110 次なる国は 3
「おおそれながら、申し上げます。今回の件は1国の運命のみならず、この大陸に住む全ての人々、全ての国の未来を決める重要なことです。なので、嘘や引っ掛け、駆け引き等に無駄に費やす時間も余裕もありません。だから、ゴネ得、虚偽、裏切りは、一切認めません。
出された条件は、その国が真に求めること。そう判断し、そのように対応致します」
「こ、小娘が、何を……」
伯爵様が私のことを「姫巫女殿」と呼んだ時点で、私のことは分かっているはず。いくら隣接国ではないとはいえ、帝国との事件は、ここ数十年の間では突出した大事件だったのだ。事件のあらましが伝わっていないわけがない。まぁ、私のことは「勇敢なる貴族の娘」程度の、王宮からの公式発表のとおりに伝わっているのかも知れないけれど。
で、私のことがどう伝わっているにせよ、ここでは、私に決定権があるように振る舞うことになっている。伯爵様だと、使節団の長として、そして貴族としての立場があり、そう無茶な態度は取れないけれど、私なら無茶が利く。子爵家当主としてではなく、「姫巫女様」としての立場であれば。それを思い知らせてあげよう。
「交渉相手を小娘呼ばわりということは、まともな交渉を行うつもりはない、という意思表示と受け取りました。そして、我が国の代表である使節団への侮辱は、すなわち我が国、我が国王への侮辱。今回の件、しっかりとお伝え致します。
では、今回のお話は御縁がなかったということで……」
私が立ち止まったため、伯爵様達も立ち止まっていたが、再び歩き出す使節団一同。
「ま、待て! 伯爵、どういうことだ! ちょっと名を売っただけのこんな小娘に勝手なことを言わせて良いのか! 我が国を馬鹿にすると、どうなるか……」
「は?」
再び歩みを止めて振り返った伯爵様が、呆れたような顔で国王に向かって告げた。
「最初に馬鹿になさったのは、陛下の方ではございませんか? そして、私共であればまだしも、今回の協定の要である姫巫女殿が判断されたことには、私共には口を出すことはできませぬ。
なに、協定に加わらなくとも、クールソス王国には何も影響はございませんよ。軍備を一新するための予算も使わずに済みますし、合同軍事演習に参加する必要もありませんし、今のままの状態が続けられますから、心配は御無用かと……」
「な…………」
伯爵が言ったことの意味が分からない程の馬鹿であれば、国王など務まるわけがない。
それはすなわち、この国だけが周辺国より遅れた軍備のままで、大同盟から取り残されるということだ。
クールソス王国は、今まで、外交には強気で出ていたらしい。しかし、おそらく本当に自国がそう大国だと思っているわけではなく、また国王達も本当はそう傲慢なわけではないが、特に秀でたところもない国が他国に舐められず、少しでも有利な条件での条約を結ぶためには、そういうキャラ作りをせざるを得なかったのではないだろうか。
しかし、だからといって優遇してやらねばならない理由もない。
「待って戴きたい!」
黙り込んだ国王に代わり、列席している重臣のひとりが声を上げた。
「協議というものは、双方が求める条件を擦り合わせ、互いに歩み寄るものであろう! それを、一方的に蹴るというのは、如何なものか!」
ふぅん、そう来るか。じゃあ、それには私が答えよう。
「それは、互いにぎりぎりの条件を出し合った場合の話でしょう。最初から無茶な条件を吹っ掛けて、ぎりぎりの条件を出した相手との中間で話を付ける、というのでは、公平ではないでしょう?
それは、商品に法外な値段を付けて、値切る相手には値を下げ、値切らない相手にはそのままの値段で売る商人みたいなものですよ。
私は、相手によって値段を変える商人とは取引はしない主義なんです。最初から適正な値段を付け、誰に対しても同じ値段で売る。そういう商人から買うことにしているのですよ。
国同士の協定も同じです。公平な協定を結ぼうとするのではなく、あの手この手で自分達に有利な協定にしようと画策するような国とは、協定を結ぶ必要はないでしょう? どうして自分が不利になる協定など結ぶ必要があるのですか? 他に、誠実な国がたくさんあるというのに……。
ま、そういうことです。協定は、あなた方が出す条件を喜んで飲んでくれるところと結んで下さい。我々とは関係ない、別の国々とでも……」
そして今度こそ、黙り込んだ列席者達を後に、会議室を辞去する我々使節団一行であった。
「……あれで良かったんでしょうか?」
「うむ、上出来だ。彼らも馬鹿ではないのだ、今までのやり方では通用しないと知って、出方を変えてくるだろう。いささか無礼な物言いはしたが、それはむこうも同じだ。いくら国王とはいえ、こちらも陛下の委任を受けた国の代表なのだから、侮辱されて良いわけではないからな。むこうも、そこは責められまい。
それに、話を打ち切ったのは、使節団ではなく『姫巫女様』だからな、儂のせいではない」
「何ですか、それはっ!」
怒ってみせるが、勿論、冗談だ。最初から、そういうことで話がついている。
「まぁ、陛下からは『クールソス王国との話し合いは不首尾に終わっても構わない』と言われておるからな。予備会議が物別れに終わったとなれば、どうせ慌てて擦り寄ってくる、との見通しらしい。孤立しては国の未来がなくなるし、かといって争いを仕掛けるだけの国力もなく、無謀な手段に出る程の馬鹿でもない。そして時間が経つほど立場が悪くなり、頭を下げざるを得なくなるのだからな。
さて、態度を変えるのは、いつ頃になるかな。我々がこの国を発った後、我が国に急使でも送るであろうか……」
そう上手くいくのだろうかと思うが、他国との交渉に関しては王様や伯爵様達はプロであり、私はアマチュア、というより、ド素人だ。それに、地球の常識で考えてはいけない。時代背景、歴史、文明、そして情報というものの重要性等、基準とするものが異なるのだから。ここは、素直に伯爵様を信じることにしよう。
とにかく、これで今日のお仕事は終わり! あとは、3人で王都見物の続きだ!
「へ、陛下、如何致しましょうか……」
会議室では、残されたクールソス王国の列席者達が、焦った顔で国王にお伺いを立てていた。
いや、自分からの提案も無しに上司に縋るのは、「お伺いを立てる」とは言わない。
「……慌てるな。使節団には、既に夜会の招待をしており、参加の旨、返事を得ておる。いくら予備会議がこうなったとはいえ、一度受けた招待を無視するわけには行くまい。それこそ、我が国に対する非礼になるからな。そこで何とかする!」
「「「「「おお!」」」」」
さすが陛下、と、列席者の間から感心と安堵の声が漏れた。
「馬鹿者! 本来は、こういうことはお前達が考えて何とかするものであろうが! 儂にだけ働かせてどうする!」
至極尤もな国王の叱責に、恥じ入って俯く重臣達。
「まぁ良い。夜会は晩餐会のみの予定であったが、その後、舞踏会も追加せよ。そして、伯爵家と侯爵家の12歳から22歳までの見目の良い男を集めよ。婚約者がいても構わん。
どうやらあの娘さえ籠絡すれば、何とかなるようだからな……」
第3王女については、継承順位が低く、このような旅に平気で出せるくらいの「使い捨てにしても惜しくない者」であり、王族が同行しているという箔付けのためだけのお飾りだと思い、全く気にもしていなかった。なので、最初の謁見で言葉を交わしただけで、予備会議の時も完全に無視していたのである。王族としての上下関係と、会議の主役は使節団長であるため、これは特に非礼とはならなかった。
確かに、第3王女は会議内容に関する影響力はない。しかし、姫巫女様に対しては、多大な影響力を有しているのであった。
「え? 出ませんよ、そんな面倒なもの……」
「同じく、井坂十蔵!」
うんうん、サビーネちゃん、ようやく自然に出るようになったね、『同じく、井坂十蔵!』。
コレットちゃんにも仕込んであるけど、ここではコレットちゃんの出番はない。
「え……」
そして、驚きに固まる伯爵様。
「いや、招待されたのは『使節団の皆さん』でしょ? 私達、使節団じゃないし」
「同じく、井坂十蔵!」
「いや、サビーネちゃん、それは1回でいいから!
それに、何か嫌な予感がするんですよ。……そんな気がしません?」
伯爵様もそれは予想していたのか、苦笑い。
「だが、場を設えてやらんと、むこうも困るだろう……」
ありゃ、伯爵様、結構優しいんだ。
でも、その優しさは、敵ではなく味方である私達に向けてよ!
「じゃ、陛下に連絡しときますね。伯爵様の御指示で相手国に差し出されるから、この国に残ることになるかもしれ……」
「やめんか!!」
あ、血管切れそう。




