消極少年ヒカルくん
「遠慮しなくてもいいよ。駅まで送るよ」
「えへへ、大丈夫です。美味しいごはんをご馳走になった上に、送ってもらうっていうのは、さすがに……」
『しゃぶ華』の駐車場で、車に乗る様に促す父さんに向かって、早瀬ははにかみ笑いを浮かべながら、首を横に振った。
「ゆっちゃん、全然気を使わなくてもいいんだよ~。ここからだと、駅までちょっと歩くし」
「そうよ、結絵ちゃん。遠慮しないで」
ハル姉ちゃんと母さんも、車に乗る様に勧めるが、早瀬はもう一度頭を振る。
「ありがとうございます。――でも、大丈夫です」
そう、キッパリと断ると、早瀬は照れ笑いをしながら、お腹を押さえて言った。
「というか……実は、ごはんが美味しくて、ちょっと食べ過ぎちゃったみたいで……。少しでも歩いてカロリーを燃やさないとなぁ……って」
「――だってさ、お姉ちゃん! ……ていうか、結絵さんを見習って、お姉ちゃんも歩いて帰った方がいいんじゃない? 食べ放題だからって、いっぱい食べてたじゃん! そういえば、昨日もお風呂場で、『300グラム増えてる~っ!』って悲鳴が――」
「……うーちゃん?」
「うっ! ……ご、ごめんなさい……言い過ぎました……」
早瀬の言葉に乗っかって、軽口を叩いた羽海が、ハル姉ちゃんに一睨みされ、顔を真っ青にして俯いた。
生憎というか幸いというか、俺からは羽海を睨んだハル姉ちゃんの顔は見えなかったが、般若が萌えキャラに見えるくらいの形相だったに違いない……くわばらくわばら。
――というか、“結絵さん”か……。
俺は、羽海が他人を名前+さん付けで呼んだ事に、内心で驚きを隠せない。
家の中での(主に、俺に対して)暴君ぶりとは打って変わって、他人に対しては人見知りが激しい羽海が、会ったその日にさん付けで呼ぶ程に懐くとは……。早瀬は随分と気に入られたようだ――。
――と、その時、
「じゃあさ。ヒカルが駅まで送っていってやれよ」
「は……はあ?」
突然のシュウの提案に、不意を衝かれた俺は素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、おま……! いきなり何を――」
「うん……そうだよー。私は別に平気だよ。高坂くんに悪いし……」
「早瀬はひとりで大丈夫って言うかもしれないけどさ、女をひとりで駅まで歩かせるってのは、やっぱりアレだぜ。――ここはひとつ、英国紳士らしく、な」
「……誰が英国紳士だよ」
「あれ? お前、確かこの前、自分の事をディ○様だとか言ってなかったっけ? ○ィオ様は元々イギリス貴族だったはず……」
「……それは俺じゃなくて、お前が勝手に言い出した事だろうが。――あ、でも、子安ボイスはちょっと魅力……」
「……何言ってんの、愚兄……キモいんですけど」
「……」
ふっ……。やれやれ、小学六年生のお子ちゃまにJOJ○トークは些か敷居が高すぎた様だな。……あれ、おかしいな。何故だか視界が潤むよ?
「まあ、それはともかく、早瀬の事を送っていってやれよ。つべこべ言わないでさ」
そうしつこく言いながら、俺に向かってしきりにパチパチと片目を瞑ってみせるシュウ。
……ひょっとして、それってウインクのつもりなのか、お前。瞼を痙攣させている様にしか見えねえぞ……。
――ああ、そういう事か。
だが俺は、必死で目をパチパチさせているシュウの意図を察した。
俺は小さく嘆息すると、シュウに向けて小さく頷き、わざとらしい咳払いをひとつしてから、おずおずと早瀬に声をかける。
「……え、ええと……早瀬さん。もし良かったら、だけど……」
「ん~?」
思いっ切り目を泳がせつつ、辿々しく言葉を紡ぎ出そうとする俺の顔をじっと見ながら、早瀬はちょこんと首を傾げて、ニコリと微笑む。
――あーっ、マジで可愛いなオイ!
早瀬から天使の如き笑顔を向けられた俺は、思わず過呼吸になりかけながら言葉を継いだ。
「お……俺、送ル、え……駅まデ……は……早瀬さんヲ!」
「……ぷっ! 何それ? ひーちゃん、マンガの怪しいガイジンさんみたい!」
「う……うるさいなぁっ!」
ハル姉ちゃんのツッコミに、俺は顔を真っ赤にして叫んだ。
……が、気付けば、他の皆も笑っていた。ウチの家族は勿論、おばさんまで……。
そして、――他ならぬ早瀬も。
――やってもうた……。
今の俺、メッチャダサいじゃん……。
俺の顔から一気に血の気が引くのが分かった。
「うふふ……おかしいなぁ、高坂くん」
早瀬は、口元を押さえてくすくすと笑っている。
……終わった。
俺の心が、絶望の闇に覆い包まれそうになった――その時、
早瀬がコクンと頷いた。
「……でも、嬉しいよ。ありがとう、高坂くん」
「へ――?」
「じゃあ……お言葉に甘えちゃっていいかな、高坂くん?」
「ふ……ふふぇっ?」
早瀬の言葉を、俺の脳はすぐに理解する事が出来ず、思わず俺はアホみたいな声を出して、3の倍数でアホになる人みたいな顔になった。
「そ……それって、どういう――」
「だから……」
早瀬は、目を細めてニッコリと微笑むと、ハッキリと言った。
「その……高坂くんが、私を駅まで送ってくれると嬉しいなぁって――」




