#036.精霊の里 1
シュベルツィアに着いたその日は熊の巣で一泊。そのあとで懐かしのログハウスまで戻って大掃除。そういえばお掃除ロボはかわいそうなことに新田に魔改造されて無線のアンテナになっている。一応そのお掃除ロボのおかげでたまにユエルとは連絡を取り合っている。あれからルーマー族の警戒はかなり強くなってしまったようだが、それでも楽しくやっているとのこと。
そして、たった2日のシュベルツィア滞在で、俺たちは次の目的地――シルクの故郷に向かうことになった。シルクがどうしても俺たち(主に赤坂)を家族に紹介したい、そう言ってたから本来の予定にはなかったが行くことにしたのだ。
「で、どこら辺にあるんだ?」
「う~んと、そうですねぇ。とりあえず山脈方面に向かってもらえれば」
「山脈の方なのか」
「ええ。山の中にひっそり佇む集落みたいなところです」
1日ほどかけて王国の中央にある王都まで一度出た俺たちはお土産を買ってから故郷があるという山脈方面に進路を向けて進む。王国の西部は小麦の一大産地ということだが、季節は冬だから小麦の一本も生えていることはない。地面がむき出しになって茶色い板チョコのような畑を見ながらさらに進むこと二日。とうとうシルクの故郷から一番近い街までやってきた。
「ヴィーグランド……絹織物で有名な街ですね」
「あ~、確かヴィーグランド侯爵のとこ跡継ぎがうんたらで揉めてるらしいなぁ」
ここを治めるヴィーグランド侯爵の嫡男とシフォンはかなり仲がいいらしく、時々その話を聞いていた。本人は剣はできる方だがあまり頭が回らないから自分より頭がいい弟に家督は譲ると言っていて、肝心の弟は長男がやるべきで自分は補佐する側に回りたいと言っている。現在もその堂々巡りだそうだ。家督を継ぐための揉め事じゃなくてなりたくないから揉めるとはまた変わり種のお家騒動だ。
「あはは……確かその嫡男の方が私のお姉ちゃんの婚約者なんですよ」
「oh……マジっすか」
「お姉ちゃんはとある事情で里からは絶対に出ないと聞かず、そのことを理解している方なので里で一緒に暮らすとは言ってるんですが……侯爵様としては家督を継いでほしい、と」
「うっわぁ……泥仕合だぁ」
こちらがドン引きするのをよそにシルクはニコニコしながら語ってくれている。赤坂はあまりわからないのか頭の上にはてなマークが浮かんでいるような感じだったが。ちなみにこの件はたまにその婚約者がシルクの実家に来て愚痴を言ってるから知っているだけで深くは関わってないようだ。シルクの実家が弟と軽くいざこざした時の避難所になっているのは謎だが……まあ人間そういうこともあるだろう。
「と、とりあえず。今日はここに泊まって明日の朝また移動しましょうか」
「そうだな。おーい赤坂、どっか宿探しに行くぞ」
「あ、はい」
「どーしたさっきからボーっとして」
「いやぁ……なんかシルクの家に行くのなんか抵抗がありまして」
うん、なんかわかる。ワンチャンシルクが暴走して「この人が私の婚約者ですううう!」とかやりそうだもん。その時は面白いけどしっかり遮ってやるから安心しろ。
「結局面白がるんですね……」
「うん。だって面白いから」
〇 〇 〇
その翌日。俺たちは早朝に東側の検問所から街を抜けてシルクの故郷の”里”と呼ばれているところに向かう。なぜか検問所で護身用の武器持ってるかとか強さとかギルド証の提示が必要だったりと色々あった。通行にギルド証とかの身分証が必要なのはわかるがわざわざ武器の有無まで確認されるとはよっぽどのことがあったのだろうか。
「あ、いえいえ。この先って時々ワイバーンとかブラックタイガーとかの魔物が出るので」
「ただの魔境じゃねーか!」
ワイバーンはプテラノドンのような魔物でAランクがギリギリ倒せるレベルの強さを誇る。ブラックタイガーも海老じゃなくて漆黒の虎の方。こっちも素早い動きを利用して一瞬で冒険者の命を刈り取るとまで言われている森の暗殺者だ。そんなのが「あ、時々現れますよ」で話が片付くレベルじゃない。シュベルツィア近郊に現れたらシーサーペント襲来くらいのパニックになるだろう。
「まあ出るといっても1か月に一度ふらっと人の前に現れる程度なので」
「それはそれでやばいわ」
「とんでもないところですねぇ」
俺たち野も一応ワイバーンクラスは頑張れば倒せるとは思うが……馬車もあるしなるべく出てきてほしくないのが本音だ。魔物全部出てくんなとも思うが、それだと俺たち冒険者の存在意義がなくなってしまうので言うことはできない。
「ちゃんと注意していくことにしよう……」
「まあ倒せるんですけどね」
「でも余計な労力使いたくないしな」
結局どこ行ってもコソコソ行動しなければいけないことに若干の苛立ちを覚えながらもゆっくりゆっくり森を進んでいく。それにしても……ここの森は霧が深い。3mくらいまで前は視認できるがそこから先が全く見えない。ほかの森ではこんなことにならんのになんでだ?
「ここら辺は私の里を守護する精霊によって簡易の結界のようなものがあるんです。その解き方は里の者にしかわかりませんし、向こうも里の人と、その人が連れてきた信用のある者でないと決して入れずにさっきの街の入り口まで戻しちゃうんです」
なるほど……守護精霊がいるのか。俺にも守護精霊いるらしいけど実際に見たことはないなぁ。シルクが精霊魔法を使ってるから精霊っていう存在がいるのは知っている。ただ、実際に目でそれをみないと何にも信用もできなくなるわけで。未だに半信半疑になってしまっている。
「それで、どこまで行くんだ?」
「そうですね、あと20分も行けば着くともいますよ」
馬車で20分というと3㎞くらいか。街とはまあまあ離れているな。「あと20分も……」と赤坂は胃痛で苦しんでいるが20分後には解放されることを祈っておこう。それに比べたら俺と新田は気楽なものだ。ただシルクと時々パーティーを組んでる冒険者と名乗ればいいだけだからな。ただ、最近シュベルツィアでいろいろあったからお互い話しかけ辛くはなってしまったが。
「さてさて、俺は警戒でもしておきますか」
「じゃあ、私は反対側を」
やはりどこか冷たい新田に反対方面の警戒を頼み、シルクの言う里までの道のりはしっかりと警戒していく。さっきも言ったがワイバーンなんて出た日にゃ徹底抗戦して命からがらになるのが確定だからな。
そんなこんなで馬車に揺られること30分程度。結局魔物が出てくるというトラブルはなく無事に里の入り口のようなところが前方に姿を現した。うっすらと薄いベールのようなものに包まれているのが俺にはよくわかる。あそこだけ何かしらの魔法のようなもので外界とは完全に隔てられているようだ。
「あそこ、あそこですよユウイチさん! あそこに私の家があるんです!」
「あ、うん、帰ってこれてよかったね……」
入り口に近づくにつれてシルクのテンションは過去にないほど爆上がりするのに対して赤坂の胃痛の激しさも右肩上がり。顔が今にも死にそうだからあとで買ってきた胃薬で渡してやろうと思う。余計なお世話かもしれないがパーティーメンバーとして奴に死なれては困る。
『祈りよ……』
入り口近くで馬車から降りたシルクは結界に手を合わせて何か詠唱のようなことをしている。おそらくここに住む者しか知らないような解除用の魔法でもあるんだろう。結局ものの10秒程度で結界はあっさりと解除。俺たちがひっかかるということはなくすんなりと中に入ることができた。
「皆さん、ようこそ私の故郷へ!」
「ああ……にしても、魔力がほかのとこに比べて濃いな」
「ええ。ここにはたくさんの精霊が住んでますから。必然的に魔力の濃度も高いんです」
うわぁ……当然のように精霊がそこらへん行き来しているところとかあるんだ。これはとんでもない魔境に来てしまった感がある。
「おー、シルク帰ってきたんか~」
「早く行ってやんな! お姉さん待ってたぞ」
「は~い」
村人はシルクを見るなり色々と話しかけていた。ここでも彼女はかなり人気者のようだ。ただ、時々俺の顔を見てびっくりしているような奴も見受けられた。多分だが里に全く関係ない奴が3名ほど同行してるからかもしれない。下手に警戒されないようにおとなしくしているのが吉と見た。ここがどうして外界とかかわりを断っているかとか色々気になるが下手に触れない方がよさそうだ。
「それにしても、なんか懐かしい感じがしますね」
「だな。瓦とか昔なじみの家の構造見ると思い出すな」
赤坂は今にも死にそうだが、俺と新田はここの家の構造に注目していた。瓦屋根で障子などがあり、まるで江戸時代風の建築で統一されている。この世界じゃこんな感じの日本式の家なんて一切見たことがなかったからとても懐かしくなる。
そして、馬車は他の家より一回り大きい家の目の前で止まる。どうやらこの大きい家がシルクの実家だそうだ。ほかの家と同じく瓦屋根だが、家の横幅が広く前庭のようなところもある。ここの里の中でもかなり立場がいい方だということは一目でわかった。
「着いたなら降りるか。赤坂、降りるぞ」
「はい……」
「安心しろ、あとで胃薬やるから」
「……素直に貰っておきます」
顔面蒼白の赤坂の肩を担いで馬車から降ろして玄関の方へ歩かせる。既にシルクの家族は騒ぎを聞きつけてか玄関の前に勢ぞろい。そこではシルクが俺たちを紹介したいから同行させたことを説明しているようだった。そこら辺の警備会社ドン引きのセキュリティー装備の村だから簡単に外界の人を連れてくるわけにはいかないだろうからな。
「それで、あちらが私のパーティーメンバーなんだよ!」
「え……!」
馬車からとりあえず生活用品とかを閉まっておいた木箱を取り出して地面に置いてるときにシルクは俺たちを紹介したかったようでこっちに視線を向けてきた。生憎俺は作業中だったから顔を向けて会釈程度しかできなかったが、新田はすごい勢いでボケーっとしてる赤坂にお辞儀させていた。そんなことしてたらもちろんご家族も驚かれるわけで……。
「ちょっと待って、シルク……あの子は……?」
「え、今回ついてきてくれたパーティーのリーダーの人だけど」
「……グラン?」
と、思ったらご家族が驚いている対象はどうやら俺らしかった。別にどこにでもいる顔でちょっと装備がいいだけの男に家族そろって驚くとかちょっと無礼だなぁ、と思った瞬間、シルクのお姉さんなる者が突如俺に突進してきた。
「え、ちょ……」
「先輩!?」
避けようと思ったが不意打ちを食らったからうまく逃げることができなかった。唖然とする俺に飛びつくように抱き着いてくるシルクのお姉さん。その反動を必死で耐えて力を後ろに逃がすが……どこか様子がおかしかった。
「グラン……グラン……! やっと、会えた1」
「ふぁ!?」
かなりスタイルのいい体に俺を無理やり押し付けて涙を流されても俺はなんも言えるわけがない。なぜこんなことになったのか俺には一切わからないが赤坂も新田も、そして身内であるはずのシルクまでもが口を開けてこちらをボケーっと見るだけ。
「あ、あの……ちょ……」
「もう……離さないから、寂しい思いさせないから……!」
誰か、タスケテ。




