101 壊 滅
「王女殿下、大変です!」
「え、ええっ? ヤマノ子爵?」
突然王宮の会議室に現れた私達に驚く、王女殿下と列席者の皆さん。
いや、勿論、転移でいきなり会議室に出現したりはしないよ。
ちゃんと伯爵様の許可を得て、ビッグ・ローリーで少し移動したあと自宅に置いてきて、サビーネちゃんとコレットちゃんと共に王都の近くに転移。そこから歩いてきた。
私達の顔を覚えていた門衛さんに「使節団が襲われた。王女殿下に緊急報告を!」と言ったら、慌てて案内してくれたのだ。
「使節団が盗賊に襲われて、壊滅状態です! すぐに収容部隊の派遣を!」
いや、嘘は吐いていない。盗賊に襲われたし、壊滅した。……盗賊達が。
会議室内は、もう、大騒ぎである。
そりゃそうだ、いくら盗賊の仕業とはいえ、他国の使節団が自国で襲われたとあっては、大問題だ。難癖を付けられれば、国際問題だ。しかも、自国にとって有利な約束をしてくれた使節団が、そのことを本国に報告することなく壊滅したのでは、国益が大きく損なわれる。いや、下手をすれば戦争の可能性すらあるのだ、その程度の問題ではない。
「第1近衛中隊、緊急出撃用意! 私も行きます!」
国王代行たる王女殿下直々の出動に、異議を唱える者はいなかった。
長きに亘り友好関係を保っていたのだ、少々のことでいきなり戦争になるような確率は低い。しかし、決してゼロではない。そして、そこまではいかなくとも、関係の悪化、条約の条件の引き下げ等、何があるか分からない。ここは、最大限の誠意を示す必要があり、王女殿下が直々に駆けつけるということがそれに大いに役立つことは間違いないからである。
「場所は、どのあたりですか!」
「あ、ここから馬車で2日の場所です」
「え…………」
私の返答に、王女殿下が固まった。あ、他の人達も。
あ、そうか、私達がここを出発したのが2日前。ここから2日の場所で襲われたなら、襲われたのはついさっき。ならば、どうして今、私達がここにいるのか。馬車もないのに……。
ジト目で私達を見る王女殿下。
……困った。何と言って説明すれば良いのか……。
私が困っていると、横からコレットちゃんが口を挟んだ。
「……2日の距離です」
そして、サビーネちゃんも。
「2日の距離だよ」
「「「「「…………」」」」」
「……そうですか」
会議室に居る全員の暫しの沈黙の後、諦めたような声で王女殿下がそう答えた。
「2個小隊は使節団を護衛して帰還、残り2個小隊はそのまま盗賊討伐の任に就けるよう、物資を用意せよ。護送用の馬車と医薬品は充分な量を準備せよ。我が国の威信がかかっているのだ、不手際は許されない! 準備ができ次第、直ちに出撃する。準備にかかれ!」
王女殿下の命令に、皆が会議室から飛び出した。この対処に祖国の名誉が掛かっているのだ、皆、必死の表情であった。
直ちに準備、とは言っても、現代の即応部隊ではないのだ、こういう文明レベルでの軍の移動準備には時間がかかる。このあたりの常識としては片道2日の距離は近距離とはいえ、物資の準備や医療関係者の呼集等で数時間はかかるだろう。その間に……。
「殿下、これからのことで御相談があります。できましたら、殿下のお部屋で……」
良い話のはずがない。しかし、少しでも自国の名誉を守り不利益を回避するために、王女殿下は暗い顔で頷き、私達を自室へと案内してくれた。
そして30分後、レミア王女殿下からの伝令が各部へと走った。それは、王女殿下と共に現場へと向かうメンバーの通知や、準備する物資の確認等であり、それを受けて準備が更に加速する。
結局、全ての準備が整ったのは3時間以上経ってからであった。
いや、責めてはいけない。突然の話であり、護送のためすぐに引き返す2個小隊はともかく、あとの2個小隊は、いつまで続くかも分からない盗賊捜索の日々が控えているのだ、そりゃ時間もかかるだろう。馬や馬車にしても、トラックのようにガソリンを入れてキーを回せばOK、というものでもない。
そして何より、これは『親征』に近いものなのである。
国王ではないけれど、その代行者たる王女殿下が率いての、盗賊討伐。
いや、多分王女殿下は「すぐ引き返す方」にはいるだろうけど、表向きは「使節団救助、及び盗賊討伐のための遠征隊を率いての出撃」だ。この事実は、相手国への誠意のアピールとしては非常に大きい。
そして、王女殿下が行かれるとなると、天蓋付きのベッド馬車とか、お付きの者とか、色々とあるのだ。うん、3時間ちょいで準備できたことを素直に称賛しよう。
襲撃現場へと向かう、馬車と騎兵、そして徒歩の兵士達。
精鋭、かつ王家と国に対する絶対の忠誠心を持つ第1近衛中隊。定員40名の小隊4個と中隊司令部、更に数十名の支援要員から成る、200名少々の部隊である。
彼らの表情は厳しかった。状況の深刻さと、自分達の責務を充分認識しているのであろう。
そして私達は、王女殿下の馬車にお邪魔している。お金を惜しまず贅沢に作られた、クッションたっぷりの乗り心地の良い馬車である。
侍女達は別の馬車に移らせており、馬車の中は王女殿下と私達3人だけ。
「で、予定の人達は皆?」
「はい、クロ、灰色、私を支持してくれている者達、中立派、全て満遍なく……」
「では、後は予定通りで。
じゃあ、到着まで暇なので、ゲームでも如何ですか?」
「ゲーム?」
そして取り出す、カード。
いや、日本ではトランプと呼ばれているけれど、私は頭の中ではいつも「カード」と呼んでいるのだ。その方がカッコいいし、国際的だから。なので、サビーネちゃんとコレットちゃんにもそう教えている。うん、この世界では、ちゃんと「カード」として普及させるのだ!
残念ながら、今はまだ見分けがつかないくらい均質で丈夫な紙が作れないので、製造・販売して普及させるのは、まだまだ先の話。
今取り出したこれは、日本製の「紙っぽいけど、実はPET製」である。昔はポリ塩化ビニルが使われていたけれど、環境問題への対応のため、今はPET製に変わりつつある。うん、この世界の環境は大事にしたいからね。
……失敗した。
「す、すりーかーど、ですわ!」
「「「あ~……」」」
王女殿下、ハマってしまった。そして、強い。
一瞬の内にルールを覚え、移動の2日間のために持ってきていた日本製のお菓子を全部巻き上げられた。
「姉様、どうするのよ……」
サビーネちゃんが、困ったような顔で、小声で私に文句を言ってきた。
「次の休憩の時、隙を見て転移で持ってくるから!」
うん、私達にはお菓子の補充が必要だ。
「そうじゃないよ! いや、お菓子も要るけど、そうじゃなくて、アレ!」
そう言って、サビーネちゃんはレミア王女殿下をこっそりと指差した。
「えへ。えへへへへ。くふぅ!」
何か、半分壊れかけた王女殿下を。
そうか、そんなに娯楽に飢えていたのか……。いや、飢えていたのは、対等な態度で接してくれるお友達、かな?
で、どうしよう……。
「くけけけけけけ!」
どうしよう…………。




