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さらば青シュウのヒカル

 爽やかな笑みを浮かべながら、こちらに向かって自転車をこいできたシュウは、野球のユニフォーム姿だった。

 それも、いつもの白い練習着ではない。胸に『大平南』という墨書風のロゴが入った試合着だった。


「……あれ? 今日は試合なのか?」


 そんなシュウの姿を見止めた俺は、怪訝そうな表情を浮かべながら尋ねた。

 俺の横まで来て自転車を止めたシュウは、キャップを後ろ被りにした頭をポリポリと掻きながら、小さく頷く。


「うん。今日は学校で集合してから、東和学園まで遠征して、練習試合と合同練習するんだってさ」

「へぇ~! あの東和学園と?」


 シュウの答えに、俺は驚いた。

 東和学園と言えば、甲子園出場経験もある名門私立高校だ。そんな強豪校が、しがない公立のウチの高校との練習試合や合同練習を受けるなんて、結構レアな事なんじゃないか?


「……ひょっとして、意外とウチの高校って、結構強い?」

「“意外と”って、どういう意味だよ?」

「あ……ごめん」


 少しだけムッとした雰囲気を醸し出したシュウに、慌てて謝る俺。

 だが、シュウはすぐに表情を和らげると、苦笑いを浮かべた。


「まぁ……今までの戦績を見られたら、そう言われてもしょうがないかもしれないけどさ。今年は、結構イイ線までいけるような気がするぜ」

「へぇ、そうなのか……」

「――何せ、今年のオダミナ打線のクリーンアップには、このオレが居るからな! ハッハッハッ!」


 そう言い放つと、シュウは豪快な笑い声を上げる。

 そんなシュウの馬鹿笑いに、俺は引き攣り笑いで付き合った。

 ……と、シュウは、ふと真顔に戻って付け加える。


「……って、これは冗談だからな? 間違っても先輩達には言うなよ……」

「うん、知ってる」


 シュウの怯え顔に思わず噴き出しながら、俺は頷いた。

 ……とはいえ、あながち冗談とも思えない。シュウを中心にしてチームがまとまったら、本気で甲子園も狙える――かもしれない。

 俺は、シュウの肩をポンと叩きながら、微笑みかけながら言った。


「ま、期待してるぜ。今度の夏休み……お前の力で、大阪まで連れてってくれよ」

「おう、そん時は、学校に甲子園遠征の募金よろしくなっ!」

「お、おうふ……!」


 シュウからの思わぬ反撃に、俺は思わず言葉に詰まった。昔のギャグマンガだったら、確実に「ギャフン!」と叫ぶところだ……。


「……百円くらいでいいのかな?」

「〇4時間テレビの『愛の募金』かよ」


 おずおずと言った俺に、今度はシュウが噴き出した。


「ま、そん時はヨロシクな」

「ら……ラジャっす」


 顔を引き攣らせつつ、俺は頷いた。今のうちから、コツコツ貯金しておこう……。

 ――と、


「……っていうか、その格好――」


 ようやく、俺の格好に気付いたシュウが、目を丸くした。


「何か、いつもと雰囲気が違うと思ったら、そっか……そういや言ってたな」


 そう呟いたシュウは、ふと寂しげな表情を浮かべる。


「今日は……早瀬とのデートの日か」

「あ……うん」


 シュウの言葉に、俺は頷いた。

 何故か、シュウの口から“デート”という単語が出た瞬間、無性に恥ずかしくなった。瞬時に頬っぺたが熱を帯びたのが分かる。


「つ、つうかさ! こ……この格好、おかしくないかな?」


 俺はそれを誤魔化すように、両手を大きく広げ、改めて自分の服をシュウに披露する。

 暫しの間、シュウは無言のままで、そんな俺に鋭い目を向けていたが、ニヤリと笑いながら親指を立てた。


「うん……! いいんじゃねえか? ヒカルの素朴な顔に合った……落ち着いた格好で」

「“素朴な顔”って……それ、褒められてる?」


 言い方が何となく引っ掛かった俺は、懐疑的な目でシュウを見る。

 と、俺に懐疑的な目を向けられたシュウは、目を大きく見開きながら、首をブンブンと縦に振った。


「もちろん! 褒めてる褒めてる!」

「ホントかなぁ……」


 力強い肯定の言葉にも、俺は疑心を拭いきれない。さっきも玄関口でさんざんな評価を受けてきたのだ。褒め言葉だとしても、どうしても素直に受け取れないのだ。

 と、そんな俺の様子を見たシュウが、呆れ声を上げた。


「つか、そこを疑われたらどうしようも無いなぁ……。オレは素直に、ヒカルのイメージに合った服装だと感じたけど」

「……」

「多分……早瀬もそう感じると思うけどなぁ」

「そ……そうかな?」


 シュウに言われるうちに、だんだんと自信が戻ってきた。

 と、少し眉を顰めて、シュウは言葉を継ぐ。


「第一……早瀬は別に、見た目に魅かれて、お前の事が好きになった訳じゃねえだろうしさ。格好なんて関係ないだろ」

「そ……そんなにハッキリと断言する事も無くない?」


 身も蓋も無いシュウの言い草に、俺は思わず抗議の声を上げる。

 だが、シュウは、そんな俺の抗議にも涼しい顔だ。


「だったら、本人に直接訊いてみりゃいい話だろ? 『早瀬さんは、俺のどこが好きなんですか?』――ってさ」

「そ……そんな事、恥ずかしくて訊ける訳――」

「おっと。ちょっと長話をし過ぎたな。――そろそろ、オレ行くわ」


 シュウは、俺の言葉を途中で遮ると、自転車のペダルに足を乗せ、力強く漕ぎ出した。


「あ……ちょっ!」


 俺は、慌ててシュウを呼び止める。

 そして、「ん?」と振り返ったシュウに向けて、俺は大声で叫んだ。


「練習試合――ガンバレよ、シュウ!」

「――!」


 俺の激励に、シュウは目を丸くしていたが、すぐにその口元を綻ばせると、俺の事を指さしながら言った。


「……そういう所だと思うぜ、ヒカル!」

「へ? な……何が?」


 言葉の意味が良く分からず訊き返した俺に、シュウは片目を瞑ってみせると、声を張り上げる。


「――早瀬が、お前に惚れたところだよ! ……あと、オレがお前を好きな理由でもある!」

「は? へ……? お、おまっ!」


 天下の往来で、いきなり何を口走ってやがる! と、俺は目を白黒させながら混乱する。……つか、『オレがお前を好きな理由』って、どっちの意味の“好き”なのさぁ!

 ――そんな心の叫びが頭の中をグルグルと反響して、キョドり続ける俺の心中を知ってか知らずか、爽やかな笑みを浮かべたシュウは、今度は親指を立て、最後にこう言って去っていったのだった――。


「じゃあな! お前もガンバレよ! ヒカル――早瀬と幸せにな!」

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