25 意識
今日も赤いボタンを押して滑り落ちていくと、ダンジョン地下三階の探索が開始した。
早速、ジャンさんと龍之介が連絡を取り合う。今回俺たちとジャンさんたちは正反対の入口から滑り落ちてきた為、恐らくは中心部にあるだろうセーフティゾーンでの待ち合わせになるんじゃないかと当たりをつけた。
「――分かりました。亘にも伝えます」
通話を切った龍之介が、いつになく深刻そうな表情で俺を振り返る。
「亘、これを見て」
「ん? これなに?」
龍之介が手にしているスマホの画面を覗き込むと、【チームAランキング】と書かれていた。
ここでようやく俺は、昨日ジャンさんに教わったことを思い出す。忘れてたのかって? いやだってさ、あの大量の血痕とその後の極楽耳かきでもうさ、全てが吹っ飛んじゃってさ。
「昨日ジャンさんがランキングが見られるって言ってた! 龍之介も存在を知ってたって言ってたぞ? どうして俺に教えてくれなかったんだよ」
不貞腐れ顔で問い詰めると、龍之介が眉を八の字にして小さく笑った。
「まだ順位も動いてなかったから、まだいいかなってさ。ほら、亘って一度にあれこれあると全部嫌になっちゃう傾向があるし」
「お前って本当俺のことを俺以上に知ってるよな」
「お褒めに預かりありがとう」
「褒めてねーよ」
龍之介の脇腹を肘で小突くと、改めて画面を覗き込む。見ろというには、何かあるんだろう。じっくり見てみた。階が降順に縦に並んでいる。地下三階のところに、四ペア分の名前が記載されていた。
「……うん、見たけど?」
結局龍之介が何を伝えたいのかが分からなくて、早々に降参する。龍之介は俺がギブアップしたのにすぐに気付いたらしく、指で差しながら丁寧に説明を始めた。
「今朝の神竜の話から、僕とジャンさんの中で、二階のフロア転移陣はどこかのペアが入手したんだなって確定した」
「うん、じゃないと復活させないもんな」
俺もそこの部分は理解していたので、素直に頷く。
龍之介は切れ長の目で俺をじっと見つめると、再び画面に視線を戻した。
「そう。だったら今朝の段階で、俺たちと同様にどの階に行くか選択肢を示された筈なんだ」
「ああ、昨日もあったし今日もあったな」
「なのに残ってるペア全員が三階を選んでいる。これってどういうことだろうね、とジャンさんが懸念していた」
「え? どういうことって?」
龍之介は重ったるい息を吐くと、低めの声で答える。
「フロア転移陣を持っているペアがわざわざ先に進まないことを選択した理由だよ。……ジャンさんたちは、ここで他のペアをまたリタイアさせるか、若しくは一階のフロア転移陣を奪って先に進むつもりなんじゃないかと考えている」
「それって、昨日の香港ペアみたいなことがまた今日も起こるかもしれないってことか!?」
「うん、可能性は十分に考えられる」
「そんな……」
ゾッとして、自分の二の腕を擦った。
「幸い、地図には他のペアは表示されない。だからエンカウントしない限りは大丈夫だけど」
「そ、そうか、そうだよな……」
ダンジョンの中は、はっきり言って相当広い。マンハッタンペアとは偶然初日で出会うことができたけど、二日あっても他の三ペアとは一度も擦れ違いもしなかったし、気配も感じなかった。唯一が、昨日の血痕だったのだ。
「かと言って、出会わないとは言い切れない。それにどこかのペアは、人を襲うことに抵抗がない人たちと見てもいいと思うんだ」
「うん……」
モンスターと戦ってダンジョンを制覇する内容だった筈が、人間に襲われる内容になるなんて誰が想像するかよ。
「だから、ジャンさんたち以外のペアには近付かない。見かけたら全速力で逃げようって話になった。亘は人懐っこくて警戒心が薄い方だから、今しっかり伝えないと、と思って伝えた」
「わ、分かった。不用意に近付かない、見つけたら逃げる、だな」
ビビりながらもそう返すと、龍之介が満足げな笑みを浮かべた。
「香港ペアを襲った奴がフロア転移陣を持っていない可能性も捨て切れないから、両方のペアを警戒していこうね」
「お、おう」
「今日フロア転移陣を手に入れたら、少なくともひとペアからは距離を置くことができるから、頑張って探そうね。万が一虫のモンスターが出たとしても」
「ぐう……! が、頑張るよ、当然っ」
「頼りにしてるからね?」
男だって悩殺されるんじゃないかレベルの笑顔でこてんと小首を傾げた龍之介に対し、俺は精一杯見栄を張るしかなかった。
……でも頼むから、マジで虫以外でお願いします。
◇
地下三階でエンカウントするモンスターは、ゴーレムだった。
火と氷の攻撃は効かないけど、物理攻撃と水魔法は有効だったから、途中宝箱を開けながらサクサク進んでいった。
もうすぐ中心部に着きそうというところで、ジャンさんから龍之介に連絡が入る。セーフティゾーンはやはり中心部にあって、二人は既に到着したらしい。
「俺たちも急ごうぜ!」
「だね!」
水浸しになって半分泥になって溶けているゴーレムに、水魔法を覚えたての龍之介がとどめのLv1技、必殺かき氷製造機をお見舞いした。
「グオオオオッ!」
モンスターが断末魔を上げて、完全に溶ける。断末魔を上げたので、アイテムドロップ確定だ。今日はドロップ率がいいかもしれない。凄い高い高級ステーキがあったんだよな。今夜いけるかな? 一度でいいから食ってみたい。
目玉とドロップしたアイテムを拾うと、足早に中央へ向かう。
洞穴のような通路を出た時だった。
「亘っ!」
「わっ」
龍之介が突然俺の腕を掴むと、腕の中に引き寄せて壁に押し付けてきたのだ。覆い被さるようにされた俺は、何故かいつもより心臓の音が大きく聞こえることに気付く。え? これって俺のじゃないよな? まっさかね!
「りゅ……」
「今、セーフティゾーンから見たことのない二人組が出ていくのが見えたんだ。少しここで待とう」
耳に吹きかけられる息と低めの小声に、鳥肌がズワッと立った。
「う、うん」
ドクドクドクと、鼓動がうるさい。これはきっと俺のじゃないから、龍之介のに決まってる!
証明するべく、龍之介の胸に耳を当ててみた。
トットットッ、という早い鼓動が響いてくる。だけど、先ほどから耳にうるさい鼓動とは微妙に速度が違った。……つまり、そういうことだ。
あー……口から心臓が飛び出しそう。なんで俺、龍之介にハグされてドキドキしちゃってんだろう。まさか、昨日ちょっと思った可能性を本気にしちゃって意識してるとかじゃないよな?
だって、龍之介はお互い知らないことなんてないくらい長い付き合いの幼馴染みで、親友で、同性だし……。
――ああ、でも今の俺って女じゃん……。
ふと、万が一男に戻れなかった時、俺ってどうなるんだろうって考えた。これまであえて深く考えないようにしていたことだった。だってさ、考えても仕方ないし。……それに、怖いし。
だけど、女のまま外に出たとしても、俺の隣に龍之介がいるならそんなに怖くないかも? なんて一瞬だけ思ってしまった。
思えてしまった。
落ち着く低い声が、耳をくすぐる。
「……亘、もう大丈夫かも。亘?」
「へ、あ、ああっ、うんっ」
顔を上げると、龍之介が心配そうに俺の頬を大きな手のひらで包んだ。
「顔が真っ赤になってるよ!? 具合悪いの!? 大丈夫!?」
「だ、だだだ大丈夫っ」
「本当!? 早くセーフティゾーンに行って休もうね!」
「お、おう!」
女体化してダンジョンを彷徨き始めて三日目。
俺は初めて、ずっと隣にいた龍之介を意識した。
次話は夜に投稿します。




