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やらない告白より、やる玉砕

 ――時は、三時間程遡る。


「……今、何つった、ヒカル……?」


 中庭のベンチで、焼きそばパンを口元に持ってきたところで手を止めたシュウが、低く押し殺した声で尋ねた。

 その足下で、額を地に擦りつけんばかりにしてひれ伏す俺。

 恐ろしくて、とても顔を上げられないが、シュウの機嫌がみるみる悪くなっている気配が、頭越しにビンビンと感じられた。

 俺は、中庭の赤茶けた土とにらめっこしながら、おずおずと言葉を絞り出す。


「……で、ですから……工藤さん。……昨日、早瀬を送る時に、話はしたんですが……その……」

「……おう、その先だよ」

「……こ……告白は出来ないまでも、せめてシュウと俺との誤解――ある意味、誤解ではないんですが(・・・・・・・・・・)――まあ、誤解を解こうとは思った……んですが」

「うん、誤解を解こうと思った。うん、いいね」


 俺の言葉に、シュウが大きくうんうんと頷いた気配がし、


「――で、その先は?」


 そう言って、ギロリと俺の後頭部を睨んだ気配がした……。

 俺は、ビクリと身体を震わせると、顔面から血の気が引くのを感じながら、震える声で先を続ける。


「そう……お、思ったんですが。……ど、どうしても、早瀬がガッカリするなぁと思うと同時に、誤解が解けたら、自分がずっと騙されたと知った彼女に嫌われてしまうかも……と、思うと……なかなか勇気が出なくて……出来ませんでした……」

「……まあ、正直、そうなるだろうなぁとは思ってたよ、オレは。――案の定、だな」

「……ヘタレでスミマセン」


 シュウの溜息交じりの辛辣な物言いに、身体を縮こまらせながらも、心なしかその言葉の剣先が丸くなったのを感じた俺は、恐る恐る顔を上げる。

 そして、俺の目に入ったシュウの顔は――、

 何処かの悪魔超人の“阿○羅面・冷血”も斯くやとばかりの、冷徹極まる形相だった……。


「ひ――!」


 ドラ○エの『凍てつく波動』の如き冷たい視線に射竦められ、思わず俺は悲鳴を上げる。


「……で」


 と、シュウはドスの効いた低い声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「――その先は(・・・・)?」

「……そ……その……先は……ハイ……」


 シュウの全身から立ち上る、憤怒の炎と失望の冷気を前に、俺の舌は縺れる。……つか、炎と氷が同居してるよ、この人……。一体、どこの氷炎将軍様だよ……。


「誰がフレ○ザードだ」

「あ……スミマセン……」


 ……心まで読まれたよ。どうやら、氷炎将軍じゃなくて、龍騎将の方のようです……。

 俺は、ゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決めて言葉を継いだ。


「で……その先……ですが……、つい、ほんの出来心……もののはずみで、つい……クリスマスイブに、シュウ……さんと遊びに出かけて、そこでこ……告白するつもりです……って、言っちゃいました……ハイ」

「……」

「……」

「…………」

「…………」


 暫しの間、俺とシュウは沈黙し続けた。


「……で」

 そして、馬鹿でかい溜息を吐くと、シュウはジト目を俺に向けて尋ねる。


「お前は、クリスマスイブに、俺に告白してくれるのか?」

「あ――い、いや、その……!」


 俺は、直球過ぎるシュウの問いに、ワタワタと狼狽え、そして項垂れた。


「……ご、ごめん……なさい」

「……」


 シュウは、そんな俺の顔を無言で睨んでいたが、もう一度嘆息すると、忌々しげに焼きそばパンを噛み切った。


「で! 結局どうしたいんだよ、ヒカル! ますます自分で自分の首を絞めてよぉ!」

「……そ、それはもちろん――!」


 俺は、シュウの問いかけに、キッと顔を上げた。

 そして、頬が熱を帯びるのを感じながら、一気に捲し立てる。


「先ずは! 早瀬の誤解を解きたい! それで――早瀬に告白するっ!」

「……でも、さっきお前自身が言った様に、ずっとお前に騙されていたと思った早瀬に嫌われるかもしれないぞ?」

「……っ」

「――それに、告白したとしても、上手くいくかどうかは分からないぞ。……告白なんかしたら、二度と友達にも戻れなくなるかもしれない……」

「……」

「――それでもか(・・・・・)?」


 と、シュウは真剣な顔をして、俺の顔を覗き込む。


「それでも、早瀬の誤解を解いて、告白するのか? しない方が、良い関係のままいられるのかもしれないのに?」

「……ほら、良く言うだろ?」

「ん?」


 呟く様な言葉を耳にして、聞き返すシュウの目を真っ直ぐに見て、俺は静かに――そして、ハッキリと言った。


「――『やらない後悔よりやる後悔』ってさ。その言葉の通りだよ。……俺は、告白しないで、心を秘めたまま友達のままでいるより、たとえ縁が切れるとしても、はっきりと想いを伝えて潔く散りたいんだ。その気持ち……お前なら解るだろう(・・・・・・・・・)?」

「――っ!」


 俺の最後の言葉で、シュウが息を呑んだのが分かった。

 シュウは、左手に持ったコーヒー牛乳をがぶ飲みして、「ずりぃぞ、お前……」と恨めしげに俺を見て、今までで最大の溜息を吐くと、諦めた顔で頷いた。


「……分かったよ。そこまで言うなら、今回も乗ってやるよ。――ただし、コレが本当に最後だぞ、ヒカル」

「……悪いな、本当に」

「本当だよ、まったく……」


 シュウは、そう言って、満更でも無い顔で苦笑すると、ビシッと俺を指さして言った。


「じゃあ……、そのクリスマスイブ。早瀬も誘え」

「へっ? は……早瀬も? な、何で……?」


 シュウの言葉に、俺は戸惑いの声を上げる。


「何でもクソもねえよ。お前が早瀬に告白する為に決まってんだろうが」

「え……い、いや、でも……!」


 しれっと言ったシュウに向かって、慌てて首を横に振る俺。


「む……無理だよ! ああ見えても、早瀬は陽キャエリート中のエリートだぜ? どうせ俺が誘ったところで、とっくに予定は埋まってる筈――」

「いや、大丈夫だ。絶対に、早瀬はお前の誘いに乗るよ。たとえ、もう予定が入ってたとしても、それをキャンセルして、な」

「――な、何で、そこまでハッキリと言い切れるんだよ、お前……」


 妙に自信ありげなシュウの様子に、俺は首を傾げながら訊く。


「え? 分かんねえのかよ」

「……うん」

「考えてもみろよ。――ずっと一緒に協力してきた、お前の恋が成就するんだぜ。その模様を、特等席で拝めるチャンス……何があっても、その目で見届けたいって思うだろうが」

「あ――、成程……!」


 シュウの答えに、俺は深く深く納得した。


「確かにそうだわ。……あの()の事だから、絶対に付いてくるに違いない。……すげえな、シュウ。まるで孔明みたいだ」

「だろ?」


 俺の賛辞に、シュウは自慢げに胸を張り、更に言葉を継いだ。


「……で、あともうひとり(・・・・・)、誰か女子を連れてきてくれ」

「ふぇっ? ……もうひとり? 俺がぁ?」


 シュウの追加要求に、俺は今度こそ無理だと頭を振った。


「ムリムリムリ! お前、俺の交友関係……いや、()交友関係をよく知ってるだろう? 早瀬以外に、女子をもうひとりなんて……ホントマジで誰も居ないんですけどぉ!」

「……そうは言っても、さすがにクリスマスイブで、男ふたりに対して女ひとりは目立つんじゃねえの? ダブルデートみたいな感じにしておいた方が、何かと好都合……」

「そ……そうかもしれないけどさ……」


 シュウの言い分に頷きつつも、その任務(ミッション)の困難さに、俺は怯む。――と、ある案を思いついた俺は、迷わずそれを口にする。


「あ……だ、だったら寧ろ、お前が女子の誰か――野球部のマネージャーあたりに声をかけた方が、ずっと可能性が高いと思うけど――」

「馬鹿言うな。お前の告白のお膳立てに、そこまでしてやる気はねえよ、さすがにな」


 シュウは、あっさりと俺の名案を棄却する。


「自分の事なんだから、せめてそのくらいの努力はしろよ」

「……は、はい……」


 シュウの正論に、俺はぐうの音も出ない。……でも、いないモンはいないんだよなぁ……。

 もういっそ、ハル姉ちゃんか羽海を……


 ――ん、待てよ?


 その時、俺の脳裏に、ひとりの、眼鏡が印象的なひとりの女性の顔が浮かんだ。


「あ――!」


 俺が大声で叫び声を上げ、シュウが驚いた顔を見せた後、ニヤリと笑った。


「……その様子だと、居たみたいだな、適任が」

「ま……まあ……うん」


 シュウの言葉に、俺は小さく頷くが、すぐに顔を曇らせる。


「でも……とてもオッケーはしてくれそうも――」

「いっつもそう言って、グジグジ悩んでるから、いつまで経っても話が進展しないんだよ、お前は……」

「う、うぅ……」


 痛いところを衝かれて、顔を引き攣らせる俺に、シュウは有無を言わせぬ様子で言った。


「いいか、ヒカル。必ずお願いしろよ。……でないと、二度とお前に協力してやらねえぞ!」

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