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15 相談屋のお仕事

 開店4日目。

 10時15分


 チリリン


 キター!

 今日は開店直後からの来客! よし、ノって来たノって来た!

「いらっしゃいませ!」

 迎えるミツハに軽く頷くと、客であるやや小太りの男は足早に店内を歩き回る。三十代半ばくらいかな。まだそんなに歳が行っているわけではないのに、既にややお腹が出ている。裕福なのか、運動嫌いの食いしん坊なのか…。


 店内の商品のジャンル別配置を概ね把握したのか、男は台所用品のコーナーを物色し始めたようだ。鱗取り器が気になるようだが、手に取ってじっくりと眺めたあと元の位置に戻す。

 次に包丁を手に取って少し驚いたような顔をしたが、値札を見て顔をしかめている。

 いや、それ、割といいやつだから。5万8千円だよ、仕入れ値。金貨2枚と小金貨5枚でも殆どトントンで儲けはほんの僅かなんだからね、換算レートも考えると。

 それはいわゆる『この店は高級品も扱ってますよ。技術力は高いんですよ』って示すためのやつで、売れるとか儲けるとかは気にしていない商品なんだ。職人さんが1本1本手打ちで鍛造してるやつだよ。テレビで見たけど、凄かった。感動したね。

 え、買うのソレ!


 何と男は包丁を手に持ったまま次の商品の確認に移っている。驚き!

 良いモノは分かるんだねぇ。いや、ちょっと嬉しいよ。儲けはないけど。


 暫くして、客の男性はいくつかの商品を持って会計台へやって来た。

「すまんが、いくつか聞いていいかな」

 あれ、まだお会計じゃなかったか。

「はい、ご遠慮なく、何でもお聞き下さい。それと、よろしければそちらの買い物カゴを御利用下さい」

 男は、そんなものがあったのか、という顔をして両手いっぱいに持っていた商品をカゴに入れた。


「で、聞きたいのだが、あの『鱗取り器』とやら、なぜあんな物を売っているのだ?」

 え、何か問題でもあるの?


「え、ただの便利用品ですよ。ウロコ取るのに便利なんで、魚料理が得意な奥さんとかに売れるんじゃないかと思いまして…」

 男はあきれたような顔をして言った。

「あのな、ここ、海からどれだけ離れてると思ってるんだ? 干物や燻製、塩漬け以外の、ウロコ取る必要のある魚なんかあるわけないだろう?」

 が~ん! 仕入れミスったぁ!!

 それでか、あの女の子達のあの反応は……。


「それと、これらの使い方を教えて貰いたい」

 カゴに入れて出されたのは、先程手に持っていた商品。あ、まだお買い上げ決定じゃなかったのね、残念。調理関係中心か。多分料理人さんだ、この人。

「はい、これはピーラー、皮剥きに使います。こう、こんな感じで。新入りのど素人でも先輩に負けない速さで綺麗に皮剥きができるという、先輩料理人殺しの卑怯道具です」

 男、どん引き。


「これは砂時計。こうひっくり返すと砂が下に落ちて、いつも同じ時間でカラになります。茹で時間とか正確に計れて便利ですよ。3分用、5分用、10分用と各種取り揃えております。

 こちらは缶切り。いつでもそのまま食べられる料理が数年間保存できる『缶詰』というものを開封するための道具です」


 まぁ、最近は缶切り不要のが主流だけどね。でも、安売り量販店で売ってる格安品にはまだ缶切り使うのも結構あるし、最初は缶切り使うやつからだよね、文明進歩の順序としては。

 ミツハが次々と説明してゆくに連れ、男の顔に段々赤みが差してゆく。そして…。


「教えてくれ。どうしてこれはこんなに高い?」

 どん、と台の上にあの包丁が置かれた。

「ああ、これはただ型に鉄を流し込んで造ったような、子供のおままごと用じゃありませんからね」

「なっ……」

 ミツハの挑発的な言葉に、男が気色ばむ。


「これは、選び抜かれた最高の素材である鋼で、包丁鍛冶一筋数十年の男、いや、鬼たちが何日もかけて作り上げた逸品。実用品にして芸術品、至高の品の一振りです。鬼、そう、『鋼の鬼』が造りしモノ!」

「は、はがねのおに……」

 男はごくりとつばを飲み込む。


「よく見て下さい。何度も折り返し鍛造され、硬い鋼と柔らかい鋼を叩き上げての圧着接合、鋭い切れ味と折れにくい頑健さを両立させた奇跡の御技を!」

 包丁を持つ男の手が震える。


「正直言って、これ売っても私の儲けはゼロですよ。でも、至高の名品を作り手から料理人へと受け渡すのが我々商人の使命。あまり安いと作り手が生活できない。あまり高いと料理人が購入できない。そういう時には、たまには我々が少し自腹を切ってもいいじゃないですか。ねぇ、そうは思いませんか」

「か、買ったあぁ!!」

 男はボロボロと涙を溢しながら大きく叫んだ。


 はい、毎度ありぃ~!



 しばらくしてようやく落ち着いた客は、次の話を切り出した。

「ところでお嬢さん、店主と話したいのだが、可能かな」

「あ、いいですよ、どうぞ御遠慮なく」

「では、呼んできて貰えるか」

「え? いや、だからどうぞ?」

「あ、ああ、いくら若いとは言えこの店の売り子はお嬢さんひとりだから、一応は店主、か。そうではなく、この店の持ち主、経営者にお会いしたいのだ、雇い人ではなく」

 あ~、普通、そう思うよねぇ。


「いえ、この店は私個人の持ち物ですよ。私が買って、改装して、商品仕入れてます。つまりオーナー店主、ってやつですね」

 なんかオーナーシェフみたいな感じだね。

 あ、固まってる。

 …だんだん解けてきた。


「では、お訊ねする。この店で、生の魚の入手は可能なのか?」

 あ~、それが本題か…。昨日の3人からかな?

「どこでそれを?」

「アンケ達から聞いた」

「誰それ?」

「昨日ここを訪れた3人の娘達だ」

 あ、やっぱり。

 ちゃんと宣伝してくれたんだな、感謝!


「ああ、あの3人ですね。うちの最初のお客さんだったのでかなりサービスしちゃいました。大赤字ですよ、あはは…」

「そうだったか…。良い買い物ができた上に美味しいものが食べられたと喜んでいたよ」

 うむ、そうであろう、そうであろう! もっと宣伝に努めるが良い!

 そして、あれはあくまでも特別サービス、普通はもっと高いよ、と暗に釘を刺しておくのも忘れない、デキるオンナの私である。


「…で、なぜ魚を? 先程のお話では、この街には魚料理を食べる習慣はあまり無さそうでしたが……」

 そして男はポツポツと事情を話し始めた。



 男の名はマルセル。昨日の3人娘と同じ、ライナー子爵家で料理長を務める36歳の中堅料理人である。料理人としてはまだ若輩者の年齢ではあるが、実力はあり、自信もあった。

 しばらく前までは年配の料理長の下でセカンドを務めていたが、先日その料理長が急に身体を悪くして引退、療養のため娘夫婦と孫の住む田舎町へと引っ越した。

 かなりの年齢であったのでそれは仕方無い。残されたライナー家の厨房では、セカンドであったマルセルが料理長に昇格、若いながらも順調に切り盛りしていた。


 だが、そこに大きな問題が差し掛かったのである。

 ライナー家息女、アデレートの成人。

 15歳になり成人した貴族の娘は社交界にデビューする。デビューは、当然のこと、自分の家で開かれる自分の誕生日・成人祝賀パーティーである。

 このデビュタントは、娘のこれからの社交界での立場や将来を左右しかねない非常に重要なものである。各貴族家はカネを惜しまず料理に、ドレスにと力を入れる。それこそ、そのあたりの庶民にとってのひと財産、ふた財産が一夜で吹き飛ぶくらいの金額で。


 前料理長が健在であれば何の問題もなかった。若い頃からあちこちの大貴族の厨房を渡り歩き、数々の大パーティーを経験してきたベテランシェフである。

 しかし、そのベテランシェフの急な離脱。

 マルセルの腕は決して悪くない。同年代の料理人の中ではトップクラスであろう。しかし、如何せん、大きなパーティーでの経験が乏しかった。

 ライナー家で何度かあった小規模なパーティーでは前料理長の指示に従い個々の料理を作るのみで、全体的なメニュー構成や料理を出すタイミング、臨機応変な対応などを学ぶ機会はあまりなかった。

 前料理長は、今回のアデレートのお披露目パーティーでそれらをマルセルに伝えるつもりであったのだが、それが急な病で予定が狂ってしまったのだ。


 デビュタント前の子供の誕生日ではあまり大きなパーティーにはしないため、ライナー家では、自宅で開催するここまで大規模なパーティーは現当主夫妻の結婚式以来となる。そしてライナー子爵家は先代からの新興貴族、他の貴族から軽く見られやすい。娘のためにも絶対に失敗や陰口・悪口、嘲笑の元となるような不手際は許されないのであった。


「…で、自信がないんだ。その辺の料理人には負けないだけの自負はある。でもそれは、大貴族家で長年勤める超ベテラン料理長や王宮の料理人に較べると素人料理に毛の生えた程度なんじゃないかと。料理のせいで旦那様やお嬢様に恥をかかせてしまうんじゃないかと。それが怖いんだ。情けないことに…」

 マルセルはまるで身体が小さくなったかのように身を縮めた。

「で、この街ではまず食べられない料理で客の度肝を抜こうと考えた、と」

「ああ、その通りだ……」


 う~ん、ただ単に魚を売ってそれで終わり、でいいのかな。儲かりそうだし、人助けになるしで、万々歳だけど………。

 でも、なんだろう、胸の中がうずうずするようなこの感覚は……。


 あ。


 判っちゃった。これ、アレだ。

『楽しい』ってやつだ。楽しくなりそうな気配だ。

 逃がしちゃダメだよね、私のポリシー的に。


「ちょっと待ってて下さいね」

 そう言うと、ミツハはドアの外側に『特別依頼請負中のためしばらく閉店します』という札を掛けてドアの鍵を掛け、カーテンを閉めた。作っておいて良かった、この木札。

 少し早めの閉店。まだ店を開けて1時間も経っていないが。

 会計台の席に戻ったミツハは、台の下から作りかけの木札を取り出してマルセルに見せた。

「実は、こういうのも始めまして…」

 そこには、こう書かれていた。


『恋愛相談から領地経営まで。何でも相談承ります。料金、応 相談』

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今更感はありますが、最近読み直してて思ったのだけど、 鱗取り機や魚料理に驚いてたけど、川や池に魚は居ないのかな? 池や川魚は小さいイメージだけど、日本でも鮭、フナ、コイ、ブラックバスな…
[気になる点] はがねのおに………これって⚪ジョージのグループが主題歌を歌っていたあの作品駄洒落ですか?(笑)
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