた食い付かれた。
あ、ケーキも美味しかったけど、冷蔵庫が気になりますか、そうですか。
魔法の箱だから誰にも言ってはならない、と誤魔化す。あ、警備の人がガン見してますか、そうですか。
一応、ショートケーキをお裾分けして買収を図ったが、効果の程は不明である。
ミツハは連日、日中はライナー子爵家に滞在している。客室ではない。厨房である。
いや、料理のレシピ本とか色々渡したのだが、ミツハしか読めないのである、当然。で、ミツハが読んで、厨房の皆さんがメモ。ミツハも料理は得意な方であったから、料理本があれば大抵の料理はなんとか作れるし、現代料理の基礎やコツも知っている。付きっきりでの指導を頼まれるのも当然であろう。
マルセルさんは地球料理のうちからパーティー用として大量生産し易く美味しくてインパクトがあるものを数点選び、練習を続けている。
少量ずつ作って練習しているが、実は100倍作るならそのまま量を100倍すればよい、というものではないのだ、料理の世界は。火の通り、混ざり具合、具材との絡み等、それぞれ条件が変わる。しかし料理人はそれを乗り越える。そのためには、レシピ丸暗記ではなく『身体で覚える』必要があった。
……面倒だなぁ。
いつの間にか、マルセルさん始め厨房のみんなに『師匠』と呼ばれるようになっていた。
………カッコいいじゃん。




