#060.もう一つの”風”
「いやぁ、失礼つかまつった。拙者大川俊介といってこの近くで道場を開いてる者だ」
「はぁ……」
「自分で言うのもなんだが、名門の道場故入りたいという希望者が多すぎるのでこうして拙者自ら力試しして見込みがある者を入門させているのだよ」
「なるほど?」
傾奇者の鹿戸権左衛門……改め大川俊介は扇子で自分の頭をポンと叩きながらこちらに向かって陽気に話しかけてきた。彼曰く帝が言っていた大川道場の現当代であり、入門者が後を絶たないからこうして力試ししているとのこと。しかし、なぜここでやっているんだろうか……それなら道場でやったほうがよくね?
「それだと2分に1人は入門希望者が来る故、外で力試しをしている。それにここは我が先祖の墓もあるのでな」
「なるほど?」
「もっというと道場はそこまで大きくないからいちいち来られても邪魔なのだ」
「それが本音かい……」
そして、さっきから後ろに感じる圧がやばい。もちろんそのオーラを出しているのは剣豪信者のサリーのものだ。なんか色々ちょろかったけど帝が名前口に出すくらいだからこの人もかなりの剣豪なのだろう。
「なんかすんませんね……うちの連れが変なオーラだしてて」
「ハハハ、異国の地でも拙者の名前が広まってるのはうれしい限り。しかし……腹が減ったな。この際だ、お主らも昼食がまだなら我が道場に来ぬか? 迷惑をかけた詫びにご馳走しよう」
ふむ、どうせ帝が言ってたから”キョウ”滞在中に一度行ってみようとは思ってたからちょうどいい。それに腹減ったし。
「じゃあ……」
「行く!!!」
……なんでサリーが答えるんだよ。
〇 〇 〇
清水神社を後にした俺たちは、来た道を戻ったあと北上して一路”アラシヤマ”の付近までやってきた。どうやらその道場は”キョウ”のはずにれあるらしく、木造で瓦屋根の建物が多かった中心地に比べ緑が多くなってきた。
ちなみに移動中はサリーが俊介氏にグイグイとアピールしていた。あれこそがまさに限界オタクムーブだと俺と新田は後ろから見守っていたが……さすがに止めるべきだったかもな。
綺麗な清流にかかる橋を渡りさらに少し行くと、大きな屋敷のようなところが見えてきた。さらにちょっと歩けばどこからか竹刀と竹刀を打ち合う音が聞こえてくる。どうやらここが大川道場というところらしい。というか建物が見えてから門までが長い。ざっと150mくらいあるんじゃないか。
「反対側は200間くらいある。なんせ百軒長屋が3つ入る規模なのでな」
「でかすぎだろ」
さすがは名門といったところか、聞けば入門生が下宿している建物まで中にはあるというではないか。規模がもう学校なんよ。学校みたいなもんだけど。
さらに門に近づいていくと……ちょうど向かい側からも二人の人影が見えた。ちょうど門の前に着いたような感じだったので、あれも入門希望者何だろうか。
「先輩、あれって赤坂とシルクじゃないです?」
「え、そなの?」
「ええ。ほら、こっちに手振ってますし」
確か赤坂とシルクは今日は”キョウ”を回った後知り合いのところに会いに行くと言って出ていったと聞いたが……まさかこんなところで会うとは、珍しいこともあるもんだ。
「あら、シントさんたち……とシュンスケおじさま。どうしてご一緒に?」
「おじさま!?」
「ええ。知るフォード家とキョウ大川家は親戚ですよ?」
え、じゃあなに? この大川家ってシルクと同じで風の勇者の家系だったりすんの?
「いかにも、我が先祖大川新介はかつて風の精霊と人々との懸け橋になった風の勇者だ」
……和の国にも子孫居るとか聞いてないんですけど。
〇 〇 〇
大川新介――それはかなりの昔にこの世界に召喚された勇者の一人。立派な鎧と兜を身に着け、達人のさらに上を行くといわれる剣技で一騎当千の強さを誇った。非常に穏やかで凛とし、義理堅い人物であり、道行く浮浪人たちに自らの食料を渡すほど慈悲深くもあったそうだ。
やがて、和の国で新たな妻子を得ることができたが、ある時とうとう行き倒れてしまう。そこに通りかかった当時のリースキット王に助けられ、その恩を返すために成人した長男を連れ、数十人の人々と和の国に渡り現精霊の里で風の大精霊シルフィードと出会い風の精霊と人間との懸け橋となったとされる。
「と、まあそんな感じで。つまりここはその大川新介の次男の家系になる」
「なるほど? 確か六大精霊史にも2男1女と書かれていたな」
「その通りだ。ただ、なぜ異国で離れてもここまで親しいかというと、半年に一度ペースで書状のやり取りをしていたり、数年に一度はどちらかがどっちかの家に行くことになっているからだ。まあそのほかにもお歳暮送ったり年賀状送ったりしてるけど」
「ガチで仲いい親戚じゃねーか」
お歳暮送って年賀状送ってなんてまず現代日本じゃよほど親しくないとやらない。こっちはどうかわからないが、それでもかなり親密な方なんじゃないかと思う。まさか昼食をご馳走になっているときにそんなことを聞かされるとは思わなかった。
「それで? なぜおじさまとシントさんたちはご一緒に行動されてたんですか?」
「え、あ、ああ……まあ色々あってだな」
まさか傾奇者のふりして俺たちに喧嘩打ったらボロボロにやられましたなんて言えるわけないもんな。ちゃんとそこはごまかしておこう。またなんか色々あったら面倒だし。
「そうだ、父上に挨拶していってくれ。最近は盆栽に詩歌と暇そうなのでな」
「はい、もちろんです。シントさんたちもよろしいですよね?」
「ああ、構わない。むしろ会っていってくれ。若い者が大勢来たら隠居した父上もまた元気になるだろう」
なんか巻き込まれたなぁ……まあいい、今に始まったことじゃないし、ご馳走になったんだからそれくらいの礼はしなくちゃいけない。というかこの漬物美味いな。あとでレシピ教えてもらおう。
そんなこんなでゆっくりと食事をした後、ここの入門生の練習をちらっと見学してから道場の奥の方に向かっていく。この奥に俊介氏のお父上……先代がいるのだろう。今日は天気がいいから縁側でお茶でも飲んでるかもしれない、とのことだったがその予想は大外れ。
先代は片肌脱いで裏庭で練習用の藁人形を笠懸に切り落としていたのだ。
久しぶりに刀を振っているのを見たらしい俊介氏はまたしてもポカーンとしていたが、こちらは逆にその剣技に見入っていた。刀というものは少しでも力の入れ方が違ったり、ぶれたりすれば断面がザラザラになり、本来の切れ味のよさをだすことができないが、何度やっても断面は少し離れたところからでも確認できるほど凸凹がない。しかも高速で、そして一寸の狂いもなく人間でいうところの急所を斬り落としている。
「これは……っと。父上、お客様です」
「……む、そうか」
機能停止していた俊介氏が10個目の藁人形を斬り終わったところで先代に声をかけた。個人的にはもっと見ていても飽きないのだが……そんなこと言ってる場合じゃないだろう。
周辺に散らばった藁人形の破片を丁寧に集めて一か所にまとめた後、刀を鞘にしまってから衣服を直して、こちらに向かってきた。
「花月斎右京と申す。よく参られた」
花月斎右京……確か六大精霊史に乗っていた大川新介が隠居した後に名乗っていた名前か。もしかすると、この人の本名は大川新介何世だったりするかもしれない。
「ふむ……その魔力に守護精霊。シルク・シルフォードとグラン・シルフォードが一緒とは。兄妹仲がいいのぉ」
「え……?」
ちょっと待った。どこから”グラン・シルフォード”の名前が出てきた。確か、そのグランっていうのはだいぶ前になんかの穴に落ちて失踪ってヒルデガルドさんから聞いているんだが……。この人には幻覚が見えているのだろうか。
「父上、ここにはグランの名を持つ者は誰もおりませぬ。それに彼はずいぶん前に失踪したと聞きました」
「いや、その”無”の大精霊レベルの守護精霊は間違いなくグラン・シルフォードのものだ。唯一無二で不定形な魔力を持っているから間違いない」
…………なんだって!?




