ある晴れた月曜日の朝
翌日の月曜日、登校した俺は、カバンを机の脇に提げて席につくと、ほうと小さな息を吐いた。
首を横に向け、ボーッと窓の外を眺めながら、昨日の出来事を思い返していた。
――今考えても、夢みたいだ。
この、登校しても、誰から挨拶される事も話しかけられることもなく、さも青い空が好きで好きで堪らないかのように、窓の外を眺め続けるしか時間を潰す術が無い俺が、昨日、学年一の美少女・早瀬結絵とデート……ではないが、ふたりでいっしょに街を歩いたのだ。
……まあ、そのコースや経緯や着ていった服装には、アレなところがかなり……多少あったりもする事は確かだが――楽しい時間だった、うん。
その上、彼女から借りたものを返すという名目で、次も会えるという確約まで貰えたのだ。“戦果”は上々だといえる。
もう、達磨でも買ってきて、黒目を入れつつ万歳三唱したい気分だ。
まあ、早瀬から借りたホモマン……女性同人誌を、ウチの家族に見付けられないかが、目下の懸念事項だが、袋を三重にした上で、押し入れの空箱の中に入れて置いたので、そうそう発見されることもあるまい……。
万々が一にでも、あんなのを家族に見付けられでもしたら、俺の性癖に重大な疑義が生じて、最高家族弾劾裁判所が開廷しかねないし、そうなったら、早瀬の存在を明らかにせざるを得ない。そしたら、ハル姉ちゃんには絶対にイジられるし、羽海にはどんな理不尽な事をされたり言われたりするか……。
――等々と、俺が悶々としていると、
「よっ、ヒカル、おはよ」
朝っぱらから、だらしなく制服を着崩したシュウが、爽やかな微笑みを浮かべながら、俺に向かって声をかけてきた。そのまま自分の机に大きめのバッグを置くと、取り出したスポーツタオルで汗で濡れた短い髪を拭きながら、俺の机の横までやって来た。
そして、じいっと俺の顔を覗き込む。
「……な、何だよ……?」
至近距離でシュウに突然凝視されて、少しドギマギしながら俺は言った。――甚だ不本意ながら、昨日、チラッと読んだ早瀬の薄い本のシチュエーションが脳裏に浮かんだのだ。そして……今取った俺のリアクションも、その薄い本のヒロイン(は、男だから違うか。じゃあ、何て言うんだ……?)――と同じものだった……。
それを自覚した瞬間、あの時早瀬が言った『高坂くんと工藤くんって、どっちが“受け”で、どっちが“攻め”なの?』が、鮮やかに脳内再生されて、心の中に棲むもうひとりの俺が、“恥ずかし炎”に灼かれてのたうち回る。
そんな俺の修羅場った心中も知らずに、シュウがニヤリと薄笑みを浮かべて言う。
「で……どうだったんだ、昨日のお出掛けってヤツは?」
「――ぶッ! は――はあぁぁぁっ?」
シュウの言葉に、俺は思わず声を裏返して絶叫した。クラス中の視線が、何事かと一斉に俺の方に向く。
俺は咄嗟に咳き込む事で、その視線の嵐をやり過ごし、シュウの首根っこを掴むと、小声で叫んだ。
「お……おい、シュウ! な……何で、お前が昨日の事知ってるんだよッ! お、お前には言ってなかったはず――!」
「え、そりゃあ……ハル姉ちゃんから聞いたんだよ。――LANEでな」
「……マジかぁッ?」
勘のいいハル姉ちゃんは、やっぱり勘づいていたんだな。でも、よりによって、シュウに言うかなぁ……。つか、いつの間にLANEのID交換してたんだよ、このふたり?
そんな、千々に乱れる俺の心中も知らず、シュウはニヤニヤ笑いながら言葉を続けた。
「昨日、部活が終わってスマホを覗いたらさ。ハル姉からのメッセージがメッチャ貯まってんの。開けてみたら、『ひーちゃんがオトナになっちゃうよー』とか、『ひーちゃんの彼女の事、何か知らない~?』とか、果ては『ひーちゃんに子供が出来ても、絶対に伯母さんなんて呼ばせないから!』みたいな内容ばっかりで、それで察した訳よ」
「子供って……気が早すぎるだろ……」
俺は、激しい頭痛に襲われて頭を抱えた。子供どころか、まだ手すら繋いで……あ、そういえば、別れ際に握手はしてたっけ――!
「……何か、顔が赤いぞ、ヒカル? ……まさか、本当に――」
「だーっ! そ、そんな訳ねえだろっ!」
俺の反応に、真顔になったシュウに対して、慌てて大声でツッコむ。
「た……ただ、買い物に付き合ったっつうか、付き合ってもらったっていうか……そ、そんだけだよっ!」
「お……おう。そうなのか……で、買い物って、何を――」
「訊くなッ!」
「お……おう……」
俺の剣幕に、目をパチクリさせてうんうんと頷くシュウだったが、すぐにもう一段深く踏み込んできた。
「で……相手は、やっぱり――早瀬なのか?」
「う――ッ!」
ズバリ核心を衝かれて、俺は思わず言葉を詰まらせ、そんな俺のリアクションを見たシュウは、「やっぱりか」と、大きく頷いた。
今度は俺の方が目をパチクリさせながら訊く番だった。
「な……何故分かった……?」
「……いや、バレバレだから。さっき窓の外を見てた時の、ダルダルに緩みきっただらしない表情とか――それに」
呆れ顔のシュウは、苦笑いを浮かべると、更に言葉を続けた。
「お前……LANEで早瀬に誘われただろ? その時に、『何で、早瀬が自分のLANEのID知ってるんだろう?』って、疑問に思わなかったか?」
「あ……そういえば」
――確かに、頭の片隅に、その疑問は浮かんだ気がする。その後が怒濤の展開続きで、すっかり忘れていたけれど……。
て、もしかして……、
「お……おい……おま――ひょっとして、おま……!」
「当たり」
シュウは、目を丸くする俺を前に、ニヤリとほくそ笑むと、片目を瞑って親指を立ててみせた。
そして、その分厚い胸板を張ると、自慢げに言ってみせたのだった。
「早瀬に、お前のLANEIDを教えてやったのは――このオレだよ」
今回のサブタイトルの元ネタは、CHAGE&ASKAのアルバム『RED HILL』収録の一曲『ある晴れた金曜日の朝』です。
ある窓拭き清掃の男が、ゴンドラから転落して死に、神の前で「今度はビートルズになりたい」と希望を伝えたところ――という、何かなろう小説にありそうなストーリーの曲です。ネタバレは避けますが、クスリとするオチも付いていて、どことなく星新一のショートショートを彷彿とさせます。チャゲアスの卓越したメロディーラインとハーモニーと共に楽しめる名曲です。
是非とも一度聴いてみて下さい(ダイマ)。




