155 捜 索 3
そして、往路で頭上を飛んで位置を確認しておいた、救助船へと向かった。
ここまで来ると、既に戦術画面に救助船の位置と進路、速力が入力されているから、レーダーと併せれば、ほぼ一直線。時間のロスなく真っ直ぐ向かえるんだけど、私は、その時間すら惜しむのだ。
『ワープ!』
そう、救助船の予想位置へ、地球を経由しての連続転移で一瞬のうちに。
ちょっと位置がズレたけど、勿論、レーダーにバッチリ3隻のエコーが映っているから、問題なし。エンジン音が聞こえない高度のままで、そっとその上空へ。
『見張り台の様子は?』
『見張り員がひとりいるようです』
機内交話機での私の質問に、最も見張りに習熟している機上武器員が双眼鏡で確認して報告してくれた。
『了解。フェイズ3を開始します!』
そう言って、私は頭の中で手順を繰り返した。
地球、マスト、見張り員を連れて地球、甲板、見張り員を置いて地球、マスト。
見張り員が反応できないうちに、ささっと済ませる。
よし、いくぞ! ハンドマイクを置いて、ヘッドセットを外して、と。
「転送!」
「うわっ!」
マストの見張り台にいたはずが、突然甲板に。そりゃ、驚くか。
そして私は、彼に代わって、見張り台に。
そう、転移の連続技は、無事、成功したのである。うっかり見張り員を地球に置き忘れてきたりはしないよ。
対潜哨戒機に乗って飛んでいたことによる運動エネルギーは、転移時における慣性中和処理により、問題なし。これは、中和せずにそのまま持ち越すこともできる。
また、その逆、運動エネルギーの、ある程度の付与もできるらしい。だから、飛んでいる航空機の中に転移しても、席に押し付けられて、ぐえっ、ということにはならない。
……仕組み? 知らないよ! 私の精神か脳みそに融合している、『それ』の一部だったものに聞いてよ! 細かいことは、丸投げなんだから。
私は、マストの上から、見張り員が甲板上で狼狽える様子を確認して、拡声器のマイクを握り締めた。そして……。
『私、登場!』
うむ、広くてごちゃごちゃした甲板上では、マストの上の見張り台にいるはずの見張り員が突然現れたことは、目立たないため別に騒ぎにはなっていない。でも、見張り台の上から、聞き慣れない女の子の声が、それも強い海風の中で船の端から端まで響き渡るような音量で聞こえてきたなら、話は別だ。
甲板上は、大騒ぎ。
魔物や悪魔だと思われて、銃で撃たれでもしたら大変だから、さっさと話を進めよう。
『勇敢なる水兵達よ。ヴァネル王国海軍、40門艦「イーラス」、未だ健在なり! 友を救いに行くがよい! 針路を、右に13度、変針せよ!』
「「「「「「うおおおおおおおお~~!!」」」」」」
「女神様だ! 『イーラス』の乗員を救うため、女神様が顕現なされたああああぁ~~!!」
うむ。
船乗りは、信心深い。
自分の力ではどうしようもない、巨大な力。
深く神秘的な海。暴風雨。海中の怪物。そして敵との戦い。
そんなのを相手にする毎日では、神頼みでもしなきゃ、やってらんないよね。
そして、神頼みは、無料だ。強突く張りの教会がせびる寄進の金以外は。
ならば、駄目で元々、信心しておいて悪いことはない。何より、それで心の安寧が得られるならば、儲け物だ。だから、船乗りには信心深い者が多い。
それに、夜中に見張りに立って海を見詰めていると、どんな粗野な男であっても、自然と信心深くなるものらしい。
無限に広がる大海原。砕け散る波濤。煌めく夜光虫の青白い光。
この世のものとも思えぬ、幻想的な美しさ。
そして、たまに目にする、盗み飲みしたラム酒が見せた幻覚か、見張りの途中で居眠りしていてみた夢か、後で思い出しても現実かどうか分からない、アレ。
これで、信心深くならなきゃ、どうかしてる。
……ってことらしい。お兄ちゃんが言ってた。
そんな船乗り達の前で、突然マストの見張り台に出現した女の子が『女神様の使い』を名乗ったり、そう思われて当然の言動をすれば……。
うん、そういうことだ。
そして、艦長が指示したのか、操舵手の独断なのかは分からないけれど、艦が少し向きを変えたような感じがした。手持ちのコンパス……オリエンテーリング用のやつ。磁針じゃなくて、円盤状のがオイルの中に浮かんでいる、拡大レンズやら何やらも付いてるカッコいいやつだ。あ、これ、軍人くんにあげたら狂喜しそう、って、駄目だ駄目だ、また10個くらい注文が来そうだ……で確認すると、確かに変針しているみたいだ。一応、信用された模様。
あれ、旗旒信号が揚げられたぞ。
ええと……、『ワレニツヅケ』、って、旗艦であるこの船と隊列を組んで進んでいるんだから、目的海域に到着して担当海域別に捜索活動を始めるまでは、同行するに決まっているんじゃないの? 変針も、僅かな角度だし……。
アレかな、女神様の御神託が嬉しくて、『みんな、俺に続け~!』って言ってみたかっただけかな?
まぁいいや、そんなの、どうだって。
あ、旗旒信号が読めるのか?
今まで、何人の海軍軍人と話してきたと思ってるの? うん、あれも一応、『言語』扱いらしいよ。
よし、これで、遭難船『イーラス』と、この救助艦隊の3隻、合わせて4隻分の船乗り達は、『女神様』に心酔するだろう。そして、ほぼ絶望と思われていた救助の成功という事実と、船4隻分の証人がいては、上の方も、この奇跡を認めざるを得まい。
と言うか、『女神がヴァネル王国海軍をお護り下さっている』という事実を思い切り広めて、国威高揚を図るに違いない。そりゃ、国民や他国に対する強力な武器になるだろうからねぇ。
もしかすると、陸軍に対しても強い立場に出て、予算を分捕る、とかいうことも。陸軍派閥の侯爵様には悪いことをしたかな……。
でも、いざという時に、女神様の御神託を信じて味方に付いてくれる可能性がある海軍軍人を増やすための、地道な種蒔きだ。こつこつと、地道に頑張ろう。
あんまり地道じゃないですか、そうですか。
……って、ああっ! 陸軍より海軍の発言権が強くなって、予算をたくさん取れるようになれば、海軍戦力が増強されて、国外進出、ひいては外洋探検航海の規模や回数が増えるのでは? うちの国への調査艦隊再訪の時期を早めることに? あああああ、やっちゃったか?
いやいやいやいや、まだ、慌てるような時間じゃない。
ひっひっふ~、ひっひっふ~……。
よし、撤収準備!
『また、針路の微修正のために訪れよう。友のため、任務に務めるがよい。さらばじゃ!』
よし、転移!
今度は、何事もなく、無事座席に出現。手早くヘッドセットを着けて、と……。
「任務完了。残った時間で、予定通り、調査飛行を行います」
そして、機長とパイロットから了解の返事を得て、転移。
そう、残った燃料分、旧大陸の上を飛んで貰うのだ。前回の遠征で行かなかった方面を。そうすれば、何かの用事でまた国外へ行く時に、楽ができる。
巡航速度が時速800キロ以上だから、1時間で、1日あたり30~40キロくらいしか進めない馬車の、20~27日分くらい。これで、数時間飛んで貰えば、凄いことに……。
よっしゃあ、GOGO!
そして、無事、基地に着陸。
「ありがとうございました! では、明後日、またよろしくお願いしますね」
「はい、お待ちしております」
うん、毎日は申し訳ないから、1日置きで誘導に行くことにした。遭難船と捜索部隊との会合の日は、前日が誘導日だったとしても飛ぶけれど。
では、本日は、ここまで。
もう、今更なので、ここからこのまま転移で帰る。搭乗員や学者先生達、そして出迎えてくれた基地司令官や飛行部隊の偉い人達、外交官の皆さんにぺこりと頭を下げて、転移。
一緒に、私の能力が届く範囲……かなり広い。この基地全体が余裕ですっぽり入る……の、私に関する全て、つまり、抜けた髪の毛とか、椅子に付いた細胞片とか、そういった類いのもの全てを伴っての転移である。
実は、飛ぶ前に通された建物を出る時にも、みんなには分からないよう瞬間的に、往復で連続転移して、建物に何も残さないようにしている。一瞬私の姿がちらついたように見えたかも知れないけれど、多分、目の錯覚くらいに思ってくれているだろう。
それによって、口にしたコーヒーカップに付いた成分も、指紋として残った成分も、全部綺麗に消えたはず。
立つ鳥、跡を濁さず。うむ、完璧である!
* *
「くそおおおおぉ、何も検出できないぃ! 分子ひとつ、付着していないいいいぃ!!
本当に、生きている人間なのか! 身体は何で構成されてるんだ! 妖精か何かかよっ!!」
その日、とある研究室で、悲痛な叫びが響いたという……。




